第11話格ゲーをプルウェイ

「別に遠慮はしなくていいよ。さっと作れるものばっかりにするから」



 そこで薫はようやく渡さんの異変に気付く。何か引っかかってる。そんな風な表情だった。言いたいことがあるのに言えない。そんな雰囲気だ。

「私も……ううん」


「どうしたの? 渡さん。言いたいことがあるのなら素直に言えば良いんだよ」

「えっ、本当に、良いの?」


 彼女の、あまりにもおどろおどろしい態度に、一体何が待ち構えているのかと恐々とする。別に鬼や蛇が出る道を歩かされるわけではなかろうが。

 渡さんは衝動を抑えきれないとばかりに言った。


「わ、私も、ゲーム、するっ!」


「そっちかい!!」

 流石にこれには突っ込まざるを得ない薫だった。


「私格闘対戦ゲームが好きなの、音ゲーも良いけど、やっぱりこっち」

「杏、それ分かるよ」

 まあ少なくとも、これで仲が悪くなることはないだろうと思って安心する薫なのであった。ホッとし、楽な格好に着替えて帰ってきたらすでにゲームが始まっていた。

 制服を着たままの渡さんとスウェットのままの杏の組み合わせが何とも滑稽だった。



 二人がやっていたのは、一年ほど前に発売された昔の作品のリメイクだ。現代の映像技術を使っているのに、どこかレトロな雰囲気の2Dスクロールで戦闘が繰り広げられている。


 渡さんが使っていたのは、彼女の体格とは正反対の、筋骨隆々な格闘家タイプだった。動作は遅く、リーチが短い代わりに一撃の威力がとんでもなく高い。いわゆる脳筋というやつだ。

 正直、意外だった。そもそも格闘ゲームが好き、というところからして意外なのだが。


 そんな渡さんに対して杏が使っているのは、移動や攻撃の速さをウリにした女性タイプのキョンシーだった。顔に張り付けられた御札のリアリティが高く、何とも不気味なキャラクターである。

 一撃一撃がかっちりしている眞辺さんのキャラクターとは正反対に、人外じみたトリッキーな動きが特徴的で、どことなく操作している本人を想起させる動き方だった。

 白黒つけずにはっきり言うなら不気味だ。


 体力ゲージの減り具合は、今のところ五分五分だ。

 息もつけないような攻防戦が、二人の間で繰り広げられている。

 二人が『つわもの』であることは、容易に見て取れた。



 結局何かを作るのは非常に面倒臭く、出前を取ることにしようかと思い悩む。日々の倹約が功を奏し、支給されている金額を考えると十分なほどの余裕はある。少々高めの電気代を考慮したとしても、今何かを奢って問題が起こることはないだろう。


 それに出納帳を付けているのは薫なのだ。

 多少のごまかしくらい利く。



「ねえ二人とも――」

 すると杏が、激しい剣幕で薫のことを睨んだ。

「お兄ちゃん今気が散るから黙っててッ」


 ひどい。

 そんなのあんまりだ……。

 杏にまで拒絶されたら、僕は……。


 薫のその落ちこみようと言えば、変態シスコンと揶揄されても仕方ないものだった。すると怒りが剥くのは当然、である。

 常人には理解されないかもしれない。

 だが、薫にとっては、こう認識されるのである。


 ――

 大方筋違いもいいところなのだが。

 薫はしばらくそのショックから立ち直れず、機能が回復したのは二人が対戦ゲームを終えて、必死に杏が慰めてからのことだった。



「で、お兄ちゃん。どこから出前を取るって言うの?」

 本気で対戦ゲームをした上で、慰めるための労力を使ったためかどこか杏は疲れていてぐったりとしていた。頬は上気している。そう言うところがまた可愛らしい。

 好物のドクターペッパーを口に含んで、ふはあ、と息を吐き出す。


 その息を吸いたい。


「うーん……そうだなあ。渡さんはどこが良い?」

「えっ、わ、私?」

 どうして自分に話が振られるの? といった驚き方だった。

「そ、そんなの指定したら悪いよ」



「そう言われると、僕たち二人の考え方的に『なくてもいいか』って結論になるから止めて欲しいんだよ……」

 本当に、こうなるのである。そもそも杏は、薫の料理以外はあまり好きではないと公言しているくらいで、このままだと食べなくてもいいという考えに結びついてくるのだ。それもこれも、偏屈ゆえのことである。

 渡さんは顔を引き攣らせ、考え込んだ果てにいった。


「えー……、じゃあ、中華料理?」

 至極まっとうなものを。

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