第13話親友の紹介を


「最近どうだ、薫?」



「うん?」と返事を返しながら、薫は肩に提げていた鞄を担ぎ直した。

 見ているだけで羨ましくなるような美貌を持った少年と共に歩いていた。同じ服を着ているはずなのに、どこか印象が違うのが腹立たしい。

 爽やかな笑顔が、ただの白いカッターシャツに途方もなく似合っていた。


 日本人離れ、というほどではないものの、十分に高い鼻。顔の線はすっきりと細く、スポーツマンであるはずなのに色も白い。

 そして何より背が高い。羨ましい。

 しかも内面を見ても、女子に優しく、男子とも平等に接しているときた。

 十年来の付き合いからなる清濁併せ持った視点で見ても、完璧な好青年といった判断は崩れない。



「そっちこそどうなの、瑞樹」

「俺はいつも通りだよ」

 とは言っても、登校で毎日顔を合わせるし、クラスも一緒だから変化があればすぐ気付いてしまうのだが。

 親友は夏の湿気を孕んだ風を涼しく受け流し、色気すら感じさせる仕草で髪を手で梳いた。


「お前、今日はなんか調子変だぞ」

「えっ……そうかな?」

 唐突に頭に衝撃がきた。

 何だと思えば、瑞樹が薫の頭を鷲掴みにしていた。体格がまるで違うので簡単に持ち上げられる。



「ちょっと、何するのっ」

 薫は手足を動かし必死に抵抗するも、全く意味をなさなかった。

「俺はお前の幼馴染だぞ? 気付かないと思ったか。それに、色々噂を聞いてるんだよ」

「え……」


 あずかり知らぬ間に、そんな噂が流れていたのか。

 学校で堂々と告白していたのだ。

 当然誰か見ていても不思議ではなく、だけどそんなことはないだろうとタカをくくっていたのだが。どうやら目算は過分に甘かったようだ。


「ったく、俺にくらい先に言えってのな」

「何で知ってるの?」

「お前の幼馴染は何でも知ってんだよ」

 クサい台詞を言われ、ようやく薫は解放された。

 ため息を吐きながらぼそりと感想を漏らす。


「全く……ストーカーかよ……」

「ひっでー!」

 そして二人してアハハと笑いあう。

 こんな冗談を言い合えるくらいには、薫たちは仲が良かった。

 口ではああ言っていても、自分のことを知り、気にしてくれる誰かがいることは心地の良いものなのだ。



「杏がまた一緒にゲームしたいって言ってたよ」

 夏もすでに半ばを通り越し、八月になった。毎日が蒸し暑くてたまらないけれど、授業や単位がある以上学校には通わなければならない。だけどそれも、もう少し我慢すれば休符が見えてくるような、そんな季節だった。


「おう、夏休みに入ったらな。お前の家に入り浸りになるかもな」

「大歓迎だ」

「薫はそう言ってくれるから嬉しいんだよなあ」

「そりゃ、杏を外に連れ出してくれるから。あいつ、放っておくと夏休み中家を出ないからね」


 普通の公立中学校に通っている杏はもう夏季休業の真っただ中だ。もう少し夏休みの時期が合っていればどこにだって連れて行ってやれるのだが、生憎杏は極力インドアを貫き通す性分だし、高専の夏休みは八月半ばに始まり十月を前に終わる。忙しくなるお盆は除外しなければならないと考えると、おおよそ半月ほどしか時間はないのだ。



「それはそうと」

 ぎくり。

 懸命に話を逸らしたつもりなのだが、甲斐なく引き戻される。

「で、どうなんだよ。相手はあの眞辺なんだろ?」

 どうしようか迷って、挙句の果てに。

 やむなく頷く。


 若干の抵抗の意思を示すために頬を膨らませてみる。

 効果はみられない。

「そう……だけど?」

 質問をする瑞樹の目は、どこかギラギラしていた。

 今はなりを潜めているものの、午後になるにつれ凶暴になる最近の太陽のようだった。

「感想は?」

「感想って言われてもなぁ……」


 そう不満そうに顔を寄せないで欲しい。

「ったく、まさかあの薫が誰かと付き合うとはな」

「瑞樹とは関係ないじゃん……」

「バカ、大有りだ」

「ええー……どこがだよぅ……」



「あいっ変わらず可愛いなぁ」

 髪を撫でられ、薫は気恥ずかしくて腕で顔を遮った。

「可愛いっていうなー!」


 褒められているのは分かっているが、少しでも男らしくあろうとしている身にとっては不愉快だ。だがそれも、相手が親友なのだから完全には怒れない。

 この感情も知った上で、言ってくれているに違いない。


 だけど――。

 だからこそかも知れない。

ちょっとだけ、不満なのだ。

 ふう、と息を吐く。

 辛気臭いことを考えるのは止めよう。文句を言ったって、きっと良くはならない。



 幼馴染。

 気を逸らす術は心得ている。

「ねえ、小説でP90って銃が出てきてわけが分からなかったんだけど、教えてくれない?」

 瑞樹の目が光を帯びた。

 作戦成功。


「P90は、一九九一年にベルギーのFN社が開発したブルパップ式自動小銃でな、あ、ブルパップ式って言うのはな――」

 彼のことだ、ネットで調べたときと同じくらいの知識を飽きもせずに延々と喋ってくれるに違いない。

 そしてこの調子でいけば、確実に通学時間は潰せる。

 薫は朗々と響く、聞きなれた低い声にそっと耳を傾けた。

 親友は銃に関する知識なら誰にも引けを取らない、いわゆるガンオタなのだ。

 

 そういえば、眞辺さんって誰と仲良くしていたっけ?

 瑞樹の話を聞きながら、ふと疑問に思った。

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