第12話 魔法と技術
時刻は明け方で、空が白み始めている。
そんな時分に、アレンたちはようやくグレイウルフの駐屯している廃墟の一つに到着した。
現場の後始末はまだ続いているようだが、アレンは私物、とサシェの持ち物を拾い集めるとすぐに移動した。
――よくこんな頼りないもんで飛び降りるよなあ……あいつ
サシェの使っていたハングライダーを触ってみての感想である。
普段からよく外壁からのダイビングを敢行している彼女だったが、その道具についてまじまじと観察する機会は無かった。
サイズはぎりぎりで、大して揚力が得られそうに見えないこともそうだし、骨組みは折り畳み式で、すぐに折れそうなほどにもろい。
たとえ100万人の軍勢に攻め込まれて落城寸前の城にいたって、こんなものに命を預けて空に飛び出すというのは自殺だろう。
ともかく、意外なほどの小型軽量で折り畳みができるサシェのハングライダーは、ボロボロのアプレンティスとともにアレンに担がれ、一緒に駐屯地に移動していた。
「まあ、お茶など気の利いたものは出ないが、勘弁してもらおう」
「いや、熱いだけで十分助かる」
夜から明け方となれば、まだ冬が先でも気温は15度を下回る。冷たいものよりも温かいもののほうがありがたい。
テーブルの正面にはナセルが座り、右にミスルカが座る。四方に椅子のある四人掛けのテーブルに三人だ。
「では改めて、ヴァイス殿には今回の件について秘密厳守を約束してもらいたい」
「いいぜ。それと、そっちが立場も年齢も上だ。アレンでいいよ」
「それではアレン、君のそれは何だ?」
自分の胸元に注目が集まるのを感じて、アレンは口を開く。
「いやん、エッチ」
胸を抑えて体を横にしながら言ったアレンに、しかしナセルは反応しなかった。
「くくくっ、思ったより変な子ね」
一応ミスルカからは反応を得られたが、ナセルはそのままだった。
「ジョークだジョーク、ま、なんせ重い話だからな。最初は軽くいきたいもんだぜ……」
椀の白湯を一口すすって、アレンは改めて二人のそれぞれに目を合わせて始めた。
「俺は生まれつき心臓が弱かった。15歳の成人までは持たないだろうって言われていた。何で知ってんのか知らねえけど、そちらの博士が言った通り俺はとある領主の一族だ。だから治療に使う金はあった……」
本当にどうやって知ったんだろう? とアレンは不思議だった。アレンがアレンと名乗りだしてから、過去の話は基本的に誰にもしていない。
――サシェ? そんな話題にはならない。いつも町のこととか追っている事件のこととかを微妙に仲悪そうな会話で話すぐらいだ。探索者仲間? 酒場の客? そんな深い話をするような関係じゃない。たわいもない世間話がせいぜいだ。マリア? シア? あの二人にはなおのこと故郷の話は厳禁だ。少なくとも、俺自身に整理がつくまでは……
「……結局、医者ではどうしようもなくてな。教会の治療師もだめだった。万策尽きて泣きついたのがエド先生、いやエドモンド・クライン博士だったというわけだ」
「なるほど……だが彼は医者でも治療師でもないはずだが……」
ナセルの疑問はもっともだった。
「それに関しては私の方から説明が必要ね」
ここまで黙って聞いていたミスルカが話を引き継ぐ。
アレンとしても、知りたいことは彼女から聞けるだろうと思っていたことがあり、自分のことの続きは後回しにする。
「クライン博士の研究は多岐にわたる。ただ、私だから気づけたことだけど、彼もまた純粋な技術者というわけじゃない。自分で使えたかは知らないけど……」
「いや、先生は使えない」
「……自分では魔法を使えないにせよ、彼は魔法の理論に興味があり、詳しかったことはわかる。各地を回って、古い魔法の資料を集めまわっていたという話も聞いたことがある」
「で、彼が魔法に詳しいことが医療行為とどう関係する?」
「焦らないで……魔道具という物を知っている?」
「あれだろ、聖都の癒しの泉とか……」
「魔道具でそれを最初に出すあたり、あなたの信心の度合いが良くわかるわ」
一般的にはあれは神聖具と宣伝されており、神の力が地上に起こした奇跡ということになっている。
実際にはある魔法使いの一族が協力して維持し続けているのだが、そういった裏事情は魔法使い業界では有名だ。なぜナセルも知っているのかはアレンには見当もつかなかった。
「ならばサディナの凪船とか、それこそエリントバルの無限灯台とかかな?」
「最後のは違うでしょ、あれは魔道具じゃないし魔道具だって主張もしてないわ……まあいい、とにかくそういうものよ。魔道具は人間や真空管の発生する魔法とは違って、ずっと長く続くのよ。
通常の魔法は身振り、詠唱、その他の手段で術者自身の霊力素を現象に変換するというものだ。
霊力素は生き物の精神などに存在するが、量が限られているので継続して現象を発生させるのは難しい。
魔法の効果延長は現代魔法学でも難問の一つであり、毎年のように論文が発表されているが劇的な成果は見つかっていない。
魔道具は古くから伝わる唯一の成功例であり、古代にはその方法も知られていたと考えられている。ただ、現在では魔道具を維持することしかできず、わずかな魔法式の改良どころか、模倣すら成功例は無い。
「だから、仮に人体に継続的な効能を与えようとするなら、魔道具が唯一の方法なわけ。つまり、彼は魔道具を製造することができるということになる」
「あれは作れないんじゃなかったのか? そんなことができるならもう歴史に残るレベルの大偉業だろう。わざわざ姿を消すなんてことをしなくても、身を守る方法ならいくらでもあったはずだ」
ナセルの認識は正しい。
魔道具の作り方を発見したのなら、少なくとも魔法使いは業界をあげて全組織が保護に回るだろう。有力とはいえただの一都市、一国であるエリントバルの軍部、しかもその一部が動こうとも太刀打ちできない。エリントバルから脱出すれば手出しができるものではないのだ。
「待ってくれ、エド先生の作ったものは、あくまで真空管のはずだ」
真空管には、ガラスケースとメタルケースがある。つまり、電球が複雑化したようなものと、金属で覆われて中が見えないものだ。後者の方が丈夫で衝撃にも強いため、信頼性が必要な分野で使用される。アレンが使うロータスの
「そう、人体の助けになるものと言うと……
「だけど、真空管には発動に電力を使う。俺だって習ったぞ、ドジソンのA軸干渉理論だろ?」
それは魔導真空管理論の発端と知られている。
それまで別個に存在していた魔法の世界と物理の世界、それを結びつける最初の理論だ。
良く知られているように、電気と磁気には相互作用がある。そして電気と磁気をかみ合わせた結果として物理的な力を発生する。古典的な電磁学のフレミングの法則で、電気、磁気、物理的な力の向きが3次元的に決まる。
ならば魔法は?
今まで魔法は
それなら、電気、磁気、精力素、霊力素の4つの間の干渉はどうなっているのか? そういう疑問から生まれたのがガミル・ドジソンの研究だった。
ドジソンはX、Y、Zの3次元に加え、Aという物理的に存在しない軸を想定した。単にアルファベットがその先に存在しないからAにしたと言われているが、ドジソンの意図としては架空の元素アイテル、あるいはエーテルからの連想でもあった。
X、Y、Zが直交しているのに対して、A軸はどの軸にも直交していないと考えられている。その角度こそが場の精力素、霊力素の密度に関係し、だからこそ今まで魔法が科学的手法で実現できなかったのだと考えたのだ。
そして彼の理論は魔導真空管を生んだ。
電力を消費し、主に精力素を生み出すデバイス。
これによって技術は進歩し、人々の暮らしは発展し、だが一方科学はより一層混沌と化した。
少なくとも電気、磁気、精力素、霊力素の
そのため、魔導真空管学はその使い勝手を良くしたり威力を高める方向に進み、今のところ真空管の稼働には必ず電力が必要であるという原則は変わらない。
「そうなのよね、だから最初はバッテリーでも外付けされているんだって思っていた。でも近くでアレン君のを見せてもらったけど、それらしい構造は無かった……ねえ、毎日電池を食べてたり、睡眠中に充電とかしてないよね?」
「人を何だと思ってんだ。食べるのはこんなんだし、家には電気すら来てねえよ」
そう言って「あれが残っていたな」と思い出したアレンは、油紙に包まれたジャガイモを取り出して遠慮なくぱくついた。
一晩中動き回っていたせいで、冷めてもさもさするゆでジャガイモでもおいしく感じた。塩気が強いのも良い。
「彼らだって、隠れ住んでいるってことは電気なんてないよね……本当にどうしてるんだろう?」
「……それなんだが、殺された隊員やギャングどもの死体から抜き取られていたものがある」
「……抜き取る、ね。大体予想がつくけど、それは……やっぱり心臓、なのね?」
ナセルが黙ってうなずく。
部下を失ったのも悔やまれるが、その死体がそうやって損壊されているのに対しては憤りを感じていて言葉にならなかったのだ。
「……となると、やっぱり
「なぜ、そんなことで真空管が動くようになるのだ?」
「ああ、軍人さんは知らないのね? 心臓は単に全身に血液を巡らせるだけの臓器じゃないの。それと同時に人体を動かす精力素の源と言われている。これは魔法使いには常識」
「だからこそ、死霊は霊力素のみの塊なんだよ。精力素を持たないから物理的な干渉力に欠ける。まあ、魔法を通して現象を起こせるのは確かだし、死体の心臓を操ってゾンビやミイラとして物理的干渉を実現している場合もあるがな」
「なるほどな、他人の心臓を精力素源として使い、それで動かしていると……で、具体的にはあれは何の力があるんだ? 見た感じだと速く動けるとか、銃の着弾にタフになるとか、そんな感じか?」
「そうね、軍警だからそういう方面でしょう。でも胴体に埋められたのは臓器の代替、あるいは延命かな。腕や足に仕込んでいる可能性はあるわね」
そこまで聞いて、ナセルは「グラード……」とつぶやいた。アレンがそれを聞きとがめる。
「グラード、あの中心にいた男だよな……知り合いか?」
「う、うむ……他言無用を改めて確認してもらいたい、いいな? よし、あの男グラードは元俺たちの仲間だ。グレイウルフで俺の右腕だった男だ。だが、持病が悪化して除隊した」
「持病は? プライバシーにかかわるなら拒否してもいいけど、知っているなら教えてちょうだい」
ミスルカの言葉を受け、ナセルはアレンをちらっと見て言った。
「心臓だ。壁に穴が開いているらしくてな、激しい運動をするとすぐに息ができなくなる。だが格闘のセンスがあって、射撃もうまかった。短時間なら俺も勝てない」
「それほどの男か……だが待てよ、最初に会った時にはかなり長い時間活動していたようだぞ」
あの夜のことをアレンは思い出していた。
アレンとの戦い以前にもあれだけの死体を作り出したのだ。
持病で短時間しか動けないにしても、あれだけ動ければ充分ではないだろうか。
その前後の状況を話すと、ナセルも困惑したようだ。
「それは……どこかに仲間が隠れていたとか……よほどその殺されていた奴らが弱かったのか……」
「どっちも状況的には考えにくいな。あれだけ返り血を浴びているのだから少なくとも奴中心だったことは間違いない。どれだけ弱くても、銃で武装した男たちだぞ? 赤子を殺すのとは違う」
「ううむ」とうなって黙り込んだナセルに代わって、ミスルカが話を受ける。
「ただ、それでも疑問は残るわ。さっき言った通り心臓は精力素の源、だとしたら他の臓器はともかく心臓を人工物で代替して無事なわけがない。精力素を出すものが精力素を受けるものに代わって、じゃあその心臓二つ分の精力素はどこから得ているのかわからない。だから他の臓器や腕、足などはともかく、心臓だけは大体不可能……って思ってたんだけどねえ……」
やはり彼女はアレンの方、正確には彼の胸のあたりをにらみつけていた。
「いやん、エッチ」
「そのネタは二度目よ」
今度はミスルカにもウケなかった。
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