第7話 比較的平和な探索

 最初にアレンが向かったのは、旧市街管理局だ。

 たむろしている、というか任務中の奔走者への聞き込みが目的であった。

 今朝と同じ道順で大通りに出、そこから西進して星の広場に入る。

 時間は午後。

 昼食を求めてにぎわう人の波も引いて、大通りは一時の静まりを見せていた。

 これがあと1時間もすれば今度は夕食の食材を求める人々で再びにぎわいを見せることだろう。

 通りかかるとつい覗き込んでしまう『古の栄光亭』も、いまは客もおらず、店主含めた働き手も姿が見えない。

 奥で夜のための下ごしらえをしているのかもしれないし、一時いっときの休憩を挟んでいるのかもしれない。


――ともかく、今はシアに接触するわけにはいかない


 アレンはそう考えていた。

 マリアには残念ながら最初から話を間近で聞かれていたからしょうがないが、彼女までこっちの事情に巻き込むのは違う気がしていた。

 何より、彼女がアレンにまつわるある事実を知った後でも、同じように気安く接してくれるかどうかわからない。

 場合によっては、彼女に軽蔑され、なじられる可能性すらある。

 仮に、アレンがクラインをこのまま見つけられなかった場合、そうならずに逃げ切れる可能性が高いのだが、そちらはそちらでより悪い。

 できればシアに非難される未来が到来することを願って、アレンは先を急いだ。



「おう、エメリー……とついでにレイン」

「ついで、とはお言葉じゃないか、アレン」

「そりゃ……朝に会ったばっかりだしな。一日に複数回顔を見る中年女性は母親だけ、って決めてるんだ」

「だ、れ、が、中年だ、このクソちび」

「レインちゃん、言葉遣いが良くないわよ。丁寧に言うなら、排泄物よう精気素スファラにあふれたお方、とおっしゃいなさい」

「うん、言葉遣い丁寧にしてもダメだからな、エメリー」

「そうねえ、もっとわかりにくく言い換えたほうが良かったかしら」

「そういう方向でもないからな」


 旧市街管理局で出くわしたのはまたしてもレインだった。

 そしてもう一人。

 レインと組んで仕事をしているエメリーだった。

 レインの方が長身でがっしりした体つきをしているのに対し、エメリーは細身で身長の方もレインほど高くない。

 そして顔のつくりが良い。

 レインも美人のうちには入るが、所作ががさつなのと、動きの邪魔だと短くしている髪型のせいで、若干カテゴリーをはみ出し気味である。

 それに対してエメリーは見た目だけなら完璧な美人で、言葉が丁寧なこともあって依頼者や管理局の覚えがいい。

 そのため、レインと組んでの仕事は、交渉や対応をエメリーが一手に担っている。

 なお、性格が伴っているとは言い難い。

 

「……てか二人そろってどうしたんだ? 例の通り魔だろ?」

「私たちが通り魔みたいな言い方すんなよ。朝から手分けして廃墟の家探しだよ。ようやく一段落したんで戻って来ただけだ」

「エメリーも?」

「いえ、私の方は聞き込みを……」

「なるほど、適材適所か……」


 逆だったらおかしい。

 こう見えて人見知りのレインに聞き込みは無理だろうし、実は新市街出身でこちらの土地勘が無いエメリーでは廃墟の探索は難しかろう。


「で、成果は……ってあるわきゃねえか」

「そうね、周りの雰囲気でわかるでしょ?」


 確かに、朝にもアレンが感じた慌ただしさはまだ続いている。


「そうか……なあ、レインに聞きたいことがあるんだが」

「何? 高いよ」


 普段なら高いと言われれば高く喧嘩を買うアレンだったが、この時は妙に素直に反応した。


「知りたい情報だったら報酬は弾むよ」


 いつもと雰囲気が違うことを、二人は薄々感じたらしい。

 くいくい、とアレンの外套を引っ張ってエメリーは比較的人の少ないあたりのテーブルにいざなった。

 4人掛けになっているが椅子の1つは足が折れて転がっている。

 ちょうど人数分ある椅子に座るなり、レインが口を開いた。


「で、何を聞きたい?」

「ある人物の居場所だ。名前は偽っているだろうから特徴だけ言う。30過ぎぐらいのやせ形の男性。普段は眼鏡をかけていて、髪は金髪。あととても頭がいい」

「背の高さは?」

「たぶん、レインと同じぐらい」

「たぶん、って?」

「子供のころに会っただけだから背丈の基準がずれてる」


 自分より頭一つ高い、と認識しても、その自分の背丈が変われば正確性を欠いてしまう。


「……ってあんた子供のころもっと小さかったの? ほんとに小人じゃないの?」

「やかましい……って、そんなに変わってないか……じゃあ最大でレインより少し高い程度だ」


 小人は空想上の存在である。

 続けてエメリーから質問が飛んでくる。


「頭がいい、のは外見からは分からないわよね? 頭がよさそうな、ということでいいのかしら?」

「ああ、そうだな。だけど、見た目だけどむしろただの善人、って感じだけどな。あとたまに子供っぽくなる」

「わからないわね。それだけじゃ候補はいくらでもいそうだし……あとは行動ね。どういうふるまいをしているか」

「しぐさとか?」

「違うわ。名前を隠しているってことは本人も目立たないようにしているのよね? だとしたら、周りにどういう影響を与えているか、どんな評判を得ているかというのを手掛かりにするしかないじゃない」


 ここで初めてアレンは即答できない問いが現れた。

 アレンはクラインの行動を頭の中で想像して、ぽつりぽつりと口に出して説明した。


「……行動……影響……評判……たぶん、肉体労働はしていない。それに……客商売もやってないと思う。きっと頭脳労働……でも法律とか書類仕事じゃなくて、科学、工学、あと……魔法……」

「ふうん。なるほど、いわゆる技術者か知恵袋か……組織のブレーンの仕事をしてるかもね。医学方面は?」

「あ、それもカバーしているはず。だけど本職の医者じゃない」

「では診療所を開いているわけではなさそうね。ここには旧教会もあるし……」


 治癒魔法の技量に長けた聖女がいるのだ。

 よほど自身が無ければ開業しようとは思わないだろう。


「うーん、やっぱりどこかの組織に囲われているのが一番ありそうね。レインは心当たりある?」

「そうだなあ、少なくとも廃墟に勝手に住み着いている連中で、そういう印象の男はいねえかな。組織の中、だとするとあたしらにはどうしようもないしな」

「そうね。そこまで頭がいい人だったら表に出さずに大事にされているでしょう。外からうかがい知るのは困難ね」

「けど……エ……いや、その男が力を貸しているんだったら、絶対に兆候があるはずなんだ。例えば急に武器が良くなったとか、大儲けしてるとか……」


 いくら隠れていたってそれぐらいの影響力はあるはずだ、とアレンは考えていた。


「あんまりあたしらは組織とやり合わねえしなあ」

「新市街進出を考えるとむしろ組織からの依頼はあまり受けない方が受けがいいのよ。一応考えて避けてるのよ」

「ただ、噂レベルだったら……ひとつ最近羽振りがいい組織があるぜ?」


 レインの言葉に、ちょっと考えてからエメリーも同意した。


「ああ、あそこね」

「どこだ?」

「『親分』のところよ」


 旧市街で『親分』とだけ言えば、それは一人のことを指す。

 旧市街北区画の西寄りになわばりを構えるジルベルト親分だ。



 目的の組織がジルベルトの一党であることを聞き、アレンは二人にお礼を言って、管理局を出た。

 もちろん、後で古の栄光亭の食べ放題飲み放題をおごることを約束させれらた。

 アレンとしては、銀板1枚で収まりそうなレベルで良かったともいえるが、ある程度事情があることを感じ取った二人の温情であった。

 アレンはあたりを見回す。

 ジルベルト親分といえば、アレンには心当たりが一人いた。

 

――この時間ならまだこの辺りにいておかしくないはずだ


 アレンはその人物を星の広場で探す。

 だが、見つからない。

 会いたくないときには突っかかってくるくせに、会いたいときに見つからないのは公僕としてはいかがなものか。

 あきらめかけた時、周りの人々の様子が変わる。

 誰かが遠くを指さしている。

 人々がその方向を見て驚いている。

 そして逃げ回る。

 アレンがその、近づいてくるものをようやく認識した時、『奴』は派手に地面に落ちた。


「ああ、ご冥福をお祈り申し上げます。勇敢なあなたの魂が神の目に留まり、来世は城壁から飛び降りることの愚かさを理解できるぐらいの脳の増量か、もしくは城壁から飛び降りても宙に浮くことができるぐらいの脳の軽量化をもって、生まれ変わらんことを」

「勝手に冥福を祈るな、この不審者」


 残念ながら、『奴』は生きていた。

 今朝もアレンに絡んでいたサシェは、職務熱心のあまり、城壁からハングライダーで現場に飛び降りるという常軌を逸した行動をとることで知られている。

 さすがに真っ昼間の星の広場にのはアレンも初めて見たが、普段は目的地が廃墟であり、たまには着地に成功する。

 しかし、いまだに生きているどころかケガ一つしたのを見たことが無く、アレンはひそかに彼女には山の一族ドワーフ草の一族ヴァースの血が混じっているのではないかと疑っていた。

 ちなみに岩の一族ジーアスではないだろう。身長はアレンと変わらないので。


「てか、何でわざわざこんなところに飛んで来たんだ?」

「それは、私を、呼ぶ声が、聞こえてきたのです」

「こんな距離で良く聞こえたな」

「いえ、心の声なので距離無限大です」

「それって、気のせいじゃねーの? まあいいや、俺もお前に用があるからちょうどよかった」

「む? さては心の声は不審者のものでしたか……」

「いやあ、そんなオモシロ能力は持ってないから、ちがうだろ。そんで、本題なんだけど、ジル親分とこと今でも繋がりある?」

「親父さんですか、残念ながら職務上の立場から最近はなるべく距離をとるようにしているです」

「なるほどな」

「言っておきますが、親父さんの方が気を使ってそうしろ、とおっしゃったのです」

「ああ、そうだろうな」


 比較的まっとうな、とはいえ旧市街の組織は全て非合法だ。

 管理組織は公式には旧市街管理局以外には存在しない。

 ただ、それでは自衛すらままならないので、自然と地区ごとに自警団が組織されるのは必然だった。

 ジルベルトは、元々奔走者だった。

 高齢になり引退の時に、彼を慕って後追いで引退した奔走者が一定数おり、彼らを引き連れて今の場所に自衛組織を作ったのだ。

 それ以降、特に他の組織と抗争の噂もなく、一方でサシェのように孤児を育て上げるなど、平和に組織を運営していた。

 とはいえ、非合法であることは間違いなく、閑職とはいえ軍警第二部所属のサシェが、繋がりを持つことはいらぬ憶測を生む。


――その気遣いは素晴らしい、とは思うが……


 アレンにとっては期待外れの答えだった。


「じゃあ、ジルさんのところの近況とか、話を聞ける誰かとか知らねえか?」

「近況は……困っているという話は聞いてないですな。昔の知り合い……もなるべく距離をとっているのですが……」

「誰かいるのか?」

「……ライラ姉さん、であれば港に行けば会えると思うです」

「誰?」

「親父さんの下の娘さんです。今は港で仕事をしていると聞いているです」



 旧市街ほ走り回る、という意味でそう呼ばれるようになった奔走者。

 その一員であるアレンにとって、しかし旧港は活動範囲外だった。

 一つには、旧市街から少し離れているという立地だからであり、往復するだけで数時間かかるのでは、足が遠のくのも不思議はない。

 もう一つ。

 あちらは旧市街とはまた違う秩序が形成されており、もめごとがあっても内部で解決しようとするからだった。必然、旧市街管理局にそれらが持ち込まれることもまれであり、奔走者に仕事が振られることはさらにまれだった。

 よって、アレンが最新の事情に通じていなくても不思議はなく、


「てめえ、ケンカ売ってんのか。あの成り上がりのアマの名前をここで出すたあ、いい度胸だ」


 その結果、こうして絡まれるのも無理はなかった。

 その場は何とか逃げ出して、目立たぬように港を観察し、人々の動きを見定めて、道端の浮浪者に金を渡して情報収集し、ようやくアレンは事情を理解した。


――新しい旧港、ね


 その矛盾した表現にアレンは何とも言えない気持ちになる。

 旧港は、元々旧市街だけがエリントバルであった頃のメインの港であった。

 だが、新市街が作られ、そちらにも港湾設備が作られると、旧港は廃れていった。

 漁師は大した港湾設備などなくても活動可能であって、むしろ新港などには近寄らないのだが、他にも新港から閉め出された小規模の交易などは現在も旧港の一部が使われていた。

 一部、というのは当然新市街や街道へのアクセスが良い東側となる。

 そんなわけで、旧港の東側はエリントバルで最も歴史のある港となっている。


――なるほどな。そりゃ管理局に依頼が来ないのもわかるぜ


 歴史があり、公的管理されていない、ということでここは古くからの力ある犯罪組織が根を張っていて、いさかいは全てその組織が内部的に処理することになっていた。

 当然、交易で入ってくる船の船主、港で働く人足は組織に上納金という形で稼ぎをかすめ取られており、彼らは内心不満に思いながらも力のある組織に表立って逆らうことができずにいた。


――そこに搾取の少ない別の港ができれば、ああいう反応になるわな


 すでに施設が朽ち果てていた、より西側の区画を、ジルベルトの一派が地道に復興したのだ。

 まだそれほどの規模ではないらしいが、東の旧港の船が一部はそちらを利用するようになり、人足の一部もそちらに流れた。

 その結果として旧港ではそちらへの敵愾心がいたるところで見られ、港を取りまとめているジルベルトの娘の名前を出せばああなるのも無理はない。


「ま、確かめる必要もなくなったのは良かったがな」


 その動きにクラインの影は見当たらない。

 あくまでこれはジルベルトの組織の地道な努力であり、旧港の組織と事を構えることに対するジルベルト親分の決断による成果だ。

 今後の動きはアレンにも少し気にかかる。

 ジルベルトの組織と旧港の組織の抗争はいつ始まってもおかしくないし、旧市街でもまともなジルベルトの組織が弱ったりなくなったりするのは良い状況じゃない。

 サシェの能天気な顔が頭をよぎるが、


――まあ、今優先すべきことじゃないな


 と考え、アレンはそのまま旧市街に向かって歩き出した。

 背後では夕日に染まった港で、一日の仕事の仕舞いであわただしく働く男たちの怒鳴り声が、海風に吹かれて流れ来ていた。

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