第9話 組織と軍警の戦い

「ちょっと、最近何やってんのよ?」

「ああ、そういや久しぶりだったな」


 結局昨日は、夜半に降り出した雨を機に引き上げることにした。

 少々の騒動があっても音が雨に打ち消されるし、そもそも組織の連中も雨中で活動は控えるだろう、という判断だ。

 そして今日、アレンは硬い寝床からもそもそと起き出し、雨がやんでいることを確認して何か腹に入れようと表通りに出てきたのだ。

 そこをシアに見つかった。


「あれ? 店開いてた?」

「とっくに開いてるわよ。来るよね?」


 彼女が働いている古の栄光亭は、基本は夜の酒場としての営業だが、昼も簡単な食事を出す営業をしている。

 商売が苦しいから、というわけではなく、「夜だけ開けて昼はダラダラしているなんて子供の教育に悪い」という奥さんの主張に従った営業だ。

 そのため、それで儲けようという意識は少なく、メニューも適当な昨日の残りで選べない。

 量だけはたくさんなのと、その割に安いので一部に人気なのだ。

 シアの誘いにうなずき、アレンは並んで歩き出す。


「って、お前は? こんなところでサボりか?」

「馬鹿言ってんじゃないわ。教会に着替えを取りに帰ってたのよ」


 そう言って、肩から背負っていた大きなきんちゃく袋をアレンに示す。 


「ああ」


 そうだった。

 通り魔のため、彼女は店の二階に泊まり込んでいる。

 さすがに洗濯物を任せるわけにもいかなかったので定期的に取りに帰ってるのだ。


「それで、なに? 忙しいの?」

「ああ、例の通り魔だよ。みんな不便みたいだしな」

「別に、あんたがやらなくてもいいんじゃないの?」

「俺がやらないわけにもいかんだろう……」

「……意外に誠実だよね……」

「それだけが売りだからな」


 礼儀や愛想はエメリーにでも任せておけばいい。

 自分は仕事の出来でだけ勝負する。

 そう、アレンは思っていた。


「その割には教会に顔出してないみたいじゃない」

「まあ……な」


 マリアと顔を合わせにくい。

 本当はシアとだって顔を合わせたくない。

 故郷のことを放り出して、自分のことだけを考えているような気になってしまうからだ。

 一応、故郷の問題を解決するためにはそれが必要なのだが、直接故郷を失ってしまった被害者である姉妹に対しての負い目は心を離れてくれない。

 このまま自分がくたばってしまったら、彼女たちは悲しんでくれるだろう。

 アレンは、死ぬ前に彼女たちに打ち明けるかどうかいまだに決めかねている。


「姉さんも、子供たちも待ってるよ?」

「あんまり暇がないんだ。ところで、用心はしてるんだろう?」

「普段以上にね」


 元々夜に出歩くような人達ではない。

 戸締りさえしっかりしていれば通り魔の襲撃もないだろう。

 

「じゃあ大丈夫だ。すぐに解決するさ。そうなったらまた行けるようになる」

「早くしてよ」


 その後、店で昼食を食べることになったが、体の小さな花蓮にとっては山盛りのゆでたジャガイモはいささか多すぎた。


「わりいな。残しちまった」

「久しぶりだからって親父さんが盛り過ぎたんだよね。持って帰る?」

「お願い」


 ということで、油紙に包んでもらった。

 今日も夜回りだろうから夜食にいいだろうとアレンはずだ袋に放り込んだ。



「当たりかな」


 あの連射速度はアークメイジだとアレンにはわかった。

 現場に急行してみると、犬と猫がけんかしていた。

 犬すなわち軍警二部と、猫ことアロールの一味だ。

 つまりは治安維持の警察と、旧市街いやエリントバル最大の麻薬カルテルの争いが起こっていた。


「意外にいい勝負か」


 ブワンブワンブワン、というアークメイジの連射音は一つしか聞こえない。

 それに対して、ボン、ボン、という鋭いがゆっくりな音はアプレンティスだろう。軍警二部なら標準装備になっているはずだ。

 3対3の撃ちあいだった。


「どっちも味方したくねえなあ……」


 軍警とことを構えるのは論外だし、日々の安全を考えるとアロールと敵対するのも良くない。

 正直、こんな状況でなければ完全に放置して逃げるのだが、巻き込まれないまでも、殺人鬼の登場を警戒しないといけない。

 その時、風を切る音が聞こえてきた。


「どわああああ、どいてくださーい」


――この声は……


 振り返ろうとしたときに唐突に衝撃を受け、吹き飛ばされる。


「……いてえ」


 当たった背中も痛ければ、地面を引きずられた時の左腕も痛い。

 とっさに顔を守ったものの、すぐにアレンは立ち上がれなかった。


「わわ、ごめんなさい。無関係の人に……って不審者ぁー」

「だれが不審者だ。やっぱりてめえか、サボり警官」

「誰が、サボり警官ですか! 打ち合いの現場に急行してきたのです。職務熱心な模範的な……」

「左遷部隊」

「……そう、左遷部隊の隊員……だあれが左遷部隊ですか! 旧市街の治安を維持する誇り高きバックウォッチャーを何だと思っておるのですか!」

「だから、左遷部隊。一度入ったら二度と這い上がれないアリジゴクの巣」

「人を砂漠のデストラップ魔獣と同一視するとはいい度胸。どさくさに紛れて逮捕してやるです」

「やってみろ。正式に管理局通して……いや、新聞社通してあることないこと広めてやるからな」

「ふん、いくら悪い評判を流そうとも、そんなことでくじける我が部隊ではないのです」

「下がる評判が無いからな……まずいな、弱点が無いじゃないか……」


 そのように、外壁から飛んできたサシェとアレンが漫才をしているうちに、周囲を撃ちあいをしていた連中に囲まれてしまっていた。

 残念なことに、銃口は本来の相手ではなく二人の方を向いている。

 なぜネコ顔がここまで凶悪になるのだろう、と不思議になるほど威圧感のあるつらをした、アロールの一人が声をかけてくる。


「お二人さん、どういうつもりだ……」

「どういうつもり……って、いや単なる観客ですから、どうぞ撃ちあいをお続けいただければ……」


 アレンが返すも、そこに軍警側からツッコミが入る。


「お前は、壁の奴だろう? 俺たちに加勢するよな?」

「はい、手助けさせていただきます」


 階級章を確認して、サシェは一も二もなくうなずいた。


「ほう、じゃあこの二人は体制側ってことでいいんだな? じゃあ先につぶさせてもらおうか」


 言うなり、アロールの男がアークメイジを構える。


――あれはまずい


 アレンは、サシェを引きずって、がれきの影に隠れる。

 ブワンブワンと連射が隠れているがれきに炸裂して、破片を飛び散らせる。

 アレンは条件反射的にロータスを取り出すと、プレヒート回路に火を入れる。

 一方、軍警側は身内が攻撃されたということでギャングに銃を発砲する。

 さすがにアサルトライフルなだけあって、命中率や集団率は高い。だが、それは腕が伴っていた場合だ。


「ぐえっ」


 3人で連射して、かろうじて一人は無力化できたが、残り二人は隠れられた。

 幸運だったのは、その倒せた一人がアークメイジ持ちだったことで、それはアレンたちにとっても幸運だった。

 再び撃ちあいが始まる。

 だが、今度は3対2で、装備的にもアークメイジを欠いているアロール側が不利だった。

 さらにそこに……


「壁に隠れたぐらいで……」


 アレンはロータスの引き金を二度引く。

 当然ギャング側は、こちらにも警戒をして、直接見えない位置にいる。

 だが、アレンの手元から放たれた光球は、まるで生きているかのようにその軌道を変え、隠れたギャング二人に衝撃を直撃させた。


「あれは……『百発百中』か……」


 ここにいるのは軍警二部でも、普段は旧市街に足を踏み入れるような連中ではない。

 新市街でどちらかというとマトモな治安維持をしていた部隊で、銃の腕を普段披露するような場面は少ない。

 訓練は定期的に課されているが、それでいい成績をとったところで、せいぜい仲間内で自慢できるぐらいだ。

 そんな彼らでも、伝説的な腕前の持ち主の噂は聞いたことがある。

 軍警一部所属の、『パーフェクトワン』『グレイウルフ』と呼ばれる遠近隙が無く、狙撃から格闘までこなすナセル・エイダリオ。

 郊外の魔獣退治で、狙いのつけにくいGMG製ライトニングブラスタTBR-33ARで的確に急所に当てる、『雷帝』イムズ・コールマン。

 すでに捕まったが、エレイン製のファイヤーブラスタを愛用して、戦場を焼け野原にしながら自分はやけど一つしないテロリスト、『ファイヤーモンスター』アリー・ゴードン。

 そして、低威力で古臭いロータス使いでありながら、弾の軌道を自由自在に操る『百発百中』アレン・ヴァイス。


「まさか、こんなところで旧市街の達人と会うとはな……」

「確かに小さかったな」


 別名『いさましいちび』『小人の魔法使い』などという呼び名もアレンにはあったが、当然本人の目の前で言ったら間髪入れず弾が飛んでくる。


「……ともかく、これで解決かな」


 軍警の隊長が、安心してつぶやく。

 銃を構えてパトロールしていたところ、麻薬密売の現場に出くわしたのだ。そこから護衛と撃ちあいになり、売人は結局逃げられたが、護衛から情報は引き出せるだろう……


 バババババッ


 そこで、隠れている場所に電流が流れる。


「ぐあっ」「どこから?」


 雷撃は直撃しなくても相手にダメージを与える。

 単なる精気素スファラの塊であれば、無機物に当たったとたん霧散してしまうが、物理的現象たる雷は、そこから周囲に散っても攻撃力を有している。

 アロールの応援だった。


「……トールか……」


 アレンの知る限り、ギャングの手に入るライトニングブラスタはTBR-33ARトールだけだ。

 他は完全に軍用で、それらに比べれば威力も精度も低いが、込み入った場所の制圧力はぴか一だ。


「ひえー、ブラスタなんて高価なものを……」


 残念ながらサシェの部隊では流発管ブラスタを使う銃、真空管の名をそのまま関してブラスタと呼ばれる種類の銃は一丁もない。

 これは、消費する管の費用が高いためで、たとえあれだけ連発するアークメイジだって、ブラスタのランニングコストと比べれば数分の1である。


「その分、連射はきかねえだろ」


 アレンの分析は正しい。

 いざというときのために保持されていたトールは、今の軍警への一撃で球切れだった。

 だが、ギャングは一人で増援に来たわけではない。


「おら」「後はお前らだけだ」


 アレンたちの隠れているがれきに弾がはじける。


「やばいなこれ……」


 たとえ今抜け出したとしても、この後のことを考えると頭が痛くなるアレンだった。

 旧市街の特に西半分はいたるところにアロールの一派の影がある。

 廃墟で暮らしているものや、そこらの店にも薬を介して影響力が及んでいるのだ。

 対立してしまうと旧市街の活動が難しくなってしまう。


「助けが来ないもんかねえ……サシェの仲間とかいねえの?」

「外壁から飛び降りるなんで度胸のある奴はいないのです。騒ぎが終わったらだらだら歩いてくるはずです」

「……使えねえ」


 さすがは左遷部隊といったところだ。

 やる気のある人間なんて希少だ。

 そしてその希少種も、今この場で命運が尽きようとしている。


「ぐああああ」

「何だ? 新手か?」

「ひえええ」

「やべえ、こっちが先だ」


 続けて銃声。

 まだ残っていたのかライトニングブラスタの雷撃音も聞こえる。


「助け……余計なことを考えたせいか……」


 来た。

 あの殺人鬼が。

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