3.腐りかけロマンチスト

5日目:思索のかなた(グレン検討中/ボツ台詞&一部改変※)

「……実に三十分程度で山のようなお菓子を消費できるのってすごくないですか」

「そりゃ、飢えた女子高生が五人も集まれば余裕でそうなりますよ。でも悪いねほとんど私らで食べちゃって」


 春の言葉に京也は左手をあげて笑む。


「大丈夫、そこまで甘いものは好きじゃないし」

「え、チョコ好きじゃないの……? あんな美味しいものを?」


 奈由が手を止め、驚いたような眼差しで見上げる。それを見て京也は勢いよく左手を突き出し、やや早口でもって弁解した。


「いやチョコは好きです、ただ奈由ちゃんを始め僕よりも好んで食べる人かいたら譲ることが多いってだけで。海外の甘すぎるお菓子が苦手ってだけで普通のチョコは凄く好きです、特に二月十四日のチョコとか大好物です」

「シニサラセ!」


 爽やかな笑顔で言い切った京也に潤は素早くおしぼりを投げる。少しの動作で軽く京也は避け、小馬鹿にした顔つきでハッと息を吐いた。


「はいバーカ。……ともあれそういうわけだからチョコは好きだよ奈由ちゃん」


 奈由は一連のやり取りには深く言及せず、とってつけたような笑みで答える。


「チョコが嫌われてないようでよかったよ。

 ところで、グレンからの電話ってなんだったの?」


 ああ、と声を漏らし、しばらく考えてから京也は意味深長に笑みを浮かべる。


「たいしたことじゃないさ。心配には及ばないと思うよ」


 それだけ言って京也は自分の席へ静かに座った。




(中略)




 京也は部屋の外に出、ほの暗いキッチンで通話ボタンを押した。耳を押し当てると、街中の喧騒が聞こえてくる。察するに、グレンは人通りの多い駅の方へ向かったらしい。京也のアパート周辺は閑静な住宅街だったからだ。


「どうした。忘れ物でもしたのか」

『いや』


 京也が尋ねるとグレンは抑えた声色で言う。


『あのさ、そこまだ室内か? 悪いけど一旦家の外に出てもらえねぇか。その、ちょっと……聞きたいことがあるから』


 不審に思いつつも、京也は素直に玄関から外に出た。夕方とはいえ、まだ昼の暑さが残留した空気がむわっと彼に吹き付ける。早くも室内が恋しくなり、京也は急かすような口調で言った。


「それで何なんだよ。彼女らには聞かれたくない話か」

『ある意味じゃそうだな。……いや事前に知られちゃ気恥ずかしいというかなんというか、たいしたことじゃねぇんだがその』


 煮え切らない様子で言葉を濁していたが、グレンはおずおずと尋ねた。


『あのさ、甘いものって嫌いなやついねぇよな?』

「は?」


 思わず京也は間の抜けた声を挙げる。グレンは若干ためらいながら告げた。


『あのな、俺が戻るまで秘密だぞ。

 ……彼女の話が一段落した時点で、もう俺の心は決まってるんだよ。俺はそっちに付くことにする。けどそうするなら、手土産くらい要るかと思ってさ。ミスドでちょっと買って来ようと思うんだけど』


 気が抜けて京也は思わず一人笑んだ。ドアに寄りかかりながら、京也はグレンの質問に答えてやる。


「彼女らは甘いものは好きだよ。特に奈由ちゃんはチョコが大好きみたいだから、重点的にチョコ系を買ってくればいいんじゃないかな。ああそうだ、強いて言えば僕はそこまで甘いものは好きじゃないけど」

『お前はいいよ。ともあれ大丈夫なんだな、分かった』

「変なところで几帳面だな、お前」

『別にいいだろ。……今まで俺がしてきたことを、考えてもみろよ』


 一瞬間をおいてから、ぽつりとグレンは別の質問を投げかけた。


『お前、彼女達が言う案を認めたのか?』

「心優しい僕がそんなこと認めるわけないだろう、押し切られたんだよ。あいにくと僕はフェミニストだからね、逆らえないんだ」

『そうか、……そうだな』


 電話口でグレンはため息をつく。


『メリットとかデメリットとか、何なんだろうな。俺は自分の損得だけで動くような人間にはなりたくないって決めてたはずなんだ。ビーみたいにはならねぇって決めてたのに、結局はあいつとたいして変わらなかった』


 グレンはどこか沈んだ口調で続けた。


『元より悪いのは俺たちで、向こうには何の否もないんだ。なのに、彼女たちにあんなことを言わせるようじゃ駄目だろ。

 俺は状況が少しでもましになるよう立ち回ってるつもりだった。でも声をかけられなければ、今だって最初だって俺は何も出来なかったんだ。

 ……俺は協力するよ、けど見返りは求めないことにする。元から叶う見込みのない一縷の望みだったんだ、もし望みを叶えるんだったら今度こそ俺が正しいと思えるやり方でやってみることにするよ』


 半ば独り言のように言ってグレンは口を閉ざした。京也は少し意地悪く問いかける。


「いいのか、お前が大嫌いなビーのところに居座ってでも叶えたかった願いだぞ。その思いを曲げてまでこっち側に来ちまって後悔はしないのか」

『……お前も大概人が悪ィな。もう決めたんだ、今更考えを改める気はねぇよ。

 それに後悔ならとっくにしてる。一時でもビーに組して馬鹿なことをやらかしちまったって点でな。

 俺はお前が羨ましいよ。もっと俺がお前みたいに真っ直ぐちゃんとしてれば、一連の事態も避けることが出来たかもしれねぇのに。でも優柔不断に引き摺っちまったけど、もう迷わねぇ』


 確固としたグレンの口調に、京也は安心して息を吐き出した。そうか、と呟いてから、京也は冗談交じりに言う。


「でもお前が来ると、僕の輝かしいハーレムも終わりって事だな。その点は実に残念だ」

『お前さ……人が持ち上げた矢先に、評価を下げるようなこと言うんじゃねぇよ』


 呆れ返ってグレンはまたため息をついた。


「仕方ないだろ、健全な男子たる当然の思考の帰結だ。折角だからここでグレンは誰狙いなのかはっきりしてもらおうか」

『お前……真面目な話の直後でそういう方向に思考を持ってくんじゃねぇよ』

「いいだろ、もうお前は僕らの味方なんだから。それに見解を共有しなかった所為で、こっち方面で仲間割れしたら事だぞ。もし奈由ちゃんを奪い合う三つ巴になったりなんかしたらビーにかまけてる場合じゃないだろ」

『草間? 別に、そんな気はねぇから安心しろよ。それにあの中なら断トツは』


 言いかけて、グレンははっと口を閉ざす。京也は聞き逃さず、含み笑いのままグレンを追及した。


「断トツなのは、誰だって?」

『な、何でもねぇよ。とにかく、買ったらすぐ戻るから。下手にばれるようなこと言うんじゃねぇぞ、じゃあな』


 心なしか慌てた口調でグレンは電話を切る。京也は片手でぱたりと携帯を閉じ、少しばかり不満そうに、しかしどこか満足げな表情で家の中へ戻っていった。

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