第22話

 太田先生の勧めに従い、お茶会の場所を化学準備室に移した。制服を掛けるハンガーがあるし、先ほどエアコンの除湿機能をオンにしたので制服が乾くのも速いだろうとの先生の判断だ。それに殺風景な化学室より、ベルベットのカーテンやらフリル付きのレースに覆われた古い木製棚に囲まれた化学準備室の方が、確かにお茶会するには気分がいい。


 新しく珈琲もれなおし、大田先生を加えた5人でお茶会が再開された。


 匂坂部長が、準備室の太田先生の机の上にあるものに気づき質問した。

「あれ? 先生、天気管てんきかんそこにずっと置いてたんですか?」

「ああこれか。以前匂坂から取り上げたままだったんだが、薬品棚の中に入れておくのはもったいなかったので、こうして机の上に置かせてもらっている。勝手に私物化したみたいで悪かったな」

「えへへ、先生、これ出来いいでしょ?」

「匂坂の昨年の成果物せいかぶつの中では、奇跡的にマトモで出来もいいな。今もこうして大きな白い結晶が出来ている」

 そうだ、以前見た時は下の方に少しだけ、溶けきれていない氷砂糖のような形で、わずかな結晶しかできていなかった。それが今では氷山のような結晶になっている。確かに今の荒れた天気と連動しているようだ。


「ところで先生、今日は休日出勤なんですか?」

 リョーコが尋ねる。

「一応は新入りなんでな、休みの日も来て頑張ってる、という姿を見せておかないと、いろいろ面倒なんだ」

「めんどくさいですねそれは」

「個人情報保護とかで、テストの採点なども自宅に持ち帰るわけにいかないのでな、仕方ないわけだ」

「USBメモリの紛失とかあると、事件になっちゃいますもんね」

「ま、あれは持って歩くから失くすのであって、他にやり方はあるがな。言っておくが、私がやっているわけではないぞ。だが、フリーメールで下書き状態のメールを作成して、そこに必要なファイルを添付して保存しておくと、どこからでもアクセスできるし便利なわけだ」

 俺も質問してみる。

「クラウドのツールとかは使えないんですか?」

「ポリシーで校内ネットからアクセス禁止になっているんだよ。わけがわからんよな」

「間違って送信したら情報漏洩じょうほろうえいになっちゃいませんか?」

「宛先を自分宛にしておけば問題ないだろ」

 匂坂部長も質問する。

「ファイルの入力なら今のやり方で自宅でもできるけど、解答用紙は持ち帰れない。だから、今日は休日出勤したんですね?」

「まあそうなるな」

「先生、今の自供ですわね」中之森先輩が指摘し、太田先生も「あっ」という顔をした。してやったりという表情でガッツポーズをする部長。

「これは参ったな。ここに貰い物だが洋菓子がある。これで買収という事でどうだ?」

 リョーコと匂坂部長がバンザイを叫んだ。中之森先輩は全く表情が変わらないが、この人は拒否や否定の時は口調に出るから、変化無しなら諒解りょうかいという事だろう。俺も少し分かってきた。

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