第1章 爆発

第1話

 春の陽気が心地よい。穏やかな風が頬をなでる。

 閉じたまぶたを通して感じる陽の光。

 それにしても、なんだか周りが騒がしいな。


「はい、そっと上げて」

「頭揺らさないように」

 背中から軽い衝撃がきた。何かに乗せられてる?

 何だ? 今どこだ? 俺は何してる? 何が起きてる?

 慌てて眼を開け身体を起こそうとして、自分がしばられているのに気づいた。


「意識が回復したぞ!」

 青い空を背景に、一目でそれと分かる制服を着た救急隊員たちの姿が眼に飛び込んできた。

 周囲を見渡すと、ストレッチャーにベルトで固定されて、救急車に乗せられようとしている自分の状況が理解できた。でもなんで?

「キミ、動かないで! 覚えていないだろうが、キミは頭を強く打って気を失ったんだ。鼻からの出血もあるから頭を動かさない方がいい。念のために頭部の精密検査をするので総合病院へ行くが、とにかくあまり動かないように」

 え? たしかに鼻血を出したらしい。鼻の穴に脱脂綿を詰められてちょっと息が苦しい。

「誰か、この少年の名前わかる方いますか。それとできれば彼のご家族への連絡を」

「ハイ、あたしやります! 彼の名前は堀川浩司ほりかわこうじ、彼のご両親も知ってます。近所ですから」

 そう言うや否や、ストレッチャーの横に滑り込んできたのは、幼馴染みの平山涼子ひらやまりょうこだ。

 あれ? この制服は?


 そうだ、今日は高校の入学式で、えーと何で救急車なんかに……。


 思い出した!

 おいちょっと待て。俺にも言わせてくれ。気絶や鼻血の原因は頭部の打撲だぼくと言えばその通りだが、そもそもの原因はだな……。

 しかし間近に迫るリョーコの眼が、「ゴメンね」と無言でお願いしていた。この野郎!

 ストレッチャーの脇に膝をついて俺の右手を両手で握りしめるその姿は、はたから見れば友人を心配して祈る構図だろうが、実際は犯行がバレるのを恐れて口封じしているの図だ。


 さて、こうなった原因を確認しよう。あれはたしか……。


 時は4月、俺は高校1年生、ここは今日から3年間通う事になる県立の楠木くすのき高校だ。


 楠木高校は歴史と伝統ある県立高校で、しかも県内有数の進学校。当然偏差値は高く合格するのも難しい。中学時代の担任は難しいから止めておけと言ったが、無理を承知で頑張ってなんとか合格できた。母親がとても喜んでくれたのは、見栄のためか安い授業料のためか。たぶん両方だろう。

 正門をくぐれば舞い散る桜の花びらの中、大正時代に建築された洋館が和風庭園と共に現れる。この洋館は楠木高校創立当初の校舎なんだそうで、この学校のというよりも、この地域のシンボル的存在となっている。笑ってしまうが最寄り駅の駅舎がこの洋館を模しているくらいだ。

 で、この洋館、今では授業は行われず記念館として鎮座ちんざましましているわけだが、こうして改めて風格ある建物を間近に見ると、本当にこの高校に入学できたんだなという実感がいまさらながらわいてくる。


 今日は入学初日。県立高校らしいかしこまった入学式典の後、教室でアレコレ説明があって、昼にはすべて終了。

 初めての高校学内を1人でぶらぶらと探検しつくした俺は、昼飯もまだなのでそろそろ帰ろうかと思い、その前に校舎正門脇の洋館前にふらりと立ち寄った次第。

 もう校内に残る学生の数も少なくなったので、落ち着いて入学の記念撮影ができる。買ったばかりのスマホを取り出し、洋館を写真に撮り始めた。なんといっても今日からこの名門高校で、これまでと違う生活が始まるのだ。その記念に……。


「コーチン? やっぱりコーチンだ。コーチンまだ帰ってなかったの?」

 精神的昂揚感は早くも崩れた。俺のことをまるでニワトリか何かのように呼ぶ声が背後から小走りで近づいてくる。15年の人生で10年以上耳にするこの声は、幼なじみの平山涼子だ。開けっぴろげの笑顔が相変わらずだ。ショートカットの髪の下で大きな瞳が活発に動く。こいつもこの高校に受かったと聞いた時には愕然とした。さして努力して勉強していたように思わなかったのもそうだが、幼稚園からの付き合いがまだ続くのかと思うとウンザリする。せっかく家から離れた高校を選んだのに、今までと同じ状況が続くというのは耐えられない。というか、その呼び名やめてくれないか。

「あ! コーチンもそのスマホ買ったの! 私も買ったのよ、ホレ」

 制服のポケットから勢いよく出したスマホはたしかに同機種らしいが、かわいいウサギさんのカバーしか見えないのでなんとも言えん。

「ねー、やっぱこの建物いいよね。カッコイイよ。これ壊さないで残して正解。ね、私も写真撮って! 建物バックにして」

 こっちの返事を確認もせず、洋館の前に歩き出した。やれやれ。

「いいけど、撮ってメールで送るにしても、機種変わったんならメアドも変わったんじゃないの?」

「あとで教えるからさ。そっちだって変わったんでしょメアド? 教えてよね」

 構えたスマホの画面に映った平山涼子は、両手でカバンをそろえて持って、ちょっと小首を軽くかたむけてポーズをとった。あれ? なんかカワイイかも。いや、たしかにリョーコは黙っていればカワイイと思う。拡大して1枚写してみた。これはちょっとよく撮れたかな。

「こんどは池も入るように撮れる?」

 あいよと返事をして、池が入るように少し距離を取って、何度目かのシャッターボタンを押した。


 その直後、いきなり背後から爆発音がした。なんで? と思う間もなくさらに連続して爆発音! 学校で爆発? そんなネタのサイトを先日見たなと頭の隅で思いながら、すぐに音のした方へ走りだした。リョーコも走ってくるのは見ないでもわかる。

 コンクリート校舎の角を曲がってすぐ、地面から大量の白い煙があがっているのが見えた。少しキナ臭い薬品の臭いも漂っている。煙がすぐに薄くなり、何かの装置らしきものの焦げた破片と、仰向けに倒れている白衣の女性が見えてきた。先生か? と一瞬思ったが、焦げた白衣の下に制服が見えたので生徒だとわかった。一見してケガをしているようには思えなかったが、尻もちついて目を回しているらしい。左耳だけでひっかかっている大柄の眼鏡が顔の前にぶら下がっている。制服のスカートが白衣ごとまくれ上がり、太ももだけでなく下着までバッチリ見えてしまっている。

 状況がまったく呑み込めない。これは事故? 事件? えーと、こーゆー時はまずどうすればいいんだ? 人工呼吸? いやいやいやいきなりそれはマズイか。やっぱり心臓マッサージかな? しかしデカイ胸だな。よし、これは人命救助なので問題なし。その前に取りあえず、さっきからスマホのカメラも起動したままだったのでシャッターボタンを押した。変な意味はまったく無いぞ。状況の保存の意味で事件現場の写真を撮るのは基本ですよ基本。昔よく読んだ少年探偵のマンガでもそうやっていたし、特に問題ないよね。第一発見者なんだし。

「この変態!」

 リョーコの声! しまったと思った瞬間、振り返ったアゴにガツンと衝撃が走り、白煙とは無関係に鼻の奥がキナ臭くなった。入ったのは右の上段回し蹴りか。

 言い訳や説明をさせてもらうヒマすらなし。

 急速に視野が暗く、視点が低くなる。リョーコの怒りに燃える目と、スマホと同じウサギがプリントされた下着が見えた。そして地面がせりあがってきて、俺の後頭部と接触したところで意識が消えた……。


 以上が、俺が気を失う前の出来事だ。よし、全部思い出したぞ。

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