4日目:虚偽の海に沈む佳日(潜入前/一部改変&ボツ台詞)
京也は店内に入るなり口を引きつらせた。
「本っっっ気で来るとは思わなかった。馬鹿だろお前本当馬鹿だろう」
翌日、待ち合わせ場所の本屋で潤を見つけて彼は開口一番そう言った。
不満そうな顔つきで、ジーンズに半袖パーカーというラフな私服に身を包んだ『男』の潤は目を細める。
「んだよ、最終的にお前だって納得したじゃねーか」
「それはそうなんだけどさ」
ため息混じりに言いながら、京也は真顔で言う。
「……引き返すなら、今が最後だぞ」
「今更、何を言ってるんだよ。
ぐだぐだ言ってんじゃねぇ。……行くぞ」
潤は手持ち無沙汰に読んでいた雑誌を棚に戻して足早に店内を出た。遅れて京也も後に続く。
この期に及んでも未だ納得いかない様子で京也は潤の後姿を見つめていたが、やがてついに諦めたように肩を落とした。
「一応僕が紹介者になってるんだ、変なとこで間違っても怪しまれるんじゃねーぞ」
「うっせぇ、潤さんの演技力なめんじゃねーぞ?」
「もっともお前の口調ならそのまんま男でまったく怪しまれないだろーがね」
「黙れ変質者」
「煩い乾燥ワカメ」
昨日あの時点で止められなかったことを全力で後悔しつつ、京也は道を教えろと急かす潤の横に並んで不精不精歩き始めるのだった。
+++++
「なぁ質問していいか長髪ナルシスト」
「貴様に指示されるいわれはないね乾燥ワカメ」
「お前味方になったんじゃないのかよ!?」
「味方を長髪ナルシストと無造作に呼び棄てる奴へ丁寧に答えてやる義理はない」
「はいはい分かったよヴィオさーん」
「なんだよ月谷」
ようやく京也は潤の方を向いた。潤は目の前の建物を指差す。
「なぁ。本当にお前らの本拠地って、ここ?」
「そうだけど。さっきからそう言ってるだろうが」
「いやうん、そうなんだけどさ、正直信じがたいというか……なんと言うか……」
口をやや引きつらせ、潤は顔を上に向ける。近くで眺めれば首が痛くなる程度には高さはあった。
二人は今、大通りに面した細いビルの前に立っている。三階建てのそのビルは巨大ではないが、しかし決して小さくはない。道路に面した側は車が二台停められる程度の幅しかなかったが、代わりに奥行きがあるようだった。
このビルがまるごと組織の本拠地。
団体と呼べるかどうかも怪しい、たかだか高校生の寄り集まった組織が、である。
「うん、今回ばかりはお前に賛同するよ。僕も正直最初は驚いた。同時にふざけんなと思った」
「こいつら……本気でやばいとこと関わってるんじゃねーの?」
「ビルは、なんでもアルド……炎を使ってきたあいつな、奴の身内の所有らしい。使わないから自由に使えと言われたとか何とか」
「そんな気前のいい話があるかよ!」
羽振りのいい話に潤は納得のいかない表情を浮かべるが、「それはどうにも本当らしいぞ。話によれば今はアルドの兄貴が所有者で、アルドが成人し次第あいつに譲られるそうだ」という京也の言葉を聞いて、言葉が出ないまま動きが止まる。気前以前に生活水準が違う連中の話だったらしい。
他の奴らは普通だぞ、と潤の硬直状態を解いてから、京也は更に付け加えた。
「入ってみればそうでもない。中は本当に簡素だ。それにメンバーは前に言ったとおり七人だし、部外者は週3で朝に掃除のおばさんが来るだけで、僕たち以外にはほとんど誰も立ち入ってこない」
「掃除のおばちゃん来るのかよ! そんな毎日、メンバーが常駐してんのか!?」
「組織の活動抜きにしても、誰かしらたむろってるよ。僕らは全員、高校3年生でもれなく受験生だからな。これ幸いに自習室代わりにしてるんだ。
かくいう僕も最近はよく利用してる。学校も図書館も閉まってたし、家だと電気代が嵩むだろ。普通の自動販売機だけじゃなくジュースの他にカップ麺とお菓子の販売機があるし、快適すぎて言うことはない」
「至れり尽くせり! どういうことだこいつら!!」
思わず叫んで、慌てて潤は口を閉ざした。「まぁその程度なら大丈夫だろ」と小声で言ってから、京也は左肩をぐるりと回し、改めてビルへ向き直った。
「行くぞ、月谷。……油断、すんじゃねーぞ。くれぐれもバレるなよ」
「お前もな。『月谷潤』に接するようなノリにならねーよう、気をつけろよな」
低い声で確認するように言い合い、二人はビルの扉に手を掛けた。
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