第14話されど、眞辺渡は気付かない。


 うおおおおお!!



 その瞬間を見て、眞辺渡は狂喜に打ち震えた。どきどきと心臓が激しく跳ねるのが伝わってくる。その興奮っぷりと言えば、やはり彼女が腐女子なのだということが楽に再確認できるほどだった。

 体の小さい薫が背の高い少年――恐らく、彼が関谷瑞樹なのだろう――に持ち上げられている。


 なんと心踊る風景か。

 渡は男性同士の恋愛が好きでたまらない腐女子なのだ。言うなれば、この光景は渡にとっての宝石箱や!

 ……ちょっと違うか。



 それはさておき、妙に扇情的な光景だ。

 これを見られたのなら、わざわざ朝早く起き、暑いなか必死に自転車を漕いできた甲斐があるというものだ。

 きっとこれは、神様からのご褒美なのだ。

 何一つ善行をやっている気はしないのだけれど。


 それから二人は顔を寄せあってくすくすと微笑んでいる。

 二人とも、本当はホモなんじゃないの?

 そんなはずはないのだけど、それを期待してしまう。

 否定できる理由。何故なら薫はロリコンだからだ。


 シスコンも自称していたが、あれはまだ大したことない。でも昨日の千佳ちゃんにまつわる一件を見た限り、どうしようもないくらい重度のロリコンだというのは否応なしに分かった。

 ともかく、これを眺めていなければ今日の苦労は報われない。

 そう思い、物陰から必死に二人を見ていると、いきなり肩を叩かれた。



「ひっ!」

 つい声が出てしまう。

 気づかれていないか、まずそれを確認して問題がないことを確かめてから、改めて振り向く。

「おはようございます、渡さん。どうしてこんなところで隠れてるんですか?」


「ああ、あなたなの……驚かせないでよね、詩音しおん

 折り目ただしく礼をする女子生徒は、ちがや詩音。

 今現在、クラスの中で渡が唯一気を許して話すことのできる女子だった。


 茶みがかった短い髪によく焼けた肌、引き締まった肉体と、相手が誰であっても使う丁寧語がミスマッチだ。

 きっと薫と戦ったら、彼女が勝ってしまうのではないだろうか。

 そんな雰囲気の少女。



「あら……あの二人。いつも仲が良いですよねえ」

 それから詩音は、

「ああ、そういうことですか」

 と含み笑いを浮かべて頷いた。


「えっ?」

「薫さんとお付き合いなさってるんですよね?」

 少々、驚いた。

「耳が早いのね」


「ええ、まあ」

 詩音は両手を後ろで組むと、はにかんだ。

 控えめな笑みだったのだが、どこか困ったような面持ちだった。

 どうしたのだろうか。

 何かを込めて言ったつもりではないのだけれど。


「? 詩音、どうしたの」

「いいえ……」

 四月から始まって、まだ四ヶ月程度の付き合いでしかない。それでもある程度は分かるつもりなのだ。この大人しいのに活発な、変わった少女のことは。



「それより良いんですか? 渡さん。行ってしまいますよ?」

「あっ」

 忘れていた。

 詩音が指摘してくれなければきっと忘れていたことだろう。

 目先のことに囚われやすい性格だけはなおさねばと重々承知していたのだが――。


「ごめん、一緒に追いかけよっ」

 気付いたときには二人の男子高専生の影は、どんどん小さくなっていた。詩音の手を掴み、慌てて電信柱の影に隠れながら後をつける。

「なんだか、ドキドキしますね、こういうの」


 凄く楽しそうで何よりだった。

 詩音の心臓の鼓動が手先から伝播する。ドクン、ドクンと、命を感じさせる振動だった。それにしてもちょっと興奮しすぎではないだろうか。

「それに……」


 ごにょごにょと何事かを呟くが、奇しくも渡の耳には届かなかった。

 訊き直そうかと思ったが、そんな余裕はないし、それになにより楽しいということだけは伝わってくる。それだけで十分ではないかと気になる衝動を諌めて、渡は彼らの追跡に邁進した。姿が見えない程度の感覚を空けて、じゃれ合いながら進む二人を尾行する。

 ストーカーで結構。

 人が誰かを想う気持ちがあれば変態にだってなれるのだ。



 もう学校が近い。これ以上の進展は見られないか。そう思ったとき、関谷瑞樹が薫の頭を撫でた。薫は憤慨しながら赤面した顔を手で覆う。

「うん……うん……いい。凄く良い。最ッ高」

 渡は両手をきつく握りしめながら、昂ぶる感情と鼻血を抑えた。



 そんな渡を、うっとりと詩音が眺めていることに本人は気付かない。

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