4日目:薬箱と標本(アジト内/ボツ台詞)

 困惑した様子でアルドはワイトに救いを求めるような目線を向けた。


「……どうしよう」

「まーこの状況で警戒するなってのが無理だろ」

「けど、少しは話しとかないと」

「見た感じ、難しそうだけどな」


 今度はワイトが杏季へ真っ直ぐに視線を向けた。彼がこちらに歩み寄ってくるのを見てびくりと身をすくめ、杏季は更に後退しようする。しかし背後はもう壁なので逃げる余地などない。

 あまりに警戒心が強いのを見て取ったためか、二メートルほどの距離を置いたところでワイトは立ち止まりそこに座り込んだ。しかしそれでも杏季にとっては近すぎる距離である。一層小さくなり、杏季は額から冷や汗を流した。


「れっつとらいこみゅにけーしょん」


 あまりに単調な声色で平坦にそれを言われたので、虚をつかれて思わず杏季は何事かと顔を上げた。が、そこですかさず視線を捕えられ、杏季は蛇に射すくめられた蛙のように身動きが取れなくなる。


「と、いうわけで」

「…………」

「いざ心と心のキャッチボールに再チャレンジといきたいわけなんだけどさ」

「…………」

「それとも返ってこないボール投げの方がお好きですか」

「…………」

「俺は喋りたいんだけどな」

「…………」

「I'd like to talk with you.」

「…………!?」

「We don't intend to harm you.」

「…………?」

「Could you open your heart?」

「…………??」

「英語より他の言語の方がお好きですか。因みに俺はドイツ語が好きです」

「…………」


 色々な意味で杏季は何も言えずに口を閉ざしたままであった。しかし動けないながらも疑問符を浮かべて僅かに瞳を泳がせたという点では、ある意味一番反応を示したといってもいいかもしれない。英語そのものの意味が分からないわけではないが、しかし何故英語なのかの意味が分からなかった。

 しばらく待ってみて、それでも杏季が喋らないのを悟ると、ワイトは諦めて立ち上がりアルドの方へ戻った。


「だめだった」

「お前、それ……どゆことだよ」


 アルドもまた不可解そうな色を浮かべワイトに説明を求める。当のワイトはなんてことないかのように爽やかに首を傾げた。


「え? やー、だからコミュニケーションを図ろうとしてさー」

「より取り辛くなるとかそういうことは考えないのか!」

「あれ取り辛くなるのか!?」

「少なくともどう返答したらいいかにはより困るよ! 別に異文化コミュニケーションは求めてないよ!」


 実際、杏季はどうしたものかと途方に暮れた。もしこの場にいたのが潤や春だったらきっと適切な対処をしてくれたのであろうが。ワイトの方は実に大真面目なのだから困る。

 だがしかし杏季はといえば、目覚めた途端一目散に逃げ出し、何を言うでもなく黙りこくって怯えているばかりなのである。異文化ではないが、確かに扱いには困っているのだろうと他人事のように杏季は思い、些か申し訳ない気持ちになった。そうは頭で思っても、体と口が動かない分には仕方がない。

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