第四章 器の名

21 始まる、最後

 遠が、ミゼア達の計画をハターイーから聞いたのは、決行日の10日前だった。

 その計画を知ったときに去来したのは、

(わたしは、この星で何もできずに、ここを去るんじゃ……)

という愕然とした思いだった。

 もちろん、母なる星に帰りたかったし、帰るつもりだった。だが、この星に来てから、自分は故郷の人々に対して何もできないばかりかお荷物になっており、かつ、この星の人々にとっても「圏界連合が持ち出した、かりそめの権威を持つ怪しい女神」でしかなく、その不甲斐なさに遠は身悶えする程の歯痒さを感じていた。自分は全力を尽くしているが人からはそう見られていない、という状態であればまだ良かったが、今は力を尽くせてすらいないのだ。遠にできることは研究と、それをウルバンに提言してほとんど拒否されることであり、聖癒の時間にこっそりと<伝意>を使って一人ひとりの言葉を聞き、話すことだけだった。もちろん皆を人質に取られているからでもあるし、自由を奪われているからでもあるが、「戦いたいのに戦えない」状態は遠の心を苦しめた。だが、環境を言い訳にするのは遠の最も嫌う行為だったから、(こうだったらこうできるのに)という考え方は頭の中からあえて排除していた。

(この星の人達にできること……何かないじゃろか……)

 だが、遠がやりたいと考えていたことの一片を実行する機会は、思いがけずやってきたのである。



 決行日の、5日前の昼過ぎのことだった。

 冬だというのに妙に暑い日で、遠は風を欲して窓を開けようとしたが、当然のごとく開くことはできずに、仕方なくまたカーテンを振って手動で風を起こしていた。ユドンが入ってきたのはその時だった。

「遠様、失礼します」

「あ、ユーちゃん、今日暑いね?」

 ユドンと話せるのは1日の中で最も嬉しいことの1つだったから、遠は笑顔で振り向いた。だが、ユドンの顔にはいつもの笑顔はなく、むしろ緊張と恐怖のような表情が張り付いていた。遠は驚いたのと同時に、これは何か悪いことが起きたに違いない、と直感した。

「え、遠様……遠様、私は、私はどうしたらいいのか分からなくて……でも、ごめんなさい、こうするしかなくて……」

 ほとんど震えかけているユドンの肩を抱き、ソファに座らせる。

「どうしたんじゃ。言ってみんさい」

「……さっき、圏界連合の防衛部が、直轄都市の直下に近い地下で変則的な電磁波が観測されるとの報告を上げてきました」

 それだけで、遠にはほぼ全てを承知した。――ミゼア達の動向が露呈しようとしているのだ。

「でも、ウルバン様はまだご存知ありません。今日はお体の検診中なのです。それに幸いなことに防衛部はそれほど深刻なこととは思っていないようです。でも、でももう少しすればきっとバレます。私が気付いたくらいだもの……場所からして、きっと遠様のお仲間ですね? 何かしようとしているんですね?」

 遠はユドンの目を覗き込み、頷いた。ユドンがどれほどの迷いと勇気を持ってこの報せをもたらしたか、重々分かっていた。

「ユーちゃん、ありがとう。なんと感謝していいか分からん……でもとにかく今は持ち場に速く戻って。この行為が明るみに出れば、あなたの立場が危うい。速く、何食わぬ顔をして戻って……!」

 ユドンは涙に濡れた目で遠を見つめ、そして首を縦に振った。

「あと一つだけ。……ビエナに頼んで、母艦を操作してもらい……遠様の力の制御弁を、開けました。――今は、すべての力が使えるはずです。大丈夫……あなたの力は優しい力です。使ってください」

 ユドンは、微笑んでいた。とても優しい、陽だまりのような笑みだった。

 遠の目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。本当にユドンのことが好きだった。なのに、自分は今から、ユドンに害を成す――。

「ユーちゃん、今からわたしは……尭球圏界連合に反旗を翻すと思う。……ユーちゃん、あなたのことは本当に好きじゃった……大好きじゃった」

「私もです、遠様。互いの立場の違いさえなければ、私達、本当に姉妹のように、友達のようになれたでしょう」

「うん。……幸せになってね。お願い」 

 ユドンと遠はしっかりと抱き合った。そしてユドンはしっかりとした足取りでドアに向かい、廊下に誰もいないことを確かめ、最後に遠の方を振り向いて、もう一度大きな笑顔を見せた。

――遠がユドンの笑顔を見たのは、これが最後だった。



 今は恐ろしいほど、やらなければいけないことが明確になっていた。これしかない、という道が見えていて、遠はその通りに動くだけだった。

(地下に目を向けさせてはいかん。地下の電磁波の状態よりも、他にもっと緊急なことを作ればいいんじゃ)

 ハターイーを<伝意>で呼んでもよかったが、彼が今インファと椎椎探しに奔走しておそらく遠くにいるのを、遠は知っていた。その任務を、妨げるわけにはいかない。

(それなら――こうするしかない)

 遠は部屋から抜け出した。それもすぐに警備部にバレるはずだったが、気にしていなかった。遠は廊下を走り、一番近いテラスを目指した。遮断物が少なく、なるべく高いところに行きたかった。その方が<伝意>は伝わりやすいのだ。

(それにあそこなら、何回か映像を撮影したことがあるから、放送機材があるはずじゃ……)

 まだ追っ手がかかる様子はない。階段を何段か飛ばしで登る間にすれ違った人間もいたが、彼らは遠がどうして走っているのかは分からず、声をかけられることは無かった。

 あっという間に辿り着いたテラスに続く貴賓室は、だが施錠されていて押しても引っ張っても蹴ってもびくともしない。

(ああ、もう仕方ない……!)

 『静かにはしていられない 熱が溢れだしてしまう』 

 久しぶりの呪文詠唱だったが、すぐさま手の中に青白い光が溢れる。恐怖を感じながら、それをそっと、扉に向けて放った。

 『そこに光が必要なの <大輪火>』 

 主人の意志をきちんと反映し、小規模な爆発が起きて、ドアに穴が開く。すかさず飛び込んだが、さすがに背後でけたたましい警報が鳴り出して、遠は焦る心を抑えつつテラスにかけ出た。

 快晴の空が広がっている。霞んではいるが、青い空だ。それを尻目にテラスの隅にある放送機材に飛びかかり、見よう見まねでスイッチの類いを押す。

 反対側の壁からカメラという撮影機械が小さな電子音を立てながら伸びてきて、遠の姿を捉えたらしいことがなんとなく分かった。

 これ以上時間はかけられない。

『守るということがどういうことなのか私は分かっていない ただ私は膜になって あなたを害する悪しきものの前に立ちふさがり あなたを抱きしめたい <盾膜>』

 背後に防御用の<盾膜>を敷いて、遠はテラスから外を見つめる。視界には、空、空に浮く白亜の建造物達、間を縫うように飛び交う飛獣や機械達。そこに生きる人々の姿が小さいながらも目に入った。うららかな午後。遠は覚悟を、決めた。

『伝えられない思いを 伝えたい 星に託し 雨に託し 花に託し 風に託す <伝意>』


「尭球に生きる全ての皆さん。あなたと、あなたと、あなた、全てのあなたに、話しかけています。聞こえますか。わたしは遠。鉱球の月糸圏の女神です。

わたしは、今日皆さんに、お伝えしなければならないことがあります。どうか、耳を傾けてください」


 その声は、もはや天恩の消費を隠すことを諦めた遠の強力な<伝意>によって尭球圏界連合直轄都市とその周辺の人々の頭の中に、直に届いた。

 遠にとって幸いなことに、放送装置も完璧に動いていた。尭球のありとあらゆる場所に無数に設置された圏界連合放送装置のスクリーンは、遠の姿を写し出し、音声を伝えた。


「時間がないので手短に話します。皆さん、皆さんの愛するこの星は、大変な危機を迎えています。皆さんは常に生活が脅かされていることを感じ、将来に不安を感じていると思いますが、科学者達の結論も同じです。この星は、もう長く無い。人の住む環境を数年のうちに保てなくなるのです。

 ですから、皆が本当に協力し、互いを尊重し合って助け合わなければならないのです。でも、そんな時に、この星の実質的な管理者たる尭球圏界連合の人々は、自分達だけがこの星を見捨て、脱出することを計画し、実行に移しています。――人の住めない環境になるこの星に、皆さんのほとんどは、置いていかれるのです。そして安全な場所に、権力を持つごく一部の人々だけが逃げ出そうとしているのです!!」


 遠はあえて扇動的な言葉を使った。本来は使いたくない言葉を、語彙を使って、できる限り人々を煽った。

 遠くに見える小さな街角で、人々が宙に浮かぶスクリーンの前に群がっているのが見えた。その彼らが、どうやら騒然としていることも、なんとなく感じられた。計画通りだった。


「わたしは皆さん全員を救いたい。でも、わたしにそんな力はないのです。どうか、皆さん、皆さんの力で未来をつかみ取ってください。そのために、最後にわたしができることが1つだけあります」

 

 ここまでで、遠は放送の電源を切った。背後で防衛部の人々だろうか、<盾膜>が激しく攻撃されている衝撃音が聞こえていた。

(次は、<母艦>の管制室へ行かないと……)

 後ろに戻ることはできない。テラスから飛び降り、下へ下へと伝ってなんとか地下を目指すしかなかったが、ここまで騒ぎを大きくしてしまった以上、誰にも見つからずに辿り着くことはもはや不可能と思われた。だが一瞬遠が判断に迷ったその時、まさに覗き込んだテラスの下から、突風のようにやってきたものがあった。

 ――あれは。

 走馬灯のように記憶が流れ、一瞬にして蘇る。

「狼さん! ハーちゃん!」

 なぜハターイーが狼に騎乗できているのかは分からなかった。あの巨大な狼の一族は、シナトの友達だったはず――そして鉱球の塔にいた狼がなぜここにいるのか。いや、あの狼よりは小さい……。

「遠、乗って!」

 考えるのは後にして、遠は迷わず狼の背、ハターイーの後ろにテラスから飛び降りるようにして乗り移った。温かい毛並みが遠の体を難なく受け止める。ほぼ同時にハターイーが<葉隠れハイド>の呪文を唱え、彼らの体は透明になった。

「ハーちゃん、ありがとう! わたし、母艦管制室に行きたいんじゃ! 東棟の地下3階じゃったはず!」

「何するの? ……いや、説明は後でいい。タアン、次は地下だ。一度建物に入り直して、誰にも気付かれぬように地下へ!」

『分かった』

「狼さん……あなたも<伝意>使えるの!? それに空も飛べるの、それに……」

「遠、僕の腰にちゃんと掴まって! 『雪狼』は、……女神と同じく人工的に、そして軍用に作られた種だ。だから高い知性と力を誇り、僕達と意思疎通をすることができる」

「そか、広い意味で仲間じゃったのね! ……タアン、ごめんなさい。鉱球にいたあなたの一族は皆死んでしまったかもしれないんじゃ……」

『何百年か前に、労働力として連れて行かれた奴らはすぐに死んだと聞いている。それに比べたら、あいつらは幸せだった。シナトという奴に、全部聞いたよ』

「じゃぁシナちゃんも、生きてるんね!?」

「そうだよ、遠。そしてこの狼は、シナトが今いる組織が隠して飼育してきた個体だ。――ああ、遠、その腕輪! これつけて!」

 揺れる背中の上で、ハターイーが伸ばしてきた右手から、遠は何か丸い、リングのようなものを受け取った。

「これ何じゃ?」

「位置発信を無効にする道具だ! ……シェムが作ったみたいだよ」

「シェムが……」

 助けられてばかりだ、と感慨にふけりそうになって、遠は慌てて手を動かし、リングを腕輪につける。

「何も起きないけど、これでいいんじゃな?」

「いいはず!」

「それよりハーちゃん、皆に知らせないといけないの! 皆が作ってるフネのこと、バレそうなの!」

「ああ、そんなことだろうと思った。だから、だから騒ぎを起こそうと思ったんだね? ちょっと待って、ミゼアと海津さんに連絡を取る。こっちはね、海津さんが作ってくれたんだ」

 ハターイーは髪を留めていた銀色のピンのようなものを1本引き抜き、それをパキリ、と指先で圧し折った。

「!? どういうことじゃ!?」

「髪留めに擬態させておいた小型の通信装置だよ。これからの発信が途絶えたら、『緊急事態、すぐに発進せよ』の合図ということにしてある。大丈夫、あとはミゼアと海津さん達がやってくれるはず」

「……分かった。信じる」

 タアンと呼ばれる雪狼は静かに、だが疾風のように走った。中央棟から東棟まで、一度地面に降りて屋外の通路を周っていくと、天に向かって聳える白亜の建物群の中で唯一背が低く、メタリックな外見をしている、東棟が現れる。

「追っ手は?」

「来てない!」

 遠は追っ手も気になったが、先ほどの演説がどれほどの効果を生んだかが気になった。暴動が起きなければ意味が無い。防衛部は圏界連合の中でも巨大な組織だ。遠を探して捉えるために全員を使うとは考え難く、大規模な暴動が起きなければ、余剰の人員は予定通り地下の謎の電波の調査を行うだろう。

「ねぇ、遠。念のために聞くけど、これから行くところ、行かなきゃいけないんだよね? このまま君を皆のところに――フネのところに連れていくというのは、駄目なんだね?」

「うん。それはできない」

 遠はきっぱりと言い切った。ハターイーはそうだよね、と言って沈黙した。

 タアンは少しだけスピードを落とす。東棟の扉は、職員が身分証を提示した時しか開かない。丁度、入っていこうとする職員の後をこっそりとつけて、扉が開いた瞬間にすりぬけるようにして飛び込んだ。だがそれと同時に、けたたましく警報が鳴り響く。

「<葉隠れ>は見えないだけだからね、感知されるのも当然か……タアン、急いで!」

『もちろん、だがどこに行けばいい?』

 前方には、幅の広い階段が上に、下にと続いている。

「とにかく下なことしか分からない、右手に階段がある!」

『分かった』

 遠は東棟に足を踏み入れるのは初めてだった。

(……なんか、変じゃ、ここ……)

 どことなく奇妙な気配がするが、何かは全く分からない。ただ、何か、強い力のようなものを感じる。

 中央棟と同じように、壁には一面のフラクタル図形が延々と描かれており、その壁に囲まれた階段をタアンは駆け抜けた。

「遠、地下3階だよ!」

「……人気がないね? でも、何かいる……何かいる方に行こう。右じゃ」

 タアンは薄暗い廊下を右に向かって走り、そして遠は探し当てた。

「ここじゃ、ここが何か……何か、強い」

「なんだ、それにちゃんと『管制室』って書かれているね。親切だ」

 ハターイーはほがらかに言ったが、遠はその声に怖れが含まれていることに気付いていた。

「ハーちゃんも何か感じる?」

「うん……あっ、それに……」

 ハターイーは首に巻いたスカーフの中に手を突っ込み、それを取り出した。

「光ってる……」

 ハターイーの持つ、桃色の結晶――アーリアの遺骨は、静かな、だが強い光を帯びていた。

「<葉隠れ>のせいじゃなくて?」

「違う、<葉隠れ>ではほんの少ししか光らない。……なんでだろう」

「とりあえず、飛び込もう。……<大輪火>、……<盾膜>」

 小規模だが強力な青白い光が遠の手から溢れ、扉にぶつかり、一部は跳ね返る。2人と一匹は<盾膜>で身を防いだまま、扉の向こうに飛び込んだ。

 一同が見たのは、最初に何もない空間――そして目を下に降ろせば、膨大な空間がさらに地下に向かって広がっており、その地底には無数の黒い箱のようなものが並んでいるのが見えた。無言でさらに空間を見回せば、どうやら今いる場所は壁に沿うように細く設置されている通路で、通路の途中には下に降りる為の階段が見えた。

「なんだここ、寒い……」ハターイーが美しい顔を少し歪めて呟いた。確かにこの部屋は異常に寒かった。冷たい、と言う方が適切かもしれない。

「行こう!」

 通路はタアンの体をなんとか通す程度の狭さだったのでスピードは落ちたが、まだ追っ手はかかっていない。きっと防衛部自体手薄になっているのだろうと遠は良い方に考えた。

 下に降りていくにつれ、黒い箱は思ったよりも一つひとつが大きいことが分かった。数えきれない程立ち並ぶそれはまるで、墓標のようだった。

(どんどん気配が強くなる……)

 そしてついにタアンが地底に降り立った。ハターイーと遠は、タアンの背から降りる。

「ハーちゃん、この箱……この石が、<母艦>? どれが、中心じゃろう!?」

「……どれも同じに見えるね……あっ」

 ハターイーが一つの石にかけよった。後を追った遠に、指を指して何かを示す。

「遠、この表面。すごく細密なフラクタル図形が描かれている。……しかも、一つひとつ、どうやら違う模様だ……」

「ほんとじゃ……。ねぇハーちゃん、この石じゃ、わたし、さっきからすごく強い気配を感じてたの、この石達からじゃ……」

「……どういうことだろう」

「でも、ということは……一番強い気配の石が、中心の艦じゃね!?」

 遠は意識を集中する。強い気配。でも一番強いのは、この石じゃない。……右の、奥。

 遠は走った。後からタアンとハターイーが続く。

 墓標のような石の間を縫うように走り、この石かと思えば抱きついて、でも違って離れて、を何度か繰返し、遠はようやく辿り着いた。

 他の石と何も変わらぬように見えるその石は、確かに最も強い気配を放っていた。

「これじゃ!……操作するには……部屋の母艦の端末は指紋認証だったから……」

 遠は石に親指を押し当てる。僅かに石がゆらりと蠢いたように遠には思えた。じーっ、という虫の羽音のような僅かな音がして、何かの熱が顔に当たるのを遠は感じた。直後、「認証完了」と、部屋の端末と同じ小さな電子音声がして、石の表面に見慣れた画面が浮かび上がってくる。

「やった!」

「遠、ここは攻めて来られたら不利だ、逃げ場が無い。急いで!」

「うん!」

 遠はものすごい勢いで画面を叩いた。母艦のシステムの最深部に入っていく。奥へ、奥へと。この数ヶ月で、遠はほとんどこのシステムの仕組みと全体像を理解していた。

 奥に入るにつれ、画面はいつも部屋で使っている端末とは全く似ても似つかないものになっていったが、遠はまるで誘い込まれるように見慣れぬ世界に入っていった。まるで、誰かが、手を引いてくれているような感覚があった。ここをこうすれば、ほら、入れるでしょう。ここに道があるでしょう、と、誰かの声がするような気すらした。

 同時に、遠は再び<伝意>を唱えた。可能な限り広い範囲に伝わるように。もう、最後の勝負だから力を惜しむ必要はなかった。青白い光が、遠の体から溢れる。


「尭球に生きる全ての皆さん、聞こえますか。遠です。最後に皆さんに、お伝えしたいことがあります。

 ――尭球圏界連合は、解散します。今は4つになってしまった五圏の人々よ、どうか自分達の手で、自分達の土地を治めてください――あなた達の星は美しい。汚染されても、まだ生きる方法はあるはずです。どうか、どうか生きてください――」


 遠はシステムの最も奥深くまで到達した。システムに議決を求める。


 ギョウキュウケンカイレンゴウ カイサン

 

 条件として、インフラに関する部分――『源海』から各地に提供されるエネルギーを司る機能だけは、シャットダウンを1年後とした。他は、直ちに遮断。

 議決を上げると、承認権のある人々の手元に必ずあるはずの母艦の小型端末に、即座に連絡が入り、議決を承認、あるいは否認できるようになっている。遠は、祈るような気持ちだった――この計画が成功するかどうかはただ一人、ビエナにかかっていた。それは思いついたときから分かっていて、そんな重責を負わせることを遠は心から申し訳ないと思っていた。だがこの道しか、思いつかなかったのだ。

 遠の算段では、最高権限を持ったまま行方不明になった事務局長は、反応がないはずだった。とすれば、残りは3人。ウルバンは必ず反対。遠は賛成。残るはビエナ――。遠は、ビエナの迷いにかけたのだ。ウルバンに忠誠を誓い、その力に服従しながらも、自分のやっていることに意味を見いだせていなかった優しい秀才。ただ一つ欲しいものは、ウルバンに対して苦しい恋をしている。その、複雑な状況における、ビエナの迷いに。


 暗い画面に、「4」という青い数字が浮かびあがっている。4は遠を表し、青は「承認」を意味する。

 すぐに、赤い光で描かれた「2」という数字が浮かび上がってくる。2はウルバン、赤は「否認」の意見を示す。

 それから、しばらくの時間が流れた。議決を上げたのだから、さすがにそろそろ居場所が分かっているはずだ。焦る遠には、一瞬の時間が永劫のようにも思えた。

 だが、その永劫の後に確かに、確かに視界に浮かび上がってきたものがあった――青い、青い「3」。

 ビエナは、もうここでは働けないだろう。フネにも、乗せてもらえないだろう。殺されるかも、しれない。そのリスクを全て負って、ビエナは、青い3を押してくれた――。(ビーちゃん……ごめん。ありがとう……!)

 遠は数字に向かって一礼した。

 だが、遠は知らない。ビエナが、苦しみながらも、清々しい気持ちでいたことを。――ビエナの側に、ユドンがいたことを。ビエナの背中をユドンが押し、そしてビエナが、ユドンに愛を告げたことを。君がウルバン様をいくら愛していても、僕はずっと君の幸せを願い、君の側にいると言ったことを。それに対する、ユドンの涙と笑顔を。

 そして――喜ぶ遠が、もう1つ、見たものがある。見るはずのなかったもの。想定されていなかった、存在。

「……まさか」

 浮かび上がる、「1」。その色は、青。

 呆然として硬直する遠に、ハターイーが焦りながら急いで、と声をかける。

(考えるのは後じゃ……そう、次はミーちゃん達のフネを通すために、落月門を開いたまま固定せんと……)

 遠は『母艦』の中の、星航管制システムにアクセスした。だが――

「あれ、わたしの指示を聞いてくれない……ブロックされてるみたい……」

「ウルバンかな?」

「そうだと思う……でも、ここに入れないと何もかも意味がなくなっちゃうんじゃ……」

 変更を加える権限は遮断されていたが、状況を参照することだけはできた。巨大な円形の落月門が、まさに閉まっていく様子がよく分かった。

――どうしよう。『母艦』は言葉で記述されているから、裏に入り込んでその言葉自体を書き換えてしまえば……でもそんなこと、できるじゃろうか。他に方法、方法は……。

 遠は考えた。考えているうちに、何か、何かを忘れているような気がした。何か――。

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