第4話 死に変る者
「本当に、綺麗さっぱり片付いてるね」
部屋の中を見るなり、ソバが
整えられたベッドに、空っぽの本棚。勇希は家を出る前に、身の回りのありとあらゆる物を捨てていた。
「……まあ、死なずに帰ってくるとは思わなかったし」
勇希は
「取り敢えず、適当に座ってくれ」
勇希はあぐらをかいて床に座った。ソバも勇希と向かい合うように、床に正座する。
「んで、話ってなんだよ?」
勇希がそう聞くと、ソバはゆっくりと口を開いた。
「──今日、勇希君が見た化物について、いくつか話しておきたいことがあるんだ」
今までのからかうような調子とは違い、真剣な顔で話すソバ。勇希は思わず、背筋を伸ばした。
「樹海でも言ったけど、あの化物は『死に
──あの巨人が、人を喰らう。
勇希は樹海で襲われた時のことを思い出し、ゾッとする。
「『死に変る者』は世間一般には存在を隠されているんだけど、最近、勇希君みたいに襲われる人が増えてるんだ」
すると、ソバがコートの内側から新聞の切れ端を取り出した。
「この事件、勇希君も知ってるよね?」
ソバが切れ端を勇希に差し出した。
「ああ。これ、今ネットとかでも騒がれてる事件だよな」
受け取った新聞の切れ端には、連続不審死事件の記事が載っていた。
「これがどうしたんだ?」
ソバは勇希から返された切れ端をコートの内側に戻すと、勇希の目を見つめた。
「その事件の犯人こそ、『死に変る者』なんだよ」
勇希は、目を丸くする。
「……どういうことだよ?」
「つまり、連続不審死事件の被害者は皆、死に変る者に食べられているんだ」
勇希は初め、冗談だと思っていた。しかし、真っ直ぐ自分を見つめるソバの目で、すぐに事実なのだと理解した。
「それなら、何で一般人にも教えないんだよ? 確かに信じられない話だけど、実際に被害を受けてる人がいるし、皆信じてくれるだろ」
「それはそうかもしれない。でも、そんなことを世間に知らせれば、混乱を招くかもしれないでしょ?」
「……それは」
そこまで言って、勇希は言葉に詰まってしまう。
「日本政府としては、余計な混乱は避けたい。でも、対策を打っておかなければ被害はどんどん拡大する」
ソバは神妙な面持ちで言った。
「そこで、日本政府は今年に入ってからある機関を立ち上げたんだ」
「機関?」
ソバが、コクリと頷く。
「死に変る者を研究・討伐することを目的にする機関──通称『対策局』を作ったんだ」
それを聞いた勇希は、ふと、樹海でソバが言っていたことを思い出した。
「もしかして、ソバはそこで働いてるのか?」
勇希は、樹海でソバがあの化物を前にした時に「仕事」と言っていたのを聞いていた。
「ああ、そうだよ。俺は死に変る者の調査と討伐を担当してる」
「調査?」
「あ、調査というよりは搜索かな。死に変る者を見つけ次第、即討伐できるように」
それを聞いて、勇希は納得した。
「だから、ショットガンみたいな危ない物を持ってたんだな」
「そりゃあ、さすがに丸腰じゃ倒せないからね」
ソバは肩をすくめて見せる。「丸腰で倒せるやつがいたら、そっちの方が怖いな……」と勇希は思ったが、口には出さなかった。
「でも、樹海に調査しに来てるってことは、死に変る者って樹海にいるのか?」
勇希は、頭に浮かんだ素朴な疑問を何気なく尋ねたつもりだった。
しかし、それを聞いたソバの顔が、わずかに強ばった。
「……いや、そういうわけじゃないよ。条件が揃えば、商業ビルが立ち並ぶ都会でも閑静な住宅地でも、死に変る者は生まれるから」
「条件って?」
ソバがそれに答えるまで、少し間が空いた。勇希にどこまで話すべきか、思案しているようだった。
「……勇希君。『死に変る』っていう言葉の意味、知ってる?」
唐突な質問に、勇希は面食らった。
「あ、ああ。確か、生まれ変わるっていうのと同じ意味だった気がするけど」
「うん、大体はあってるよ。もう少し正確に言うなら、死んで別のものに生まれ変わることを指す言葉なんだ」
そこまで言うと、ソバは小さく息を吸った。
「……じゃあ、なんであの化物がそう呼ばれているのか、勇希君はわかる?」
勇希は首を横に振る。
「それはね、勇希君。
──あの化物は、亡くなった人だからだよ」
「……え?」
勇希は、ソバの言葉が飲み込めなかった。
「な、何言ってんだよ。だって、死に変る者は人を喰らう化物で、俺が見たのは人の形だったけど明らかに人とは違ってて」
「だから、死に変る者なんだよ」
勇希の言葉を
「死に変る者は、自殺して亡くなった人がなるんだ」
ソバは淡々と言葉を続ける。
「死んだ人間が化物になるから、死に変る者。死に変る者が人を喰らうのは、人を恨み、人を憎んで死んでいったからなんだ」
それを聞いた勇希は、ハッとした。
「じゃあ、俺が死に変る者になるって言ってたのは……」
「勇希君が、自殺しようとしてたからさ」
ハッキリと、ソバはそう言った。
「で、でもさ。俺は別に誰かのせいで死のうとしたわけじゃないから。人を恨むとか、そういう感情は一切……」
「それだけじゃないんだよ、勇希君」
すると突然、ソバは身を前に乗り出し、勇希の顔を両手で無理やり左に向かせた。
「痛だだだっ! いきなり何すんだよ!?」
勇希がそう言うと、ソバはすぐに顔から手を離した。
「く、首折られるかと思ったぞ」
「そんなことしないよ。それに、首が折れるよりも恐ろしいことが避けられたんだから、むしろ感謝して欲しいな」
勇希は
「首が折れるより恐ろしいこと? ていうか、その手に持ってる赤黒い紐はなんだよ?」
赤黒く太い紐のようなものを、ソバは指でつまんで持っていた。
「これは『種』。これに寄生された人が自殺して死ぬと、必ず死に変る者になるんだ」
ソバがそう言った直後、「種」と呼ばれた紐のようなものがグニャグニャとその身を動かし始める。
勇希は「ひっ!」と悲鳴を上げそうになったが、すんでの所で言葉を飲み込んだ。
「き、寄生?」
「うん。寄生される原因は色々あるけど、寄生された後に取る行動は皆一緒なんだ」
ソバは空いている方の手でコートの内側から空の瓶を取り出すと、片手で器用に蓋を開けて「種」を入れた。
「取る行動が一緒って……まさか、『自殺する』ってことじゃないよな?」
瓶の中に「種」の長い身体を入れ終えると、ソバはしっかりと蓋を閉めた。
「……そう。寄生した相手が必ず死に変る者になるように、コイツは寄生した人間を極度の鬱状態にするんだ」
赤黒い「種」が、瓶の中で
「……俺も、コイツのせいで自殺しようとしてたのか?」
勇希は、瓶を指差しながら言った。
「まあ、そういうことになるかな」
ソバが「種」の入った瓶を、コートの内側に入れる。
「俺、どこで寄生されたんだ……?」
不意に、勇希の口からそんな言葉が零れた。
実家に帰る前までを振り返ってみても、勇希に思い当たる節は無い。
「……たぶん、仕事場で口にしたものじゃないかな?」
「え?」
「仕事場で何か貰わなかった? 例えば、栄養ドリンクとか」
勇希は、あの恐ろしい会社での仕事中のことを思い返してみる。
「……確かに、一度だけ先輩から貰った栄養ドリンクを飲んだけど。でも、市販されてるヤツだったし、別に変わった味もしなかったぞ?」
「わからないよ。そもそも、『種』は人に寄生する前は目に見えないくらい小さいから」
「まさか、会社の人が俺を殺そうとして……?」
ソバは、小さく首を横に振った。
「勇希君を殺そうとしたというより、死に変る者にしようとしたんだろうね」
そう言ったソバの目は、どこか悲しそうに見えた。
「──あの組織は、そういう連中だから」
勇希には聞こえないくらいの声で、ソバが呟いた。
「ん? 今、なんて言ったんだ?」
「……何でもないよ。それより、勇希君」
ソバが改まって、勇希に向き合った。
「なんだよ?」
「実はさ、ここまで全部前置きなんだ」
「は?」
ソバは、神妙な面持ちで勇希を見つめている。
「本当は、君に頼みたいことがあって、ここまで来たんだ」
そして、勇希にこう告げた。
「──勇希君、俺達の仲間になってくれないかな?」
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