第10話 恐怖の狐
「何なんですか……あれは⁉」
「あれが例の殺人鬼だ」
「それって……あの、夜に出るという?」
「ああ」
「あんなの、私の武装じゃ……」
一応アサルトライフルは背負っているサシェだったが、正直射撃の才能は無かった。
そもそも、バックウォッチャーでは弾薬の予算も少ないので、射撃練習というのもない。
せいぜい制服と合わせて身分証明につかうか、どうしようもない時に威嚇射撃兼仲間への警報という意味で空に撃つ程度の使い方しかされない。
人に当てようとすることすらないのだ。
そして、物陰から見える黒ずくめの敵の動きは速い。
「2、いや3人か……」
アレンの目に映る黒い影は1つではなかった。
今まで『通り魔』『殺人鬼』と呼んでいたが、まさか集団だとは思わなかった。
「まずいな……」
一人だったら、ロータスの残り4発で何とかなるだろうと思うが、3人を行動不能にするにはフルの6発でも厳しい。
「サシェ」
「何です? 不審者」
「今は不審者でもいいから、それ貸して」
「ええー、不審者を自称して銃を借りるとかどんな矛盾ですか、絶対に貸しません」
「自称はしてないし、そうしねえと命がねえぞ?」
「大丈夫です。殉職してもちゃんと後に残る弟と妹たちに見舞金が出るはずですから……私の心残りはあいつらだけです」
彼女が、仲の良い孤児仲間たちといつも一緒にいたのは旧市街のいろいろなところで目撃されている。
サシェがリーダーとなって、一団でいろんな仕事の手伝いをしてお駄賃を稼いでいた姿が有名で、そこで見知った軍警の見回りの隊長の誘いで、彼女は今の職を得ることになったのだ。
だが……
「待て、そいつら今どこにいる?」
「どこって……親分のところですが……」
「軍警が、見舞金を、違法組織の、ジルベルトのところに、払うと思ってんのか?」
区切って説明することで、サシェにも理解が及んだようだ。
「そんな、それじゃ……」
「だから、さっさと渡せって言ってんだ」
「絶対、生きて私を返してくださいよ!」
ということで、サシェの持つサークノード製SA-C355アサルトライフル、通称アプレンティスをアレンは借り受ける。
装弾数は30発。だが……
「何で10発しか入ってねえんだ!」
「伝達回路が途中で焼ききれてまして……」
マガジンを確認すると、E5C7が10発しか入っていなかった。
エレインの真空管で、サークノードで言うと26XV35で、35という出力からわかるように、アレンが普段使っているロータスの22WX27より威力が高い。
整備不良は気に入らないが、35の球が10発出ると考えればないよりましだ。
「よし、出る」
アレンは敵の大体の位置を把握すると、ロータスをホルスターに収めてアプレンティスを両手で構えて飛び出す。
ロータスは待機状態のままだから、ホルスターが焼ける。
腰にも熱が伝わってくるのが不快だし、いつ燃え上がるか心配だが、背に腹は代えられない。
出たところで嫌な予感がして、踏み出した左足を横に流す。
体勢を若干崩しながら、それでも転ぶのをすんでのところで回避したアレンの頬を刃物がかすめる。
――危ねえっ
姿が黒づくめで見にくいのに加え、刃も全て黒く染められており、視認性が悪い。
すでに使用されたことで血がついていなければ、察知すらできなかったかもしれない。
アレンは、狙いをつけずに3連射する。
……正確な表現ではなかった。
アレンは、銃口で狙いをつけずに、だが精力素操作で正確にナイフの飛んできた方向を狙いながら、3連射した。
「うぐっ」
――よし、一人つぶせた
だが、そこに迫る影を察知する。
――やはり、こいつらは格闘戦主体か……
アレンは、アプレンティスでナイフの振りを受ける。
ガチッとかみ合ったナイフとライフル。
アプレンティスは軍警で広く使われているだけあって、頑丈さには定評がある。
少々切れ味の良いナイフであっても、大丈夫なはずだった。
だが……
「あああああっ」
黒づくめが力を込めるにしたがって、丈夫なはずのアプレンティスの銃身に刃が食い込んでいく。
「まじかよっ」
切れ味がいいだけではあるまい。
のしかかる重量も大したものだった。
――くっ、保たねえ
実はアレンは射撃の技能ばかりが注目され、その力が常識外れに強いことはあまり知られていない。
普通に考えれば、体格に優れないのだから力も弱いのだが、普通に2m近い大男と力比べをしてもいい勝負ができる。
数少ないそれを知る者の間では、『アレン=ドワーフ説』というのがまことしやかに語られるが、もちろんそうではない。
ある事情で
もっとも、
だが、この目の前の黒づくめはどうだろう?
体格的には優れているとは言えない。
もちろんアレンよりは長身だし、体も鍛えられているだろう。
だが、こんな、常識を超えたような力を発揮できるようには見えない。
「おらっ」
アレンは蹴りを叩き込み、力比べから逃れる。
敵は体勢を崩すこともなく、続いてナイフを振り回す。
だが、たとえ体勢が崩れていても、何なら倒れていてさえアレンにとっては関係ない。
――狙えさえすればな
すでに視認できる状態で引き金に指をかけているなら、アレンにとっては必中である。
やはり3連射。
あらぬ方向に飛んだ3発の光球は、だがすぐにUターンしてきて、背中から黒づくめを直撃する。
「ぐはあっ」
黒づくめはその場にうつぶせに倒れる。
さすがに、威力35のアプレンティスとはいえ、3発も食らっては死んでしまっただろう。
アレンは、その他大勢の奔走者と同じく、積極的には殺さないが人を殺したことはある。
だから、動揺はなく、すぐに最後の一人を探す。
「アレン……助けて……」
振り返る。
「サシェ……」
がれきの向こうで伏せていたはずの彼女が、今は表に出て来ている。
そしてその首には黒いナイフが突きつけられていた。
今までの黒づくめたちの動き方からすれば、すぐに首を切るところだが、それよりもアレンの脅威の方が優先順位が高いと踏んだのだ。
「ステロ……」
ステロイド、と言いたいわけではないだろう。
いや、多少発音が変だったのでアレンは一瞬そっちかな、と思ったが、常識的に考えて「銃を捨てろ」ということだろう。
残念だが、首に突きつけられたナイフより速くこの男を倒すことはできないだろう。
――仕方ねえか……こんなでも女だしな
とはいえ、アレンは人質がおっさんでもこの場面だったら助けるだろう。
それは優しい、というのも確かだろうが、むしろ自分の命を他人に比べて軽視している、ともいえるものだった。
「わかったよ」
アレンは集中しながら、両手のアプレンティスを地面に落とす。
さっきのつばぜり合いで銃身が半ば断ち切られ、長年の軍警での使用で各部傷だらけのみすぼらしい銃は、廃墟の荒れた地面に転がった。
アロール一派あたりだったら見つけても拾わないレベルの銃だったが、それでもアレンの手にあるかどうかはこの場の戦局を左右する。
「ホカモダ」
これも『ホカホカモダン焼き定食』の略ではないだろう。
言われてアレンは懐のアンクとロータスを放り出す。
今度は足元ではなく離れた位置に着地。
むしろ慣れた武器のはずなのに、という疑問が、アレンの知り合いであれば浮かんだだろう。
「ヨシ、ヤレ」
後ろで気配が膨れ上がる。
「おまえらっ」
黒ずくめ二人が生きていた。
一人目は分かる。
3発撃ったが、最低1発当たったということが分かった程度だ。
だが二人目は……
35の光弾を3発受けて生きているのはちょっと考えにくい。
ましてやこの短時間で動けるようになるとは……
アレンは驚きながらも両腕でナイフを受ける。
ガキン、と音がしてアレンが装備している手甲がナイフを防ぐ。
今日のアレンは全身が重武装である。
そうでなければハングライダーで飛んできた人間にぶつかられてあの程度で済むはずがない。
ハングライダーで飛んできて人にぶつかり、全くケガを負っていない女のことはアレンにもわからない。
――もしかして首を切られても生きてるんじゃねえか?
そうだったらアレンのやったことは無駄である。
だが、そんな希望的観測に自分と彼女の運命をかけるわけにもいかない。
だから……こうする。
「逃げろ!」
アレンは転がりながらサシェに叫ぶ。
言葉を受けて暴れるサシェ。
彼女を捕まえている黒づくめは、ナイフに力を入れる。
「あっ」
サシェの首から血が噴き出す。
だが、それと同時に想定外の方向から飛んできた光弾が黒づくめに当たる。
「グッ……ダレダ」
飛んできた方向を見る黒づくめ、そこから、さらに1発の光弾が飛んでくる。
ナイフで切ろうとする彼だったが、その光弾は生き物のようにナイフを避け、彼の腹に炸裂する。
「グアッ」
光弾は、アレンの背後にいる二人にも近づいてくる。
それぞれ1発。
同様にかわそうとしても追いかけてくるし、撃ち落とそうとしても避けられる光弾を、二人は受けてしまう。
そしてアレンは……
「くらいやがれ」
足元のアプレンティスを拾い上げ、三連射。
先ほどの光弾より強い光を放つそれらは、だが全く同じように防御も回避も不可能な動きで、黒ずくめ3人に吸い込まれる。
「さすがに……動けねえだろ」
アレンは3人が倒れているのを確認した。
だがあの時間で復帰してくると考えると安心できない。
「サシェ!」
アレンは彼女に駆け寄った。
「……だい、じょうぶ……」
首を切られており、出血がひどいが、すぐに圧迫したおかげでそれ以上の出血は防げたらしい。
「よし、すぐに移動するぞ!」
周囲の状況を考えると、軍警の部隊がいたあたりがいいだろうか。
アレンはそう判断すると、サシェを先に行かせる。
「きさ……ま」
「やっぱりお前か」
アレンはあの短時間で復帰していた二人目の男を警戒していた。
そのため、その黒づくめが起き上がって来た時に、すぐに対応してアプレンティスの残り1発を撃った。
再度倒れる男。
アレンはアプレンティスを捨て、サシェの後を追った。
「再び会わないことを祈る、と忠告したのだがな……」
その時、後ろからかけられた声は、アレンには聞き覚えがある者だった。
振り返らなくてもわかる。
気配でわかる。
3人の黒づくめは確かに動きが速かったし、タフさは脅威だった。
だが、せいぜいが犯罪組織の殺し屋程度であって、アレンにとってはそれほどの脅威ではない。
現に3対1で圧倒できていたのだ。
だが、その気配は違う。
アレンは、振り返り、足を開いて立ちはだかるように相対する。
「久しぶりだな、おっさん。仲間がいたとは知らなかったぜ」
「こちらこそ、まさか君があの有名な『百発百中』だとは知らなかった。それに、引き金すら引かずに銃を撃てるとはな……」
さっきの奇襲の4発は、アレンのロータスから発せられたものだった。
もちろん、事前の仕込みがあってこそのことだ。
銃自体はガレイに整備を頼んでおり、ほぼノーマルの正規品だが、トリガーからつながる回路に横入りして、魔法により激発するようなアタッチメントがついている。
これは、アレンオリジナルの部品で、そもそも魔法が使えないと使用不可能だ。
アレンは威力のある魔法を使う能力は無いが、こうした小さな回路の操作であれば威力は必要ないため、奥の手として用意してあった。
「お褒めいただき、恐悦至極、とでも言えばいいのかな? それで何なんだあんたら? キツネがどうとか噂で聞いたが……」
「ほう、ならば名乗ろう。我らはテラーフォックス。軍警第三部の特殊部隊だ」
まさか、名乗るとは思わなかったアレンは、戸惑いながらも引き延ばそうと話を続ける。
「おいおい、軍の特殊部隊が名乗っちゃまずいだろうよ」
「心配するな。我々は消されるわけにはいかんのだ」
「消される……? 誰に?」
「軍だな。実験動物である我らは生き延び、モルト・デシオルクに何としても復讐する」
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