第13話 クライン・エンジン

「あなたは人の心臓食べたりしてないよね?」

「するかよ」

「で、電池も充電も違う……あなたどうして生きてるの? それともゾンビ?」

「知るか」


 だが、疑われても仕方がない。

 さっきまでの話で確認したとおり、精気素スファラの源たる心臓は代替できない。ならばどうして彼は生きていられるのか。


「……ヒントになるかは分からないが、俺は魔法を使えない」

「以前は使えたと?」

「そうじゃなきゃ、死にかけのガキなんかさっさと処分するだろうが……あの一族は昔から黒いうわさもあっただろ?」

「……うわさではね、結局、事実だと確認出来ちゃったわけだけど……」


 もはやアルブリーバの名は、アルブリーブ領の住民だけでなく、世界中の人々にとっても忌名いみなだ。だからこそアレンが名前を偽っているという面もあるのだ。


「なるほど、魔法使いの霊気素ファタマであれば、代替可能ということですか……筋肉や他の内臓から発生する精気素スファラと合わせれば、一応の代替は可能ということでしょうか……まあ、内部構造を確認しないと何とも言えませんが……どうです、私と一緒にベッドに行きませんか?」

「それは、一緒に寝てくれるってことか?」

「寝るのはあなただけです。大丈夫眠ってる間に全て終わってますよ」

「人生も終わるんじゃねえの?」

「大丈夫、ちゃんと開いた後は縫い直してもらうから」

「それって、解剖で死んだ献体とかでもするよな?」

「するわね。まあ、運が良ければ生きてるわよ」

「誰がするか!」


 危うく実験動物扱いされるところだったアレンだが、ちょっとだけは、それで内部構造がわかればいいかとも思ってしまう。


「なあ……これって、いつまで動くんだろうな……」

「うーん、そうですね。処置されたのは……二年前……ですか、それなら、私にはわかりかねます。うちの製品で寿命が一番長いのは、多分大型の往復管サイクラのどれかですが、それでも動かしっぱなしで1年つものは無かったはずです」

「つまり、耐用年数切れってことか……」

「あくまでサークノードの基準ですし、クライン博士はGMG、もっと長いのがあってもおかしくありませんよ」


 慰めるようにミスルカが言う。

 GMG、グラサゴ・マギトロン&ジェネレータは名前の通り元は発電機の会社だ。すなわち一瞬で効果を発揮する激発管エクスプローダを得手とするサークノードと違い、継続的な使用の方面が専門となる。

 その研究者であるクライン手製のこれは、もっと長い耐用年数を持っていてもおかしくない。


――いや、ぜひそう願うぜ


 かといって、10年、またはそれ以上機能し続けるというのは考えにくい。機械である以上は人の一生とは比べ物にならないくらい寿命は短いはずだった。


「ようやく合点がいった。つまり、アレン君とテラーフォックスは同じ問題を抱えていて、それで開発者のクライン博士を探しているというわけか……」


 ナセルが状況を理解する。


「けど、それだけじゃねえぞ。奴らは復讐って言ってた。寿命を延ばすのに成功したら、そのあとはナントカっていう軍の偉いさんを殺すつもりだろ?」


 「その辺が俺とは違う」と続けようとしてアレンは口をつぐんだ。

 ある意味では彼と奴らの目的は非常に似通っている。まず寿命の問題を解決し、そして宿敵を倒す、という点では……


「とにかく、解剖は無しだ。表面に刻まれている文字とかで何とか内容を推測してくれ……おっと、少なくとも俺のだけはな、連中はしらね」


 もしかして、連中の死体は確保しているかもしれない、と考えてアレンは付け加えた。

 ミスルカが渋い顔をする。


「それがねえ……」


 ナセルが後を継いで答える。


「連中の死体は確保できていない。過去の衝突で3人は仕留めたと思ったが、奴らは死体も持ち帰った……いま考えるとこの秘密を悟られるのが嫌だったのだろう」

「それが今日は、自らさらしたな……」


 アレン、ナセル、あるいはグレイウルフの前で奴らは秘密を開示した。確かにあれは時間稼ぎと隙をつく意味があったのだろうが、秘密を明らかにする、というのは何かがあると考えられた。


「それだけ、奴らの計画が先に進んでいるということなのだろう。もしかして、すでにクライン博士の居場所に見当がついたか……」


 時間は限られている、ということだろう。

 すでに部屋に差し込む光は夜が明けているということを示している。日中は動かないだろうから今すぐ、ではないにせよ、今夜にでも連中が目的を達成する可能性がある。


「話を戻すけど、アレン君のそれをもう一度見せて……刻まれている文字を写させてもらう」

「ああ、いいぜ」


 そして、アレンは胸をさらす。

 あの時は勢いだったが、ずっと人目にさらしたことのない自分の傷跡を、二人に見られるのはちょっと落ち着かない気持ちになった彼だった。


「大きな文字は……『KH』……Kはクライン(Klein)として、Hはやっぱり心臓(Heart)でしょうね。なんのひねりもないかな……小さい文字は……だめだ、型番か使用条件か何かだと思ったけど違うわね……だめ、わかんない。謎の文字列ね」

「アークメイジで天才技術者のあんたでもわからない文字?」

「うん、少なくとも工学的な記述じゃないことはわかるし、魔術的にも良く使われている記述には似ていない。そもそも、普通に使われる文字じゃないわよ。意味があるのかすらわからない。失われた古代文字とかそんなのじゃないかな……魔法学院の図書館に行けば調べられるかもしれないけど……」


 「とりあえず見たまま写したけど」と見せられた紙に記述された文字は、アレンにも見覚えがあるものではなかった。

 クラインがアレンの治療の対価として求めたのは家の秘蔵の文献を閲覧すること。

 ならば、それに関係しているのかとも思ったが、その文献も今手が届くところにはないし、当時子供だったアレンが閲覧できるようなものでもなかった。


「結局意味不明ってことか……一応書き写しておくか……」

「えっと、多分私には無理だから、あなたが持ってて」

「魔法学院に行けば調べられるんじゃなかったのか?」

「私は出入り禁止になったわ。上層部のジジイたちは私のことを裏切者ってののしってるらしいし……」

「喧嘩別れしてきたのか……」


 アレンはあきれたような声を出す。

 考えてみれば無理はない。

 魔法学を進歩させると期待した若き俊英が、研究を放り出して真空管技術者に転身したのだ。日を追うごとに影が薄くなっている魔法使いからの心証は当然悪い。

 もらった紙をごそごそと懐に入れながら、アレンはあくびをした。


「そういえば徹夜になったな。どうだ、今日から俺たちと……」


 ナセルがアレンに共闘を申し出ようとしたとき、扉が叩かれた。


「入れ」


 ナセルの声に、若い隊員が入ってくる。

 彼に敬礼し、報告を始める。


「失礼します。現場の検証が終わりました」

「何か変わったことはあったか?」

「ありません。死者は第三部隊のアルーズ少尉以下6名、第四部隊の部隊員4名、第五部隊のダドリッケ准尉以下2名の合計12名です」

「そうか……遺体は回収済みだな?」

「はい、別室に安置しております」

「よし、遺族への知らせは……」

「すでに本部に一人走らせています。本当なら我々から……」

「いい、後で私が対応する。差し当たっては本部に任せよう……戻った隊員はどうだ?」

「交代で休んでいます。準警戒態勢のままです」

「日中は動かんだろう。警戒態勢は解いてよし、全員体力の回復を最優先せよ」

「了解、それとですね、隊長」

「なんだ?」

「あの場面、写真を撮ったものがおりまして……」

「あの場面……正確に言え」

「推定テラーフォックス隊員の一人が腹をむき出しにした場面です。金属片の表面に何か文字が刻まれているように見えて、とっさにシャッターを切ったと……」

「何? なるほど……でかした。その写真はどこだ?」

「ここにお持ちしました」


 ナセルは隊員から写真を受け取る。

 後始末で忙しいこの時間で、良くも現像までやったものだとアレンは思ったが……


「どうせエレスミスだろう?」

「え……あ、はい」

「心配するな、あいつはそういうやつだとは知っている。後で酒でも持って行ってやるさ」

「はっ」

「よろしい、ではお前も下がって休め」

「失礼します」


 敬礼して隊員は部屋から出ていく。


「見せて、見せて」


 ミスルカが写真を奪い取る。


「いいのかよ?」

「どうせ正規の手順ではない。作戦行動中に写真を撮るなど普通は許されんからな」

「ならなんで?」

「三部上がりの元スパイだ。記録に残すことが習いになっているらしい。役に立つので隊のためになる限りは放置している」

「へえ……そんなのもいるんだなあ」


 言及されたエレスミス・ノーバルは、デオウィン帝国に潜入していたスパイであった。

 非常に腕が良く、エリントバルにとって第一の仮想敵であった帝国の情報を多く抜いてきたのだが、仲間の危機に大立ち回りをしてしまった。

 戦闘能力や索敵能力が高く、実は隠密や潜入よりもそちらを利用して実績を上げていた彼であったが、その一件で完全に身バレしてしまい、エリントバルに戻されることになった。

 だが、頭脳がいまいちで、情報分析が主体の本部では役に立たず、左遷させられて、不遇をかこっていた。

 そこを人づてに聞いたナセルがグレイウルフに引き抜いたのだった。

 熟練のスパイだったことで、そちらの方面の活躍を期待していたこともあり、情報収集にかかわる独自行動をナセルは許していた。


「これ……アレン君のとは全然違う」

「何?」「どう違う?」


 ミスルカの言葉に、二人が反応する。


「こっちの方はどう見ても、型番らしきもの以外は記述が無いわ。光の関係かと思ったけど、よく見てもそうは見えない」

「なんて書いてあるんだ?」

「『KE311』、そう読めるわ……Kは例のごとくクラインとして、E?」


 正解は意外なところから明らかになった。

 ナセルが口を開く。


「エンジン、だ」

「クライン・エンジン? それって……どうしてわかるの?」

「内部資料を当たっていた時にその単語だけは発見できた。クライン博士に関係する書類をしらみつぶしにしていた時だ。詳細どころか説明も一切見つからなかったので、そのままになっていた」

「クライン・エンジンか……」

「原動機、とするより広義の機関、とすべきね。気になるのは311という数字。311個目ということか……いや、製品じゃあるまいしそんな数は一人で作れないわね……だとすると、バージョン3の11個め、あるいはバージョン31の1個め……せめてダッシュ記号でもついていれば……」


 ダッシュ記号というのは『ー』だ。

 例えばロータスならSP-HA55と型番の中に入っている。

 あるのとないのでは型番の見やすさが違う。

 そして、今ミスルカが言ったように、型番の命名規則を推測するのに役立つこともある。

 アレンは再びあくびが出る。

 いい加減、眠気もひどくなってきた。


「……今のところは分からないわね。ただ言えることがあるとすると……」


 大口を開けたアレンの間抜け面を眺めながら、ミスルカが告げる。


「あんたのと、テラーフォックスのこれは全く別系統ね。作ったのがクライン博士ということだけが共通みたい」

「そりゃそうだろ……俺にはあんなトンデモな動きは(あんまり)できねえしな……」


 話し尽した、ということで夕方の集合を二人と約束し、アレンは駐屯地を後にした。


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