第2章 結合

第8話

 5月の連休をどうやって過ごしたか、まったく記憶がない。

 連休前から、俺があの部に入った事がクラスの皆に伝わったらしく、連休が明けてこの数日、教室内で少しずつ距離感が広がっているような気がしている。いや、実際距離を置かれている。担任の先生ですら、俺を見て何か言いたそうな顔をするが、目が合うと視線をそらす。

 ただ一人だけ、変わらず話しかけてくる奴がいる。後ろのメガネくんだ。あいも変わらず一方的に話しかけてくる。これまでは鬱陶うっとうしくて仕方なかったが、今はその無神経さがかえってありがたい。

「ところでさ、最近元気ないんと違う?」

 あれ、無神経だと思ったけど、一応気がつくのか。

「よかったらこれ読んで。中にボクが厳選げんせんした本がいっぱいいれてあるから元気出してな」

 そう言ってメガネくんは、ポケットからUSBメモリを出して、俺の机に置いた。

 俺を心配して気を使ってくれているのか! なんてこった! キミを今まで軽く見ていてすまなかった、ごめんなさい、反省します。今からキミの事をメガネくん呼ばわりせずにちゃんと名前で呼ぶから。芝原圭二しばはらけいじくんだっけ? とにかくありがとう! 帰ったら早速見るよ。ところでどんな本入れてあるの?

 と、尋ねようとしたところに、リョーコが突入してきた。

「コーチン、注文した白衣届いたってさ!」

「だからその呼び方やめろ!」

 今までは誤解にせよ「彼女がいるリア充」という目で見てくれたクラスの女子たちも、今や「彼女もろとも変な人」扱いで見ているようだ。リョーコが入ってきた時の空気が、あきらかに前と違う。


 やれやれ。

 微妙な空気の支配する中、席を立った。

 まー、なっちまったものは仕方ないか。今の評判が卒業まで固定されてるわけでもないだろうし、他に絶対行きたかった部活があったわけでもないし。それになんといっても、あの部は先輩二人だけでなく先生もキレイだ。住めば都かな。


 ふと気になって、芝原くんに尋ねてみた。

「芝原くんは、部活どこ入ったんだっけ?」

「僕は情報処理部、2年生の兄もそこにいるんだ。僕はね今3Dのモデリングにデータベースを合わせてオートで反応してくれる……」

「悪い、また今度な。メモリありがとう」

 リョーコの後について、しぶしぶながら化学部へ向かう。卒業してから外部の人間に説明するだけなら、この部の名前はそんなに悪い印象は持たれないはずだと、自分自身を納得させながら。



 化学準備室のドアをノックしようとしたら、背後から記憶にある声がした。

「今日はそっちじゃないのよ」

 俺とリョーコが振り返ると、髪の長い中之森さん、いや中之森先輩が立っていた。

 リョーコは太田先生と話がしたくてたまらないらしく、あれから幾度となく化学準備室に足を運んでいたようだが、気乗りしなかった俺はあの日以来初めてここに来た。中之森先輩と顔を合わせるのも久しぶりである。俺はリョーコに続いて軽く頭を下げて挨拶した。なりゆきとはいえ、新入部員である。

「今日は中間試験の打ち合わせですって。一応は職員室ですから、試験の前後は入室禁止になるのよ」

 そうか、じゃああのキレイな先生とは今日会えないかな?

 なんて事はおくびにも出さず、中之森先輩が隣の化学室の扉を開けるのを眺めていた。


「あなた、あの日以来ね。まさかあなたが入部してくるとは思わなかったわ」

 そうでしょうね。俺も思いませんでしたよ。

「今日は準備室には入れないけど、サイフォンとお菓子はもう移動してあるから」

 リョーコの奴、目当てはそっちだったか?

 扉を開けると、すぐに教室の中から部長の匂坂さきさか先輩がやってきた。音楽が聞こえてきそうな笑顔で、髪と胸を揺らしながらスキップしてきた。分厚いメガネは掛けてない。

 匂坂部長は両手で俺の右手を包みシェイクした。性格は多少アレではあるが、キレイな先輩に近寄られて悪い気はしない。でも近すぎるな。目悪いんだろな。

「お久しぶり! ありがとう入部してくれて! 今年は誰も入らないかと思ってたからすっごくうれしい!」

「というと、1年生は……」

「あなたがた2人だけよ。仲良くやっていきましょうね」

 まあ、そうだと思ってたけどさ。

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