第38話
「先生は、この事はご存知でしたの?」
「これらが必要だという事は、学校を出る直前に堀川からきいたばかりで私も詳しい事はわからない」
「弾着の仕掛けには、血糊と火薬を別々にしてコンドームに入れる必要があるんです」
コンドームとナプキンを開封して取り出しながら説明をはじめた。複数の女性を前にして俺は何やってるんだと思う。少し手が震えるが、なぜか説明を始めると意識が集中して震えも収まる。これではメガネくん(兄)を笑えない。
コーヒーのソーサーにナプキンとコンドームを重ねて説明を続けた。中之森先輩が眉をしかめたが気にしていられない。
「火薬の爆発で怪我をしないように、仕掛けは金属板の上に作ります。下から、金属板、ナプキン、
「コーチン……それ逆」
へ? 説明間違ってたか? いやリョーコは仕掛け知らないよな?
「裏表逆だから……ナプキン」
そうなの?
「あー、堀川、その、血糊を入れる物は他ので代用できないか?」
「薄さと丈夫さ、仕掛けに仕込むサイズ、爆発しても破片は飛び散らず血糊は飛び散るように圧力もかけられる、そんな素材は他に無いそうです。それにどこでも大量に調達できて品質が安定しているので、現場では
言いながら、俺は匂坂部長に見せたマンガの内容を思い出した。チョコで硫酸の反応を抑制する前に、爆弾の
「発火装置はフィラメントを使います。電線を2本、指先まで延ばしておいて、拳銃発砲のタイミングで指先の線を繋げると、回路が通じて電流が流れ火薬が爆発する仕組みです。これだと電線を外に延ばさず服の下に隠す事ができるので、カメラに役者の全身を写す事ができます」
俺は説明した。後頭部に仕掛ける「脳みそが吹き飛ぶ」弾着の仕掛けとか、刀で切り落とせるフェイクの血糊入り腕を大根で作るとか、血糊そのものはそれらしく見えればトマトケチャップでもイチゴシロップでも構わないとか……。
説明しながら、ふと疑問が浮かんできたので
「ところで先生、化学部が情報部の自主制作映画を手伝う事に、反対はしないのですか?」
「堀川の発案を聞いた時にな、正直に言うと『その話乗った!』と叫びたい気持ちだったよ。何か弾ける事がしたかったんだな。このところ、教育委員会の顔色を勝手に想像しながら自己の保身を考える、そんな連中の相手ばかりしていたから。このままでは状況に潰されるか、逆に内圧が高まって爆発するか、どちらかだと思っていた。だから堀川には感謝している」
太田先生は、珍しくイタズラっぽい笑みをしてそう答えてくれた。
「あ、いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
自分で顔が赤くなっているのがわかる。参ったな。こんな時に何か余裕のあるセリフが言えればいいのに……。どうしていいか分からなくて、とりあえず椅子に座った。
「火薬に炎色反応とか、使えないかしら」
中之森先輩が提案してくれた。
「それは刀の火花とか、金属に銃弾が当たった火花に使えるかもしれませんね」
「特別に調合されたジェルをあらかじめ
「コーチン、うちらのエアガンを使ってマズルフラッシュ出せるかなあ?」
「今度調べて試してみようか」
「あと、届かない突きの連打と、それを太極拳ぽく受け流す動きなんて、少し教えればそれっぽくできると思うんだ」
「マトリックスや少林サッカーでやってたアレか。アレは怪我の危険もないからいいかも」
みんながいろいろ意見を出してくれて盛り上がってきた。でもなぜか、いつもよく
そしていきなりスカートをまくり上げ、ガーターから試験管を抜き取ったかと思うと、試験管にコンドームをクルクルと装着しはじめた! うわ生々しい! 部長以外の全員がどん引きし、椅子がガタガタッと耳障りな音を発した。
「こら! バカやめろ匂坂!」
「だって、いろんなのいっぱい見てる先生と違って、私たちゴムだけでも見るの初めてなんですよ!
「人聞きの悪い事言うな! 私だって1人しか知らないし着ける所は見たこと無い!」
怒鳴ってから「シマッタ」という顔をする先生。ガッツポーズをする部長。先生は見る間に顔が真っ赤になり小さくなってうつむく。少しヘコんだ先生は凶悪にカワイイんだが、でも今の話は正直ちょっとショックかも。
「先生、お話を詳しくお聞かせいただけますか? 今でもその方と続いてます?」
「ねえ、やっぱり痛いの?」
2人ともとんでもない事を言い出す。匂坂部長は人の悪い笑顔で楽しそうに笑い、中之森先輩も
「えーいうるさいうるさいうるさい!! 没収だ没収!!」
「先生ぇ、没収したら作業できませんよー」
「まさか、先生1人で全部お使いになられます?」
中之森先輩……性格変わってきたのか?
「コーチン、帰りたいよぉ……」
俺も全く同意見だ。
コンコン!
ドアをノックする音がした。
「お食事をお持ちしました」
もう30分経ったのか! ヤバイ! 隠せ!
誰が指示するでなく、全員が一斉に卓上に散らばったコンドームとナプキンを
とりあえず、大丈夫そうだな。
「……入って」
「失礼します」
全員が「なにもしてませんよ」という表情を無理やり顔に張り付けて、お行儀よく椅子に座っていた。メイドさんたちが大ぶりの皿に盛られたサンドイッチと、コーヒーのお代わりを運んでくるのをじっと眺めながら、全員が不自然なほどにおとなしくしていた。先ほどと何だか様子が違うなとメイドさんたちも感じていたかもしれないが、少なくとも表面上はおくびにも出さずに一礼して部屋を出ていった。
パタンとドアが閉まり、足音が遠ざかるのを全身を耳にして確認して……。
ふーっ
全員が一斉に深い
やれやれだ。緊張が一気に解けてぐったりとなる。程度の差こそあれ、みんな似たような感じだった。
匂坂部長が中之森先輩に話しかける。
「サオリンも、ベッドの下?」
「違うわよ」
「あるんだ」
不意をつかれ見事に部長の誘導尋問に引っかかる中之森先輩。口が半開きのまま、瞳の白い部分が上下に見えるくらいにまぶたを大きく見開いた。自分の
「こら、そこまでにしろ! せっかく食事が来たんだ。ありがたくいただこう」
先生は強制的に話題を変えた。
「だが、その前に、手を洗うべきだな」
これには全員が同意した。いろいろ触ったからね。ちょっとお手拭用タオルでは心もとない。
実験卓脇の流しで手を洗ってからハンカチ探してポケットに手を入れたところで
「あー、ここは学校ではないからあまりうるさく言いたくはないんだがな、さっきポケットに入れたモノは家の人に見つからないよう気をつけろよ」
ギクッ! 身体が固まった。見られてたか!
恐る恐る、目だけを動かして皆の表情を確認した。すると先生以外、全員が俺と同じ動きをしていた! 匂坂部長も、中之森先輩も、リョーコまで!
みんな同じというわけか。
その認識がなんだかおかしくて、全員がそろって笑いだした。俺たちは先生も含めて全員共犯者だった。涙流して笑い転げた。驚いた事に中之森先輩もぎこちなく笑っていた。
その後は、サンドイッチを食べながら話が弾んだ。実験の事、映画の事、空手の事、そして、もはや隠す意味は無いだろうと興味津津なシモネタまで。既にさんざん恥ずかしい話をしたせいで、この部屋がなんだか治外法権のようになった感じだ。
そうだ、みんなで何か食べてコーヒー飲みながらこんな風に歓談するのは久しぶりなんだ。あの空間が1カ月ぶりに戻ってきていた。
でも、みんな口には出さなかったが、今回の情報部の映画の手伝いが、化学部の最後の活動かもしれない、そういった共通の認識があったと思う。
だから、明るく、楽しく、全力で、今のこの場所を楽しみたかった。この課題に取り組みたかった。
期間は限られているかもしれないが、あの楽しかった空間を復活させる事ができた。ただただそれがとても嬉しかった。
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