第7話
高校生活も4日目からは、穏やかなごくごく普通の日々が続いた。
入学初日から騒動に巻き込まれてしまったが、それもあってか先生たちは妙に親切だった、ような気もする。
一方的に話しかけてくる後ろのメガネくんには閉口するが、毎度空気も読まずに突入してくるリョーコのおかげもあって、ヤバイ趣味の持ち主とは見られずに済んでおり、クラスの女子たちとも関係は良好だ。その代わり、既に彼女持ちと思われているようで、別の意味で仲良くはなってくれそうも無いのだが、まあこれは時間が解決してくれるだろう。
とにかく俺の高校生活は、極めてまともに動き始めた。何事も最初が肝心だから、授業だって気合入れて受けている。なんたって3年後にまた受験がくるのだ。この学校はほぼ全員が大学への進学希望者だから気が抜けない。
だから部活動も、受験の邪魔をしないような、欲を言えば受験の役に立ちそうなところに行きたかった。学校の屋上に天体観測ドームがあるから天文部があるのかなと思ったが、地学部が天文部を兼ねているそうだ。地学部は気象観測とかもやるのかな? かなり面白そうだ。数学部なんてのもある。数学は高校受験で結構苦労したから、大学受験を考えるなら部活動で勉強した方がいいのかな? 物理部や生物部も研究成果を発表して賞をもらってる。かなり優秀な活動をしてるらしい。迷うなあ。
理系の部活動はもう1つあるが、あれは受験に役立つどころか寿命が縮みそうだから問題外だ。先日体育館で行われた部活動説明会でも、
部長も副部長も、黙っていれば容姿は特Aクラスだが、中身は取り扱い注意の危険物だ。爆発物とか有害ガスの類と同じだな。近寄らない方がいい。
とにかくゆっくり考えよう。高校生活は始まったばかりだから。
*
先日まであれほど咲き
受験勉強でしばらく映画など観てなかったから、連休はどこか映画でも観に行こうかな、と、ぼんやり考えていた放課後、例によってリョーコが突入してきた。
「ああよかったコーチンまだいたねーねーちょっとこれ見て!」
句読点もつけずに一気にしゃべるとスマホを押しつけてきた。
「えーと、空手の全日本の試合結果だな。3年前の代々木第二体育館か」
「ほらここ! 女子成人有段者、型の部の優勝者!」
ふむ、太田千春(中里大学)となってるな。中里大学というのは薬学の大学なのに空手部がやたら強い大学だ。
「ほらこっちが写真!」
優勝から3位までの3名が賞状持って写ってる小さい写真があった。お、これは!
「ね? 絶対あの先生だよ!」
「でもこの写真だけじゃわからんだろ。それになんか、印象全然違くないか?」
スマホの画面に写ってる太田千春さんは、あの太田先生より当たり前だが若い。いやそれより、見た目が柔らかいんだ。宝塚の男役とアイドル歌手くらい違って見える。髪の毛も今より長いし。
「だから今から確かめに行くのよ! ほら急いで!」
ものすごい勢いで
着いた先は当然だが、忘れようとしても思い出したくないあの化学準備室だった。
リョーコは勢いよく扉をノックし、「失礼します!」と叫ぶやいなや扉を開けた。
部屋の奥の事務机には、バラの花束と枯れススキくらいにオーラが違う教師が2人、向かい合う形で座っていた。驚く顔を見せる2人に向かって挨拶もそこそこにリョーコは突進し、太田先生にスマホの画面を見せた。
「失礼します! これ、先生ですか?」
ちょっと眉間にシワ寄せながら画面を見た太田先生は、飛び上がりはしなかったが明らかに驚いた反応を示した。
「どれどれ、僕にも見せてもらえませんかね」
八木先生が老眼鏡をかけなおしながら、よっこいしょと身を乗り出して画面を覗き込もうとしたが、太田先生は画面を隠した。それも頬を染めて身をよじらせながら! 意外と言ったら失礼だが、予想外にずいぶん可愛い反応だな。
「やっぱりこれ先生なんですね! 私先生の優勝した時の型見ました!
「ほう、優勝ですか。大学時代に空手をやられていたのは聞いてましたが、優勝とはすごいですね。いや本当にすごいですねえ」
そうか、その写真は先生だったのか。髪の毛は長いし印象が全然違って見えたけど、今の照れてる先生見たら納得した。鬼百合がいきなりスイトピーになったような気もしたけど、こっちの方が素に近いのかも。
「ところで先生、私たち化学部に入部します!」
ナニ? この場にいるリョーコ以外の全員が耳を疑った。視線がリョーコに集中する。一拍おいて視線がこっちに移動した! おい「私たち」って何だよ、俺は関係無いぞ!
抗議の声を出しかけた俺の口を、飛びかかってきたリョーコがヘッドロックかまして塞いだ。顔が胸に押しつけられるが大胸筋と区別つかないし嬉しくない。ブラの留め具が頬に痛い。
頭を動かしなんとか隙間を作って、俺は言った。
「俺は入部なんて」
「あの写真どうしたの?」
ギクッ! 抵抗する力が抜ける。
「削除したよ。メールでパソコンに送ったわけでもない。なんなら証拠見せようか!」
写真のフォルダからは実際削除してある。見せれば納得してもらえるだろう。
「クラウド……コーチンなら使ってるよね。本体から消してクラウド経由でパソコンに保存とか」
ギクギクッ! しまった、それは考えてなかった!
「コーチンのお父さんにこの話したら、きっと一緒にコーチンのパソコンも調べてくれると思うんだー」
あのクソ親父が、俺のパソコン内の画像ファイルを開きながら、ひとつひとつリョーコに解説する姿が瞼の裏に浮かんだ。
このままではいかん! 何か反撃する手立ては無いか? こんなコトで俺の高校生活が間違った方向に進むなんて耐えられない。
そうだ!
「写真の存在は爆発の瞬間に現場にいなかった証拠だぞ! そんなものを出したらリョーコだって大変な事になるだろうが」
「コーチンが気絶した本当の原因がバレた時の私のダメージと、あの写真を隠し持ってるのがバレた時のコーチンのダメージ、どっちが大きいか、試してみる?」
抵抗する力が完全に抜け落ちた。
「はい、入部に異存ないそうです。2名入部、よろしくお願いします!」
死刑判決を聞いた被告の気持ちが、少しだけ理解できたのがとても悲しかった。
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