第2話そうです僕はロリコンです。


 長めの髪の毛が中途半端に薫の視界を奪う。


 薫の容貌は何故か中性的と呼ばれることが多い。確かに顔立ちのせいでもあるのだろうが、そこに薫は異議を唱えたい。そのうち幾分かは髪の毛の質や長さに所以していると考えているからだ。

 逆に言えば、そこさえ改善すれば大丈夫なんじゃないかと思うのだけど、行きつけのヘアサロンの店主(男好き・二十四歳)は薫をこの髪型にしたいと言って憚らない。

 もっとも、安くカットしてもらっているだけ(余計な手つきがたまに混じって来るけど)マシだと思われる。

 ちょっと我慢するか、あるいは受け入れればいいだけの話なのだから。


 髪の毛を掻きあげ、薫は眼前にいる少女と向き合った。


 眞辺渡さん。黒くて長い髪の毛を、三つ編みにして背中で括っている。水色のセルフレームの眼鏡がこれでもかと似合っている人物だ。

 しっとりとした繊細な柔肌は白く、みずみずしい果実を思わせる。

 一五〇センチにも満たないであろう小柄な体を包む服装はきっちりとしたものだし、成績も優秀だと聞く。

 唯一、吊り上った鋭い眼だけが、彼女の印象を掻き乱していた。茶色っぽい切れ長の瞳。

 話したことがあるかどうかはともかく、悪い印象を持ってはいなかった。


「ねえ、聞いてる?」


 言うまでもなく、薫はロリータ・コンプレックス――「精神的・肉体的に成熟していない幼児、あるいは少女」を好む、いわゆる「ロリコン」であった。

 幼女のどこが好きなのかということについて話しだせば、ゆうに一時間は話し続けられるに違いない。それくらい好きだ。間違いなく好きだ。

 幼女についてあれこれを考えていたら、首筋がそわそわしてきた。


 だって最高じゃないか、小さい子どもなんて!!


 ちらりと辺りを確認する。

 誰もいないようだった。

 ひとけはなく、しんとしている。教員たちも通りかかる様子ではなかった。



 ここは学校の廊下。お昼休みの真っただ中。

 この学校には食堂があり、食券を購入することでそれなりに美味しい食事を安く提供してもらうことができる。


 だが同時に購買もある。

 安価な惣菜パンやおにぎり、そして飲料やカップ麺などを購入することも可能だ。この購買はかなり中身が充実していて、飲料と言えば珈琲からお茶からジュースまで。お菓子もスナック系からチョコレート、極めつけにはアイスまで売っている、便利な購買だった。



 生徒は、およそ七対三の割合で教室に残るか食堂に行く。

 食堂に行く生徒は、急がないと混んでしまうことが多いので大抵は駆け足。

 教室に残った者は、席を思い思いに移動しながら昼食を摂っている。


 昼休みが始まって一〇分くらい。折悪しくも、廊下にはあまり人がいない時間だった。つまりそれは助け船を期待することすらできないということ。 

 


「もう一度訊くけど。あなた、ロリコンなのよね?」

 いや、だから。

 薫は口をパクパクさせる。


 脳内で審議していたのは、この情報を公開するか否かである。

 うちの学校は元々個性的な人が揃う学校なのだけれど、流石にこれは危険な情報か? と薫は危ぶむ。もし正直に暴露して薫の立場が悪くなりでもしたならば、それは阿呆としか言い表せないような結末が待っているに違いない。



 それでは困るのだ。

 だけど、同時に眞辺さんが薫の返答をむやみやたらに公開しそうなのか、と問われると、それもまた違うように思える。

 あらかじめ説明しておくと、眞辺さんはそこまで周りと仲良くしようとしているのを見たところがないからだ。それは勿論、話しかければ答えてくれるし、授業には積極的に参加している。だけれど、クラスメイトとの会話に積極的に参加しているかと訊かれれば、答えはノーだ。


 眞辺さんの背中で、三つ編みにされた長い髪が揺れる。

 薫が好みとするような幼児ならたちまち眠ってしまいそうな長期思考の末、薫はこう答えた。

「そう……だけど」


 瞬間、世界が停止した。

 遅れてやってきた心臓の高鳴りが静寂を引き裂き、空間を支配する。

 彼女は顔を赤らめ、胸のあたりで両手をもじもじさせながら、薫に向かって訊ねる。

「じゃ、じゃあ――私のこと、どう思ってる?」



――嫌いじゃないよ」

「変態ッ!!」



 薫の迂闊な一言に、眞辺さんの的確な平手打ちが炸裂した。

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