第12話

「先生、もうこっちのフラスコはチェック終わったわね? あと湯浴ゆよくとリービッヒ冷却管れいきゃくかんも使うわよ」

 匂坂部長はエンジンかかったらしく、実験装置をテキパキと組み立て始めた。

「ほら1年生! 千切った葉っぱをビーカーに入れて水で洗って! 水はこの容器の中のを使うのよ!」

「洗うって、何か注意点とかあります?」

「不純物を適当に落とすだけだから、ざっとでいいのよ。そこのガラス棒でかき混ぜて。お米研ぐより簡単でいいから」

 ノリが完全にお料理教室だな。

 千切ったくすのきの葉っぱは、確かに防虫剤のニオイがした。


「どうです? 大変ですか?」

 脇に座っている八木先生が話しかけてきた。

「いや、まだ大した事してませんから、大変もなにも……。それより、部長さんは実験になるとイキイキしますよね。実験そのものがカンフル剤みたいで……。」

「おやおや、上手いこといいますね。こりゃ参った」

 へ? 俺なにか言った?

 思わずリョーコと顔を見合わせる。

「おやご存知なかった? いやいやいや失礼。カンフルというのはですね、元は樟脳しょうのうという意味なんですよ」

 へー! 始めて知った! またもリョーコと顔を見合わせる。

「樟脳はですね、もともと医薬品として使われていたんですよ。強心剤として使われなくなった今でも、カンフル剤という言葉が残ったくらいですから、昔は相当に需要があったんでしょうねえ」

「樟脳を医薬品として用いたのは、中世の中東ね。樟脳だけじゃなくて、ラベンダーとかの香料の抽出もその頃よ。そもそもそれが可能になったのは、錬金術の研究のために水蒸気蒸留法すいじょうきじょうりゅうほうが発明されたからで……よし、出来た!」

 匂坂部長は、胸を張って揺らして手を広げて、完成した装置を自慢気に披露ひろうした。

 とはいっても、フラスコとガラス管とゴムチューブの集合体で、それらがスタンドで固定されているわけだが、正直何が何だか何ができるのか、さっぱりわからない。

「では説明しましょう、エヘンエヘン」

 質問するまでもなく説明が始まった。

「まず、こっちのフラスコに水を、こっちのフラスコに楠の葉っぱを入れます。で、両方ともガスバーナーで加熱します。葉っぱを入れるフラスコは、葉っぱが焦げないように湯浴ゆよくを使って温めます」

「すみません、湯浴って何ですか?」

「この銅製の鍋みたいなのがそう。バレンタインデーのチョコ作ったことある?」

「俺があるわけないでしょ!」

「あ、分かりました先輩! チョコが鍋にげ付かないように、鍋を湯煎ゆせんで温めますよね。それと同じですね?」

「そうそう! お湯を介して加熱すれば、フラスコの中は100度を越えないでしょ? 直接フラスコをバーナーで加熱しちゃうと葉っぱがげて炭になっちゃうからね」

 やっぱりお料理教室だ。

「ところで平山さんは、作ったチョコ、堀川くんにあげたの? 」

 途端とたん不愉快ふゆかいな記憶がよみがえる。リョーコも同様らしい。

「あらー、いちゃいけなかったかなー」

「あれはひどかったよな……」

「まだ言うか……」

「まるで歯磨き粉みたいな味のミントチョコで」

「しつこいな……」

「あのー、ちょっとー」

「しかもパセリみたいにミントの葉が刻んでそのまま入ってたし……」

「うるさいわね! たとえ不味くたって、女の子の作った食べ物は笑って全部食べて『美味おいしかったよ』って言うのが男の子でしょ! アニメでそんなシーン見たことないの!?」

「あのー、お2人ともー」

「モノには限度ってのがあらあ! お前だって食ってすぐ吐き出しただろが!」

「もしもーし」

「どうでもいいことばかりいつまで覚えてんのよ! だったらコーチンだって五年生の時……」

 いきなり、ブチ切れた匂坂部長が、俺たちの襟元えりもとを左右の手でつかんで引き寄せた。

「これ以上ギャーギャーわめくなら、胃に××××の葉っぱ押し込んで口から青酸ガス出させるぞ!」

 マジだ。目がマジだよ。

「私の実験、協力する気、ある?」

 あります、あります、あります。

「じゃあ説明続けるね」

 匂坂部長の後ろで八木先生が「すいませんねえ」という顔をしていた。

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