第21話 グラード・バージェス

――グラード


 テラーフォックスのトップでありエース。

 部隊で最強。

 近接の技量、強化された肉体、状況判断にも優れ、かつてのグレイウルフのナンバーツーの指揮能力。

 彼が建物の奥の木箱の積みあがった上に載って、肩に大きな砲を担いでいる。

 正直アレンとしてはハンドガン、アサルトライフルはともかくライフルやそれ以上の大きさの武器の見分けはつかない。

 距離があることもあって、奴が何を撃ったのかは分かっていなかったが、少なくともグレイウルフの連中を味方ごと壊滅させる威力があることは確かだった。

 強化服のおかげで息のある者もいるだろうが、それでも一見して助からないと思えるものもいるのがわかる。

 そして、黒づくめの連中も、あれだけタフだったにも関わらずすぐ動ける者はいないような状況だ。


「ひでえ……」

「だが、まずは……注意しろ!」


 不幸中の幸い、いややはり技量と視野の広さだろうか、少なくとも動けて相手の動きを把握しているナセルはさすがだった。

 アレンも体の節々が痛むのを振り切って立ち上がる。


「次弾、来るぞ!」


 あれだけ接近戦が強いのだから、そのまま近寄ってくるのをアレンは警戒したが、その場で砲撃というのもまずい。

 先ほどに比べて状況が混乱していて、壁際にいるアレンには逃げる方向も限られている。

 

――やるか……


 だが、さっきと違ってアレンには攻撃に対する心構えがある。

 全身に……

 いや、アレンは考え直して、体の一部分に精力素を集中させる。


――くたばれ!


 実際に声は届かなかったが、アレンにはグラードがそう叫んで引き金を引いたのだとわかった。

 そのまなざしと表情は、もはや憎しみしか浮かんでいない。

 地下の脱出を防がれ、残りの仲間たちもここでやられ、もう自分たちの目的は達せられないと悟ったかのようだった。

 だがグラードはあきらめていない。

 

――もう、俺たちには……ここでこいつらを殺し、後はあの男を……


 グラードもその仲間も、クラインから裏の事情は聞いている。

 モルト・デシオルクが真の黒幕ではないこと。

 そして、その背後にいるエリントバルにはびこる闇のことについても……


 正直なところ、グラードとその仲間ではその全てを相手にすることはできそうにない。

 だからせめて、彼らを生き地獄に落とした――甘い言葉で実験を受けさせ、暗殺や虐殺、その他後ろ暗い任務に使った――デシオルクだけは、自分たちの手で葬ろうと考えていた。

 その最大の障害は、やはりグレイウルフだ。

 そして今に至ってそこに加わったと認めざるを得ないのが、奔走者アレンだった。


 最初に出くわしたときからなんとなく気にはなっていた。

 腕の良さはたたずまいを見ればわかる。

 だが、若く、体格が貧相で、奔走者レベルの貧弱な武装では自分たちの障害にはならないと思っていた。

 だが、再び現れたこの男は隊の精鋭と互角以上の戦いをしてみせた。

 人質を取られ、不利な状況。武器を失ってなお、反撃をして状況をひっくり返して見せたチビの奔走者を、グラードは初めて危険だと判断した。


 そして、その戦い方から一人のトップ奔走者の噂を思い出す。

 百発百中――単に射撃がうまいからの異名かと思ったら、まさかの能力を持っていた。


――なるほど、あれならば名をはせるのもおかしくない


 そして偶然、偵察中に耳にしたグレイウルフ隊員の雑談。


「あのジャンク屋の爺さんが怪しいらしい。近々話を聞きに行くらしいぞ」


 そこからこの真空管屋を探し当て、そしてクライン博士を見つけた。

 そして、彼にアレンが自分たちと近しい存在であると聞かされた。

 いっそ隊に誘ってみるか……という意見も隊員にはあったが、クラインには止められた。

 グラード自身も、なんとなく「あれは自分たちと似て非なる存在だ」と直感していたのもある。


 はたして、今奔走者アレンは、自分たちに対する最大の障害として立ちはだかった。

 最後はこの右腕で仕留めるにせよ、先に一方的に打撃を与えられるのは大きい。

 光を放ち飛ぶバズーカ砲の弾。

 球に記載された威力値は164。

 ロータスの倍近くあるアデプタスのさらに3倍の大威力だ。

 引き換えとして連射はできないが、それは使い方次第だ。

 着弾を確信した時、グラードにとって信じられない光景があった。


「どりゃああああっ!」


 タイミングを合わせてジャンプしたアレンが、そのまま横向きの体勢になり、気合とともに足を合わせる。

 接近する光弾を正確にとらえたのは、偶然ではない。

 アレンは精力素に対する感知能力が異常なほど鋭い。

 そして体の中に流れる精力素の流れも同様に把握している。

 目標が見えていて自分の動きも自由なら、蹴りを当てられたことにも不思議はない。

 痛みとともに激しい衝撃を感じたが、それを黙殺して足を振り切った。

 弾き飛ばされた光弾は、上方に向かい、そこはさすがに石造りではなく木造の屋根を吹き飛ばし、夜空に消えていった。


――あれは目立ったかな……


 夜は基本灯りが無いのが旧市街だが、城壁には壁上デ見張ルモノバックウォッチャーが巡回している。

 城壁の灯りがかすかに届き、通りなどではほの明るいこともある。

 いくら不真面目でも見張りの視線は旧市街に向いているだろうし、この騒ぎを察知したことは間違いないだろう。

 だからといって寄ってくるかというと話は別だ。

 直接戦闘を禁じられているのもあり、恐らく騒ぎが終わった後にゆっくりやってくるだろう。

 先走りそうな筆頭が、今ケガをして休んでいることを考えると、明るくなってからかもしれない。

 何とか転がりながらも着地し、何かにぶつかったのを確認したら黒づくめだったので、アレンは踏みつけにしながら起き上がる。

 一瞬方向も見失ったので、周囲の状況を確認し、店の奥を振り返ると……


――ヤバいっ!


 すぐ近くまでグラードが近づいてきていた。

 慌てて握りしめていたロータスⅡを構える。

 が、それをグラードの蹴りによって弾き飛ばされる。


「しまったっ……」


 かつての愛銃と違いロータスⅡには細工をしていない。

 つまり、当たり前のことだが手にもって引き金を引かないと発射されない。

 アレンは今、丸腰の状態で危険な格闘家の至近にいる。


「離れろっ!」


 ナセルから援護射撃が飛んでくる。

 アレンはそれを利用してグラードから距離を取ろうとする。

 だが、あたりに散らばったグレイウルフ、テラーフォックス隊員の体を避ける必要があるのでうまくいかない。

 アレンは前腕部に精力素を込める。


――強度や力は何とかなってもな……


 格闘の技量では天と地ほど違う。

 アレンも経験や年齢の割には戦えるほうだろうが、相手は本職の軍人、精鋭部隊のエースだ。

 技術で来られれば間違いなくやられるだろう。

 そして、その予想は正しかった。


「……死ね」


 つきこまれた手刀は、アレンの両腕のガードをすり抜け、脇腹に鋭い傷をつける。


「ぐっ……」


 思わず体を追ってうずくまりそうになるのを必死で耐える。

 もし実行していたら、その瞬間に上から首が落とされるだろう。

 アレンの防具は動きやすさ重視だから首の守りは十分でない。

 そもそもが、胴回りはかなり厳重に守っているはずだったのに、この相手はそれを抜いて傷を与えてきたのだ。

 ジワリと服に血がにじんでいくのがわかる。

 傷口は熱く、痛みは我慢しきれないほどだったが、体を折るわけにはいかない。

 アレンは気力を振り絞って両腕を構える。

 

 グラードは、アレンの小さな体が、いまだ倒れていないことに内心驚いていた。


――獣人並みか……まさか、こんな少年がな……


 グラード自身と同じく、クラインによって心臓を置換した少年。

 だが、似た処置を受けていても、元々の体の強度は違うはずだ。

 草の一族、ヴァースと呼ばれることが一般的だが、グラードは自身のことを、そして同族のことを『獣人』と呼んでいる。

 確かに元は差別的な出自の言葉だったから忌避されるのは分かるが、その身に勇猛さ、凶暴さを宿した獣、という本質を忘れてはいけない、とグラードは考えている。

 かつての自分は、それを実現できないほどの体の問題を抱えていたが、だからこそ気持ちの面ではかたくなに獣にこだわっていた。


――認めざるをえまい、この少年もまた、獣だ……


 だからこそ、一撃で仕留める必要があった。

 手負いの獣ほど厄介なものはないからだ。

 しかし、アレンの力の大部分を占めるものは精力素の操作。

 銃を手にしていない今であれば、大した脅威ではない。

 とはいえ、グラードはアレンを獣として認めた。

 どんな反撃を加えられても大丈夫なように、持っている技量のすべてを使い、フェイントを交え、アレンの防御を砕いていく。

 必死に前腕でブロックするアレン。

 防具があるとはいえ、そんなものはほとんど役に立たない。

 腕を切り落とされるまでは無くとも、深い傷や打撲が、アレンの腕の感覚を失わせていった。

 ここまで接近戦になるともはやナセルにも手出しできない。

 銃を構えたまま、グラードの隙を探して狙いをつけている。

 だが……


――こちらにも注意を払っているな……くそっ、厄介な……


 当然のごとく、全体の状況を把握しているグラード、やはり惜しい人材だった。だからといって、手心を加える余裕はない。

 ナセルは、グラードを殺す覚悟を決めていた。


 アレンの腕は感覚が無いが腫れあがっている。

 もはや腕を上げることも難しい状況になり、ガードが下がっていく。


「もらったっ」


 そして最後の、致命の一撃がアレンの左胸に着きこまれる。

 グラードの全力の一撃は、並の人であっては耐えられない。

 それが獣人であっても同じだろう。

 板金鎧すら貫くだろう。

 アレンは死を覚悟した。


 アレンが生身ならその未来は実現した。

 クライン・ハートが、グラードに埋め込まれたKE301、最初期の人体代替型のクライン・エンジンであっても同じだろう。

 グラードの手刀は金属すら貫く。

 いくら鉄でできていてもそれごと体を貫いていたに違いない。

 だが、アレンのクライン・ハートはそれとは根本的に違う。

 一見、表面に文字が刻まれている金属の箱のような見た目をしている。

 だが、それは金属の箱ではない。

 特別な細工がされているわけではない……

 なんの変哲もない……

 ただの……

 『次元断層』なのだ。


「なにっ……」


 突き込んだ手に違和感を感じて、グラードは手を引き戻す。

 手首から先はそこになかった。

 遅れて痛みがやってくる。

 そしてアレンは、本能に従って後ろに飛びのく。

 ぐにゃ、と何かを足が踏んだが、それがグレイウルフかテラーフォックスか、あるいは生者か死体かは分からなかった。

 腕を抑えるグラードに、連続して光弾が打ち込まれる。

 アレンの、半ばインチキな光弾操作ではなく、ただ技量によってのみ全弾を命中させるそれは、ナセルの攻撃だった。

 通常の45威力のアデプタスではなく、ナセルが自身のために特注した63威力の強化球。

 その全弾を撃ち尽くす勢いで斉射された攻撃を全身に受け、グラードはだが膝をつくことは無かった。


――まだ終わってねえっ!


 アレンは周囲を探す。

 倒れたグレイウルフ隊員が持っていたアデプタスを借りるのも良いが、やはりいざというときに頼りになるのは、あの手になじんだ感触だ。

 厳密にいえば二代目だから多少は違うが、いつだってアレンが生死をかけるのはハンドガン。

 見つけたロータスⅡを拾い上げ、そこに精力素を注ぎ込んでいく。


――わりぃ、ミスルカ……


 この敵は殺し切らないといけない。

 アレンは限界まで、それこそ事前に確認した安全範囲を超える域まで精力素を過剰に注ぎ込んだ。

 精力素過剰ザルスファラ状態になった真空管ソケットが熱でやわらかくなり溶け始める。

 そのぎりぎりのところで、アレンは引き金を引く。

 相変わらず、この全力だと発射後の操作はできなかったが、今グラードは動くことができない。


 ブゥゥゥワァン


 アレンの過剰発射オーバー・ショットに込められた精力素は激発管エクスプローダの威力規格に換算するなら300オーバー。

 すでにバズーカ砲を超え、攻城兵器レベルになったその威力が、グラードの全身を吹き飛ばす。

 そしてその射撃は威力を減衰させながら壁を貫き、そして隣の廃墟の壁を貫き、さらにその先へ進み、そしてようやく消滅した。


「はあ……はあ……」


 緊張の連続で息をするのも忘れていたアレンは、不足する酸素を補給するために荒く呼吸する。

 壁にも屋根にも大きな穴が開いたが、周囲に住んでいる者はいないこの場所は、夜中であることもあって静寂に包まれていた。

 そんな中で、アレンの息の音だけが響き渡る。

 いつの間に近づいたのか、背後からナセルの声がかかる。


「よくやった」

「……はあ……わりぃ、殺しちまった」

「事前にも説明したが生死は問わずだ。気にすることはない」

「……よかった」


 そこで、アレンはよろけてしりもちをついた。

 後ろに人の体が転がっていないのを確認して、そのまま仰向けになる。


「疲れた……」


 下から見上げるナセルの顔は、疲れた瞳もあいまって、妙に年老いて見えた。

 そして、目を閉じたアレンは、その顔に関して何か感想を言おうとして……そのまま意識が沈んでいった。

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