第15話 あせり

――何で? こんな昼だろ?


 現場に着いたアレンは、居るはずのない敵を発見した。

 周囲の民家――廃墟というよりはましな家で、きっと家賃を払って住むような家だろう――そこから現れた、黒づくめの姿だった。


「てめえっ」


 アレンは激高した。

 黒づくめ、の姿は明るい場所で見ても黒だったが、ところどころ色の違う場所がある。

 水に濡れたのではないだろう。

 調理用の油が跳ねたのでも、屋台の牛乳をこぼしたのでもないだろう。

 明らかに今浴びてきたであろう返り血にまみれて、その男は路地に立っていた。


「……アア、キノウノ……」


 その体つきは黒づくめの装束でも何となく見覚えがある。

 そしてその違和感のあるしゃべりは、アレンにとっても聞き覚えがあるものだった。

 昨夜やり合った男、サシェに傷をつけた奴だ。


――しまった……プレヒートが……


 腰に手を回して、アレンはミスに気付いた。

 走る途中にいくらでも時間があったのだから、引き金を引けば発動する状態にしておくのが当たり前だ。22-27球が温まるのには最大10秒程度かかる。アレンが使用するWXグレードは中ぐらいのグレードなので、約8秒。この場では決定的な隙になる。

 アレンはプレヒートのスイッチをこっそり入れながら、ロータスの銃口を敵に向ける。


――この明るさだ……頼む、気づいてくれるなよ……


 ガラスケースの真空管とはいえ、その光は電球ではないので鈍い。

 発行するのは内部の電子の動きを活発にするために温度を上げるヒーターだけであり、それは他の電極で隠れている。

 今の状況でプレヒートを入れ忘れるのは熟練の使い手にはありえないのだから、自信満々にしていればバレないはずだった。

 はたして、男は動きを止めた。


――あと5秒、4、3……


 その時、


「何? どうなってるの?」


 男の向こうに横道から出てきた人影。

 手に下げた大きなカバンを落とす。

 そのカバンにアレンは見覚えがある……どころではない。

 さっき、別れたばかりだ。


「シアァァッ、逃げろぉぉ!」


 アレンは大声で叫びながら、引き金を引く。

 十分に熱せられなかった22WX27激発管エクスプローダは、だからこそ異常な状態で発動し、たちまち弾けてガラスを周囲にまき散らした。

 とっさにそれを察知したアレンは目だけは守ることができたものの、顔にそれをもろに受けてしまう。

 一つ一つの破片は小さかったが、鋭いものもあり、額から血が一筋流れ落ちてきた。


――ちきしょう……


 だがひるんでいる暇はない。

 正規の発動ではないために、このまま次の引き金を引いても発動順が合わない。銃自体に組み込まれたシーケンサは、発動後、球が機能を失い、電極間が一定の抵抗値にならないと次の真空管に切り替わらない。

 アレンは指先がやけどと傷でひどいことになるのをためらわず、左手で真空管ソケットをいじってリカバリー操作をした。

 相手には当然悟られた。

 一瞬逡巡したが、前の時は人質を取ってもやられたことを思い出し、男はアレンの方に向かってきた。


「シネ」


 今日は素手だ。

 だからといって安心はできない。

 アレンは最初に出会った男、ナセルによればグラードという手練れが、素手で大量殺人をしていたことを覚えている。

 手刀しゅとうがナイフ以上の切れ味であってもおかしくない。


――だが……こいつは……


 アレンは血まみれの左手で男の右拳を迎え撃つ。

 昨夜と違い、手甲を装備していないので、アレンは生身だ。

 突き出される拳を手の甲、その血で滑らせる。

 右側に逃げ、前傾して前に走りつつ左に逸れた男に連射。

 ブワン、ブワン

 残った無事な球からでも二発は出た。

 アレンは賭けに勝った。

 昨夜ナイフを使っていたこいつは、手刀が鋭い性質を持っていない。

 その予想を元に、普通の格闘戦としての対応をしたのだ。

 人間離れした膂力程度だったら、アレンにも対応できる。

 そのまま走り抜け、シアの手を取ると一目散に走り抜ける。


――どこへ……


 頭に周囲の地形の記憶を呼び起こしながらアレンはどこに行くべきか考える。戦いやすい構造、周りへの被害、あるいは援軍となりうる戦力などを考えて……結論を出した。


「……しょうがねえ、教会だ」


 旧教会を戦場にすることにためらいはある。

 だが、ここまで騒ぎになっているならきっとマリアは子供たちを奥に連れて行っているだろう。

 そうすれば、勝手知っており、古びたといえ頑丈なあの聖堂が舞台として最適だった。

 それを聞いて血で滑る左手を握るシアの手に力が加わる。

 大丈夫だ、と返答する代わりにアレンは手を強く握り返す。

 そして二人は慣れ親しんだ旧市街北東の道を走り抜ける。

 すでに通りには一人として姿は見えない。

 今回のような相手は珍しいとしても、小さな諍いは普段から起こる。

 そうした場合の対応は住人にとって慣れたものだった。


――見えた


 見慣れた旧教会の聖堂。

 周囲に素早く目を走らせるが、人は、特に子供の姿は見えない。


――よし、やはりマリアは対応してくれているか……


 あるいはベイベルかもしれないが、表に出て遊んでいないということは裏にいるだろう。

 子供たちは朝夕の祈りと掃除以外では聖堂への立ち入りはしない。祈りに来る者の邪魔になってもいけないし、自発的に祈りに入るような感心な子供はいなかったはずだ。

 これで、少なくとも聖堂の奥までは無人のはずだった。


「シア、お前は奥に」

「アレン、ケガの……大丈夫なの?」

「ああ、問題ない……みんなを頼む」

「わかった、気を付けてね」


 シアを見送り、アレンは聖堂に入る。

 長椅子の影で、アレンは武器の状態を見る。

 6連のソケットアダプタの内、2つが一目見て使用不能だった。一つは焦げていて、もう一つは破壊されている。

 スイッチを切り替え、残りの4つで連発可能なように設定変更する。

 設定変更に関してはロータス純正の仕様ではなく、GMG製のソケットアダプタに入れ替えているからできることだ。

 そして、手早く球を4つ、残ったソケットに差し込み、回して固定する。選択された球は22XY35、本来はロータスの仕様からは35威力の球は使用不能なのだが、アレンの愛銃はいざというときのためにX等級以上の球であれば使用できるぐらいには強化されている。

 等級としてXYであればX等級の最上位だ。調査中にソロンの店に寄った時につかまされた、本当は買う予定の無かったものだが、今ここにこれがあるのはありがたい。


――さあ、来るなら来い


 アレンは表をにらみつける。

 逃げてくれるならそれでいいと思っている。

 さらに凶行を重ねるならば、止めに行こう。

 だが、他より教会の者がアレンにとっては大事だ。

 その安全を確保することが第一だった。

 だが、やはり敵はアレンのことを気にしているようだ。


「……来たか……」


 あの男以外いないのは、アレンにとって不幸中の幸いだ。

 特にグラードという男は他の対峙した黒づくめと比べても一段上の腕前だ。

 そして、他で町の人たちを虐殺して回っていて、こちらに来ないという事態が避けられたのも僥倖だ。


――やはり目をつけられているな


 二回対決をしのいだことが、相手にとっても重いのだろう。

 アレンは聖堂の入り口に立ちはだかり、道の真ん中に立つ黒づくめと対峙した。


「ナノアル、ホンソウシャデアルト、ナカマニキイタ」

「それはそれは、いや、俺のファンは多いからな。ファンレターは管理局宛でお願いするぜ」


 会話最中に不意打ち、というのはアレンの流儀ではない。

 対話には軽口で、あるいは悪口で返すのがアレン流だ。

 たとえ、彼我の戦力差が絶望的であっても……

 あのタフな男ではないが、少なくともあの短い時間で逃げ延びる程度にはこの敵はタフだ。

 あの時はロータスの不意打ち2発、アプレンティスを1発受けているはずだ。

 急所に当てたならばロータスの1発でも絶命に至ることもある。アプレンティスならなおさらだ。

 その3倍以上の威力の攻撃を受けて、それですぐ起き上がってくるなど、並の人体とは強度が違う。

 たとえアサルトライフル並の球が4発あっても、安心できるものではない。


「クチノ、ヘラナイヤツダ……」

「ところで、何で昼間に出てきたんだ? その服装じゃ葬式にしかいけねえだろうが」


 他の多くの宗教と同じく、イムトラス聖教の葬儀も真っ黒な衣装を身に着ける。その色合いで教会を訪ねるのだから、アレンの言うことは外れてはいない。


「ワレワレニハ、ジカンガナイ」

「あれか? クライン・エンジンってやつだな?」

「⁉……ナゼ、シッテイル?」

「こっちも全く調べずにお前らを殺すって追い回してるわけじゃないんだよ。何とか解決方法があるなら、協力してもいい」


 これはアレンの本心だった。

 確かに殺人集団だから罪は償わなければいけないだろうが、全員倒しておしまい、という問題でもないだろう。

 だが……


「モウオソイ」


 黒づくめは格闘の構えをとる。


「そうか……だけど、武器無しでいいのか?」


 素手では動きに注意する必要があるものの、対応はできるだろう。


「ナカマノタメ、オマエハ、ワタシガコロス」


 そう言った黒づくめの左腕が変形していく。

 黒い装束を中から破り、腕と一体化した大きな刃が現れる。

 それは、彼が昨夜持っていたナイフなど比べ物にならないくらい大きく、なおかつ切れ味も良さそうだった。

 変形が終わり、男は左利き用の構えに角度を変える。


「そっちが本命だったか……ナイフなんて使わなけりゃいいじゃねえか」

「シニチカヅク、ランヨウデキン」


 乱用できない、ということは、多くの精力素を消費するということだ。急速な消費は生命力の消費も同然。死に近づくのはありうることだった。


「そんなもの使わないで、生身の腕を使えよ」

「ウデハナイ」


――置換してしまったのか、いや……


 テラーフォックス隊員は、全て軍を続けるのが不可能なほどの負傷、欠損、持病を抱えていた。

 この男は、失った腕の代わりとしてクライン・エンジンによる新たな腕を移植していた。

 この腕は、普通に動かすだけでも精力素を多く消費し、激しい動きをするとすぐに衰弱する。

 ましてや、このような激しい変化を起こしてしまえば、もはやこの短時間動いた後が続かないのは明らかだった。

 それを承知して、つまり自分の死に場所をここと決めて、この男はアレンに立ち向かう。残された仲間が助かることを祈りながら……

 刃を構え、男はアレンと距離を詰める。

 アレンは、目に見えた男の姿と、足音を頼りにタイミングを計る。


――っ!


 その音が突然乱れた、ような気がした。

 不吉なものを感じたアレンは、一瞬の判断で身をひるがえして飛びのいた。

 ギリギリのところで刃がアレンの首筋をかすめる。

 切っ先が下の視界から外れるほどの至近で、アレンは一瞬切られたかどうかわからなかった。頭の中に、サシェの首が切り裂かれた映像が浮かび上がる。

 手で首を押さえる。

 離して手のひらを見る。

 その手が血で汚れていないのを見て、ようやくアレンは自分が間に合ったことを理解した。

 安心している場合ではない。

 刃物に球切れも弾切れもない。

 次の一撃に対して、アレンは刃の横腹に合わせて蹴り上げることで回避する。

 蹴り上げた勢いで宙がえり、姿勢が乱れている敵にロータスを2連射。

 大まかな狙いでも、アレンの操作力ならば狙いは外さない。

 自分が動いている場面では可能な限り視界がぶれることを避けるだろうという目論見の元、目元を狙う。

 はたして、その二発はともに黒づくめの顔面で炸裂した。

 並の敵ならそれだけで頭蓋骨が破裂していてもおかしくない出力の攻撃を受け、しかしこの敵の頭部はまだ原型をとどめている。

 のみならず……


「マダマダッ!」


 空中のアレンに向けて、さらに攻撃を加える。


「ぐあっ」


 軌道を変えることもできず、かろうじて見えた敵の動きに対応して体をひねるアレン。

 だが肩をざっくりやられた。

 そのまま何とか着地するも態勢が崩れて膝から落ちてしまう。

 肩と膝の痛みをこらえながら、それだけは握りしめていたロータスの銃口を敵に向ける。

 構えた右腕の肩から流れる血が、上げた腕の代わりに脇から腰に流れ落ちていくのを感じる。


「フム、タチキッタ、ト、オモッタガ……」


 膠着状態になってにらみ合うことになる。

 切れ味の良い刃が男の予想通りアレンの体に通らなかったのには理由がある。

 男が無理してクライン・エンジンに精力素をつぎ込んで力を得ているのと同様に、精力素に優れた生物はそれにより身体の能力、強度を高めることができる。

 知られている中では山の一族ドワーフ岩の一族ジーアス草の一族ヴァース、なにより野にはびこる魔獣などがそれにあたる。

 ナイフを体に突き立てれば人ならば刃が通る、熊や狼であっても通る、だが魔獣には通らない。それは毛や皮膚の硬さとは別の硬さを精力素によって得ているからだ。

 そしてアレンもその類だ。伊達に山の一族に間違えられるわけではない……いや、この話に身長は関係ないのだが……


「そっちも……やたら丈夫だな」


 即死レベルの銃撃を受けていながら、男はいまだあんな速い動きができる。装束の頭巾は破れ、元から出ていた鋭い目はそのまま、顔の半ばがあらわになっている。

 いかにも軍人といった精悍な顔つきだったが、それだけではない。

 アレンの攻撃で焦げたのか、一部が黒くなっているが頬に灰色の毛が密集して生えている。


――草の一族、か……


 蔑称として獣人と呼ばれることもある草の一族は、一部に動物の特徴を有しているのが普通だ。

 その度合いは人によって千差万別であり、またどの動物の特徴かも様々だ。


 昨夜居たアロールの一派の連中は、むしろ顔つきがまるで猫であり、全身くまなく毛におおわれており、体つきも小さいものがほとんどだ。

 その特徴のせいで、旧市街といえども職を得るのが難しい。飲食、工芸、製造は毛が混じるので難しいし、体躯の小ささは力仕事や商売も難しい。

 そうした者を集めて徒党を組んでいるのがアロールであり、部下だけではなく草の一族全体からの心証は悪くない。

 「麻薬さえやっていなけりゃ大っぴらに応援してやれるんだけどねえ」なんて言葉を、アレンは酔っ払いの愚痴として聞いたことがあった。

 だが、麻薬のほとんど効かないという特徴を生かして、そういう商売をしなければ、彼らが十分な収入を得られることは無かっただろう。


 目の前の男は、顔の凹凸を見る限り特徴の出方が著しいわけではない。だが、頬に特徴が出るということは耳や胸、腕や足は毛で覆われていてもおかしくない。

 相応に、草の一族としての頑健さを有していると、アレンには思えた。


 静かになったので終わったかと思って様子を除きにした近所の住人が、対峙している二人の姿を確認して一目散に逃げていくのが、アレンの視界に入った。


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