1日目:放課後12時間目(ヴィオ登場/一部改変※)

(茶髪なら分かる。金髪もまあいいとしよう)


 奈由は別の意味で唖然として、目を瞬かせる。


(……何故に長髪?)


 目の前の彼は、背中まで伸びた長い髪を一つにくくっていた。一瞬、女性かとも思い直すが、恰好や背丈、顔からしてどう見ても男性である。

 彼は夜の闇に溶け込みそうな黒地の浴衣を身に纏い、グレン達と同じく狐面を被っていた。奈由はどきりとするが、しかし彼は面を端から被っておらず、飾りのように頭の横へ着けているのみである。


 そして両手には、銀色に光る薄く細長い物体を握っていた。

 どう見ても刀だった。


 奈由がそうと認識して間もなく、彼はちゃきりと音をさせて刀を握り直し、地を蹴って前へ飛び出す。もう一本の蔓をいとも簡単に切り払うと、彼は電信柱に巻きついている蔓をも切り裂き、地面から完全に断ち切った。しばらく植物を凝視し、もはや動く素振りがないのを見届けてから、彼は左手に持っていた鞘へ静かに刀を納める。


「……やり過ぎなんだよ」


 呟き、彼は無表情のまま乱れた髪を手で無造作に払った。



 瞬く間に片が付いたその様を、奈由はぽかんとしながら眺めていた。その視線に気付いてか、彼は顔をあげ奈由の元に歩み寄る。奈由の前までやってくると、さりげなく彼女の左手を取りながら彼は微笑を浮かべた。


「おケガはありませんか、お嬢さん?」

「え、あ? ハイ」


 先ほどまでの彼の所作と今の台詞とのギャップに、つい奈由は間の抜けた返答をする。


「それは良かった。綺麗な肌にキズでも付いたら大変だからね」

「……はぁ」


 にこやかな笑みと共に彼が少し顔を傾げると、左右に分けた長い前髪がさらりと揺れた。奈由はまじまじと彼を見つめていたが、はっと我に返り慌てて礼を述べる。


「あ、えっと……助けていただいてありがとうございました」

「いや」


 彼は言葉を濁らせ、顔を曇らせた。


「元はといえばあいつらの所為だ。礼には及ばないよ」


 言いながら視界の隅にふと何かを見咎めた彼は、彼女の浴衣の左袖をめくる。

 そこにはミミズ腫れのように赤い一筋の痕が浮き上がっていた。先ほど蔓がかすった時の傷だろう。先ほどまでは蔓との立ち回りに夢中であったため忘れかけていたが、落ち着いた今では火傷にも似た軽い痛みが腕に走る。

 じっと患部を見つめながら彼は眉をひそめた。


「……ひどいな」

「あ、でもこれはかすっただけで。ちょっとヒリヒリしますけど、大したことないですから」

「それでも、傷は傷だ。大したことないなんてこたぁない」


 言って、彼は奈由の腕を労わるようにそっと自分の左手で奈由の肌を撫でる。


「…………!?」

「今のことは、内密に」


 彼は、奈由の唇に自分の人差し指をそっと押し当てながら微笑んで囁いた。



 その瞬間。

 突如、横から飛んできた水流が彼を襲った。いきなりのことで避けられなかった彼はまともに水を浴びてしまう。


「なっちゃんから離れろこの変態!!」


 そこには怒りに口元を引きつらせた潤が、彼に右手を向けて立っていた。水鉄砲程度の威力とはいえ、頭から被ってしまえば悲惨な状況は免れない。彼は頭からぽたぽたと水滴を落としながらも、なお笑顔で奈由に話しかける。


「『なっちゃん』か。よければ名前をお教え願えるかな?」

「……草間奈由です」

「奈由ちゃん、可愛い名前だ」


 潤はわなわなと身体を震わせながら、怒りにまかせて二発目の水流を放つ。今度は右手で彼はガードし、頭から被るのだけは阻止した。


「離れろっつってんだろ貴様ぁ!」


 笑顔から一転して無表情になり、彼はくるりと潤に向き直る。つかつかと歩み寄った潤は、勢いよく彼の胸ぐらを掴んだ。


「貴ッ様……何してくれてんだこの外道!」

「助けて貰った人間にその挨拶はないんじゃないのかい?」


 冷ややかな眼差しで彼は潤を見遣る。身長の差から必然的に彼が潤を見下ろす形になるが、それが尚のこと彼女は気にくわなかったらしい。潤は更にぎりぎりと彼を締め上げた。


「黙れ変態が! 貴様に道徳を説かれるいわれはないわァ!」


 潤の攻撃など気にも留めていないような涼しい表情で、彼はハッと息を吐く。


「僕の方こそ初対面の人間にそこまで言われる覚えはないね」

「ほほおぅ、覚えがないと……? なっちゃんにあんなセクハラをかましておいて覚えがないと……!?」

「あれは単なるスキンシップだ分かったらいい加減に手を離せ礼儀知らずの直情女」

「ふっざけんなそれで道理が通ると思ってんのか地に伏して詫びろ、この長髪」

「お前こそ唐突に僕に水を浴びせた非礼を詫びろ、この天パ」

「あんだと!? お前天パをバカにすんのか!? 天パがどれだけ大変だかわかってんのかてめーは!」

「残念ながら僕は生まれつきのサラサラストレートなのでその気持ちは分かりかねるね」


 二人は互いに殺気立った目で睨み合った。潤は胸倉をつかんでいた手を振りほどき、歯を噛み締めながらビッと彼を指差す。


「この野郎……! 天パをバカにした上にサラサラストレート、おまけになっちゃんに手をだしやがる!

 今この瞬間、貴様は私の変態ブラックリストに永遠に名が刻まれた!!」


 鼻で笑いながら彼は浴衣の胸元を整えた。


「名前が刻まれたとか言って、僕の名前も知らない癖に何をほざいてるんだか」


 一瞬、口ごもってから、潤は今一度、彼へ向け指を突き出す。


「……名を名乗れこの長髪ナルシスト!」

「そんなに僕の名が聞きたいのなら頭を下げてみろ乾燥ワカメが」

「んだと誰が乾燥ワカメだ!? 何様だお前!?」

「無礼な乾燥ワカメに名乗る名は持ち合わせちゃいないが特別に教えてやろう、ヴィオ様だ。覚えとけ」

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