第24話 相も変わらず旧市街

 初めてリーズ・クラインと邂逅したからといって、特にアレンが何かするということは無かった。

 ミスルカとの関係が不明な以上、そちらからのアプローチは危険だったし、父との関係も地雷が埋まっていないとも限らない。

 今は単に同じタイミングで二輪車を買いに来た客同士であり、赤の他人である。

 クラインを追っていればいずれ知り合うこともあるだろうが、この場では踏み込んだ話をするつもりはなかった。

 今はただ、そのクラインの面影がある容姿を、心にとどめておけば十分だろう。

 アレンは後の支払いと商品の引き渡しの確認をして、店を後にした。


――エド先生の娘さんか……


 実のところ、アレンとクライン父との関係は現状あいまいである。

 彼が犯罪を犯して逃げているわけではないし、アレンがどうしても彼を見つけないといけない理由もない。

 そうなるとかつて命を救ってもらった恩人としての面があるが、だからといって恩返しに積極的にかかわる、というのもちょっと違う気がしていた。

 もちろん、彼が言及した『エリントバルの闇』をこのまま放置するという意味ではない。

 あの、テラーフォックス隊の悲劇のようなことが平気で行われるというのは町の人々にとっても、何よりアレンの近しい人たちにとっても危険だ。

 その意味で、エリントバルの奥に潜んでいる悪を何とかするためにアレンは力をふるうつもりであるし、そのことが回りまわってクライン博士の助けになるのだろうとは思っている。

 いずれ表舞台に戻ってきてほしい、というのはアレン以外にも世界中の真空管にかかわる人々の思いでもあり、特に所属しているGMGの社員にとっては切実だろう。

 他ならぬアレンの恋人のミスルカの手によってサークノードSP-HA55Aが開発され、すでに市場に出て大人気になっており、エレインはガードレッグとクラインの娘という二枚看板が健在だ。

 GMGが今、最も勢いがないのはしょうがないことだろう。

 余談だが、SP-HA55Aはアレンやミスルカは『ロータスⅡ』と呼んでいたが、市場に出て以降の探索者の間では『ロータス改』呼びが主流であり、ミスルカはいっそのこと会社で正式に通称を発表して銃身に刻んで出荷してやろうかなどと愚痴っていた。

 だが、通称なんて言うものは発売元にどうにかできるものではなく、無駄だとアレンがなだめていた。

 アレンにはもともと通称にこだわりはないし、実際にアレンは今『ロータス改』を使用していないことが、なだめ役に徹することができた原因かもしれない。

 SP-HA55A"A"とミスルカによって名付けられた今の愛銃は、ソケット周りの強化が明らかにオーバースペックで、費用対効果を考えれば絶対に市販できるものではない。

 アレンの特殊技能精力素過剰発射オーバー・ショットを十全に使えるように、ロータス改をベースにミスルカが設計したもので、彼女自身によって型名がSP-HA55AA、そして通称名を『オーバーシューター』と名付けられた。

 市販予定は一切ないため、型名は本来不要だし、通称名はアレンが承諾すれば誰も異議は唱えないので、そちらで呼ぶことの方が多くなるだろう。


 ともかく、勢いがなく困難な未来が見えているGMGの売り上げに若干の貢献をしたアレンは、今日のところは徒歩で旧市街までの荒野を歩いていた。

 海の至近である新市街から離れるにつれて、空気は乾き始め、旧市街に近づくころには砂埃が舞う慣れ親しんだ風景に近づいてきた。

 古い城塞を元にした結果として、旧市街は場所に選択肢が無く、旧港との間でもそこそこの距離がある。

 若干内陸であり、西を山でふさがれている旧市街は、実のところ当時の拠点としては唯一の適地であった。

 新市街は森の一族エルフとの協定により、徐々に森を切り開いて拡大していくが、山を崩すことはかなわない。旧市街にこれ以上の拡張の余地は無かった。


 半ば廃墟である旧市街の門は、かつての城門の名残があって立派だったが、敵を防ぐ役には立ちそうもないぐらい崩れている。

 門番なんて気の利いたものはいないが、壁上デ見張ルモノバックウォッチャーの中でも新人を中心にして見張りが人の出入りを監視していた。

 中に顔なじみのベテランの顔を発見し、アレンは手を振った。

 相手は、新市街住人風のアレンの身なりに怪訝な顔をしたが、すぐにアレンだと気づいて指さして笑った。


――なに似合わねえ恰好してやがる


――うるせえ、人の恰好見て笑うなんて人間として腐ってんじゃねえのか? そんなんだから左遷されるんだ


――誰が左遷だ、俺は平穏な生活を望んでここにいるんだぞ


――サボり常習者が平穏な生活とは笑い種だ。仕事中に酔っ払ってんじゃねえぞ


――うるせえ、バレねえように飲んでんだから大丈夫だよ


 どうして、会話が成立するのかは分からないが、アレンと身振りだけで罵倒合戦を繰り広げている門番を、新人が変な顔で見ている。

 前途有望……いや、こんな場所に配属された時点でそれは無いだろうが、とにかくまだすれていない新人の邪魔をしてはいけないので、アレンはその場を後にする。

 中央通りを歩く。

 ここでもまず歩く人々はアレンの服装を見てギョッとし、顔を見てアレンだとわかって安心する。


――さっさと家で着替えるか……


 このままでは普通に歩くこともできない。

 アレンは足早に家に向かった。


「こらっ、おめえら何してやがる」


 家の前に不審者が数人、たむろしてアレンの家を覗き込んでいた。

 ふてぶてしい表情の彼らは、アレンの怒鳴り声に委縮するどころか、生意気にも言い返してきた。


「朝帰りだー」

「女のところに行ってたんだろ?」

「ねえねえ……なんでマリア姉とくっつかなかったの?」

「それよりシアねーちゃんに悪いとは思わねえのかよ」

「うるせえ、用もないのにこんなところまで来んな、ガキども」


 なぜか教会の孤児たちがアレンの家を覗いていた。

 まだなぜかアレンとあの姉妹の仲について言いたいことがあったようで、わざわざ留守の家に来るとはヒマな奴らだとアレンは思ったが、教会の子がヒマなのは当たり前だった。

 もし、ベイベルあたりが悪賢く、子供たちをひそかに安い賃金で働きに出していれば別だが、そんな様子はない。

 もうすこし、将来に向けて何かの訓練をさせたほうがいいのではないかとアレンは心配するが、年限が来て出て行った子供たちはうまくやっているらしいから、意外にこのままがいいのかもしれない。

 それでも、大通りも近いアレンの家あたりは、彼らの行動範囲ではなかったはずだ。


「そっちには後から行くから、おとなしく教会で待ってやがれ」

「なんかお土産持って来いよー」

「おねだりは卑しいよ」


 アレンの言葉にがやがや騒ぎながら子供たちは帰っていった。


「やかましい奴らだ……さて」


 着替えるのもそうだが、アレンは家でやっておかなければいけないことがある。

 家の模様替えだ。

 部屋の、ではない。

 アレン以外だったら、そしてこの建物でなければ、それは造作とか工事とか言われる作業になるだろう。

 実は元の建物を建てた時に魔法使いの手が入っていて、構造の維持にいまだ魔力が使用されているので、そこをいじってある程度のことができるのに、アレンは気づいていた。 


――ただ、外見は変えたくねえんだよなあ……


 外見をピッカピカにしたり、下手に増築に当たることをすると、家賃を引き上げられる可能性がある。

 できるだけばれないように、内部の快適性を上げる、というのが今回の目的だった。

 そしてもう一つ……


――グレイホースの車庫、だな


 今は地上部分が全くの地面で何にも使っていない。

 さっき子供たちが覗いていたが、同じように覗いても空っぽの空間と地面、梯子が一つかかって上に伸びているだけの殺風景な光景が見えるだけだ。

 重い二輪車を持ち上げるのはあり得なければ、外に放置することもあり得ない。

 鍵のかかり戸締りできる場所に保管するのは当然だった。


「……ということは、まずは入り口か……」


 入り口を広げて二輪車が入れるようにする。

 今は元見張り塔の狭い窓を入り口にしていて、アレン以外ではさっきの子供たちぐらいの小柄な人間でなければ通れないようになっているが、それを広げることと、防犯上の備えに鍵がかかる扉をつける必要がある。

 見上げると空は晴れていて、今日は天気が崩れる心配はいらないだろう。


――天井は明日でも問題ないな


 もう一つの改良は、天井の雨漏りだ。

 雨漏り、と言うのもはばかられるぐらい雨が吹き込んでくる。

 元々塔で、しかも逆さまになっているので階段が通る大きな開口部が開いている。

 板や布でふさいでいるが、しょせん一時しのぎだし完ぺきではない。

 貸主も上から見たりはしないだろうから、天井側は外観を気にせず機能的に改良する予定だった。


――きれいにしないとミスルカも呼べねえしな……


 恋人を自室に呼ぶ。

 若い男なら当たり前に行っていることだろうが、アレンにとってはあの事件以前は考えもしなかったことだ。

 ここは、アレンのただ一つの休息所で、アレンがただ一人で朽ち果てる予定の場所のはずだった。

 他者を立ち入らせることなど考えもしない、ただ一つのアレンの心の中に等しい場所だったはずだ。


――心の、中、か……


 今アレンの心の中にはすでに他者が住み着いているのだろう。

 まださほど長い付き合いではないが、ミスルカはすでに自室の住人に等しい。

 その他の近しい人々、マリア、シアなどは自室に招く親密さは無いが、玄関先に来て立ち話をするぐらいは別に嫌ではないだろう。教会のガキは別だ。

 益体もないことを考えながら、アレンは作業を開始した。


「扉か……」


 入り口を広げるのには成功した。

 建物に密かに刻まれていた術式を細工することで、入り口は自然な感じを保ったまま広げることができた。

 これなら手作業でやったと言い張ることもできるだろう。

 だが、扉が必要だ。

 近所から引っぺがしてくるわけにもいかない。

 扉が残っているような家は、当然今も人が住んでおり、人の住まない廃墟の扉は腐りきって朽ちているだろう。

 石造りの建物自体は長く残っているが、扉は木だから先に無くなってしまう。

 今、木材は新市街東の開拓地からのものがほとんどなので、旧市街で必要になってもなかなか回ってこない。

 木材屋、家具屋で中古のものを探すしかないが、状態が良くサイズが合うものがあるかわからない。

 今朝散財したこともあり、なるだけ費用は抑えたいが、それがかなうかどうかは微妙だった。


「まあ、まずは行ってみねえとな……」


 アレンはいつもの外套を羽織って、中央通りに足を運ぶ。



「あれ?」


 中央通りではちょうどいいものが見つからなかったので、周辺まで足を延ばして扉に使えそうなものを探している最中、気になる光景があった。


「ああ、まあ、悪い立地じゃねえからなあ……」


 そこは、かつての激闘の場所。

 ガレイ、つまりクラインが営んでいたジャンク屋の跡地だった。

 あの戦いで屋根と壁に大穴が開き、中もさんざんに荒れたはずだが、今は壁の穴がふさがれ、前の道もきれいに掃除されている。


「あの……何か?」


 アレンが覗き込んでいると、後ろから廃材を抱えた男から声をかけられた。


「ああ、ここ、どうなったかなって……ほら、いろいろあった場所だから……」

「そうなんですね。最近こっちに来たんで、その辺は良く知らないんですよね」


 男は、背が高く、アレンは見上げる形になるが、やたら痩せていて華奢な様子だった。

 そして……


「森から?」

「え……ええ、良く解りますね。見た目で言い当てられたのは初めてです」

「まあ、なんとなくな」


 男は、霊力素ファタマの巡りが活発なところから、森の一族エルフであることはアレンには一目瞭然だった。

 話には耳がとがっているなどの特徴を有しているが、全員がそうであるわけではない。

 要は、世に多数いる人族の中で、霊力素の影響が高い人々が種族として固定化した存在なのだから、特徴が様々なのは不思議ではない。

 なお、寿命が長いという話は俗説で、森や静かな場所で生活するのが体質的に楽なため、若い者しか町中で見かけないという事情からの誤解である。

 そして、エリントバル周辺のエルフが住む場所というと、新市街の東の森の奥にあると知られている。


「僕の名前はマルクロアイネ。お察しの通り東の森から出てきたエルフの一人です。名前を呼びにくかったら縮めて……」

「ねえ、マルク、お客さん?」


 奥から女性が現れた。

 かつて乱雑に木箱が積みあがっていた空間には、仕切りで奥が遮られて様子がわからなかったが、その奥から現れた。

 

「姉さん、体はもういいの?」

「ええ、少し休んだら気分が良くなったわ。それで、この人は?」

「えーと……」

「アレン、奔走者だ」

「ほん……そうしゃ?」

「旧市街の何でも屋とか賞金稼ぎとかそんな感じ」

「そうなんだ……やっぱりいろいろ知らないことが多くて嫌んなっちゃうわね。私は

ミリウルテイラ。名前を呼びにくかったら縮めてミリーでいいわ」


 なるほど、アレンの「目」で見れば気配はマルクとそっくりで姉弟であるのは明らかだが、こちらは一見してエルフとわかるだろう。

 ここだけは弟と同じ若干青みがかった薄い髪色を長髪にした、だがいわゆるエルフといわれて想像するようなとがった耳をしていた。


「本当、こっちは人が多くて気分が悪くなっちゃう……」


 そして、やはり町中が苦手というのは事実のようだった。

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