第5話幕間

 家の風呂。

 薫は湯船に口を沈めて息を吐き出す。ぶくぶくと、泡が浮かんできては弾ける、を繰り返す。


 女子の性癖を知ってしまった。薫の性癖を知られてしまった。

 薫の胸はそれだけで一杯になるほど頼りないものだった。


 風呂場の鏡を覗き込むと、そこに映っていたのは高校生と呼ぶにはあまりに華奢で小さすぎる体。小柄にも小柄で、顔つきも幼くて頼りない。それどころか中性的ですらあった。

 ――これに、どれだけ苦しめられてきたか。



 そのためか、薫は自然と、自分に見合う、薫が守れると胸を張って言えるような〝子供〟だけを求めるようになった。

それは幼女を愛でることであり、

即ちロリコンに他ならない。


 薫がもし、大人になったら。

 その時、薫はちゃんと大人を愛せるのだろうか。

 その兆しはまだ、見えない。


 確証も何も、あったものじゃない。

 残されていたのは、ただ。

 不安だけだ。



 **



 家に帰った渡は夕食を食べてからお風呂までに、僅かな時間がある。


 唯一というほどではないが、寝るまでに心からリラックスできる時間と言えばこれが一番大きかった。普段ならスマートフォンで、美麗なイラストをふんだんに使ったアイドルゲームをして心を癒しているのだが、今日は思わずその手を休めてしまった。


 無駄になるパーティ・ポイントは惜しいが、だからと言ってゲームをプレイする気分にはどうしてもなれないのだ。

 パーティ・ポイントとは、そのゲームで使われる、「どれくらい遊ぶことができるか」を示すポイントだった。毎分一ポイント回復する制度になっていて、レベルが向上することに総ポイント数は増えていくが、同時に一度のプレイに必要となるポイントも増えていく、考えられたシステムだ。



いつもなら、遊ばないことによってこれが無駄になるのがどうしても惜しかった。

ポイントを無駄にするくらいなら、経験値アップをひたすら繰り返して、キャラクター性能の向上につなげる。

……なのに。


「…………」

 ベッドの上で三角座りになって、渡は膝の上に載せたクッションに顔を沈めた。

 柔らかくて、とても心地よい感覚が渡の顔を包み込む。真夏ではあるが、室温を二十七度に設定したクーラーのおかげで快適だった。



 男性同士の恋愛、通称〝BL〟を好む、言わば〝腐女子〟とカテゴライズされる渡からしてみれば、花江薫ほど好ましい人はこれまで見たことがなかった。

 幼さを残した愛らしくてあどけない表情。

 その笑顔に、何度救われたか知れない。


 適度にカットされた少し長めの髪。

 彼が通っているというヘアサロンに足を運んでみると、どうやらその店主は渡と同じシュミを抱えているらしく、話してみると簡単に意気投合した。

 その甲斐あってか、色々な話を聞くことができた。


 家族構成も教えて貰った。

 父親は早くに亡くなっているらしく、母親と妹との三人暮らし。近くには企業を経営している祖父母の家があり、小学生の頃はそこで夕飯などを食べていたらしい。やがてそれも、薫が中学生になって家事をこなせるようになってから止めたそうだが。


 薫の礼儀作法ができているのは、おばあ様の教育の賜物に他ならない――男性店主はそう言っていた。



 どうしてここまで渡がここまで熱心なのかは、自分でも把握しきれていなかった。

 単に好みだからとか、そういうのではないのだ。

 本当にささやかな理由だとするならば、あの小柄な少年が、自分と似ている気がして、だから、少しでも近づきたかっただけなのかも――。


 きっと、他にもあるのだろうけど。

 渡は瞑目し、深い息を吐いた。

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