第22話 うさぎ強盗、強盗は人任せにする
2015年 11月11日
大阪/大手銀行の地下駐車場
穏やかな午後の昼下がり。夜鷹と牡丹が黒崎と相打ちになった数時間前――場所は大阪府久本銀行地下2階の駐車場。自動車教習所のロゴを側面に騙ったバンが、銀行に直通のエレベーターの隣に停められていた。3列シートの前方2列に乗り込んでいたのは、人種も背格好もバラバラの4人の外国人だった。
彼らはスナック菓子を広げ、コーラやピーチサイダーを回し飲みし、ラジオから流れるパンクロックの演奏を背に雑談している。アルコールの類こそないものの、車内はちょっとした宴会のような散らかりようだった。
「人間を1人縛るのに頑丈なロープがいる。しかしテグスやワイヤーだと、人質のお嬢さん方の手首に跡が残る。これはいただけない。しかし、太いロープはかさばってしょうがない。そこでこいつの出番さ」
「え? 何? 何かの講釈始まった? イヨ! 待ってました!」
「煽り方雑くね? まあいいや、祭の前に余興を楽しむのも悪くない」
「ウェーイ」
「見よ、このフォルム、見た目はネイルガンやインパクト・ドライバーのそれに近いが、実際は医療器具。吐き出すのは釘でなく標的の皮膚に直接接種する
「まあ素敵!」
「すげーぞー! かっこいーぞー!」
「ウェーイ」
「ノズルを取りかえなくても連続して使用できる。エイズ感染の恐れもない安全仕様! 人質のお嬢さんはスッと眠り、あとは
「ピクチャーポーズ!」
「半端ねえ!」
「ウェーイ」
「この素敵きわまる新世紀の盗賊七つ道具の筆頭、その名も!」
「あ、ごめんコーラとって」
「悪い、俺ちょっと届かん、そっちいける?」
「うぇい」
「酷くね? え? 梯子外し酷くね?」
「悪い、インパクト・ドライバーって名前の格好良さと実物の落差が酷いってところまでしか聞いてなくて」
「序盤な上に違えよ」
「え、インパクト・ドライバーってカッコいいの?」
「そこじゃねえよ! そしてインパクト・ドライバーの実物にはがっかりだよ!」
「ウェーイ」
「お前さっきからウェーイしか言ってないけど、日本語話せるの?」
「ウェイッ!」
「おう! イントネーション的には元気な『ハイ!』だな!」
「良い返事ね!」
「けどホントに話せるのかは、正直
「ウェーイ!」
バンの後方から、リアウィンドウをコツコツと叩く音がした。4人が恫喝を浴びせられた子供のように真顔になり、振り返る。うさぎ耳のついたパーカーを羽織った少年が、ロリポップを舐めながら、半分閉じた眼で彼らを見ていた。
「カオスか、君らは」
4人はそれぞれ、ほとんど同時にうさぎ強盗の台詞に応じた。そのせいで、うさぎ強盗の耳には、ごちゃついた混じり物のどよめきにしか聞こえない――つくづく変な連中だな――誰が何を言ってるのか、さっぱり分からない。
「適当に買った寄せ集めだから文句は言わないけどさあ……」
4人組はオークションサイト「ピカロ」の出品者かつ商品だった。彼らが売るのは「人材」である。別段、ピカロにおいて珍しい商品ではない。中には「私を買っていただければ、鉄砲玉として先陣切ります」だの「替玉としてあなたの代わりに服役します」といった際立った連中さえいる。この4人は「偵察員」、「荒事担当」、「解錠師」、「運転手」であり、まだありふれているレベルの商品だ。
「お、装甲車のお出ましだ」4人のうちの誰かが言った。
駐車場に現れたのは、動く要塞と化した現金輸送車だった。厚さ3インチもある白の装甲板に包まれ、ケブラー繊維で45層強化されたタイヤで悠々と練り歩く。頑丈なポリカーボネードでできた窓からは、屈強そうな2人の運搬人の姿が覗く。
彼らは金庫室直通のエレベーターの前で車を止め、2人の警備と合流した。銀色のアタッシュケースを取り出し始める。
4人は慣れたてつきで、それぞれ自分のマスクを被った。デザインはバラバラ。『スクリーム』の殺人鬼に、ぼさぼさした赤毛のピエロ、少女趣味の歴史ロマンに登場しそうなマスカレード、そして一世代前の特撮ヒーローのグリーンだ。
「さあショータイムだ」
「なあ、突入前に俺の尊敬する
「今じゃなきゃダメ?」
「題目から既にダルそうなんだけど」
「ゥえーィ」
「ほらこいつも『えー、めんどい』って声音にしてるだろ」
「すげえな、そんな微調節ができたのか」
だらけた会話を続けながら、運転手がリアハッチを開ける。少年が3列目のシートの背もたれを倒す。4人の内、荒事担当と偵察員の2人が、少年をすり抜けるように器用に駆け抜け、バンを飛び降りた。
荒事担当が現金輸送車に向けて突進した。運搬人たちが身構えるよりも早く、片方の鼻をショットガンのフォアグリップで殴って沈め、もう片方の
オロオロと逃げ出すか抵抗しようか迷っていた警備員の片割れに、遅れてバンを飛び降りた運転手と解錠師が忍び寄っていた。彼らはそれぞれ、アタッシュケースの角で同時に警備員の後頭部を殴りつけ、昏倒させた。
荒事担当の手で床に組み伏せられた警備員と視線を合わせるように、偵察員がしゃがみ込んだ。
「今日の担当主任は?」
偵察員の質問に警備員は従順に答えた。「浅野」と彼が苗字を口にした段階で、偵察員は噴射式注射器を彼の首に押し当てた。
偵察員は喉をつかんでしばらくゴロゴロと鳴らしたあと、警備会社のロゴの入った帽子を目深に被った。先ほど脅した警備員の声を真似、エレベーターの傍にあるテレビ付きのインターホンに話しかけた。
「どうも浅野主任、松崎です。すいません、エレベーターの新しい認証コード忘れちゃって」
『社員コードとパスワードを、この場合、本人確認は規則で……』
「あ、そういえば主任、奥さんのヘルニア容態はどうです? 8日に手術でしたよね? 陽太君も心配していたようですが」カメラから見えない位置で、メモを参照しながら偵察員が言った。
『……本人確認はもういい。誰か迎えに向かわせる』
エレベーターを降りてきたのは、1人の若い女性職員だった。彼女はエレベーターで待ち構えていたマスク4人組を見て悲鳴を上げたが、4人は動揺することなく、再び呑気にだべり始めた。
「良かった、噴射式注射器が初めてまともな仕事をする」
「え? さっきも撃ってたじゃん」
「こいつはお嬢様にピクチャーポーズするために用意したもんだ。野郎に使うのは本意じゃない」
「そんな話してたっけ」
「90度とは言わんが、右斜め30度ぐらい話が曲がってる気がするな」
「誰が
「ウェーイ」
「あ、ウェイウェイ君が抜け駆けした! ずるい!」
「ピクチャーポーズ決めてやがる! カッコイーなんて言わないぞ!」
麻酔で気を失った女性職員を外に引きずり出して寝かせ、4人はエレベーターに飛び込んだ。
「さて、ベル・スターの美学の話を始めよう」
「あ、それまだ諦めてなかったの?」
「いいけど、誰にも聞こえないところでやれよ?」
「ウェーイ」
うさぎ強盗の少年は、彼らが残していったスナック菓子を頬張りながら、そこはかとない不安を感じつつ、閉じていく銀の扉の向こう側へ消えていく4人組を見送った。
***
数分後、4人はまた雑談をしながら、現金を詰め込んだアタッシュケースを持ち帰って来た。少年の眼には、心なしか出かける前より意気投合しているように見える。4人とも、ほんの少し涙ぐんでいる。
「まさかベル・スターの美学の裏にそんなドラマがあったなんて」
「うぇぐ。うぇーい」
「もうこれは従うしかねえ、俺たちは彼の美学を胸に生きていくんだ」
「うぇいうぇい」
「ほら、彼も『そうだそうだ』って」
「お前、そいつのウェイウェイ語を翻訳できんの?」
「勘よ」
「クソか」
うさぎ強盗の少年は解錠師からアタッシュケースを受け取った。詰め込まれた現金を確認しながら、彼らの会話に耳を澄ませた――よく分かんない美学に洗脳され帰ってきやがったぞ、こいつら――まあ、どういう思想に染まろうと関係ない――。
「そう、一流の
うさぎ強盗の少年の眉がピクリと動いた。珍しく不機嫌そうに「うるさいのは勘弁してほしいんだけど?」と口を挟んだが、4人はまるで聞いていなかった――中で何があったか知らないが、傍迷惑な美学を軸に結束を固めてきたらしい。
「ベル・スター」をキーワードにうさぎ強盗は検索をかけた。西部開拓時代の女性のギャングだった。もう既に彼らが共有した知識と哲学の精度は絶望的だ。「酷すぎるだろ」少年は目元を手で覆ってうなだれながら愚痴った。
「さあいこう、パーンいこうぜ」
「うぇいうぇい」
「そうだそうだ。でかい花火をあげるんだ!」
「全員同意ね」
「悪いなうさぎ強盗、4対1だ、せーの」
4人は一斉にショットガンの引き金を引いた。カチリカチリと撃鉄が鳴る音がするだけで、耳をつんざくような銃声は鳴らない。4人はまったく同じタイミングで首を傾げ、銃口を覗き、少年に目を向けた。
「弾、最初から入ってないよ」少年が言った。
4人の形相が凶悪に歪められ、それぞれ語彙の全てを駆使して悪態をつきはじめた。しかし4人とも好き勝手に同時に叫ぶものだから、彼らの叫びはごちゃまぜの雑音と化し、うさぎには伝わらない。
「君らなら、誰も撃つことなくミッションを成功させると信じたよ」
子供らしさ溢れる最高の笑顔で少年が言った。それでも4人組がまき散らすスラングの吹雪は、道中30分ほど続いた。
***
2015年11月11日
京都府左京区のとある廃墟
念の為、道中であらかじめ用意した車と乗り換え、4人組のアジトである廃ビルに車ごと乗り込んだ。かつて大手百貨店であった名残か、大きく開けた空間が1階に広がっている。
うさぎは、アタッシュケースから黙々と金を取り出していた。偽札防止のパールインクがキラキラ光る1万円札が、100万円ごとに真空パックされている。少年はパックをべりべりと破りながら、淡々とコンクリートの床に並べて数えていく――現金輸送車の2億、解錠師が金庫を破って持ち帰ってきた3億、合わせて5億円。
それをよそに、4人組は任務前には触れられなかったアルコールを片手に祝杯をあげていた。うさぎの現金に興味はなかった。分け前は既にピカロを経由して、電子マネーで振り込まれている。
「ふふふ、実はな、俺はお前らとは一線を画してるんだぜ」
「お、またよく分かんない講釈始まった」
「大丈夫かあいつ、顔すげー赤いぞ」
「ウェーイ」
「今回の5億強奪の任務、俺の取り分はな、1億2500万なのさ」
その瞬間、話を聞いていた残り3人はその顔を緊張に強張らせた。不安そうに見えるその表情に満足し、赤ら顔の男は続けた。
「いやあ、お前たちが凍りつくのも無理はねえ。報酬がイーブンじゃないなんて聞かされてなかったろ? だが仕方ねえ。荒事担当、解錠師、偵察員、運転手、この中で1番重要な役職はなんだ? もちろん、俺の役職だ。だから俺の取り分が他の奴より多いのは必然なのさ」
自慢げに語る男は、残りの3人が嫉妬で怒り狂う様を期待していた。しかしその意に反して、お互い困ったような表情を浮かべている。3人の内1人が、おずおずと手を上げた。それに同調するように、残りの2人もためらいがちに手を上げる。
「あたしの報酬、1億2500万なんだけど」
「悪い、俺も1億2500万だ」
「うぇいうぇい」
初めに自慢していた男の頬に冷や汗が伝った――約1名確信がもてないが――全員が1億2500万を受け取った? 今回の5億円の強盗計画の報酬に?
「ちょっと整理しよう、落ち着けエブリワン、よしお前、算数の問題だ。1億2500万に4を掛けると」
「ゥエイッ!」
「クソか」
お互いに「わけが分からない」といった顔を突き合わせていた4人組は、ふと思い立ってうさぎ強盗の少年に目を向けた。少年は茶色いガラス瓶を札束の上で逆さにし、アルコール濃度90%を超えるエバークリアをまき散らしていた。長いマッチを取り出して、種火を投下する。
波紋のように青い炎が広がった。
「え? え? えええぇえ?」
「ちょ、ちょ、うおおおおい!」
「落ち着け!」
「うえぇええええい!」
「お前も落ち着け!」
「そいつは平常運転でそれ」
「面倒くせえな馬鹿野郎!」
狼狽する4人に向けて、うさぎ強盗の少年がくるりと軽やかに振り返った。彼の背には、オレンジ色の炎に侵食されていく紙幣の欠片が舞い上がり、ひらひらと宙を舞い、空中でバラバラに崩れた。
「ごめんね、今回の強盗、目的はお金じゃないんだ」
うさぎ強盗の少年は、4人組に全てを打ち明けた。曰く、自分たちは今まさに人身売買組織M&Dに喧嘩を売っている。彼らと対抗するために篠原という男が一計案じた。彼は
少年の説明の詳細を聞くにつれ、4人は冷静さを取り戻していく。そして篠原の狙いを完全に理解した段になると。普段の陽気な笑顔を取り戻した。しかしその頬は、わずかにピクピクとひきつっていた。ほんの少し困惑の色を見せながら、4人は顔を見合わせた。
「理屈は、分かったけどさあ……」
「まあ別に、俺らは報酬支払われてるし、文句ねえけど……」
「この作戦を考えた篠原ってのは一般人なんだよな?」
「常人にできる発想じゃねえ。篠原は、とんでもねえイカれ野郎だ」
「正気ジャ、ナイデス」
「うわ! すっげ、コイツ初めて『ウェーイ』以外の言語を発したぞ」
「微妙に日本語下手ね」
「スラング、ダケハ、オボエマシタ。ぼけなす、とんちき、ふぁっきゅう」
「それ英語」
「やべえなお前、流暢な日本語しか認めねえ社交場じゃただ暴言垂れ流すだけの機械じゃねえか」
「何をどうしたらそんな悲劇的な生物が生まれるの?」
「『パルプフィクション』ノ字幕ト吹キ替エデ、ニホンゴ、覚エマシタ」
「ああ、あれ台本の6分の1がふぁっきゅうで構成されてんもんな」
「計ったの?」
「あの映画ならそれぐらいでもおかしくない、20秒に一回は誰かがふぁっきゅう言ってる気がする。で、実際どうなん?」
「目算に決まってんだろ」
「ふぁっきゅう」
「ウェーイ」
平静を取り戻した4人組のいい加減な会話を耳にして、うさぎ強盗は可哀想な生物を見るように、薄っすらと微笑んだ――ヘイルムダルムに変な日本語を大量に吹き込まれ、言動の不思議さについて全盛期を迎えていた樹里でさえ、もう少し脳みそに血が
「しかし、
「音の響きは仰々しいな」
「機雷って時限式で爆発するもんだっけ?」
「いやあ、普通に敵にぶつかって
「うぇい」
「あ、今のは『そうだ』って感じのうぇいだ」
「素直に『そうだ』で良くね?」
「うぇいうぇい」
「ほら、『そうだそうだ』って」
「文脈通らねえだろ」
「勘だからね」
「ふぁっきゅう」
「ちなみに
4人は一瞬で真顔になり、凍りついたお互いの顔を見合わせる。それまで好き勝手にいい加減な台詞をまき散らしていた彼らは、このとき始めてお互いの意思をシンクロさせ、おぞましい怪物でも見たかのようにわなわなと唇を震わせた。まったく同じ表情、まったく同じタイミング、イントネーションまで綺麗に揃え、口調や言葉遣いといったあらゆる個性をかなぐり捨て、まったく同じ台詞を叫んだ。
「「「「クソだせぇ!」」」」
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