第20話 アレン・ヴァイス

「下水道の存在は、軍警には知られていません。それこそ特殊部隊のテラーフォックスぐらいしか知らないでしょう」


 アレンは顔を上げてクラインに話す。


「だけど、奔走者なら……旧市街の専門家たる我々なら、そこが使われているであろうことは予想がついていました」

「な、ならば、なぜ事前に彼らを捕えなかったんだい?」

「相手の戦力が不明、すでに潜んでいる相手に比べて地の利が無い、こちらの戦力の連携が心配……とまあ、奔走者ではいろいろと不都合があるんですよ。だけど、軍警の、それもグレイウルフが協力してくれるなら話は別だ。相手の正体もつかめたことですし……」


 それでも、先にこの場を押さえたのは、まだ連中の治療が終わっていないことを考えていたからだ。

 だが、実際にはすでにこの場を去っていたテラーフォックスの面々は、グレイウルフ総出の下水道での戦いで打撃を受け、すでにそのほとんどが捕えられていた。


「……ということで、参考人として、おとなしく連行されてもらえますか? エド先生……いや」


 アレンはそれまでの、かつてエド・クラインに命を救われた名門の御曹司アレイノスの口調ではなく、今エドムンド・クラインを捕えようとする奔走者アレン・ヴァイスの口調で宣戦布告をした。


「とっとと捕まっちまえ、エドムンド・クライン!」


 言いながら取り出す銃は当然ロータスⅡだ。

 まだ改造までは手を付けていない、というかアレンでは手出しできない。

 今時点では一点ものだし、ロータスと一緒なのは外見だけで、内部構造には相当に変更が加わっているからだ。

 中身がクラインである老人、ガレイは、銃を突き付けられながらも、平然としていた。

 彼が口を開く。


「いやあ、やられちゃったなあ……さすがに本職は強いねえ……でもね……」


 その言葉と同時に、彼の後ろの木箱の間から、黒づくめが4人、姿を現す。


「もともと地下は陽動部隊さ。頭数は少ないが、こちらの方が主力だ。簡単にはやられないさ」

「良いのか? あんまり奴らに肩入れするようだと、あんたも犯人としてとっ捕まえることになるぜ」

「おお、怖い怖い、だけどね、軍の連中が今のままだと、私としてはまだまだ身を隠さなくちゃいけなくなる。そろそろ会社の方も心配でね……戻ってまだ私の居場所があればいいんだけど……」


 そこで二人のやり取りを黙って聞いていたナセルが口を挟む。


「デシオルク准将の件なら、今内部調査が進んでいる。早晩奴は失脚するだろう」

「なるほどねえ、だけどそれはしょせん彼がだけだね。安全には程遠い」

「待て、何を……まだ黒幕がいると言うのか?」

「さて、そこらへんはそちらで調べてくれないか……君にとって、名前を知ったぐらいで手出しができる相手ならばいいんだけどね……さて、それでは私は失礼するよ」


 言うなり、ガレイは急に力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。


「何っ⁉」


 慌ててアレンは駆け寄るが、その直後奇妙な音がする。


 カラン、カラン……


 そして、ガレイの体……だったものから首が取れて転がる。

 ゴロゴロと転がっていったそれは……


「人形?」


 足元に転がって来たそれを見て、ナセルは誰に対して、ともとれない言葉を発する。

 アレンも転がる首を目で追ってしまい、それは敵を前に致命的な隙になったのだが、その敵さえもこの事態に困惑していた。

 ナセルがそれを足で転がし、顔を上に向ける。

 金属製の、どう見ても作り物としか思えない人形だった。

 さっきは立って、動いて、しゃべって、表情すら変えていたはずだ。

 不可解な現象に、誰もが動き出せなかった。

 そんな中……


「まあ、先生のやることだしな……」


 アレンの言葉が大きな空間に響くのだった。


「……まあ良い。とにかく残りの連中は捕まえる。構え」


 ナセルの声に、グレイウルフの隊員が銃を構える。

 慌ててアレンは横に飛びのき、射線から逃れる。


「撃てっ!」


 元自動車整備工場であり、天井にまだクレーンのレールなどが残置された古びた空間。

 広大な一つながりの空間は、普段アレンも手前のほんの一部しか立ち入ったことが無かった。

 今、高火力のアサルトライフルの一斉射によって照らされた内部の空間は彼が想像していたよりずっと広かった。

 そしてその奥の方は山積みの木箱のせいで、天井以外は全く見えなかった。

 テラーフォックスの連中が潜んでいて気づかなかったのも、無理はないことだった。


 4つの人影が、それぞれバラバラな動きをする。

 見ていると互いにぶつかったりしそうに思えるが、そんな場面でもすり抜けるように位置が交換され、魔法でも使っているように見える。

 だが、それは純粋な技術だ。

 いかに強力な身体能力があれども、一般兵上がりにはこのような真似はできない。

 それはすなわち、軍内でも特殊部隊や精鋭部隊の出身ということになる。

 中にはグレイウルフの出身の者もいるだろう。

 そういう意味で全身黒装束で顔も確認できないテラーフォックスの恰好は、攻撃を加えているグレイウルフの面々にとって心理的障壁を緩和するのに役立っている。

 もちろん、顔見知りだからといって攻撃をためらうような隊員はいないから、実際にはわずかな違いでしかない。

 だが、そのわずかな違いが命を救うことになった。


「――っ!」


 突然眼前に現れたように見える黒い影に、とっさに胸のハンドルを引くグレイウルフ隊員。

 彼らの服はいわゆる強化服だ。

 軍用にしか使用を許されていない召喚管インヴォケータにより、人為的に精力素過剰ザルスファラ状態を作り出し、身体能力を向上させる構造だ。

 全身に力がいきわたるの感じながら、隊員は構えていたライフルを横にして、敵の攻撃に合わせる。

 ガキっとかみ合った拳とアサルトライフル。

 こちらは両腕で支えているにもかかわらず、そして強化が加わっていてなお、隊員はその力に押され、後ろに吹っ飛ばされる。

 アプレンティスほど蛮用に耐えず、どちらかといえば繊細という評価を受ける高級ライフルだったが、拳の一撃でひん曲がるほど弱いわけではない。

 だが、実際には敵の攻撃を受け止めたアデプタスは銃身が目に見えて曲がっており、修理可能にすら思えなかった。


 このテラーフォックス隊員には、腕の機能を回復するのと同時に筋力と拳の構造を変える改造が加えられている。

 インパクトの瞬間、内部の回路が精力素過剰ザルスファラ状態を作り出し、それを疑似的な斥力管リパルサ回路を通して前方に飛ばす機構だ。

 当たったのが無機物のライフルだったのであのようなことになったが、人体に当たっていればそこを突き抜けて、大穴をあけていたところだ。

 

 拳を突き切った黒づくめの横から、銃をアークメイジに持ち替えたグレイウルフ隊員が連射する。

 精度を犠牲にして連射速度を上げ、制圧力を重視したB型アークメイジは、一秒5発の光弾をまき散らし、それはよけきれなかった黒づくめに複数着弾する。

 状況判断的には、その向こうに味方がおらず、敵の動きを妨げる意図があり、遠慮なく全ての球を打ち切る勢いで連射する。

 その意図は半ば達成された。

 突っ込んでこようとしていた二人は踏みとどまり、だが残り一人はそのまま光弾を受けながらも直進した。


――あいつだ、あのタフな男……


 アレンはその動きに見覚えがあった。

 あの夜に何発撃ち込んでもすぐ立ち上がって来た男。


――他の能力を隠しているのかは不明だが……


 しかし、多機能にするとその分精力素スファラの消費も激しい。


――さすがに限度があるだろう


 アレンは、この敵がタフさに全力を振り切った能力だと看破した。


――だが、厄介だ


 不死身の能力というのは、その身体能力と合わせてみれば脅威だ。


――ならばここで……


 アレンはロータスⅡの銃口をその敵に向ける。

 ロータスⅡを受け取ってから数日。

 アレンは情報の裏を取り、この攻撃の手筈を整える傍ら、例の攻撃を何とか使えるものにできないかと試行錯誤もしていた。

 おかげで少々寝不足だった。

 眠気……とアレンにとっては重要な睡眠による体の成長を犠牲にして、なんとか一つの成果を得ることに成功していた。

 感覚だけで精力素の追加注入量を感じ取ることはある程度できたのだが、どの程度まで銃本体の回路が許容するかというのは分からなかった。

 仮に使いつぶしていい全く同型の銃があるなら、そこに限界まで力を注いで見極めることができただろうが、残念ながらロータスⅡは一丁しかない。

 恐らく、本体内部の回路より先にソケットがダメになる、という予想を立てて、奔走者仲間からジャンクのアプレンティスを手に入れ、そのソケットが溶融する限度を測ったのだ。

 今注ぎ込んだのはその限界値から2割減の精力素。

 球の威力は同一でもソケットの径がアサルトライフルより小さい拳銃では、ある程度の安全マージンが必要だと考えたからだ。


「食らえっ」


 力を抑えたことで、副産物も得られた。

 アレンが名をはせた光弾の操作能力を一部適用することができるようになったのだ。

 他の銃でやっていたほどの細かい操作、それこそ百発百中の精度というわけにはいかなかったが、避けようとする方向に少し光弾を曲げるぐらいのことは十分に可能だった。

 ブウゥゥン

 抑えたとはいえ、高威力のアデプタスのものを超える大きさの光弾が、目標とする黒づくめに向かって飛ぶ。

 直撃。

 男は肩に攻撃を受けて後ろ回転をしながら宙を舞った。


「すげえ……」


 どこからか聞こえてきたつぶやきは誰のものだったか……グレイウルフの誰かだろうが、突然敵味方の注目を浴びてしまったアレンを、テラーフォックスは厄介な敵として認識した。

 銃を傾けて手元を確認する。

 ソケット――よし

 銃身――よし

 次弾となる球の輝きも異常は無い。プレヒート機構への影響もないということだ。

 アレンは、再び銃口を戻し、自分に襲い掛かってくるであろう敵に備える。

 そのタイミングで、敵の一人の動きが止まる。

 ダメージの蓄積が我慢できる限度を超えたのだ。

 速い動きに翻弄されていたグレイウルフ隊員の一斉射が集中する。

 過剰ともいえる銃撃により、その体は腕が吹っ飛び、足から血を流し、そして頭に受けた銃撃により首が折れて絶命した。

 倒れる敵の体に、グレイウルフ隊員たちは歓声を上げて……たりはしない。まだ敵は残っているのだ。

 隊長のナセルはさらに、もう一つ気になっていることがあった。


――グラードが……いない?


 あれは手練れだ。

 この場の4人も大したものだと思ったが、奴はそれを超えるだろう。

 昔、生身だったころから時間制限があるとはいえナセルを圧倒していたのだ。

 問題が解消し、クライン博士の手助けまで受けた彼が、もしこの場に居たら一人で蹂躙されていたかもしれない。

 

「そんな、まだ足りないのか?」


 ナセルを思考から引き戻したのは、傍らの隊員の嘆きだ。

 アレンの特大の一撃を食らって、吹っ飛ばされたはずの敵が再び立ち上がっている。

 さすがにダメージはあるようで、足をよろけさせていたが逃げる気はないらしい。


「近づけるな!」


 動きが鈍っているなら、あえて優先的に狙う必要はない。

 まだ元気に動き回って、接近戦を挑んでくる敵を優先すべきだ。


「消えろっ!」


 アレンに向かってきたのは最初にグレイウルフの隊員を吹っ飛ばした相手だった。右手に仕込まれた機構に精力素が集中する……のを、アレンはその目で感知した。

 ならば、狙う場所は決まっている。

 かつての豆鉄砲だと押し負ける可能性はあった。

 だが、今のロータスⅡと、アレンの過剰発射オーバー・ショットであれば、決して威力で劣るものではない。


「ぐっ、ぐあああっ、腕があっ」


 先ほどのに比べれば精力素は抑えていた、がそれでもなお元の激発管エクスプローダが持つ力の2倍を超える威力の光弾が、男の拳に命中し、そして腕を巻き込んで炸裂した。

 片腕を失った男。

 しかしそれはクライン・エンジン処置を施される前の状態に戻っただけであり、腕一つを失ったにしては出血は少ない。

 だが、それは肉体的なダメージだけを考えた場合だ。

 腕ごと大量の精力素を、しかも意図して集中させていたそれを失ったことで、男は激しい脱力感を覚える。

 もはや立っていられない。

 男は、足を滑らせたかのように床に転がり、そして動かなくなった。


 それを見届け、グレイウルフの攻撃は残りのまだ動ける敵に集中する。あのタフな男はまだ動きが鈍い。

 アレンは、なら、とそのタフな男をターゲットにする。

 実戦の中で、アレンの力の制御もだんだんなじんできた。

 スムーズに力を通し、目標に狙いをつける。

 その時、


「散開!」


 ナセルの叫びが聞こえて、アレンはとっさに壁に向けて飛びのく。

 声だけが原因ではない。

 手元の精力素操作に集中していて気づかなかったが、探ってみれば遠方に巨大な力が集中しているのを感じたのだ。

 アレンが飛びのいたそのすぐあと、高速で飛来した光弾が、接近戦の行われているその場所に着弾した。

 アレンはその衝撃にさらに押され、壁に結構な勢いで激突してしまう。

 そして床に落下する。


――やべえ……気を抜いていた……


 普段のアレンなら、気合を入れればある程度の衝撃は無効化することができる。

 だが、突然の強襲でとっさに反応したこともあり、壁に当たり、床に落ちた時の衝撃には対応することができなかった。

 今日は完全に戦闘向けなので各部に装備した硬い革の防具が守ってくれたが、それでもダメージは受けた。

 ちょうど近くに飛び込んできていたナセルが、いち早く立ち上がる。

 光弾の飛んできた方向を見て、彼は歯を食いしばった。


「グラード……」

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