第19話

 俺たちは匂坂部長を先頭にして、学校の敷地内を歩き回った。

 最初に庭園の池から測り、次に記念館の周辺、そして庭園の落ち葉が積もっている辺りを測ってみた。

 針がピクリともというか、アンプがコソリとも音を出さないまま移動した。

 体育館周辺を回り、雨樋の下を計測した。

 それでも全く変化無し。

 まあ当たり前といえば当たり前なんだが。

 匂坂部長も退屈してきたのか、「金属探知機作って宝探しした方がよかったかな」とか独り言を言いだした。


「このガイガーカウンターって、どんな原理なんです?」

 俺も退屈だったから質問してみた。

「単純に言うと、電極を仕込んだ管にガスを封入して高電圧かけたのがセンサーなのね。この中を放射線が通過すると、ガスの分子と衝突して電子が飛び出して、それが一方向に動いて電流が流れるの」

 俺がバカなんだろうか? ワケがわからない。

「まだ2人はイオンについても習ってないのよ。そこから説明してあげる必要あるんじゃなくて?」

「大丈夫よ、最初に大雑把に理解して、後から授業で聞いて細かい所を補正すればいいのよ」

「そんな考えだからいつも事故起きるんじゃないの?」

「原理がわからなくてもみんなパソコン使ってるじゃない。車を運転してる人は、エンジンの仕組みなんて一切理解してないわ。大事なのは好奇心と実行よ」

「はいはい、でも土台をしっかりさせておけば高いビルを建てられるのよ」

 そう言って、中之森先輩は匂坂部長からガイガーカウンターを取り上げて、ケースをパカンと開けてこちらに内部を見せてくれた。

「どう? ビックリするほど単純でしょう。こっちの基盤部分は電圧調整とかがメインで、放射線検知には関係ないわ。肝心なのはこっちの管の方ね。これがセンサーの役割をしてるの。ガイガー・ミュラー管と言って、100年前に基本原理が作られた装置。仕組みについては、そうねぇ……」

 中之森さんはしばらく考え込んだ。おそらくは考えている時の癖だろう、細い指が無意識のうちに形の良い唇をつまんで弄んでいる。この人でも説明に窮する事があるのかと意外に思ったが、こちらの理解力のレベルに落として説明するため言葉を選んでるんだよな。

「蛍光灯の仕組みは知ってるわよね」

「ええ、中学の技術科でやりましたから、少しなら」

「蛍光灯は、管の中を走った電子が蛍光灯の中の水銀原子とぶつかって、水銀原子が紫外線を出すわけよね。その紫外線が蛍光物質と反応して蛍光灯が白く光るわけだけど、今はその事は忘れて。順序としては、高電圧かけて、電子が飛んで、水銀とぶつかって、紫外線が出るわけね。ガイガー・ミュラー管はその逆と考えればいいわ。紫外線じゃなくて放射線が管に入ってくると、管の中のガス……ネオンとかアルゴンとかの不活性ガスとぶつかる、ぶつかってガスの原子から電子が放出され、放出された電子は高電圧かけられた管の中を移動して、結果として回路に電流が流れる……」

 ついてきてる? と中之森先輩の瞳が問いかけている。

「えーと、すごく大雑把ですが、懐中電灯の電球部分に太陽電池つけて明かりを吸収して、逆流してきた電流で乾電池を充電する、そんなイメージでいいですか?」

「あなたすごいわね。とりあえずそれで問題ないわ。あなたのイメージを借りるけど、充電される乾電池の代わりにアンプがあると思えばいいわけ。光を感知する度に電流が流れて、アンプからカリッと音がする。もちろんこの場合は光じゃなくて放射線ね」

 よかった、話についていける。


「解説は終わった? じゃ次の調査に向かうわよ」

 匂坂部長はそう言ってガイガーカウンターを取り上げ、ケースをセットしなおして移動開始した。教務棟に向かうらしい。


「ところで、どうしてガイガーカウンターなんて作ったんです?」

 リョーコがたずねた。

「部室での実験が連続して失敗、というか中断しちゃったからね。とりあえず自分の家で何か作ってきて、その成果を見せようと思ったの」

「あなた、いつも考えなしに動くからミスするのよ」

「ミスをするから学習するのよ。失敗は成功の素。ペニシリンだってブドウ球菌の培養に失敗して青カビが生えちゃったから発見されたんだもん。失敗の効能はバカにできないわ」

「だからって失敗する事を前提にするのはよくないでしょ。1回の失敗で取り返しがつかなくなる事はいくらでもあるのだから」

「でも……あ、すみません」リョーコが割って入った。

「いいわよ、続けて」中之森先輩が促す。

「本で読んで分かったつもりで、自分は出来ると思っていても、いざやってみると出来なかったりするんですね。で、出来なかった事を実感して、次は同じ失敗をしないようにしよう、そのためにはこうやればいいかな、とか、工夫を重ねていくうちに、失敗しないで出来るようになると思うんです。むしろ失敗する事で、自分は出来ないんだと気づくことができます。だから、失敗を恐れず実行する事も大事なんじゃないかなと、そう思うんです」

「そうね、平山さんの言う事は正しいわ。でも、それは練習の時だけよ。実戦でのミスは致命的な事になるから勘違いしないでね」

 予想外に厳しい一言だ。リョーコは「はい」と返答したが、中之森先輩の意外な硬さにやはり驚いているようだった。

「それにしても、失敗した事を気にするなんて、あなたらしくないわね」

「気にもするわよ。ただでさえ部費が少ないのに、これ以上減らされたりしちゃ大変だもの」

 これまた意外な話だ。思わず質問してしまう。

「そんなに部費少ないんですか? だってこの学校、スーパーサイエンスハイスクールの認定校でしょ? 県とか国からかなりの予算下りてたんじゃないんですか?」

「下りてるわよ。でもそれは生物部とか物理部とかの話ね。うちは昨年から大幅に減らされてるわ」

「どうしてです?」

「だって、見たでしょ昨年の私たちの研究実績。あれだけ好き勝手やれば、他所で発表して賞とかれるわけがないし、実績が見込めない部活動には予算減らして他にまわすのは当然よね」

「だったら、予算もらえるような研究をしていけばいいんじゃないですか? 予算さえもらっちゃえば、やりたい事もできるじゃないですか?」

 中之森先輩は、黒い瞳でまっすぐに俺を見据みすえて言った。一瞬暑さを忘れる硬質の視線だ。

「堀川くん、あなた、お金のために好きでもない男の気を引くような、そんな女の子をどう思う?」

 大変納得しました。この人結構厳しいんだ。


 なんて話をしながら、教務棟と図書館周辺のチェックも終わった。雨樋あまどい近辺でも変化無し。学生棟も体育系の部室、プール、学食周辺のチェックも終わった。これで終わるかと思ったが、フェンスも一通りチェックしようと匂坂部長が提案した。

 ユニフォーム姿の各部員たちがトレーニングしている中、学生服の4人組が校庭をうろつきまわるのは、いくら学校内とはいえ日曜の昼間の光景としては少々異質だ。俺もリョーコも痛い視線を感じているが、匂坂部長はガイガーカウンターに集中して周囲を気にしていないし、中之森先輩にいたっては他者からどう思われようが気にせず超然としている。この2人は別格だよなとしみじみ思った。

 と、今まで地面ばかり見ていたので気づかなかったが、辺りが暗くなっている。気温が急に下がってきた。空を見上げると分厚い雲がおおっていた。

 こりゃヤバイかな、と思うまもなく、ザッと音をたてて雨が降ってきた。グラウンドに黒い点が増え、一面真っ黒となり雨滴がね上がる。これはヒドイ。

「ゲリラ豪雨かしら。とりあえず部室行きましょう」

 校舎に向けて走り出しながら匂坂部長が提案した。運動部の面々も道具の片付けを開始していた。

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