第3話 栄光という名の日常

 『古の栄光』という名前は、この旧市街の酒場としてはあまりにも自虐がすぎるのではないか?

 アレンはここに来るたびにそう思う。

 入るなり顔なじみのおっさんに見つかった。


「おう、坊主、今日もしっかりお小遣い稼いできたか? って、えらいボロボロじゃねえか!?」


 『チビ』と言われるのは我慢ならないアレンだったが、こういうおっさんに『坊主』と呼びかけられるのは別に嫌ではない。それなりに自立して奔走者としてやっているアレンではあったが、当年とって16歳では若造に違いない。


「ああ、まあやられた分は稼いでるさ……と、おっさんも景気よさそうじゃねえか」


 テーブルの上にあるのは、いつもの安い大麦酒ではない。

 あれは樽で発酵させてそのままジョッキで汲んで出されるのだが、おっさんの前には、酒瓶がとグラスが見える。


「葡萄酒か? ……って無えよな。そんなお上品なの飲むような顔じゃねし……」

「うるせえ、 顔で葡萄酒が飲めねえなら、ヤガンの奴なんて泥水でいいじゃねえか」

「違ぇねえな」


 ヤガンというのは、このあたりの“あまり危なくない”犯罪組織の長で、見たまんま泥ガエルのような顔をしている。

 一方で、彼は美食家としても知られていて、わざわざ北方から船で箱ごと上物のワインを仕入れているらしい。

 おっさんは空になったグラスに酒を継ぎ足しながらアレンに理由を語った。


「なんとかな……珍しいぐれえの大漁だったってわけさ」


 このおっさんのような漁師は、実は旧市街でもそれなりに多い。

 都市に漁師? と、一見不似合いに思えるが、エリントバルは、その北側が海に面した港湾都市でもあるのだ。

 町の中心機能はすでに東にある新市街に移っているのだが、そちらの港は大型船が停泊できるようになっていて、儲けの大きい貿易に使われたり、軍が使用している。

 そんなわけで漁港の機能は旧市街の港が主に担っていて、漁師もほとんどこちら側で生活をしている。


「へえ……っていいのか? こんな時間まで飲んでて……」


 と、アレンが返したのは、以前に当のこのおっさんから、「大漁は魚の群れが来ているってことだから何日か続く」と聞いた事があるのを思い出したのだ。

 明日も漁だとすると、朝が早いはずだ。こんな時間まで酒場にいるはずはない。


「ああ? ああ……問題ねえ。あんまり穫りすぎても値崩れするだけだからな」

「そこまで大漁だったのか?」

「ああ、しばらくは魚が安くなるはずだぜ」

「へえ、それはシアにでも言ってやれば点数稼げるんじゃねえか?」

「残念でした。そんなのもう市場中の噂になってるよ」


 いつの間にか背後にいたシアの、ややハスキーな声が割り込んだ。


「かえって話が広まりすぎちゃって、今日はみんな買い控えてたから、かわいそうに魚が売れ残っちゃったのよね」

「へえ? みんなしっかりしてるなあ……」

「というわけで、安くなったのを買い込んだから、注文よろしく!」

「よし、じゃあ羊肉の焼いたのくれ」

「もう、魚だって言ってるじゃない!」

「おーおー、膨れる膨れる……新種発見『シアレギムフグ』――夜行性、深海に生息、凶暴、毒があるので煮ても焼いても食えません……ってなところか?」


 ベシッ

 持っていたトレーで殴られた。

 シアはアレンと同い年、こうして軽口をたたけるくらいには気安い仲だ。

 ただ、アレンにとっては、シアのほうが頭半分くらい長身なのが気に入らない。今もトレーで殴られたのは頭のてっぺんだった。

 ちなみに、気安いとはいっても別に男女として良い仲というわけではない。

 これでも、このシア・レギムと姉のマリア・レギムは教会に所属している。

 とはいえ聖職者なのは姉のマリアの方なので、シアはその付き添いというか被保護者だ。マリアの所属する教会は貧乏なくせに自費で孤児院などを始めてしまったので、足りない費用をこの酒場の給仕で稼いでいる。

 店の主人もそのあたりの事情は承知しており、シアに手を出そうという客は叩き出しているし、余った食材を孤児院に安く融通するなど助けになっている。


「だけど、魚ばっかり売れたら羊だって売れ残るだろう?」

「むー……まあそれはそうね。飲み物は何にする?」

「麦酒で」

「はーい、じゃあ先に持ってくるね」


 そう言って、シアはカウンターの向こうに引っ込む。


「相変わらず仲がいいねえ」

「……そんなんじゃねえ」


 おっさんの冷やかしに憮然とした顔でアレンは答える。

 実際に、シアは美人だし、性格も明るくさっぱりしているので『過去の栄光』……じゃなかった『古の栄光』亭では人気者だ。

 ここいらで女給仕といえば、身体も売る怪しげなのが多い中で、シアはそういうのとは違う、清潔感すら感じられるところがかえって新鮮らしい。

 常連も、シアと教会、この店の関係はわかっていて、なるべく下品な事は冗談でも控えることにしているそうだ。


(もっとも、そのせいでかえって行き遅れたら笑いもんだな)


 アレンは常々そう思っていたが、反撃が怖いので口に出したことは無い。

 しばらくしてシアが麦酒を運んでくる。

 すぐに去るかと思えば、なにやら意味ありげにそのまま佇んでいる。


「何だよ、期待してもチップなんて……お、これは……」

「へへん、気づいた? ま、いくら鈍感のアレンでもわかるよね?」


 冷たい。

 ジョッキが木でできていたので持っただけではわからなかった。一口すすってみて初めて気がついたのだが、麦酒が冷えている。

 エリントバルでは、麦酒は樽からそのまま汲まれるので常温、真冬でもあるまいし、ぬるいのが普通だ。


「鈍感は余計だ、けど、よく冷蔵庫なんて入れられたな? 旧市街の酒場じゃ最初じゃねえか?」

「いやー、ほら、ヤガンさんの……」

「ああ、『ヤガンの巣』か」


 ちなみに、正式名称は『ヤガンの宮殿』という屋号だが、誰もそんな名前では認識していない。泥ガエルに宮殿は似合わない。


「あそこはすごいよねー、見たこともないようなお酒がたくさんあって……」

「そうだな、うまい酒で気分が良くなったところで、ドロガエルの顔が視界に入る事がなけりゃ最高なんだがな」


 オーナーのヤガンはほぼ毎日店に顔を出している。それが店の売上にかなりの悪影響を与えていることは本人以外の店員、客の一致した見解だった。

 とはいえ、裏社会の顔の1人がその場にいるということで、あの店では揉め事が少ないという利点もあるらしい。


「高かっただろ?」

「そりゃね……でも、ほら、あのおじいさん……」

「ああ、ガレイじいさんのところで買ったのか……あのじいさん、腕はいいんだがたまに変なものを掴まされるから注意しねえと……」


 前にアレンがガレイから買ったロータス用激発管エクスプローダなどが典型だ。

 「面白いもの」という触れ込みだったので一応仕事に使う前に試射をしたのだが、あろうことか精気素スファラが球ではなく光線として発射された。

 それが本当に光線として光の速さで飛ぶのならばまだ使い道もあろうが、ご丁寧に目に見えるぐらいの遅いスピードで光線が伸びていくのだ。

 一体何の冗談だ、とアレンはすぐにとって返し、ガレイに文句を言った。


「そうは言うがな、お前はすごいとはおもわんのか?」


 何のことかわからないアレンに、ガレイは説明を続けた。


「ロータスは激発管専用じゃ。それで流発管ブラスタの発射ができるのは大発明じゃろ?」


 流発管というのは、短時間だが持続して効果を発揮するタイプの真空管だ。

 アレンにはあまり用がないが、たとえば火炎放射器などに使われる。

 軍が制圧に使用するのが最も一般的な使われ方だ。

 雑草を焼くのに使える、という触れ込みで一般にも流通したが、そんな費用対効果の悪い事をする農家がいるはずがない。


「そうかもしれねえが……それで敵を一掃できるのか?」

「いや、無理じゃ。激発管エクスプローダ一発分の光球程度の精気素スファラをちょっとずつ解放するからな。当たってもピリっとしびれる程度じゃ」

「それじゃ意味ねえじゃねえか! 金返せ、このくそジジイ!」


 結局、全部買い戻してもらったのだが、すでに試射した分は頑として譲らず、結局アレンは無駄な金を使う事になったのだ。


「まあ、見た目はボロっちいけど、今んとこちゃんと動いてるし大丈夫」

「一日で壊れるようならそもそもゴミだろ」


 真空管がある程度一般の生活に馴染んできたとは言え、冷蔵庫のような大掛かりなものはやはり高価だ。

 空気を圧縮展開して温度を下げるコンプレッサー式が今の主流だが、ピストンを動かす往復管サイクラは、アレンがロータスで使っている激発管エクスプローダの10倍以上の値段がする。

 そしてコンプレッサーにするためには往復管が最低6本必要だ。

 真空管の技術は軍事・戦闘だけでなく、一般生活を便利にするものも多い。

 この分野は主にグラサゴ・マギトロンアンドジェネレータ、通称GMG社が力を入れている。

 馬車より速い真空管式自走車や、各種動力源、さらには電気を生み出す発電機まで、その気になれば日常生活で使うほとんどの器具を真空管の助けを借りて動かす事ができる。

 とはいえ、そんなことが出来るのはよほどのお大尽であって、まだまだ一般人が気兼ねなく使うには値段が高い。

 たとえばこの『古の栄光亭』の照明は、小型の発電機を使って作った電気で電球を光らせているのだが、こんなことをするのはそれが客商売だからだ。

 明るい店は、人を引きつけるものがある。

 その宣伝効果を考えて、費用を上回る効果があると考えたから、この店ではそうしているだけのことだ。

 一般家庭は必要ならランプを使うし、そもそも油がもったいないといって暗くなったら早く寝るというのが大多数だ。

 お大尽といえば、先に出てきたヤガンの店などは、あろう事か直接光の魔法を出すエヴォケータを使っている。

 アレンが「豪勢だ」と黒ずくめの相手に言われたように、あれは作戦上必要な軍警や催し物の時に使われるのが常で、日常的な照明に使っているなど、事情を知らない者からすれば信じられないはずだ。

 ともかく、そうして高価な真空管だからこそ、話に出てきたガレイのようなジャンク屋が繁盛することになる。

 軍警の払い下げや、不要になったもの、果ては工場の生産ラインからはねられた二級品まで、どうやって手に入れたのかわからない怪しげな真空管を取り扱っている。

 ガレイはしわしわの小柄な爺さんで、いつも禿頭に帽子をかぶっている。旧市街の隅っこに倉庫みたいな汚い真空管専門のジャンク屋を開いている。

 実際に、彼はこと専門の真空管の事に限れば博識で、仕事柄多少知識のあるアレンでもかなわない。

 先の例のように、たまに油断できない時があるが、全体としては優秀な技術者と言っていいだろう。


――そういや、ロータスを持って行かなきゃな……


 アレンはさっきまでの一件について思い返す。

 危険な黒ずくめとの対決の後、アレンは人(もちろん依頼主の犯罪組織の)を借りて、縛っておいたチンピラ2人と、1体の死体を回収した。

 生きている2人はともかく、死体の件はどうごまかそうかと考えていたアレンだったが、依頼主である幹部は「ふんっ、手間が省けた」とあっさりスルーした。

 明らかに心臓を一突きされている死体の件に突っ込みを入れないのはいい加減だとアレンは思ったが、それよりもアークメイジを3丁とも回収したことに幹部は安堵している様子だった。

 というわけで、一丁パクるという計画はご破算になった。

 その代わりに、アレンが撃った分の真空管代も不問になったのだから、上々の結果というべきだろう。報酬の方も、現金で満額もらえた。


――メンツもあるだろうから値切るとは思ってなかったけどな……


 かなりの大金を持ったまま夜の旧市街をうろうろするのはさすがに怖かったし、服もぼろぼろになっている。そんなわけでアレンは一度家に帰って、報酬を金庫にしまい、服を着替えてここにいる。

 今回の仕事は実入りが良く、普段のアレンだったら大喜びして散財していただろう。

 だが、最後のあの黒ずくめ……できるなら二度と会わずに済ませたいものだが、往々にしてそういう願いは裏切られることが多い。


――だいたい、俺の本命はあんなレベルじゃねえしな……


 アレンには倒さないといけない敵がいる。

 そのことは確かに一瞬たりとも忘れてはいない。

 だが、今のアレンにはいろいろなものが足りていない。

 技量、装備、人脈、金、それに……時間。

 そうしたものを手に入れるために奔走者になった。

 だが、ともすると奔走者としての日常に浸りきってしまいそうになる自分自身が存在することも、アレンはまた自覚しているのだった。

 その意味で、あの黒ずくめとの出会いが、アレンに自らの立ち位置を思い出させた事は、認めたくないものの僥倖というべきかもしれない。


「おう、俺はそろそろ引揚げるぜ、またな、坊主」

「ああ、ふらついて船から落ちたりするなよ」

「へっ、俺が何年船乗りやってるとおもってやがる」

「それだけ年寄りになってんだから足もふらつくんじゃねえの?」

「ぬかせっ」


 ガハハと笑いながら最後の一杯を名残惜しそうに飲み干すと、おっさんは席を立つ。結局あの強そうな蒸留酒を一瓶開けてしまったのだ。

 アレンの方はといえば、羊肉はすでに空腹の胃袋に収まり、付け合せの野菜の煮物をつつきながら2杯めの麦酒を注文していた。


「あれ? いつも1杯でやめるのに……」

「冷えたのが飲めるなんて今日を逃したらいつかわかんねえからな」

「む? すぐ壊れるとか思ってるね? 残念だけど、そんなことにはならないから」

「真空管ってのは寿命もあるしな……」


 それは事実だ。

 激発管などは一瞬でその役目を終えるが、比較的長期間使える往復管にも、また流発管ブラスタ排除管エクスクルーダにも寿命が存在する。

 内部の熱で回路が焼けてしまうこともあれば、ガラスと金属の継ぎ目から空気が入り、真空度が下がって寿命を迎えることもある。

 いずれにせよ、永遠に使える真空管などは存在しない。


「もしそうなったら、球の交換作業ぐらいは引き受けてやるぜ。麦酒2杯ぐらいでな」

「はいはい、その時がずっと先になるようにお姉ちゃんに祈ってもらうわよ」

「自分で祈ったらいいじゃねえか」

「あたし? だめだめ、あたしは全然信心深く無いし……」


 そのあたり、この姉妹は対照的だ。髪の色と顔立ちはそっくりだが、それを除けば共通点を探すほうが難しい。


――不思議なもんだな


 アレンの兄弟は、なんだかんだ言ってアレンと考え方が似ていた。


――2人揃って嫌なやつだったけどな


 鉄製のジョッキの中身をちびちびやりながらそんな風に昔の事が思い出されてくる。

 やはり酔いが回っているのだろうか? このままここに寝床があったら倒れこんでしまうかもしれない。

 うつらうつらしているアレンの意識を現実に引き戻したのは聞き慣れない、だが警戒すべきであると知っている音だった。

 それは靴音。

 それも底に鋲を打ったしっかりしたブーツの音。

 そして、何人かが歩調を合わせてとなると、これは間違いない。

 軍警だ。

 アレンは腰のロータスを手探りでスタンバイ状態にすると、酒場の入り口に意識を向けた。

 だが、結局その足音は酒場の前を通り過ぎてどこかに行ってしまった。

 杞憂だったようだ。

 そうだ、ここは「古の栄光亭」、旧市街一健全な酒場だった。

 アレンはそう思い出して、再び眠気がやってくる前に席を立つことにした。


――今日はよく眠れそうだ



「なるほど、では確かに奴がここにいたのだな?」

「はい、確かな情報です」


 何せ、隊の10人でアークメイジを構えて脅した上、今回の一件にまつわる犯罪行為には目をつぶるというエサも与えたのだ。ここで嘘をつくほど根性のある奴なら、むしろ軍警の方からスカウトの手が伸びるだろう。


「ふむ……」


 隊長とおぼしき男はあごに手を当てて考え込んでいた。

 ナセル・エイダリオは歴戦の勇士だ。本人はそう思っていなくても、周りはそう認識している。

 一介の兵士であった時代から、自らを鍛えることにかけてのストイックさでは周囲を圧倒していた。

 元は平均レベルであった身体能力は、その甲斐あって向上し、初陣を迎えるころには相当なものになっていた。

 初陣は、砂漠の民との小競り合いだった。慣れない砂の足場、照りつける太陽、そして血臭が漂う中、彼は実に30人を超える敵兵を倒してのけたのだ。

 銃の球が切れれば剣で、剣が折れれば敵兵のそれを奪い、ひたすら殺した。

 戻ってきた彼を見た上官の話によると、ただでさえなめらかな生地とは言いがたい軍服が全身乾いた返り血でごわごわになっていたそうだ。それでいて、本人には目立った怪我がなかった。まるで訓練の最中のように姿勢を正して敬礼する姿は、まだ自分は戦えると主張しているかのようだったらしい。

 また、個人として強いだけではない。

 初陣の功で昇進し、部隊を任されるようになってからの活躍もめざましいものだった。

 エリントバルはその立地と成り立ちから、海からの侵略者を迎え撃つことが多い。本来ならば船の上での戦いは専門の者がいるのだが、そちらに加勢に行ってさえ、慣れない不安定な足場で彼の舞台は多大な戦果をあげていた。

 現在の立場は、軍警察第一部西部駐屯地所属第6特殊部隊、通称グレイウルフの隊長。300人もの部下を預かる将校になっていた。

 そして、今彼は自分の隊を率いてこの場所にいる。

 旧市街の一角、旧南一番通りの近くの廃墟。

 あたりにはすでに乾ききった血が赤く、3つ上げられた魔法の灯りに照らされていた。


「祟ってくれるな、デシオルクの一派は……」


 ナセルのつぶやきに答える者はいない。

 彼らの隊長が口にしたのは、軍警という組織内での力学の問題。元来の武人であれば、本来は気にすべきではないもの。

 そうした面倒事を、ナセルが一手に引き受けてくれるからこそ、彼らグレイウルフは自分たちを鍛える事に専念出来ているのだ。口を挟むべきではない。

 エリントバルの軍警察は、組織上大きく3つに分かれている。

 世界全体に対する影響力を考えれば信じられないのだが、このエリントバルは地図に広がりとして描かれる領土を持たない都市国家なのだ。

 そのため、他の国に比べれば対外への対応と、対内への対応がかぶることが多い。

 そういう経緯で軍と警察が一体の組織として軍警察を構成しているのだが、主に対外への軍事任務を受け持つ第一部、内部の治安を受け持つ第二部、そして各種諜報工作任務を受け持つ第三部という区切りが一応ある。

 申し訳程度に人材交流もあるし、互いのカバーしている領域に踏み込む任務が課せられることもあり、表向きは三部が一体となっているはずなのだが、こうした組織のご多分に漏れず、内部はいろいろと混沌としている。

 もっとも、今回に限ってはそれは関係ないかもしれない。

 ナセルがつぶやいた人物、モルト・デシオルクは第一部の高官でなのだ。

 どういうわけか第三部に人脈があり、いろいろと強引な手段でのし上がってきた黒い噂の絶えない男だが、指揮系統は違うものの、ナセルにとっては命令に服従する必要がある相手だ。


「まあ……そこは今更だな……よし、周囲の捜索を続けろ。危険な相手だから最低5人一組で行動しろ」

「了解」


 この場にいる30人ほどがナセルの言葉に散っていく。


「もっとも……現場周辺でぐずぐずしているような馬鹿に育てた覚えはないがな……それにしても……一対一で奴と渡り合うとは……一度会ってみる必要はあるかもしれんな……」


 部下から聞いた名前は、ナセルも耳に挟んだことがある有力な奔走者のものだった。


「『百発百中』『いさましいちび』、そして『口の悪い賞金稼ぎ』……なるほど、一癖ありそうな男のようだな、アレン・ヴァイスとやらは……」

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