第3話もしかして、キミ
工業高等専門学校。
通称、高専。
薫が身を置いている学校である。
正式名称にすると「独立行政法人」に始まり、その他長ったらしい漢字が延々と続くため、ほとんどの生徒には覚えられていない。
やろうと思えばできるのだろうけど、いつ使い切ってしまうかも分からない頭の容量に、そんなに何度も使わないであろう正式名称を入れる余分なスペースはなかった。
詳しい理念とか、学科構成とかはいちいち説明するより、ホームページを探した方がずっと早いし分かりやすいだろうから、敢えて割愛する。
それに学校によっても、専門科目にはばらつきがある。おおよそでまとまってはいるのかもしれないが――それでも、少しくらいの違いはあるはずだ。
でもとにかく、ここは変人揃いの学校である。
得てして技術者を目指す人たちの中には、変人や変態と呼称される類の人物が多い。
例えば薫の小学校からの親友。そいつもやはり変わった奴だ。本格的な、一つ数万円もするようなモデルガンを家に何丁も保管している。休日には、専らサバイバルゲームを観に行ったり、ネットのFPSを一日中プレイしたりするような数奇な奴だ。
それに、薫も人のことを言えない。
ロリコンだ。幼女を至高とする宗教があったならば入信したっていいくらいの、過度の。
――さて、ただでさえ失墜している自分の品位を突き落すのは止めておくとして。
まあ、他にもまだまだ変な奴はいる。
挙げていけばキリがないから、この辺で止めておく。
だけど、こんな奴ら「だけ」で学年が構成されている――と考えれば、そのおかしさを理解してもらえると思う。
一コマ九十分の授業を四つ受け、最後の四時間目は四時ごろに終わる。それからは、テスト直後であったら追試やら補習やらと忙しいが、それがない今日は、薫は部活動に汗を流していた。
昼間の暑さも、日が落ちようとしている今では失われつつあった。
あるのは木々を揺らす風くらいだ。いつもなら湿気をたっぷりと含んだこの風に辟易としているのだけど、運動直後の今となってはむしろ心地よいくらいだ。
薫は教室に向かっていた。机の中に筆箱を忘れてしまったのだ。
薫は学校と家を往復する生活をしているのだが、門限がある。
最低でも八時までには家に帰らなければいけないのだ。
廊下の途中、トイレの前に掛けられた時計を見てみると、短針は七を、長針は頂点を指していた。七時。家に帰るのは三〇分で済むのでまだ時間はあるが、さりとて余裕がある訳でもない。急がないと。
薫は灯りの点いた教室へ向かう。
誰かいることにはいるのだろうが、その詳細は廊下からでは伺えなかった。
薫が扉を開けると、そこでは眞辺さんが一人、自らの机に座ってスマートフォンと向かい合っていた。イヤホンを付けているためか、薫が入ってきたことには気づいていないらしい。
他には誰もおらず、鞄もあまり残されていない。どうやら、ほとんどの人は下校したらしかった。
耳を澄ませば、隣のクラスから談笑する声が聞こえてくる。あちらに行っているだけなのかも知れない。
薫は机の中に置き忘れていた筆箱を掴み、手に提げた鞄に入れる。
そしてシンと静まり返ったこの教室の中に、唯一残っていた人物を見る。
そこで、薫は眞辺さんの異変に気付いた。
顔が赤くて、少し苦しそうだ。息が若干荒くて、端末の画面をつつく指先は震えているように見える。
もしや、体調不良か?
それで親御さんに助けを呼ぼうとしていて、でも辛くてちゃんと画面を押せなくて――嫌な想像が薫の脳内を駆け巡った。
薫は急き切って彼女に駆け寄り、「大丈夫?」と声を掛けた。
眞辺さんは薫の存在を確認するや、目を見開いて「キャッ」と黄色い悲鳴を上げて後ずさる。拍子にイヤホンが耳から外れ、まるでブランコのように空中を舞った。
「眞辺さん、もしかして、キミ――」
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