16 マイベリの一歩
乗り物に乗せられた遠を見た、との報が入った数日後。
マイベリは、思い切ってあの技術士の少年に話しかけにいくことにした。それはマイベリにとって大きな決断で、しかも非常な勇気を奮い起こしてのことだった。
(あの子、無愛想だし無口だし、怖いんだもん……)
でも、決めたんだから頑張らなきゃ、とマイベリは必死に自分に言い聞かせながら、彼が定位置にしているテラスへと足を運んだ。
「あの……」
彼の背中は動かない。何か、小さな機械をいじっているようだった。
「あの! ちょっといいですか!」
ゆっくりと、彼が振り返る。
「何」
「あっあっあの! しぇ、シェム君にお願いがあって!」
「はぁ……」
全く表情の変わらないシェムに、だがマイベリは必死に叫んだ。
「何かベリにできることありませんか!」
「は?」
「お、お手伝い! したいんです!」
「な、なんで? いきなり? 俺?」
「えっ、えーっと、えーっと……」
マイベリは口ごもった。何をどう話していいか分からなかったのだ。嫌われたら困る……そう思ったが、だが遠のことを思い出しながら、必死に率直な言葉を紡いだ。
「べ、ベリだけ、体も弱いし、頭も悪いしで何もできなくて! 歌を歌うとみんな喜んでくれるようになって、それはいい、それは嬉しいんだけど、でも、ずっと歌ってるわけにもいかないし、時間のある時は、なんかお手伝い、したいし、でももうみんな、グループっていうか、役割決まっちゃってて、入りにくくて、あなたならいつも一人だし、って思ったのと!」
「随分失礼な話のように聞こえるんじゃが……」
「それと! それと、遠様の幼馴染って聞いたから! 話がしたくて!」
「……遠の話?」
「うん!」
「……そう。……いいよ。手伝って」
「えっ!? いいの!?」
「……うん」
思いがけず自分の要求が受け入れられたことに驚き、マイベリは何を言っていいか分からなくなった。緊張と興奮で熱っぽくなった頬を両掌で押さえる。
「じゃぁ、まずこの部品を磨いて」
「あっ、はい……」
マイベリは座り込み、シェムに渡された、バケツにいっぱい入っている様々な形のネジのようなものを、既に薄汚れている布切れで磨いた。
「もっと、力入れて」
「はい……」
しかしそれきりシェムが黙って自分の作業に戻ってしまったので、やはりマイベリにとっては居心地は良いとは言えなかった。複数人のお喋りの中で自分だけ一人、相手にされていないのも辛かったが、無口な相手と二人っきりなのはそれはそれで息が詰まる。
「べ、ベリこういう仕事も、好き、だなー……」
それは友好を深めようと口にのせた言葉だったが、自分に背を向けて何かをいじっていたシェムはその瞬間、明らかにため息をついた。
「えっ、あっ、なんか、ごめんね……? なんでもない……」
だがシェムはゆっくりと振り返り、そして無表情なまま言った。
「俺の機嫌とろうとしてんの?」
「えっ、いや、ベリそんなつもりはなくて……」
「そんなつもりはない?」
「う、うん……」
「無意識にそれやってるんじゃったら、重症じゃ」
「……!」
マイベリは、シェムの視線も言葉も受け止められずに、たまらず下を向いた。頭の中で、遠の声がする。
(ベリはそんな卑怯な子じゃないって、ベリはちゃんと前を向いて女神を目指していいって、ベリが女神になったら守ってあげるって……)
(嘘よ、遠様の嘘つき。ベリは卑怯だし、こんなに卑屈で、空気を読んでばかりで、みんなに嫌われて、何もできない……)
涙が溢れ、乾いた地面にこぼれ落ちた。
「すぐ泣くなよ。……なんか決心したから、ここ来たんじゃろ?」
「……っく、っく……ふ、ふわあああん……」
マイベリは思いっきり泣き出した。声をあげて泣いたのは、久しぶりだった。
「遠様の役に立ちたいの、遠様を助けるときにベリだけ何もできないのは嫌だし、遠様に会った時に何も成長してなくて何の役にも立たないベリのままじゃ嫌なの、遠様が好きなの、遠様はベリの王子様なのー!!!!」
泣きながらうまく喋れずに、ほとんど叫ぶようにマイベリは言い、そしてスカートに顔を埋めて引き続き泣きに泣いた。
ようやく涙が枯れ果て、顔を少しあげると、シェムは少しだけ困ったような顔でマイベリを見つめていた。
「……えーと、え、遠が好きなんじゃな?」
マイベリはこくこくと首を縦に振った。今、マイベリが誰に気兼ねすることもなく、心の底から本心で言えることは、それしか無かった。
「……はぁ、なるほどな。……少なくとも歌はみんなの役に立ってると思うし、遠も聞いたら、きっと喜ぶと思うけど」
「……」
「でも、それより、あんたがそうやって、歌だけじゃ、って思って何か頑張ろうとしてんのを、きっと遠はすごく……すごく……こういう言葉であってるか分かんないけど……愛おしむんじゃないかな……」
「……」
「ただそれは、なんかな……あいつは誰に対しても、そうじゃから……」
「……女神様、みたい」
「そうなんじゃよな」
「……すごく、遠いの。遠様はベリのすごく近くにいて、すごく愛情をかけてくれるのに、ベリが愛そうと思うと、遠様はすごく遠いところにいるように思うの」
「分かるよ」
「分かる!?」
「分かる。……どんなにそばにいても、まるで違う世界にいるみたいに……。あいつは誰に対しても壁を作らず、誰でも受け入れるが、それでも遠い」
ベリは首を勢い良く縦に振った。初めて叫んだ本気の言葉は、思いがけず相手に届いたようだった。
「ずっと? 遠様、いつからそうなの?」
「……いつからって言うのは分からんが……。……家庭の影響とか、色々じゃろ」
「どういうこと?」
「家の話は、あまり俺がするのはよくないと思うから……しないけど」
シェムは視線を下に落とした。
「……こっちの星に来て、『印持ち』達は純粋な人間じゃないってミゼアに聞いてから……時々、時々じゃけど思ってしまう、遠は確かに『果神』になるべくして生み出された存在なんじゃないかって……」
「な、何言ってるの!?」
マイベリは強い怒りを感じて叫んだ。
「違う、遠様は神様になんかならないわ。そんな、だって、悲しすぎるもの!」
何か言おうとするシェムに、マイベリは食って掛かるように続けた。
「シェム君だってベリと同じように遠様のことが好きなんでしょ!? だったら絶対、遠様を神様になんかしちゃだめだよ! ずっと横にいて、人間らしいことをたくさんしないと。喧嘩したり、仲直りしたり、触り合ったり! だって遠様は人間だもの、絶対」
シェムはマイベリの剣幕に驚いたのか、ようやく、表情らしき表情を見せた。
「き、聞いてくれ。俺だってもちろん、あいつが機械だなんて思ってない、あいつは絶対人間だって思ってる……ただ、ただ、……不安なんじゃ。近いのに、遠くて」
「……そうね。ねぇ、ベリとシェム君、どっちが遠様の恋人になれるかな」
「へっ!? こ、恋人?」
「遠様のこと、好きなんでしょ?」
「え、あ、いや……どうかな……。あいつ食べ物のことしか考えてないし……」
「そんな言い訳して誤摩化してたら、ベリが先に遠様をとっちゃうわよ。いいの?」
「……本気?」
「もちろん、すごく本気」
「……そっか。じゃぁ、……一緒に頑張ろうぜ」
「何を? 恋?」
「ちげーよ! 仕事じゃ。……遠を助けるためのフネと武器の装備を整えるん。俺と、お前の役目じゃ」
「……はい! 頑張る!」
こうしてマイベリは、体調の良い時はシェムの元で技術士見習いとして、下働きをすることになったのである。それは、マイベリがようやくこの星で見つけた、居場所だった。
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