第17話 謎は大体解けた

「アレン、アレン……」


 自分を呼ぶ声に気づき、アレンは飛び起きる。


「はっ、俺は……あいつは……いや、あいつは倒した。うん、ひとまず大丈夫……ってここは? ああ、ここかあ」

「起きたとたん元気ね」

「シア……無事だったか……」

「ええ、あんたのおかげでね。表には軍警の人が来てるから、みんなこちらにいるわ。子供たちもいつも通り」

「そうか……良かった」


 ここは、旧教会裏手にある宿舎というか共同生活所だ。

 マリアとベイベル、子供たちが生活しており、シアの部屋もある。

 そして、ここは……シアの部屋だ。

 そのことに気づいたアレンは、慌ててベッドから降りる。


「わりぃ、シアのベッドを……」

「いいよいいよ、どうせ最近使ってなかったし……」


 女の子のベッドを借りたということの方に強く反応したシアは乙女だった。

 一方でアレンは汚してしまったことを気にしていた。

 止血されてから寝かされたのか血だまりができているわけではなかったが、アレンの服装の汚れがシーツに移っている部分があった。

 微妙な認識のずれに感づき、訂正しようかと思って、そういえばそんな状況じゃなかったとアレンは思い直す。

 慌てて体の状態を確認する。

 肩の傷はすでにふさがっている。

 包帯が巻かれ、だがその下の傷もふさがっているような感触で、痛みは少ない。


「ああ、お姉ちゃんが治してた。あとでお礼言っといてよ」


 うなずいて他の状態を確認する。

 膝の痛みは少し残るが骨には異常は無いようだ。

 その他、額や顔の傷は浅かったのか残らず治療されて跡は無かった。

 装備は、いつもの服だが血まみれだったので家に帰って交換しないといけないだろう。銃は……


 部屋の隅の置かれていた自分のずだ袋をあさる。

 ちょうどシアの大カバン、すでに中身は取り出されてぺちゃんこだが、あの落としたときの衝撃で荷物が痛んでいないかアレンは気になった。卵でも入っていたら悲惨だな、と思ってしまうがそうだったらこんなところに放置されていないだろう。

 手探りで取り出したロータスは……完全に壊れていた。

 ソケットアダプタは完全に溶融し、真空管の差込口がふさがっている。

 銃身もところどころ焼け焦げていて、あの一発に込められた威力がうかがわれる。アレン手製のリモートシューター回路も引き金ごと完全に吹き飛んでいた。


「買い替え……か」


 長年、それこそこの町に来てとりあえず初めて手にした銃だった。

 いや、アレンの戦闘スタイル、光弾を自由に操る能力からすれば、コンパクトで取り回しが良く、単発のこの銃が最も合っていたともいえるが、もっと高価なものが買えるようになってもこれを整備し、修理し、改造して使い続けてきたので、それなりに愛着はある。

 ついにお役御免ということなのだろう。

 若干寂しさを感じながら、アレンはロータスを袋に戻す。

 普段から飛んで跳ねて走り回っているので他の持ち物は無事のようだ。


「まだいるんだっけ?」

「うん、多分……」

「じゃ、ちょっと顔を出してくる」

「これで、終わりなの?」

「う、うーん、あとちょっとかな」

「そう……気を付けてね」

「ああ」

「絶対……無事に帰って来なさいよ」

「わかった」


 自分の袋を背負って、外套をひっつかんで部屋を出る。

 シアはアレンを追っては来なかった。

 廊下を進み、途中の部屋の閉じた扉から子供たちのにぎやかな声が聞こえてくるのを耳にしながら、聖堂の方に向かう。

 聖堂奥の関係者の入り口から入ると、マリア、ベイベルと軍警の制服の数人が話していた。

 壁の大穴は当然のごとくそのままだったが、死体や血は清掃されていた。さすがにマリアたちがやったとは思えないから、軍警がやったのか。

 サービスがいいな、と思って顔を見るとナセルだった。


「約束は夕方だったよな……」

「もう夕方だ」


 そういえば日差しが傾いていたような気もする。


「わざわざこんなところまでグレイウルフ隊長がやって来ていいのか?」

「連中の死体の回収は初めてだからな。それに、危険性が上にも伝わって、うちの部隊以外は直接戦闘を禁止された。だから俺たちが来るのは当然だ」

「なるほどな……あの博士は?」

「死体と一緒に帰った。初めてのKEの実物だ。それも含めて彼女に任せた」


 部外者もいるのでKEで通したがアレンにも何のことかはわかる。


――確かに、構造の解明も大事だな……あの天才先生だったら……いや……


 この場でクライン博士とメイナード博士、二人の天才と呼ばれる人物と話したことがあるのはアレンだけだ。

 その彼の目から見て、ミスルカはエド先生ほど異質な感じはしなかった。

 もしかしたら彼女が話を合わせてくれたのかもしれないが、たぶんそうではないだろう。両者共に、真空管技術と魔法の両方に精通する技術者ということで分野は似通っているのだが、そのレベルが違うとアレンには感じられた。


「体は問題ないか?」

「ああ、マリアに……聖女様に治療してもらった……らしい。気を失っていたからな」

「傷はふさぎましたが、失った血はそのままです。無理をされては……」

「気を付けるよ、改めて、ありがとう」

「いえ、私たちを、シアを守っていただいたのです。こちらこそ恩を受けるばかりで……」


 マリアとの話が長引きそうだったのを察したか、ナセルが口を挟む。


「すいません。こちらの話を先にさせていただいてよろしいですか?」

「ああ、ごめんなさい……じゃあ、私たちは聖堂の片づけを……もうかまいませんね?」

「ええ、こちらとしては証拠になりそうなものは確保しました。現場保存の必要はないのでご自由になさってください」

「はい、ありがとうございます……」


 後ろで「あの大穴どうしましょう?」「とりあえず板でふさぐとして……」などとアレンが責任を感じる会話がなされているのからは耳をふさぎ、アレンはナセルと情報交換する。


「……では、体の部位の変化に関しても警戒しないといけないのか?」

「死体はどうだった?」

「跡形もない。ただ腕に『KE305』、足に『KE304』と刻印された金属が埋まっているのを確認している」

「足もか……そういえば走り方に違和感を感じていたな」

「単純な脚力増強だろう。足から弾が出るとかではないはずだ」

「でも、それも考えておかねえとな。まだ数字は残っている」


 写真に撮ったのがKE311だったはずだ。最大であと300種以上、それはさすがにあの偉人でも一人で作るのは無理だ。だが3をシリーズ番号として、11種ぐらいはありうるだろう。まだ他の機能を持つクライン・エンジンは存在するに違いない。


「ところで、こちらからも聞いていいか?」

「何か?」

「バズーカ砲でも持ってたのか? 88球でもこんな穴は開かないぞ?」


 88というのは、手持銃としての最大威力だ。

 アプレンティスはおろかアデプタスのような高級品でも扱うことはできないし、大型の、地面に固定して使うことがあるような大型のライフル専用となる。

 壁が抜けるほどの威力ではないが、盾を持った人であっても数人まとめて吹っ飛ばす大威力がある。

 当然大きさも22や26なんていう小型のものではなく55という大きなものしか存在しない。サークノードの型番の頭2桁は、直径の数字そのままだから55mm径ということになる。

 そんな大きなもの、そしてそれを打ち出す銃は持っていないし、今回の大穴はそれ以上だ。

 それこそ肩に担ぐタイプの、銃というより砲のカテゴリに入るものでなければ実現できない威力に見える。


「まあ……奥の手ってやつだ。おかげで愛銃がオシャカになった」

「それは気の毒に……だが、そんな決め手があるなら銃を犠牲にする意味はあるか……」

「よしてくれ、とっさの思い付きがたまたまうまくいっただけだよ。次にうまくいく保証はない。少なくとも十分に練習しねえと実戦で使いたくないね」

「そうか、それは残念だ。連中を倒すのには火力不足が否めないからな」

「俺にアデプタスの1丁でも貸してもらえねえか?」

「やめた方がいい。あれは扱いが面倒だ。間違えるとすぐに精度が落ちるし、安全制御が厳格だから、整備を怠ると弾が出ないこともある」

「精度は俺には関係ないんだが……まあ高価だしな、その辺は適当に調達するか」


 品ぞろえからいえば旧市街ならソロンの店かな……と考えたアレンだが、ふと気になってナセルに質問した。


「今日は動くのか?」

「もちろん昨日以上の警戒をする」

「人は足りるのか?」

「うちの部隊は対外部隊だぞ。昨夜出たのは一部だ。全員動員を決めた」

「そりゃ大ごとだ」

「アレンはどうする?」

「今日は立て直したいな……そうだ、巡回だけどな……」


 アレンは、声を潜めて一つの頼みをナセルに告げた。


「何? ……それは……なるほど……何かをつかんだということか?」

「くわしくは後で答え合わせするぜ。間違えていたら恥ずかしいしな」


 恐らく間違いが無いが、そうだとするといろいろ面倒なことになるだろう。

 アレンの方でも準備をしなければならないが、それが他人の助けになるのなら手を打たないことは、彼にとってはあり得ない。

 別に皆殺しするわけではないのだ。

 一番の問題は、これでが再び姿をくらませて、アレン自身の問題が解決しないことだが、こちらの意図さえに伝われば、あの善人のことだから、何らかの連絡はあるだろう。

 一時に比べれば心に余裕があることはアレン自身にも不思議だったが、別に原因を究明するべきこととも思えなかったし、そんな暇はない。


「では、今夜は我々に任せて、ゆっくり休みたまえ」

「そうさせてもらうよ」


 ナセルは敬礼して去っていく。


――俺は軍人じゃねえんだけどな……


 それは初めて実質的な戦果をあげたアレンに対する敬意だったのを、アレンには知る由もなかったが、ナセルの気持ちとしてはそうせざるを得なかったのだ。


「アレン君」

「ああ、マリアさん。穴開けてごめん」

「いえ、それは何とでもなります。この教会が守られた痕跡とも言い張ればいいんです。アレン君が責任を感じることは無いわ」


 ベイベルはいつの間にか姿が見えない。穴をふさぐのに必要な板でも探しているのかもしれない。


「そりゃありがたい。あと、治療もありがとうな」

「それも気にしないで、私の務めだから……それでね……」

「何? なんか寄付とか必要? 壁の修理にもお金が必要だよね?」

「そうじゃないの……ねえ、アレン君、治療の時にね、あなたの体を見たの……」


 そうだ、包帯が巻かれているということは上半身は裸だったということだろう。その時アレンの体はマリアに見られている。


「……ああ、そうか、見たのか……」

「ええ、ちょっと驚いたけど……」

「まあ、変なものじゃ……いや、変なものだな、何かは詳しく言えねえが、ファッションみてえなもんだ」


 そんな言葉でごまかせるのだろうか?

 不安を感じながらアレンは努めて明るく、軽く、マリアに返した。


「いえ……そういうことでは、ただなぜ聖句が刻まれているのか気になって……」

「聖句?」

「ええ、小さく刻まれていたのだけれど、文字が特殊だから……」

「まて、あれをのか?」


 クライン博士のことだから、当然魔法関係の何かの文字だと思い込んでいた。だが、まさか教会所属で魔法と何のかかわりもないマリアからその文字に関する情報が得られるとは思わなかった。


「もちろん、読めますよ。アシェロでしょう?」

「アシェロ?」

「一般的には、古代神聖文字と呼ばれているわね。聖教内では重要な文字です」

「それは……どういうもの……いや、部外者が聞いていいもんなのかわからねえが……」

「別に秘密ではありませんよ。神代からの古い言語で、今の聖書はそれを元にして意味が通るようにして編纂されました」

「神代からの言葉……ということは意味が分かる?」

「それが、古代神聖文字アシェロは現代でも完全に解読されているわけじゃないの。最も神代の言葉を理解する、ということが不敬にあたるのかもしれないけど……」

「そうか……」


 古い言語だと、意味が分からない単語が混じっているのが普通だ。人々に使われているうちに徐々に変化してきたものならそうではないが、何らかの断絶があった場合には翻訳ではなく解読というジャンルになってしまう。

 ましてや、神代の言語と人の言語というギャップは、単に滅んだ古代文明の断絶とは一線を画すだろう。


「それじゃ、意味が分からねえのも不思議はねえな」

「いえ、あれは聖句の一部ですから解読はされていますよ……えっと確か神の不滅についての部分だったはずです……えっと、もう一度見せてもらうわけには……」

「あ、いやいや、確か書き写したのがあったはず……」


 ごそごそと背負った袋から、ミスルカの書写した紙切れを取り出す。

 ぐしゃぐしゃにはなっていたが、文字は読める状態だった。


「アレン君が自分で書いたの? ……ってそれは姿勢に無理がありますよね」

「ああ、今回の事件に関係があるかもって学者の人が書いたんだ」


 マリアは祈祷台に備え付けられている聖書の元にアレンを連れて行く。

 開け放しの聖堂に置かれているので本は鎖で祈祷台、そして床に固定されている。

 紙切れと見比べながら、該当箇所を探す。


「えっと……ああ、ここだわ。『……しかし神は滅びない、神の魂は我々を常に見ている。神の体は滅びた、神の心はしかして存在する』」

「……普通のことを言っているようだけどなあ……滅びるようなら神様って言わないんじゃねえの?」

「そうね。この部分は神が存在するのに、なぜ我々が姿を見ることができないのか、という問いに対する答えになっています」


 これは、どの宗教でも難問になっている。

 目に見えるものを神と擬すると、それは貶めていることになるし、人の支えになる全知性、全能性から遠いものになってしまう。

 全知にして全能なる神は、それゆえに誰の目にも見えない必要があり、そしてそうなると今度は実在性の問題が生じてしまう。

 そこで解決策としてはこの世界から行けない神の世界に実在する、とする場合や、精神体として存在するから見えないのだ、とする場合などがある。

 イムトラス聖教の場合は、神は全能性をうたわず、全知性、すなわち全ての出来事をあらかじめ知っているという存在だと規定している。

 だから、精神体であるという解決もあったはずだが、なぜかイムトラスでは神はかつて肉体を持っていたということになっている。

 さらにその肉体が滅びた、と聖書に書かれているということは全能性を否定している。永遠に肉体を持つことは神においてもかなわないと解釈されている。


「つまり、神様でもずっと生きるわけじゃない、ってことだろう?」


 アレンは自分の理解をマリアに確認する。


「いえ、そこは誤解されやすいのです。神は現に生きていると解釈されています」

「何で? 心とか魂とかしか残ってないって書いてあるんだろう?」

「そこが言葉の解釈が定まらないところなのです。実はこの部分、『心』とあるのでは魂と同じことを2回繰り返していることになります。ですが、この言葉は心という意味と『心臓』という意味があるのです」


 アレンは衝撃を受けた。

 心臓、まさにそれはアレンにとって心臓である。

 幸いマリアはこれが体の奥まで埋め込まれた、アレンの心臓の代替であることまでは思いついていない。

 刻まれた大きな文字が「KH」でぱっと見にはどうとでも解釈できるものであったことも幸いした。

 内心の動揺を、顔や声に出さないように注意して、アレンはマリアに問いかける。


「つまり、心臓だけは不滅、ってことか?」

「そういう解釈をする者も少数ですがいるのです。でも……おかしいですよね、心臓だけで生きながらえているなんて……ちょっと気持ち悪いです」

「……ああ、そうだな……」


 思わぬ所から得られた情報。

 アレンは衝撃を受けたが、それは絶望する方向の衝撃ではなかった。

 むしろ、希望と思っても良いのかもしれない。


――『不滅の心臓』……か、俺は、まだ生きていられるのかな?

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