第8話 それなりに物騒な探索

 マリアに宣言したとおりに、アレンはそれから数日、昼間のみ出歩くことになった。

 やみくもに自分の足で旧市街全体を走り回ってそれらしい人物を探す、なんていうのはうまくいくとは思えなかったし、そうなると他人の持っている情報を集めて回るしかない。

 夜に情報収集できる場所なんて、アレンは古の栄光亭しか知らなかったし、あとは馴染みがない他の酒場か、娼館ぐらいだろう。

 それらに足を運ぶのは気が進まない。

 必然、情報収集は昼間に限られることになる。

 そして場所も限られるている。

 管理局には何度も足を運んだ。

 暇そうにしている奔走者で、少しでも見覚えのない連中に片っ端から声をかけていくのだが、決まって最初は侮られ、名乗ると何が怖いのか震えながら受け答えをする。


――どんな評判なんだ、俺は……


 別に誰彼かまわず噛みつくような厄介者ではない、とアレンは自分では思っている。

 間違いではないのだが、普段レインなどと話している様子や、その戦闘力を伝え聞いたものが委縮するのは仕方がないことでもある。

 態度はともかく、やはり『頭の良さそうな男』に旧市街で心当たりのある者はいなかった。

 管理局職員でさえ、閑職に回されるにふさわしい人格や態度の持ち主なので、出された心当たりは新市街のものがほとんどだった。

 中にはジャンク屋のガレイや教会のマリア、ベイベルなどの名前も挙がったが、中年男なのはベイベルだけというありさまだ。


――ベイベルか……いや、無いな


 見た目が全然違うし、たまに話すが性格も違う。疑う余地はない。

 だが、ヒントは得られた。

 つまりは医者、あるいは真空管関連だ。

 医者の可能性が薄いのはすでに確認しているので、ならば真空管にまつわる仕事をしている連中から当たってみるのがいいかもしれない。


――あのジジイは……後回しにするか


 ガレイの仕入れ先、というのは謎に包まれており、そこにクラインが関わっているという可能性もあったが、それを探るのは骨である。

 謎を調べようとした組織もいて、奔走者へ調査の依頼が来たこともあるが、二週間後得られたのは、近くの廃墟で張り込んでいた奔走者の目の下のクマとぜい肉だけという結果となった。

 捨て置くわけにはいかないが先に他の可能性をつぶしておくべきだろう。


「まずは……あんまり南方面は行きたくないんだがなあ……」


 目指すのはソロンの店。

 適当に早めの昼食をとって、大通りから南に外れて歩く。

 旧市街で最大の真空管屋として知られるソロンの店は、ヤガンの庇護を受けている。そして価格設定も高いことで知られているので、アレンが利用することはめったに無い。

 

「はあ……ついでに何か買わねえとだめだろうな……」


 臨時の出費が予想され、頭の痛いアレンであった。

 


「あ? 何わけわかんないこと言ってんだ、てめえ」


 一日かけた真空管屋の調査が全て外れだったことで、アレンは気が立っていた。

 そこに、こんな対応をされれば結果は明らかだろう。


「だから言ってるだろ、その軽い頭を肉抜き軽量化されてか、チンピラ」


 肉抜きというのは、金属の構造が重くなりすぎるので穴を開けて軽くすることを言うが、アレンの言葉だと字面通りの意味になってしまう。

 なお、旧市街のチンピラの命は軽量化の必要もなく、世界最軽量を誇っている。

 アレンは右手のロータスの銃口をチンピラの頭に突きつけて、プレヒートを起動する。たちまちバッテリーから電力が供給され、銃身の6連の激発管が淡い光を放つ。


「ひえっ、なんでいきなりそうなるんだよ。瞬間湯沸かし器か」

「熱湯で釜茹でにしてやろうか?」


 調査のついでで売りつけられたロータス用の激発管だったが、無駄遣いするつもりはない。

 脅しに使っているだけで、実際に撃つ気はないアレンだった。

 おとなしくなったチンピラに話を聞いてみたが、やはり情報は得られなかった。


「くそっ」


 思わず壁を殴ってしまう。

 やはり焦りがアレンの行動を荒くしていた。

 いっそこのままどこかの組織に殴りこんでやろうか、と思ってしまうくらいには荒れていた。


――やはり、エド先生を探す線は無理か……


 そんなうまい話はないのだ。


――ならば……もう一つの手がかりを探るしかないか……



 クラインの捜索をいったん打ち切り、黒づくめの捜索を始めたアレンだったが、そのためには活動時間を夜に移さねばならない。

 早めに家で眠り、数日ぶりに夜の旧市街に出る。

 まだ開いている古の栄光亭は避け、裏通りの暗い中をアレンは歩いていく。

 いつもならばそこらで酔っ払いが吐いていたり、チンピラが薬をやっていたり、街娼が客を探してきょろきょろしていたり、そうした光景が見られる。

 だが、例の黒づくめの通り魔のことが一般にも広まっており、裏通りには人影がなかった。


――嫌に静まり返ってやがる


 視界に人影が無いのはともかく、ここまで静かならいつもはそこらで起きている組織同士の銃の打ち合いの音が聞こえてきておかしくない。

 それさえも聞こえないということは、一般人のみならず組織も夜の活動を控えているということを表しているのだろう。


「これは手こずるかもな」


 そして、アレンは人気の消えた旧市街を歩き回る。

 これまでの経験で得た、各組織のなわばりを頭に描きながら、道を選ぶ。


――わかっていることは、奴もエド先生を探しているということ


 ということは基本アレンと似たような動きをしている可能性が高い。


――そして、奴は昼に活動しない


 昼だったらこの数日でアレンとかち合っていておかしくない。

 まあ、あの黒づくめの恰好そのままではないだろうが、あんなに危険な雰囲気を消せるとは思えない。

 それはアレンに対してだけではなくて、奔走者であれば感じ取れるだろう。

 そういう意味で、奴は完全に人目を避けて行動していると考えられる。

 ならば、夜の闇の中をひそかに動いているに違いない。


――だが、組織を怖がってはいない


 組織の人間をああもたやすく全滅させられるのだから、それを警戒しているとは考えにくい。


――とすると警戒しているのは軍警だな。やはり脱走兵の類か


 これまで得てきた情報を総合し、アレンは黒づくめの行動を推測する。


――ならば、奴はどう動くか?


 今も恐らく、この闇の中で誰にも見つからないようにして活動しているに違いない。そして、廃墟を一つ一つしらみつぶしにクラインを探す……


――いや、それは非効率だ。関係ない一般人に見つかって騒がれたら面倒だろう


 ならば情報屋か?

 だが旧市街には組織のひも付きでない情報屋なんてのは存在を許されない。


「となると、やはり組織に直接当たるぐらいしかねえわな」


 ということで、アレンはわざと組織の人間が集まっていそうなところ、すなわちなわばりの抗争が起きそうなところを選んで巡回していた。



「てめえら、いい加減引きやがれ」

「うるせえ、そっちこそそろそろ球切れじゃねえのか」

「ぬかせ、売るぐらいあるぜ」

「だったらおとなしく球屋でも開業してろ」


 言い合いながら撃ちあう対立組織同士。

 運よくそれに出くわしたアレンは、隠れてそれを見ている。


――ああ、アプレンティスか、やっぱりたくさん出回ってんだな……


 サークノードのアサルトライフルSA-C355、通称アプレンティスは数多く作られたので犯罪組織でも使用者が多い。

 いい銃なのだが、アレンが使っていないのは、サイズが大きく外套で隠して持てないことが理由だ。

 一般人に無用な緊張感を与えることはないし、手の内が知られるのも面白くない。そんなわけで、彼に限らず奔走者で常用している者は少ない。

 それに対して犯罪組織や軍警では多く使われており、目の前の撃ちあいは両者アプレンティスを使用していた。

 撃ちあい、であって殺し合い、ではないので、運が悪くなければ死者は出ないが、メンツもあるだろう。ほどほどのところで決着するのではないか。

 ということですっかり見物モードになったアレンは、ごそごそと懐から手を入れ、お腹に下げているずだ袋を探る。

 予備の真空管や布切れ、簡単な工具に電池式のライト、小銭など乱雑に放り込まれている中で、何か食べ物がないか手探りで探す。


「お、パンか」


 昨日のだし大丈夫だろう、幸い暗くてカビが生えていても見えないし、と思ってそれを口に運ぶ。

 もさもさする触感に飲み物が欲しくなるが贅沢はいえない。

 ずっと歩きどおしでエネルギーを必要としていたこともあり、まあ我慢できた。


「それにしても……こんなにやかましくして、通り魔が怖くないのかね?」


 パンをかじりながらアレンは抗争見物を続けるのだった。



 がれきにまみれた廃墟であり、構造が古い旧市街で、まさか地下に大きな構造物があるとはだれも思っていない。

 新市街ならば排水を効率よく処分するための下水網が、都市計画に最初から組み込まれている。

 しかし、旧市街は城塞を起源とするだけに、そうした設備は無いはずだった。


「それが幸いしたな。我々テラーフォックス以外ではこの場を見つけることはできんだろう」

「しかしグラードよ、このままでは……」

「ああ、わかっている」


 今、彼らが最も警戒しているのはナセル・エイダリオが率いる第一部の精鋭部隊、グレイウルフだ。

 だが、彼らは戦場における精鋭であって、戦闘力は高いものの都市の活動が得意というわけではない。

 その点は第三部の特殊部隊であるテラーフォックスの方が優れている。

 とはいえ、その残党も少なくなった。

 たしかに、即時の死を回避するために進んで処置を受けた彼らだったが、得られた猶予はそれほど長くなかった。

 さらに、その代償に後ろ暗い暗殺任務を上司から与えられ、彼らのうちある者は任務で、あるものは寿命で数を減らしていった。

 寿命を延ばす方法を独自に発見し、残るメンバーはひとまず今日明日死ぬことはないとはいえ、このままではじり貧であり、なおかつ包囲網が迫ってきている。

 グリードと話している年配の男が内心のいらだちを表に出す。


「ええい、こんなことでは復讐どころではないな……まったく、あの男が全てを放り出して失踪などしなければ……」

「そういってやるな。あの方は恩人だ。だが、さらなる恩を受けねば我らは破滅だ。何としても……」


 そこで、グリードは覆面をかぶり、アレンが見たあの黒づくめの姿になる。


「……何としても、クライン博士を探さねば。我々の寿命を延ばすために」


 そして、彼は地上へと出る。



 アレンが見物していた抗争は、すでに終結した。

 アレンの目には生きている人間は一人として映っていない。

 というかすでに撤収していた。

 つまり誰一人死者を出さずに抗争は終結した。

 まあ、ある種の予定調和だからしょうがない。

 それでも内外にアピールするためにある程度武力を行使しておく必要があるだけだ。

 もちろん、そういうお約束に乗らない選択もあろうが、それは組織の弱みになる。

 なので無駄と知りながら抗争はいたるところで行われるのだ。


「結局、あいつは出なかったな……」


 じっとしていたことで十分休息になったアレンは、再びなわばりの地図を思い出しながら移動する。他の抗争予定地を巡るのだ。

 アレンは本音では、軍警などに奴を殺されたくない。

 少なくとも先にアレンがぶちのめして、情報を聞きたいと思っていた。

 黒づくめを無力化することはアレンの本来の目的ではない。

 アレンの本来の目的とは、クライン博士を探し出すこと。

 なぜならば……


――何とかして、エド先生を探さねえとな。俺の寿命を延ばすために

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