第23話 篠原斗真の爆弾は、彼の敵を吹き飛ばす

2015年11月11日

京都/M&D京都支社本部


 燕は、M&Dが所有するビルの玄関に佇んでいた。鳶の番号にしつこくコールするが、相手は一向に反応しない。同じく、三条の監禁施設にいたM&D社員からも連絡がない。


「……どうしたんでしょうねえ」


 救いようのない中毒者ではあるもの、鳶の実力は燕や夜鷹たちよりも数段上、あの鈴蘭にも匹敵する――そう簡単に殺されるはずないのですが。


 燕は腕を組み、コンクリートの壁に背をもたせかけた。「黒崎雅也に会いたいなら、ただ玄関で待っていればいい」ジェネラルクラスの車両を降りる直前、篠原は燕にそう言った。燕はその言葉を正直に受け取っていいものか、考えあぐねていた。


 ――篠原様が何らかの嘘をついておられる可能性もありますよね。

 ――第8車両において、M&Dの社員4人と夜鷹と牡丹を殺したのは誰なんでしょう?

 ――あの車両には、夜鷹、牡丹その他M&Dの社員の誰のものでもない血痕が残っていました。あれがもし、? ? そうなると、とたんに話はややこしくなります。

 ――あの出血量。もしあれが彼の血なら、しばらく動けないはず。彼はもうここには来られないわけでして。


「実際、どうなんでしょうねえ」


 燕は吐息とともに独り言を吐き出して、ほんの少し、寒さに肩を震わせた。

 コツコツと足音がして、燕は顔を上げた。雑居ビルの向かい、ビルの間の狭い路地の暗がりから、猫のような眼が光った。雲の隙間から漏れた光が路地に差し込む。フードを目深に被った人影が、鮮明に浮かび上がった。

 彼はフードを取り払い、燕に素顔を晒した。


「久しぶり、楽しい夜を過ごしてる?」


 燕はわなわなと口を震わせた。

 ――ああ、やはりだ。

 ――素晴らしい! やはりあなたは素晴らしいですよ篠原様!


 燕は歓喜に打ち震え、体をよろめかせながらしばし浮遊感に酔ったあと、上着の中で携帯を弄りメールを送信した。これで篠原との取引は成立だ。あとは口添えしておいたM&Dの幹部が、篠原を彼の仇とめぐり合わせるよう手配してくれる。

 燕は両脇のホルスターから銃を抜いた。


「お久しぶりです、親愛なるかつての我がよ。少し提案なのですが、鴉の兄様の冥福のため、命を捧げてくださいますか?」


 相手が笑った。


「感心しないね。人殺しの理由に、他人を使うなんてさ」 


 はシザーバッグに手を伸ばし、ナイフを引き抜いた。


***


 篠原は、木製の椅子に腰かけ、後ろ手に縛られた状態で目を覚ました。


「……おはようございます」


 篠原がいたのは雑多な什器類が並ぶほこり臭い部屋だった。見渡すと、幹部の川浪と社長の梶、その他4人の黒いスーツを着た屈強な男たちが目に入る。


「燕さんは、約束を守ってくれましたか?」


 川浪が貼りつけたような笑みを浮かべた。


「ああ、。須崎奏を殺した担当者は私だよ、篠原」

「……やはり、そうでしたか」


 篠原は背もたれに身を預けた。事前に集めた情報通り――だからこそ、川浪の所属する京都支社への配属を希望したのだ。


「なあ、ピカロの2代目管理人、ヴェルト・バズ……いや、私にとっては、やはりピンとこない肩書だ。やはり篠原は篠原だな」


 川浪は無抵抗の篠原に見下したような視線を向けたあと、その首に針を突きつけた。針の先端からぷっくりと血が膨らみ、自重に耐え切れず肌を滑った。


「選べ、全てを吐いて楽に死ぬか、拷問の末苦しんで死ぬか」


 篠原が薄っすらと笑った。川浪は篠原の顔面を拳で殴りつけた。折れた歯の欠片に混じって、BB弾サイズのピンク色のボールが、篠原の口から零れ落ちた。


「何だこれは?」川浪はボールに視線を向けた。

「……爆弾ですよ?」

「爆弾?」

「M&Dを壊滅させる威力を誇る爆弾です」


 川浪は、いかにもつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「我々を壊滅させる? そのちっっぽけな玩具でか? どんな爆薬を仕込んでいたかはしらんが、こんなものでは人1人殺せやしない」


 川浪はピカロのパスワードを聞きだすため、篠原に拷問を始めた。爪と皮膚の間に針をゆっくりと刺し込み、肉を抉りながら針を前進させ、最後に針を引き上げる。


 しかし爪を全て剥がし終えても、篠原の目つきはまったく変わらず、ただ無言で川浪に蔑んだ眼を向け続けていた。怯むことのない篠原に、川浪は段々苛立ち始め、次第に力任せで単純な暴行を始めた。皮膚が剥がれ血のにじむ傷跡に、何度も何度も鞭を振るった。


 殴りつかれ息を切らしながら、川浪は得体のしれない不安を篠原に感じていた。ほんの1ミリばかり生じた、気味の悪いに対する恐怖心――それを誤魔化すかのように、川浪は篠原の首を掴み上げた。


 いくら締め上げても、篠原の態度に変化はなかった。壁際で様子を見守っていた梶が、軽く咳ばらいをする。川浪は舌打ちして手を放した――冷静になれ。失神させてしてしまうと面倒だ。


「なあ、篠原、君が耐えて何になる? 君はまさか、魔法のパスがばら撒かれれば、我々に致命的な損害を与えられると思っていないか? 実際そんなことはない。ピカロの情報が漏れれば、あらゆる犯罪が露見するだろうが……我々にももみ消す力がないわけではない。君が思っている以上に、世間には警官が大勢いる。M&Dは、君には想像もつかないほど、偉い奴らにひいきにさせてもらってるんだ。なあ篠原、君がここでいくら耐えようと、M&Dを潰すことなどできないんだぞ?」


 篠原がまったく表情を変えないのを見て、川浪は作戦を変えた。


「なあ、篠原、2年前のデータを懐に隠していた馬鹿がいたのを覚えているか? 奴がこんなものを残していてね。処分するつもりだったが気が変わった。君にプレゼントしよう」


 川浪は片膝をつき、内ポケットから取り出した写真を篠原に見せた。


 そこに写っていたのは、後の、須崎奏の蹂躙された身体だった。全身は写っていない。奏の左半身のバストアップだ。しかしそれでも、彼女が受けた仕打ちがいかに凄惨だったかを知らしめるには十分だった。白いワンピースから伸びる白い腕は、紫色の痣と針を刺し込まれた刺し傷が点々とし、火傷で爛れ、膿ができていた。顔面には火をつけた煙草の跡が並び、左目は紫に大きく膨れ上がっている。


 篠原は床に顔を押しつけ、痛みをこらえるかのように奥歯を強く噛みしめた。その横顔からうかがえる表情に、初めて変化が見られたのを見て、川浪はほくそ笑んだ。


 しかしわずか数秒で、川浪の表情は凍りついた。


 傷が広がることを厭わず、。つぎの瞬間、口の中の空気を爆発させるような勢いで笑い出した。肺の空気が空になるまで声をあげると、途端に静かになり、川浪に対し憐れむような視線を向けた。


「……狂ったのか?」虚をつかれた表情で、川浪が言った。

「いいえ、狂ったわけではありませんよ、ただ、あなたの腕時計が見えただけです。ずっと時間が分からなかったもので、そうか、あと3分だったのか」

「……3分? 何を言ってる?」

「川浪さん、大阪の久本銀行で強盗事件が起きたのはご存知ですか?」

「……ああ、それがどうした」

「銀行強盗って、盗んだ5億円をどう使うんでしょう? 記番号も通してあるのに」

「……それがお前に何か関係あるのか?」

「ええ、とても。そうですね、これから世間で語られる筋書きの話をしましょう。M&Dは次のような計画を実行しました。まず久本銀行を襲撃し、5億円を強奪する。次にピカロの管理人と接触し、嘘の取引を持ちかけた。『ピカロの電子マネーを5億円分現金で買いつけ、市場を賑わせる。その代わりに、高額の取引ができるようにリミッターが解除されたアカウントを融通してくれ』とね。その後、M&Dは自社商品である10歳の少女を5億円の電子マネーで購入する。当然、5億の収益はピカロからM&Dに降ってくる。番号をばっちり銀行に控えられている役立たずの5億円は、ピカロ管理人におしつけられる」

「……お前は、何の話をしている?」

「そういうストーリーを想像してみてください。さて、当然、ピカロの管理人はブチ切れる。M&Dに貸したアカウントの購入履歴を見てみれば、露骨な資金洗浄マネーロンダリングに利用されてるんだから笑えない。管理人は憤慨し、5億円の金を携えM&Dの京都支社を訪問。直談判に持ち込んだ」

「……なんの妄想だ、それは」

「今ここで話ですよ。証拠は全て揃っています。黒崎雅也が、日名子麻美のマンションで拾った鴉のスマートフォンをここに運んできています。そして5。ピカロ管理人がここに盗難された5億円を運んできたというストーリーの捏造は、もう完成されているんです」

「……馬鹿を言うな! 5億の金など何処にある?」


 川浪がいきりたった声ですごんだが、篠原はそれを無視した。


「悪徳警官がM&Dに手を貸す? M&Dは権力者に顔が利く? それは事実なのでしょう。ですがそれは、M&Dが彼らにとって、忠実な飼犬であればの話です。彼らからすれば、勝手に銀行強盗をやらかした狂犬まで面倒見きれない……魔法のパスワードが巻き起こす大騒乱を前にして、M&Dは銀行強盗の濡れ衣を被せられ、もみ消しに欠かせない、一番大事なつてを失う」

「……お前の話は無茶苦茶だ! 我々にはそんな濡れ衣を着せられるいわれはない!」

「シナリオの結末をお話ししましょう。ピカロ管理人とM&Dは、この施設に持ちこまれた5億円が、とんでもないであることを知らなかった。知っていますか、川浪さん? 造幣局から銀行に輸送される紙幣には、300に1つ、世界的大企業ブルース&バイヤット社が開発したの試作品が搭載されていたんですよ。専用の装置がないと検知も取り外しもできない超薄型のインクタグです。そしてこの爆弾は、銀行指定の電磁プレートで充電処理がされなかった場合、電池切れと同時に消えないインクをまき散らす。そして性質の悪いことに、GPS


 川浪はこの瞬間になってようやく、自分たちがどれだけ厄介な存在をつかまされたか理解した。5億円を盗んだ証拠は、既に目の前に転がっている。篠原がおそろしく冷たい笑みを浮かべて言った。


「知ってますか、川浪さん、?」


 川浪が弾かれたように駆け出し、ピンク色のBB弾に手を伸ばした。彼の手が届く直前、時限機雷ツァイトラ・ミーネ――ヘイルムダルム特製、インク爆弾の精巧な模造品レプリカ――に内蔵された電池が切れ、起爆装置が作動する。ピンク色の染料を床に散らし、GPSを介して5億円の位置情報をばら撒いた。

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