第16話 ザルスファラ

 残りの球数が2つになって、ロータスの左側、4番と6番のソケットに刺さった22サイズの球の小さな光が、薄暗い聖堂にぼんやり浮かび上がっている。

 その様子は黒づくめの男にも見えている。

 だからこそ、アレンはこのままではどうしようもないと考えていた。


 ――1番は、時間切れ、か……しかし……


 相手は短期決戦を期している。

 このまましのぎ続ければ自滅してくれるだろう。

 だが、自暴自棄になったこいつが、アレンを避けて教会の奥へ向かってはまずい。

 さらに、アレン自身も軽くない負傷を受けている。

 視線を外すことはできないが、血が流れ続けていることが感じられる。

 下手をすればアレンの方が先に絶命する可能性もある。

 ならばこの場で倒す方法は……といっても、同じ攻撃をさらに二発当てたところで、致命に至るとは思えない。部位にかかわらず……

 

――だめだ、八方ふさがりだな


 強いてあげればここに奔走者が通りがかってくれないか、いやこの敵を仕留めるつもりで参戦してくれないか、ということだが、それは虫が良すぎる望みだろう。

 その時、黒づくめが一瞬顔をしかめた。


「お互い、限界が近いようだな」


 それでもアレンは会話する余裕がある、といえる。男はそれに対して一片の体力をも無駄にするかという心持で、刀と一体化した左腕を構える。


 アレンの頭脳は打開策について必死に考えを巡らしている。

 これまでの奔走者としてアレン自身が積み重ねた経験。

 出会った手ごわい敵の動き。

 訓練中や戦闘中の他の奔走者の戦い方。

 あるいは真空管についてガレイ爺さんとした雑談。

 さらには魔術が使えないとわかって落ち込んだ時の……


――そうだ、確かエド先生に言われたことだ……


 アレンはその時のことを思い出す。



「なに、落ち込むことはない」

「そういっても、先生。魔法の使えない僕なんて……」


 アレンの一族は魔法に狂った一族だった。

 生まれた時から強い力を持っていたアレンには、両親の期待も大きかった。体が弱いことがわかると八方手を尽くして治療方法を探してくれたが、それには肉親としての情という部分もあろうが、上級達人イムズあるいは例外達人デウルのような最上位の魔法使いとしての才能を惜しんだというのもあるだろう。

 力を失ったアレンは、確かにそれと引き換えに未来を手に入れたかもしれないが、それは皆の望んでくれた未来ではない。

 予想される皆からの失望の視線を思うと、アレンは気が重かった。


「いやいや、魔法の研究など、持っている力に依るものではなかろう。現に私など、自分では全く魔法を行使することができないが、そこいらのアークメイジ――君たちの言い方では上級達人イムズだったかね? まあそれらに劣ることのない知識を持っていると自負しているよ」


 確かに、アレンに施された処置が純粋に科学の代物であるとは思えない。魔導真空管の技術が発達した現代においても、臓器の代替ができるようなものは実用化されていない。

 かといって魔法だけで同じものが実現できるはずはない。それが可能ならばわざわざクライン博士を呼ばずともアルブリーブ領の魔法使いで何とかできたはずだし、イムトラスの本山から招へいした高僧に治療できたはずだ。


「でも……僕は先生ほど頭が良くありません」

「君にしかないものもあるだろう? 大魔法使いに成り得た君なら術式制御だって並ではないはずだ。例えば魔法陣の扱いなどは当然私より適性があるだろう?」


 魔法陣の構築、制御には目が良くないといけない。

 もちろん魔法的な目だ。

 精力素や霊力素を感じ取る力。

 それが無ければそもそも構成の良し悪しを見分けることができない。

 そうなると記述内容だけから判断するしかなく、「ここが1mmずれている」「この線はあと0.5mm細くなければいけない」など、別の意味で精密な目が必要になってしまう。

 そして、そうまでして苦労して作成した魔法陣も、「感じる」方の目を持つ術者が落書きのように書いた陣より効果が高いわけでもない。

 その意味でアレンが魔法陣に向いている、というのは正しい。


「でも、僕はそんな細かい作業は苦手です」

「はっはっはっ、まあ一例に過ぎない。時間はあるんだからいろいろ試してみなさい」



 かつてクライン博士とした会話が妙に頭に引っかかる。

 結局アレンはそれ以降魔法陣を自分でいじることは無かった。

 自分が細かい作業に向いていないのを知っていたし、この町に来てからはさらに大雑把になった自覚がある。

 例の「リモートシューター」――とアレンは呼んでいる――は、単にマイクロサイズの発砲回路のスイッチに、外付けで精力素の操作を受けるアンテナの役割を果たす単純な魔法陣を組み込んだだけ。

 実家の電灯にもついていた単純な回路の模倣だった。

 「魔法陣の工作」と言うのもはばかられるぐらいの小細工だった。

 だが、これにヒントが隠されているとアレンは感じた。

 アレンが命の延長と引き換えにできなくなったこと。

 それは、霊力素の操作によって、魔法を発動すること。

 十分な霊力素無しには、それを現象として発現することはかなわない。

 一方で、今までできなかったことができるようにもなった。

 それは精力素を直接操ること。

 これも、例えばスファラ・ストライクなどの魔法として発動させることはできなくとも、発動された魔法の動きを操ることはできるようになった。

 魔法の発動には精力素ではなく霊力素が必要だから、アレンが直接発動できるわけではないが、敵が魔法使いならもしかするとアレンは天敵なのかもしれない。

 今時廃れた魔法をそんな風に撃ちあう場面なんて存在しないが……

 ところが、魔導真空管から放たれる光球にもこれが有効であることがわかり、そしてアレンは『百発百中』として知られることになった。


――魔導真空管は電気を精力素に変換する


 アレンは手元のロータスの内部構造を頭に浮かべる。


――発動した光球は動きが速いからせいぜい移動制御程度しかできない


 そしてさらに集中して、次に打ち出されるはずの4番真空管の回路の位置を幻視する。


――だが、変換した直後であれば、位置は明確かつ固定だ


 今まで何百回と撃ったロータスの癖、引き金を引いてからどれぐらいで光が発生し、どれくらい後に銃口に光弾が現れるのかを想像でシミュレートする。


――ならば、そこで発生した精力素に、自分からあふれる精力素を注ぎ込めば……


 アレンは常時肉体が精力素過剰ザルスファラ状態にある。それが肉体の強度や力を上げているのだが、つまりは精力素が豊富にある。

 ならばスファラ・ストライクの真似事も精力素操作でできるのかと考えたが、それはうまくいかなかった。

 体内から精力素を切り離し、それを一か所に固め、塊が崩壊しないように維持し、移動させ、相手にぶつけて炸裂させるのは古から伝わる魔法術式が必要だ。

 それを代替できているだけでも、魔導真空管というのはとてつもない発明なのだが、大事なのは単純に精力素を、手元の一点に集中させるだけならば、アレンの能力で可能だということだ。


――これをやると、恐らく発射後の操作は不能になる。だから、ぎりぎりまで引き付ける


 アレンは密かに反撃を準備しながら、じっと我慢する。

 すでに流れ落ちた血は足元にも到達し、聖堂の床に広がっているのが下を向かなくてもアレンには見える。


――まだだ、まだ……


 相手が近づいてきた時でないと避けられるかもしれない。

 だが一方で、すでに効かないとわかっているから避けないかもしれない。


――いやいや、楽観視は禁物だ、なんせ後がない


 失血で気が遠くなるのをこらえながら、アレンはひたすら待つ。

 

――いかん、相手が揺れて見える……違う!


 実際に体を揺らし、そしてそれを自然に目で追ってしまっていたアレンの視界から一瞬で外れた黒づくめはそのまま異常な速度でアレンに近づく。

 足音のリズムが奇妙なのは、この男の左足にも別タイプのクライン・エンジンが仕込まれているからだ。


 遠方での魔獣との戦いにより、片腕、片足を失ったこの男は、現地で満足な手当てを受けることができず、だが生き延びてエリントバルに後送された。

 男はグレイウルフなどの精鋭ではなく、軍警第一部の一般兵だったが、部隊の中では主力であり、高い身体能力で常に前線に出ていた。

 生まれてこの方戦いの中で生きてきた男にとって、手足を失い、もはや日常生活にも不自由する生活に耐えられる自信がなかった。

 そして接触してきたテラーフォックスの仲間に入ることになった。


 新たに手に入れた力はその代償もあった。

 それまで全身にあふれていた活力が失われていることを彼は自覚した。

 それは、それをクライン・エンジンの稼働に奪われることによる脱力感だったが、彼は他の者に比べれば衰弱の度合いがましだった。

 草の一族の精力素過剰な肉体があってのものだったが、彼は動ける人員として他の仲間のために走り回った。

 それでも、仲間が一人死に、また一人……と数が減っていくにつれて、彼は焦りを感じていた。

 昨夜狩った心臓は、弱った仲間に回された。それでも全員が夜を越せたわけではない。

 男は辞退した。

 そして、まだ動ける自分が、たとえ人目に付くとしても心臓を狩り集めてくる必要があると考えた。

 グレイウルフが出てきた以上は昨日のように不意を突かなければ勝ち目はないだろう。そして、二度あるとは思えない。そうでなければ精鋭部隊とは言えない。


 目についた民家で人を狩り、心臓を抉り出したときに、耐えがたい衝動に従って思わずそれを口にしてしまった。

 戻って仲間に与えないといけないのに……

 彼の頭に、人間の心臓を狩ることへの罪悪感はすでになかった。

 それは彼と仲間が生き延びるために必要なことなのだ。

 だから頭にあったのは、助けなければいけない仲間に対する申し訳なさだけだった。

 その精神は、すでに社会復帰できる状態を逸脱している。


 強化された足と生身の足を交互に踏みしめながら、彼はアレンと距離を詰め、腕の刃を振りかざした。

 まだアレンは自分を視界に納めていない。


――とった!


 銃口がこちらを向くが、この奔走者は銃の向きと関係なしに弾を曲げてくることは体感している。そして同時に、残りの2発を受けたところで自分がやられることは無いということも体感で知っている。

 だから、何も気にしないで突っ込む。

 刃が今度こそアレンの首に吸い込まれそうになった瞬間――しかし、その結果は実現しなかった。


 ブウウウン


 大きな、あまりにも大きな発動音。

 あまりにも大きく、視界全てを覆いつくすかのごとき光の銃弾。

 突如そんなものが目の前に現れ、それに対して何か思考する前に、男の頭から首、胸にかけて大きな穴が開いた。いや、頭は全て吹き飛んでしまったというのが正しい。


「うまくいった……か……」


 立っていられなくなり、愛銃も取り落として膝をつき、出血する肩を押さえてアレンが息を吐いた。

 激発管エクスプローダが発動するその瞬間、その発動点にありったけの精力素を注ぎ込み、精力素過剰ザルスファラ状態を作り出した。いわばザルスファラ・ショットというところだろう。

 発動後は一切の操作はできなかった。

 ただただ大きく膨れ上がった光弾は、そのまま直進し、黒づくめの上半身を吹き飛ばして、ついでに聖堂の壁にも大穴を開けて飛び去った。


――近くの建物に被害が無いといいなあ

 

 そんなことを考えながら、アレンは床に倒れ、意識を失った。

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