第11話 ミスルカ
アレンにとっては、彼らの動機の中身は、実はどうでもよかった。大事なのは彼らが譲れない動機を持っていることだけ。
つまり――
「簡単には引いてくれない、ってことだよな」
「その通り、我々も好きで人殺しを重ねているのではない」
「アロールの連中が、あんたの仇と関係あるとか?」
「……いや、そうではないのだが……」
そこでこの危険な黒づくめは続きの言葉をためらい、少し視線を外したような気配がした。
今のアレンの状況では、その程度では攻めかかれる隙には足りない。そのことはアレンも、黒づくめ本人も了解している。
だが……
「動くな!」
声と同時に頭上に3つの光球が浮かび上がり、あたりを照らす。
今まで撃ちあっていたがれきの一帯は意外に広いことが明らかになる。暗い中では近くしか見えないため、当事者はもっと狭いものだと思っていたのだ。
そして、その広い戦場の周囲にはまだ原型を保っている石造りの建物があり、その屋根、あるいは屋上に銃をこちらに向けている人影が多数見える。アレンの背後も同様だろう。
見た感じ、制服らしいので軍警側、ということになるだろう。
アレンの背後から、進み出てくる足音が聞こえる。
そして、アレンの斜め前に出る。
グレイウルフ――ナセル・エイダリオだ。
「グラード、戻る気はないか?」
「……戻れるものではない」
「俺たちでは不足か? デシオルクが何を言おうと、黙らせられるだけの力はあるぞ。いや、そういう伝手があるというのが正確だが……」
ナセルは、黒ずくめのことをグラードと呼んだ。
普通に考えれば、軍警の第一部と第三部、対外戦力と諜報機関では接点が無いように思える。
双方が特殊部隊であることを考えると、そちらの方での交流かとも思えるが、それにしてはずいぶんと踏み込んでいるようにアレンには思えた。
だが、グラードが返事をする前に、横の黒づくめが前に一歩踏み出した。位置からして、あのタフな奴だとアレンにはわかった。
警戒する間もなく、男は黒い装束をまくり上げ、腹をさらしてナセルに質問した。
「これを解決できるのか?」
体は鍛えられている。
だが、そこには古傷がいたるところに走り、さらには、その場のほとんどの者には見慣れない鈍く光を照り返す金属が存在した。
「それは……埋め込まれているのか?」
「そうだ、生きるためにそうなった」
アレンには心当たりがあった。
――こいつらも……俺と同じか……ならば、エド先生を探すというのも……
それでは目的が同じなのも当たり前だ。
ここでアレンはふと、「対立する必要があるのか?」という考えに思い至る。
目的が同じならば、アレンも事情を打ち明ければこのテラーフォックスという一団と共闘する目もあるのではないか?
――だが、こいつらは人殺しをしている。いや、俺もしているが、こんな大量虐殺のような真似をするものと一緒に行動するというのはリスクも大きい。それに……
アレンに引っかかったのは、「生きるために」という言葉だった。
――生きるために、人殺しをする必要がどこにある?
素直に同じ境遇だから仲間、なんて思えなかった。
アレンが逡巡している隙に事態は突然動き出す。
「ならばこうするまでだ」
グラードが言葉を発すると同時に右手を掲げる。
アレンの視界の中で何か動いた。
その動きは、アレンにとっては小さい。
だが無視することができるようなものでもなかった。
自分たちを取り囲んでいる、建物の上の恐らくグレイウルフの隊員が突然背後から湧いて出た黒づくめに攻撃される。
不意打ちだったこともあり、こちらに狙いを定めていたこともあって、至近距離からの攻撃に対処できていない。
「貴様っ」
気を取られた隙に、すでに近くの黒づくめ、グラードと最初からいた3人の姿が無い。
ナセルは、援護に任せて自分は話し合いに徹しようとしていたのか、銃を構えてはいなかった。
改めてホルスターからハンドガンを抜いて構えたが、すでに狙いの付けられる相手はいなかった。
「仲間を守れ!」
ナセルの叫び声に多くの銃声が響く。
だが、その銃声はナセルの声がきっかけとなったというよりは、単に誤射の心配がなくなったことが大きいだろう。
黒づくめに奇襲された建物の上のグレイフルフ隊員は、一人残らず倒れ伏していた。
その場所に立っている人型は全て黒づくめだ。
それを確認してアサルトライフルの銃声が響く。
――45か……アデプタスだな
銃を扱う者の職業病というべきか、アレンはグレイウルフ隊員の使っている銃の情報を分析してしまう。
サークノード製のSA-MC323アデプタスはアプレンティスの上位機種に当たる。
精度も使える管の威力も最上位だが、扱いが難しいのと非常に高価なので軍警でも配備数は少なく、アレンは実射されているのを見るのが初めてだった。
だが、45という高威力の真空管を使えるアサルトライフルは量産品としては他にはない。さすがは精鋭部隊という武器の質だった。
そんなことを考えながらも、アレンは一番の気がかりのもとに向かう。
状況が二転三転しているが、最初に撃ちあいをしていた軍警第二部の隊員が隠れている物陰、そしてそこに逃げ込ませたはずのサシェの元に急いだ。
「大丈夫か……」
彼女は気を失っているように見えた。
いや、むしろ死んでいるようにも見えた。
首からの出血が制服を汚し、だが上背の割にふくよかな胸部のおかげで腹から下は血で汚れていない。いつもコロコロ変わる癖に一貫して気が強いことがわかる瞳は閉じられ、全身は力が完全に抜けたようにがれきに横たわっていた。
それでも……
「あんたらがやってくれたのか?」
「ああ、大事な、仲間だからな……」
「ありがとう」
傷口の首には包帯が巻かれ、その胸はかすかではあったが上下している。この場で動けるようになった軍警二部の連中が治療してくれたのだ。
アレンは、もう一度言う。
「ありがとう」
「恋人が助かったってんだから、あとでおごれよ」
「そんなんじゃねえ、ただ……こいつはこの町じゃ大事に思ってる連中が多いだけで……」
「あんたは違うのか?」
「こんな騒がしくて、人に迷惑しかかけないような奴は気にもならないね」
「だが、あんたは来たな」
「それは……」
そこで軍警の男は、ニヤッと顔をゆがめて、
「素直にならねえと、損するぞ、若者」
「だから違うって!」
アレンが女とそういう関係になったことはない。
そもそも、女だろうが男だろうが、アレンが自分の肌をさらすことは無いのだ。
それは、もしかすると単なる臆病なのかもしれない。
アレンは、先ほど自分の体をさらした黒づくめのことを思い出していた。あのように自分が体をさらすこと、それを乗り越えて女と抱き合うなんてことは今の自分とはかけ離れた世界の出来事に思える。
「ともかくこの子は我々に任せてくれ。ちゃんと病院に運び込むから」
「ああ、任せた……それで、そっちはどうなった?」
背後に迫る気配を感じて、アレンは振り向かないまま声をかける。
「やられた……隊員が12人死亡……大失態だな」
「そうか……で、俺はどうなる?」
「どうもしないさ、後は俺たちに任せろ。一介の奔走者が無理にかかわる必要はない」
だが、それではアレンの目的からも遠ざかることを意味する。
――それはできない
アレンは心を決めて、振り向いた。
「これでもか」
アレンは外套を開き、胴体を守っている革の防具をずらし、自分の胸を見せる。
あの男のように筋骨隆々というわけではなく、まだ十代半ばの少年の厚みではあったがそれなりに鍛えられた体。
そしてあの男とは対照的に傷が無く、日光に当たらないからだろうか真っ白の皮膚。
だがここだけはあの男と共通の、鈍く光る金属のパーツが、その胸の中央やや左側で光る。
3つ上がった灯りの光に照らされてその表面に文字が刻まれているのがわかる。
『KH』と刻まれ、六角形をしたその金属のプレートを見て、ナセルは目を見開いて驚いた。
――まさか、この少年もあの実験の犠牲者というわけか……だがなぜ? 経歴は洗った。軍警に所属した過去は無いはずだ。いや、三部の秘密主義に遮られたか……
だが、ナセルが決断し、言葉を発する前に横から声がかかった。
「なるほど、興味深いです。やはりあなたはクライン博士に関係があるのですね?」
その声は若い女性のものだった。
アレンと同様に外套で服装が見えないが、それはアレンとは理由を別にするだろうことは一目でわかる。
動きを悟られないようにそういう姿をしているアレンに対して、その女性は素早い動きができそうな身のこなしに見えなかった。
「博士、このような場所までついてこられていたのですか?」
「あら? 私無しでこの件の裏の事情を把握することなどできないでしょう? 少なくともクライン博士の業績、それも表に出ていないものに対して多少でも理解が及ぶのは、ライバルと、娘と、それと私ぐらいのものでしょう?」
自信あふれる言い方をするが、見た目はまだ若く見える。
話を聞く限りでは研究者なのだろうが、確かにこんな夜にこの場所にいるような人種ではないだろう。
「そうだとしても、この場は危険でしょう。駐屯地に帰りましょう」
「ならば、そこのアレン君も一緒です」
「……しょうがない。来てくれるか?」
「ああ、おっさんに裸を見せた甲斐があったぜ」
「あら、私にも良く見せてくださいな」
言って、服を戻そうとするアレンの目前に迫る女性。
「……なるほど、彼らと同じようなメタルケースの真空管、でも……まさか……ねえアレン君、あなたはどこを取り換えたの?」
「その前に名乗れよ、それとそんなに男の裸が見たいなら男娼でも買えば? おばさん」
「まあ、失礼な……でも確かに名乗らないのはこちらが失礼に当たりますね。私の名はミスルカ・メイナード。サークノードの主任研究員です」
その名前は、どこかで聞いたことがある。いや……良く知っている。
クライン博士の行方を捜していたアレンは、その手掛かりとして名のある科学者にも調べを進めていた。
一番手掛かりになりそうなのがクラインのライバルであり同年代のケルヒン・ガードレッグ。クラインがGMGのひも付きなのに対して、彼は最大手のエレインの所属だが、クラインと合わせて『双頭』と呼ばれている。
アレンのロータスにも使われているプレヒート機構は彼の発明で、それが無ければ火薬式の銃が廃れることもなかっただろうと言われているぐらい影響力が強い。
そしてその二人から年はかなり離れて、『新双頭』と呼ばれている二人がいる。
一人はクラインの娘であるリーズ・クライン。
だが彼女は父とは離れ、エレインの所属となっており、むしろケルヒンと共同研究をしているそうだ。近年の真空管の改良にはかなり彼女の手が入っているとされている。
そしてもう一人、サークノードの所属であるこの女。
会社も違えばクラインと直接の接点もないミスルカこそが、実はクラインに一番近いのではないかとアレンはにらんでいた。
なぜなら、彼女はただの真空管技術者ではない。
彼女は本国で魔法学院を卒業した本物の『アークメイジ』である。
魔法使いの最高峰である彼女が、それでもその限界を感じ、真空管の世界に足を踏み入れたのは18歳の時だった。
それから1年足らずで、彼女はそちらの分野でも最先端に追いつき、新たな理論や技術を生み出している。
その段階でサークノードに招聘され、以降主任研究員として働いている。
何を隠そう、SPA-78Bアークメイジの通称名は、彼女に由来するものだった。
「これはこれは、アークメイジにこんなところで出会うとはね」
「あら、こちらもアルブリーバの生き残りなんて珍しい人に会うとは思わなかったわ」
――アルブリーブではなく、アルブリーバか……ということは、素性がばれているんだな
アレンは、果たして彼女がどこまでつかんでいるのか、彼女にどこまで話すべきかを思案するのだった。
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