第9話変態×変態

 例のヘアサロンの前を通り過ぎ、いよいよ我が家に近づいてくる。

 と、そんなとき――僕の前を親子連れが通った。


 近所の梶浦かじうらさんだった。

 奥さんは優しいし料理も美味く、ここにはいないが旦那さんもかなりカッコいい。そしてこの一軒のいいところはというと、やはり、ここにいるもう一人がカギだ。


「あー、薫お兄ちゃんだ、こんばんはっ」

 

 凄く元気な声がした。

 そう、小さな子供がいるということだ!! これに他ならない。

 ぞくぞくっと体が震える。

 声を聞いただけで誰だか分かる。それどころか今日一日の疲れが限定的ではあるが吹き飛んだほどだ。よし、これで明日も一日やっていける。



千佳ちかちゃん、こんばんは」

 ああ眼福至極。

 髪型はツインテール。健康そうなふっくらとした頬が特徴的な幼女だ。目元はぱっちりとしていて、丸い鼻筋が途方もなく可愛らしい。


 薫の記憶が正しければ来年で小学生になる。小学生も勿論良いが――これくらいも、この年代の魅力がある。

 夏場ということもあり、千佳ちゃんは桜色のワンピースを着ていた。

 露出した肩口に興奮を覚える。


 ――と、そんなことは素振りも見せずに、子供に好かれることだけを研究して作った笑みを浮かべる。幼女とその周囲に嘘を吐くことに関してならば、薫はアカデミー賞受賞者もびっくりな演技ができる自信があった。



 薫は千佳ちゃんに別れを告げ、家へ向かう。

 彼女が、薫たちか何か喋っても聞こえないくらいの距離になったとき、暗い声が僕の傍から聞こえてきた。


「あー、噂って本当みたいね……」

「あれ、確認もしなかったの? どうせ情報源は比嘉さんだと思うんだけど」

「まさかここまで筋金入りだとは思ってなかったのよッ。ちなみに質問だけど、パンツと靴下とさっきのワンピースから好きなのを選べと言われたら?」

 渡さんの突飛な質問に対して、



 薫はキメ顔でそう言った。


「まさかとは思ったけど……」

 渡さんが下から薫を見下す。何だかおかしい文章だけど、それ以外表現の使用がないのだ。

目が本格的に死んでいる。

 光が灯っていない。



「このロリコっんんん」 

 渡さんの言葉が変になったのは慌てた薫が咄嗟に口元を押さえたからだ。艶めかしい唇の感触が指先をくすぐる。

 ロリコンじゃなかったらちょっと理性が崩壊していたかもしれないくらいの感触に、頭がくらくらする。


 僅かに湿った唇。

 暖かい吐息。

 押さえた時に感じた良い匂い。


「こ、声が大きいよ……」

 いくら自分が変態だという自覚のある薫でも、近所でそういうことを大声で言われるのは大変よろしくない。家族に白羽の矢が立ち始めでもしたら目も当てられないような悲惨な事態が待ち受けているに違いないのだから。



「だって本当のことじゃん……」

「それはちょっとひどいよ」

「じゃあせめて私の前でそんな顔しないでよ、ちょっと引いちゃったじゃない」


 あれ? さっきのメールのあとのやり取りとか、規則とかはいったいいつの間に雲散霧消してしまったんだ?

 思わず薫は首を傾げてしまう。


「でも、さっきの子――千佳ちゃんだっけ? 確かに可愛かったね」

「でしょでしょ? あの子の可愛い所は顔だけじゃなくてね、勿論声も可愛いんだけど、服のセンスが良いんだ。それに何より、ちょうどこの年齢差だからあの子の成長を見られるのが楽しみで楽しみでもうホント」


「変態」

「なんだか渡さんに言われるの楽しくなってきたかも……」

「何度でも言ってあげるわ」

 たっぷりと殺気を孕んだ声音に、背筋がぞくぞくっとした。


「この、変態っ」


「キミも人のことを言えないんだけどね!? 自分で忘れてないか腐女子ってこと」

 彼女ははっと口を開けて呆然とした。

「……ちょっと忘れてた」



 変わったカップルだなぁ、と二人がなかなか進まないことに対して疑問を覚える、同じ町内に住む老人がいたことに二人は気付かなかった。

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