第8話情報は入手済み
薫の家は学校からほど近いところにある。自転車で通ってはいるものの、本来ならばそれすらも必要ない距離だ。
対して、渡さんの家は隣の市にあるようだった。駅一つ分の距離で、やや遠目である。話を聞くに電車で毎日通学しているらしい。
自転車を数十分も漕げばつく距離だし、自転車を漕ぐのがさして嫌いではない薫としては何ら問題もない距離だった。
だが、それでも十キロに近い道のりである。時々電車を使わず、自転車で来るときもあるそうだ。
女子が一人で通学するには遠すぎない? と家の在り処を聞きながら薫は思った。
それを口に出してみると、
「うん、ちょっと遠いかな。駅からも自転車を使わなければいけないし」
と慎ましげに言った。
なんて健気なんだ、可愛らしい。
「渡さんって運動得意だっけ?」
「少し、苦手なくらいかな」
「それなら余計大変じゃないの?」
「良いのよ、私にとっての当たり前がこれなんだから。文句は感じていないし」
そう押し切られてしまってはぐうの音もでない。
それに、代替策が用意できるわけでもないのにそんなことを言うのは失言だったか、と反省する。もしこの流れで嫌われでもしたらどうする。しつこい男であってはダメなのだ。
あくまでも、彼女は代理。
それでも、今では唯一無二の存在である。
蔑ろにするわけにもいかないのだ。
自転車を手で押しながらゆっくりと進んでいくと、やがて三叉路に辿り着いた。僕の家は右側にある。
「こっちでいい?」
僕が教えるより早く、渡さんが確認を求めてきた。
「どうして知ってるの?」
何故だか知らないが、嫌な予感が僕の前身を駆け巡った。もしかすると、と想像を広げていくと取り返しのつかないところまで広がっていくのが悪い癖なのだと自身理解しているが、だけど今回ばかりは疑ってしまう。
「もしかして」
渡さんはあっけらかんと言う。
「うん、調べた」
うわあ。
この人、筋金入りだ。
「おまわりさんここにすとーかーがいます」
「失礼ね、発信機とか仕掛けたわけじゃないわよ」
「もしそうだったらそれこそ通報しているけど!?」
「ちょっと嗅ぎまわっただけ」
「言い方、言い方に気を付けよう」
しかし、どうやったら尾行しようという発想になるのか不思議だ。そこまでするくらいならもっと早くに告白したって良かったのに。
そうすれば、この気分を前から味わえたに違いないのに。
もっと早くから思っていてくれたんだ……と薫は感動する。早くに気付いてあげられれば良かった、と遅まきながら後悔した。
いやいや、問題はそこではなくて。
「尾行したの?」
「違うよ。言っておくけど、あの美容室……? ヘアサロン? のお兄さんに訊いただけよ」
「犯人あいつかっ」
この場にいない、ヘアサロンの男性店主(何かと理由を付けて迫ってくる男好き・二十四歳)、
「そこまでは尾行して分かったのだけど。ほら、五月の。学校帰りにあそこに寄って髪を切って帰った日があったでしょう?」
「い、今さらっとさっきの否定を否定したよね。しかも五月から始まってたの!?」
「喜びなさい」
上から目線で言ってきた。
「素直に喜んでいいのかどうか分からない……」
「私の愛に打ち震えるの。分かった?」
「それって全く理不尽だと思うんだよね」
渡さんが僕のことを好きと言ってくれるのはとても嬉しい。
ロリ顔だから。
だがしかし、やってることがえげつない!
そんなこと幼女はしないんだ!
僕の理想は、聖域を決して冒さない。
それなのに、渡さんはこうもやすやすと飛び越えてしまう。
まったく度胸があるというか才能があるというか。ここまで堂々としているとかえって警戒心が薄れてしまう。だが、だからこそ近寄りやすくもあった。
まだ渡さんが自らの彼女なのだという実感は得られていない。まるでぼんやりとくゆる霧のようだった。
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