19 シェムの望み
女神・遠の「聖癒」と呼ばれる行為の映像が街中に流され始めたのと、遠からの手紙がハターイーによってミゼア達にもたらされ始めたのはほぼ同時だった。
「ミーちゃんへ、ベリちゃんへ、シェムへ、それからたくさんの同胞の皆さんへ」という言葉で始まったその手紙は、誰もが我先にと読みたがったので、代表としてミゼアが声に出して読み上げるはめになった。
手紙は何枚にも及び、遠の癖のある字が勢い良くびっしりと並んでいた。そこには、遠の飾らぬ言葉で、今遠が置かれている環境、遠が見た尭球の様子、調査から分かった尭球の問題などが客観的に綴られ、また今の遠の心情――劣悪な環境にいる鉱人の皆が心配であることや、聖癒という行為・女神という立場への葛藤や、尭球世界が滅び行くことへの哀しみ――などが書かれ、最後はこう締めくくられていた。
最後になってしまいましたが、まだ名を知らぬ我が故郷の同胞の皆さんに、わたしはお詫びをしなければなりません。
わたしの天力のコントロールが未熟だったばかりに、皆さんの故郷を、大切な居場所を、大切な人を、わたしは滅ぼしてしまいました。謝っても許されないことは分かっていますが、謝らせてください。
ごめんなさい。
無くなったもの、亡くなった方を蘇らせることはできませんが、皆さん一人ひとりが再び安寧の地、幸福の時を得るために、わたしはこの命を捧げます。
わたしを憎んで構いません。許さなくても構いません。
でも、どうかわたし達の世界を再びあの星に築くこと、その目的のために、どうか力を貸してください。
――あの愛しい
月糸 遠
遠の言葉を読み上げるミゼアの声は、震えた。その後には、沈黙が訪れた。
「女神さん、何歳だっけ?」
トーがミゼアに尋ねた。
「16歳なはずよ」
「16歳には重すぎる話だよなぁ。いやミゼア、あんたの背負う物も重いが、この女神さんは……」
ミゼアは頷き、そして手紙から顔を上げた。
「……皆さんの中には、まだ遠を恨む人もいるかもしれないけれど……」
「俺は恨んでないよ!」
六連が朗らかに言った。
「私だってあの子を責める気持ちなんて無いわよ。そもそも原因は尭球圏界連合にあるんだから。あの子は何も悪くないわ」
ルォイエも言い、そうでしょ、と一同を見回した。
だがミゼアは、まだ釈然としない思いを抱く人々がいるのを知っていた。彼らは悪人でも狭量なわけでもなく、ただ怒りと悲しみのあまり、どうしても「ウルバンが悪い、でも女神がもう少しうまくやれれば」という考えが心を過るのを止められないのだった。
「……わたくしからも改めてお願いするわ。こうやって手紙という手段が発見されたのだし、遠とうまく連携して、とにかく鉱球に皆で帰ることだけを目標としましょう。それに、キーヨウの人達も、真冬になったらフネを出すのは難しいと言っていたわ。だから、あと1ヶ月以内が勝負よ。みんな、頑張りましょう」
ミゼアはミゼアで、やることがたくさんあった。フネの構造や、フネに乗せるものは、つまりは「鉱球に帰ったあと、どんな行動をするか」に左右されるのだ。それを決めるのはミゼアの仕事だった。
(決断するのは、苦手……でも、頑張らないと)
遠のために。ミゼアは微笑んで、遠からの手紙に目を落とした。
シェムは懐かしい遠の筆跡を見てほっとすると同時に、遠に会いたい気持ちが募った。空中で流れる遠の姿が、遠とは思えぬほどにとんでもなく美しく女性的であることにもずっと動揺していたし、謎の方法で遠と会えるらしいハターイーのこともものすごく気になった。
(俺も遠のところに連れてってもらうわけにいかないんじゃろか……いかないんじゃろな。……あいつは遠とどんな……何してるんじゃろ……)
すっかり定位置になっているテラスで、キーヨウに頼まれていた部品を袋に詰め込みながら、シェムはぼーっと遠のことを考えた。
シェムはこれから、海津を中心としたキーヨウの人々がフネを建造している場所へと移動する。
最初は、圏界連合の偵察網にかかりにくいよう、涼車や月糸付近の山脈のどこかで建造することも検討されたのだったが、それだと遠や鉱人達を長く移動させることになってしまい、危険が増す。結局、皆が選んだのは、「地下」だった。
尭球では、地下――土の下は、忌み嫌われている。有害ガスの発生源に近いという意味もあるが、それ以上にやはり「天に近い」ことが良しとされる文化がいつの頃からか形成されているのだった。地上でさえ打ち捨てられているのに、さらにその下など、誰も利用しようとは思わないのだった。その、盲点をつく。
もちろん、簡単な方法ではなかった。フネを建造するための巨大な空間が必要だし、そこでは有害ガス対策と、偵察網対策を同時に行わなければならない。さらにはそこに遠と鉱人を誘導し、最後には地面を何らかの方法で取り払って、そこから天高く飛び立たなければならない。障害は十重二十重と立ちふさがっていた。
だが、キーヨウの男達は、困難があればあるほど燃えるようだった。彼らはまさに直轄都市のお膝元と言っていい土地の地下に、元は下水施設だと思われる巨大な空間を見つけた。「お膝元」だけあって、有害ガスもほとんど検知されない。しかも都合のいいことに、地上の近くには別の工場施設があって、昼夜問わず工場の機械がひどい騒音を立てていた。ただそれでも、圏界連合が地下に目を向けたが最後、何もかもがおじゃんになることは確かだった。
彼らは苦心しつつ、元・フネだった金属の塊を、徐々に地下に運び込んだ。出入りが激しいと怪しまれるから、一度地下に入った人間はほとんどそこで寝泊まりをしていた。シェムも今日から、そこに加わるのだ。
マイベリには一緒に連れて行ってほしいと懇願されたのだが、こればかりは叶えてやることはできなかった。有害ガスの濃度は非常に薄くても、ゼロではない。地下の環境に、体の弱いマイベリが耐えられるわけなかったのだ。
「ここにだって、マイベリの居場所はある。ミゼアのそばにいてやってくれんか」
シェムはそうマイベリを説得した。最初はミゼアは自分のことなんて必要としてない、と納得しなかったマイベリだったが、当のミゼア本人がその場に来て、「わたくしと一緒にいてほしい」と告げたのでマイベリはぽかんと口を開けた。
「……あなたはここにいてほしいの。わたくしは……わたくしは、あの女神養成所でのひと時が一番楽しかった。スパイとして活動しているのだから心はとても痛んだけど、でも遠とインファ、椎椎、あなた。5人で街に遊びに出かけたこと、忘れない……。本当に楽しかった。あなたがいなくなってしまったら、あの頃のことは何もかも幻になってしまいそうで、……怖いの。ねぇ、わたくしの我侭を聞いてくれない?」
マイベリは呆然とした顔から一転、笑い出した。今度はミゼアがぽかんとする番だった。
「……ベリったら、ミゼアのこと、まるで分かってなかった。ミゼアはベリが、まるで完全無欠みたいに思ってたの。淋しくもないし、怖くもないんだって――馬鹿みたい。そんなわけないのに」
ミゼアは微笑んだ。
「ねぇ、それに知ってる? 子供達はあなたにすごく懐いているのよ。歌姫としてのベリに憧れている女の子もいる。……だからここにいて?」
こうして、マイベリは残ることを承知したのだった。
シェムは安堵して鉱人地区を離れることができそうだったが、まだ1つだけやらなければいけないことがあった。
「ハターイーさん」
手紙を置くなりすぐにまたどこかに行こうとしていたハターイーを、ミゼアに頼んで引き止めておいてもらったのだ。彼はこの建物の屋上の片隅に寝転んでいた。
「ああ、シェム君。なんだい、話って?」
シェムはハターイーが苦手だった。シェムだけではなく、多くの鉱人がそうだったが。
ハターイーはその存在が謎すぎるということもあったが、気取った口調と、荘厳華麗な美しさが相まって、あまりにもとらえ所がなく、あまりにも近寄り難かったのだ。
「……あの、これ。……遠に、渡してほしい」
シェムはポケットに手をいれて、それをハターイーの手の中に押し込んだ。
「……何だい、これ?」
「海津さんから教えてもらって、俺が作った。遠が体につけている位置発信装置は、これで無効化できるはず。脱出する時に必要になるから……頼んだ。あと、あいつのこと、今はあんたが守ってくれ……」
シェムはそこまで言うので精一杯だった。嫉妬――遠の側にいることのできるハターイーに対しての――と、自分の発した言葉への羞恥心でどうにかなりそうで、ハターイーの返事も待たずに、踵を返して走り去った。
鉱人地区の建物の地下から、海津達がいる通称「地区B」までは、元水道管らしきものの中を這いつくばって移動して、約1時間と聞いていた。じめじめとした空間の中を、腰につけた真鍮ランプの明かりを頼りにシェムは進んだが、ふと、遠が見せてくれたもののことを思い出した。
(遠の……遠のあの、魔法。なんだっけ……綺麗だったな)
『塔』に行く前に遠が見せてくれた、柔らかい明かりの魔法。それを生み出し、微笑む遠。あの時間はシェムにとって、とても大事な思い出になっていたのだ。
前方にぼんやりとした、黄色い光が見えてくる。扉らしきものの隙間から漏れているようで、その扉の先がどうやら地区Bだった。
軽くノックすると、向こう側から野太い声で「つくって」と返ってきた。
「……こわす?」
「おお、小憎! よく来たよく来た! おーいみんな、シェムが来たぞ!」
『つくってこわす』はキーヨウのコンセプト、らしかった。最初それを聞いたときはなんだそれ、と思ったのだったが、ある時海津がこう話しているのを聞いて、なんとなく合点がいった。
「いい、作るからには完璧なもんを作るわけー。それを『より良く』とかはね、しねーの。『より良く』してると思っているうちに物はどんどん価値を失っていく。だから、一度作ったもんはねー、壊すと思って。それでまた新しいものを作る。維持とか保持に未来はないよ? 常に一番前を走るには、創造と破壊を繰り返すしか、ない。0から1、0から1を繰り返すしかないってことだよーん」
過激だ、と思う反面、腑に落ちることもあった。
(海津さんは、遠と気が合う気がする、なんとなく……)
シェムの頭は遠を基準にものごとを考えてしまうようになっている。
その海津も向こうの方でシェムの方に向かって手を振っていた。軽く頭を下げる。それより、シェムの目を引いたのはやはりフネだった。大きい。間近で見ると、とんでもなく大きい。まだ骨組みの段階のそれは、巨大な魚の模型を見ているようで、否応無しにシェムの胸をときめかせた。
「どうだー、かっこいいだろー?」
近寄ってきた海津がシェムの肩を揉みながら話しはじめた。
「あ、はい……すごい」
「これ、ここまで分解して運び込むのがたーいへんだったんだからなー」
「す、すいません、手伝えなくて……。今は、どういう段階なんじゃ……すか」
「まーさすが先々代が作っただけあってよくできてるよね。もうパーツごとの修繕はほぼ終わってー、竜骨、肋骨、支柱、梁全部組んだところ。これから内外の板張ってくとこだね」
「俺も、手伝えますか」
「そのために呼んでるんだろー、溶接しとけ溶接。おーい、ヘルマン!」
「あ?」
海津に呼ばれて寄ってきたのは、海津と同い年くらいの男だった。ガラが良いとは言えない風貌、まくりあげた作業服から出ている腕はがっちりと筋肉質で、皺の刻まれ始めた額に汗が光っている。
「あ、そいつがお前が拾ったっていう子供?」
「そうそう、シェム。溶接教えてやってー」
「えー、俺かよ。ガキは苦手なんだよ。まぁいい、ついてきな」
ヘルマンと呼ばれた男は、子供だのガキだの言われてむっとしているシェムには一切構わず、フネの上部へと繋がる梯子を登り始めた。シェムも仕方なく後に続く。
「おい、お前。なんだっけ」
「シェムです」
「俺、見りゃぁ分かるかもだが、愛想のいい方じゃないしがさつだからな。だが腕は悪くねぇ。見て覚えろよ」
「はい。……俺、今までも見て覚えてきました」
「そうかい。なんだ、何を見たんだ?」
「父が鉱山で働いてたから……採掘とか、機械の調整とか」
「なるほどな。じゃぁ早速仕事といこうか」
ヘルマンの作業はぶっ続けで数時間続いた。慣れない作業は大変ではあったが、辛いのではなく、むしろ楽しかった。集中していたのか、今日の作業は終わりだ、と言われ時間を知った時には――20時になっていた――もうこんなにたったのか、と驚いたほどだった。
ヘルマンを始め、フネのあちこちに虫のように取り付いて仕事をしていた男達が、一斉に地面へと降り、一ヶ所へと集まっていく。湯気が立ちのぼっていい臭いがするから、どうやら食事の場のようだった。
「お前も食うんだよ。来い」
ヘルマンに酒焼けしたような声で言われ、後を追う。
「お、新入りはヘルが見てんのか。いーい人選だなぁおい!」
「うっせぇうっせぇ! ったくよー」
「新入り、名前は?」
「シェム……」
「洒落た名前してんなぁ。どこの出だ」
「……っと……あ、あっちの星の……月糸の十層……」
一瞬、あたりがシン、と静まった。
まずいことを聞いてしまった、という後悔の表情が、妙齢の男の表情に浮かぶ。
「まぁそんなわけだからよ、俺だけじゃなくてめぇらも面倒見てやってくれよ?」
声を上げたのはヘルマンだった。
もちろんだ、おう、という声がいくつかあがって、再び食事の喧噪が戻る。
「ヘルマンさん。ありがとうございます」
「何だよ、礼とか言うなよ気持ちわりぃな。そんなつもりで言ったんじゃねぇんだからよ。あとさんづけもやめろ。食うぞ食うぞ、今日の飯は、と……」
「ヘル、今日はなんかよく分かんねぇ野菜とガチョウ肉の煮込んだやつだぞ」
「よく分かんなくてもこんな地下であったけぇ食いもんが食えるだけありがてぇよ」
軽口を叩きあう男達に、笑顔で混ざれるほどシェムは社交的ではなかったが、その雰囲気は故郷でよく馴染んだ肉体労働に従事する男達に似ていて心地よく、懐かしかった。
鍋の側に行くと、これあんたのだよ、と言われて手の中に椀を押し付けられた。よそってくれたのはえらく体格の良い女性だった。角刈りのような髪型に、これもまた鍛え上げた肉体をしている。
「ひょろっひょろだねぇ、いっぱい食って、ヘルに鍛えてもらいな!」
威勢良く豪快な話し方だが、女性の笑顔は明るく、優しかった。
ヘルマンの後について男達の中に座り込む。
「あいつはリンダだよ。この所帯唯一の女だが強ぇからなめるんじゃねぇぞ」
「おいヘル、まだ言うことがあるだろう、あいつは俺の女だって!」
「てめぇふざけんじゃねぇぞ!」
「はいはい惚れてるくせになぁ、否定することねぇだろうに」
「うっせぇうっせぇ! すぐに女の話だ、ったく黙って飯を食えよ!」
「シェムとやら、お前はどうなんだ、残してきた鉱人さん達の中に女がいるのかい?」
好奇心に満ちた目線をいくつも向けられて、シェムはたじろいだ。「残してきた鉱人の中に」「女」はいない。――尭球圏界連合直轄都市に囚われた愛する幼馴染なら、いるが。
「いや、そんなんいない……」
「そりゃもったいない、男前なのになぁ」
「そうだ、すぐにお前の子を産みたいっていう女が出てくるぞ、でももうちょっと口数が多くても良さそうだな」
「いや、男はこれくらい寡黙じゃないと」
それからしばらく続いた「男前論」は、シェムが黙って耳を傾けているうちに、いつの間にか様子が変わって真面目な話になっていく。
「新世界、怖いけど楽しみだな。早く行きてぇよ。がんがん造ってやる」
「あっちの星に着いた後の話はどうなってるんだ?」
「まだそこまで行かないだろう、社長となんだっけ、ミゼアさんの話はほとんど進んでないって聞いたさ」
「しかしそのミゼアさんとやらはまだ若い女の子なんだろう、うちの社長がひよっこの尻に敷かれんのか?」
「そう熱くなるなって、まだ何もわかんねぇだろう」
ミゼアは大変だ、とシェムは思った。ミゼアも、そして遠もだ。おそらく遠が帰ってきたら、ミゼアは遠に代表の座を譲るだろう。本人がそう明言している。
また遠の肩に重いものがのしかかり続けるのだ、とシェムは思った。――楽にしてやりたい、気もした。二人だけで、どこかに行くのだ。穏やかな風の吹く場所へ……そしてそこでシェムは遠と二人きりで暮らすのだ。遠は、自分だけのものになる……そんな妄想を一瞬して、シェムは慌ててそれを頭の中で打ち消した。あまりにも身勝手な欲望が恥ずかしかったからでもあるし、あまりにも夢物語すぎたからだ。遠は、決して荷を捨てはしないだろう。むしろ喜んで背負い込むし、彼女の決意を変えることは自分にはできないだろう。
男達の会話は続いている。
「俺らは、『つくってこわす』だけだ。余計なことを考えない方がいい」
「そうだ、社長についていけばいいんだ。社長と俺ら『つくってこわす』集団をどう活かすかは、鉱人さん達次第だ」
「おーおー、なにー、俺のこと誉めてくれちゃってんのー?」
丁度やってきた海津が、シェムとヘルマンの肩に手をかけて間に割り込んでくる。
「しゃ、社長!」
「なんか、飲みますか」
「お前らが飲んでないのに俺だけ酒飲んだりしねぇよー? まぁでも、今日はさ、シェムが来たから。仲間が増えた、お祝いってことで。みんなで飲むか!」
「お、おお! ありがとうごぜえます!」
「でもあんまりな、でけぇ声出すと変な探知にひっかかりかねないから気をつけて、な。ほら、これ。涼車の馬乳酒」
「う……すげぇ強いの持ってきたすね……」
「はいはーいリンダ、盃まわして! 投げて!」
「あたしも飲むよ!」
「もちろーん!」
手際良く、というよりは荒っぽく雑に盃が回され、ぷんと強い香りのする酒が入った瓶が回される。当然のようにシェムのところにも乳白色の酒が来て、シェムは恐る恐るその液体の臭いを嗅いだ。
「えー、じゃぁ俺珍しく張り切って乾杯しちゃおうかなー?」
シェムには、この荒っぽい男達が、なぜ海津のような変わった男に従っているのかいまいちよく分からなかった。海津は立ち上がって話し出したが、いつものように人々の間を行ったり来たりと歩き続けていたし、どうしても髪を縛っているピンク色のボンボンが気になった。
「俺はー、シェムが来たのが嬉しい。こいつは勘もいいし素質もある。えーと、話、変わりまーす。俺さ、鉱人さんらが故郷に帰りたいって思いは分かるけど、でもどうでもいいの。俺は、俺とお前らが生きる場所は新しい星しかないって思ってる。新しい世界を0から作るんだ。こんなチャンス二度とねぇよ。だから行く。俺らは常に最前線の開拓者じゃなくちゃいけねーの。何かに安住した瞬間、キーヨウの魂は死ぬ。いいか、腐るほど言ってるがもう一度言っちゃう。俺らはつくってこわす、それを忘れた瞬間にキーヨウの魂は死ぬ。――話、長くなっちまったー。さて。――新天地の開拓に、キーヨウの全力を尽くす。乾杯!」
「乾杯!」
男達の野太い声が唱和した。海津が戻ってきて、再びシェムとヘルマンの間に座り込む。
「シェム。キーヨウにようこそ」
そう言ってシェムの盃に自分の盃をこつりと合わせた海津は、一瞬、優しい目をしていた。
(この人は、強くて、ぶれなくて、……優しいんだ。変だけど)
シェムは、男達が海津に従っている理由が少しだけ分かった気がした。従っているのではなく、慕っているのだ。
海津とヘルマンを中心に男達が話しはじめた新天地への夢――それはほとんど技術的な話だったが――を心地よく聞きながら、シェムは酒を舐め、そしていつの間にか、眠りに落ちていった。
海津とミゼアの話は、進んでいないわけではなかった。むしろ順調に進んでいた方だった。
ただフネの中身――新世界を構成する礎となる諸々の素材――については、どうしてもミゼアは判断しにくかったのだ。フネの空間は無限ではないから、取捨選択をしなければいけない。必要だと思われるもの全ては持っていけないのだ。――かと言って、いちいち遠に手紙を書いて、何を切り捨てるべきか判断を仰いでいてはそれこそ話が進まないし、遠には今は何の負担もかけたくなかった。彼女を肉体的にも、精神的にも助けなければいけない時なのだ。
ミゼアは委員会の人々の意見を取り入れて、なんとか決断を下していった。
それと同時にミゼアと委員会は、遠を奪還し、フネを旅立たせる計画を詰めるのに余念がなかった。海津からの聞き取りを参考に、決行日には2週間後の日取りを設定した。決行当日の流れはこうだった。
まず、深夜にハターイーが圏界連合本部に忍び込み、遠を連れ出す。遠についているらしい位置発進装置は、海津の言葉を借りて言えば「そんなんどーとでもなる、壊せるし、代わりのやつ置いとくし」らしかったので、海津に全てを任せた。
それと同時に、遠が着く頃には鉱人達は全て地下道を通って、フネに移動を完了している必要があった。
フネが地上に出るには、地面を爆破して突き破らなければならないし、さらに宇宙空間に飛び立つには、必ず直轄都市の真上にある『
だがさすがに爆破音を全て誤摩化せるわけはないから、その時点から圏界連合の追っ手がかかると見て間違いなかったし、彼らが飛び立とうとしていることが分かれば、すぐさま落月門を封鎖され、そうなれば一環の終わりだった。
だから爆破した瞬間から落月門突破までは、とにかく最速のスピードで行かなければならないのだった。
ただこれではあまりにもカケの要素が強すぎるので、爆破音を誤摩化すため、そして原因特定が少しでも遅れるように、同じ時期に大規模な反圏界連合の暴動を起こしてくれるように海津が古い、力のある知り合いに頼んでくれるとのことだった。
これで多少は計画の実効性に確証が出てきた。だがやはり、「本当に脱出できるのだろうか」という不安は常にミゼアを――五鉱委員会の人々を、そして全ての鉱人の人々を――苛んだ。失敗したら、おそらく待つものは死か、それ以上に酷い状況であろう。なるべくそのことを考えないように、皆が常に前だけを向けるよう、ミゼアと、そしてマイベリは毎日を必死に笑顔で過ごした。何も悪いことは起きない、そう言外に説得するように。
ミゼアにはたくさんの悩みの種があったが、その中の最も大きいものは遠の脱出がうまく行くか、ではなく、椎椎とインファの行方だった。動き出した計画を止めることはできない。だが、決して椎椎とインファをこの星に置いていきたくはなかったし、それは必ず遠も同じ思いであるはずだった。
(あと2週間しかない……)
その間に、見つからなかったら、どうしたらいいのだろう。切り捨てるのか、二人を。そんな判断を、遠が許すだろうか? 遠なら、どうするだろうか?
考えても答は出ず、ミゼアにできることは、ハターイーとカミッロに、二人とシナトの行方を全力で探すように頼むことだけだった。
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