第7話肝心な話をします。

「肝心な話?」


「私たちが付き合う上でのルール。ほら、私はこんな性格だし……花江くんも人のこと言えないでしょ。規則でがんじがらめにするつもりはないけど、きちんとこういうコトは決めておかないと、後々響きそうだから」


 なるほどその通りだと思った。

 きちんと考えられている。

 眞辺さんは、僕たちのルールについて話し始めた。


「ちゃんと考えてきたのよ、感謝しなさい」

 慎ましげな胸を張って、眞辺さんはそういった。

 背中で長い三つ編みが揺れる。

 控えめな厚さの唇につい見入った。



「一つ目」

 人差し指が立つ。


「『互いの性癖について、我慢できなくなったらすぐに別れる』。私も花江くんも、本当の好みの人とは絶対に愛し合えないからこそ、いまこうして第二希望と付き合っているの。理由がないのに付き合うなんて無駄でしょ?」


「そうだね」


「じゃあ、二つ目。『互いの性癖を誹謗中傷し合わない』」


 これは当然のことだ。頷く。


「次、三つ目。『知られるのが嫌な事柄については詮索しない』。以上」


 

「これだけ?」

「取り敢えず私が思い付いたのはこれだけ。何かあったら適宜追加しあいましょう。いま花江くんが思い付いたことってある?」

 どれも非常に的確だった。

 本質的に愛し合うための、恋をした普通のカップルではないからこそ必要な規則というものもアリなのだ。

 

 付き合いだしたとしても薫はロリコンのままだし、眞辺さんだってきっと腐女子のままだろう。

 二人ともその本質を見失わないために、だけど理想に近い相手が欲しいからこそ、互いを選んだのだ。そこにルールが存在しなくていいわけがない。

 当然必要なものだ。



「ううん、ないよ」

「それなら結構。じゃあ、まずはメールの交換からいこうか。今時のカップルらしく」

「分かった」


 薫はポケットからスマートフォンを出した。

 それを見て、眞辺さんはクスリと笑った。

「あら、可愛らしい柄。似合ってるよ。花江くんらしい」

 はっとなって赤面する。


 薫の端末を覆うケースは、『不思議の国のアリス』を彷彿とさせる柄だった。モノトーンで描かれた可愛らしい少女が、時計を持つウサギと追いかけっこをしている。


「ちょっと貸してね」

 アドレスを画面に表示した端末を渡すと、それを見て眞辺さんが自分の端末に入力し始める。それは数秒で終わった。

「待っててね、今、私の方からメール送るから」


 待つこと十数秒。

 バイブレーション機能で、手に持った端末が震える。



【差出人:眞辺渡

 要件:これからよろしくお願いします

 内容:上記の通り。引かないでね?】



 差し出された短いメールを読んで、アドレス帳に彼女の名前を登録しながら、薫は言った。

「……引くわけないよ。眞辺さん」

「名前で呼んでくれない?」

 不意に耳元で囁かれる。

 視界の端から、精一杯背伸びをしていることが伝わってきた。


。引かないでね」

「うん、薫くん。人のことは言えないから私も引かないわ」

「あ、そうだ」

 大切なことを伝え忘れていた。



「ついでに言っておくと、。性的じゃない意味で。妹大好き」

「……何ですって? それは一大事だわ。花……薫くん、お願いがあるの。今日、あなたの家に連れて行ってくれない?」

「は、はい?」


 交際を始めた初日に、彼女が家に来る?

 ちょっと待って、心の準備ができてないんだけど。

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