第14話 魔獣がやって来てさぁ大変③

 俺は根性で頭の後ろをよじ登り、まずは頂上というか、巨大ネコの頭の天辺まで何とか辿り着いた。そして左の耳を掴んでその場にしゃがむ。


 巨大ネコが歩く度に上下に大きく揺れ、バランスを取るのが難しいのだ。


 さて、ここからどうやって口元に行くか――。


 不安定な足場に加え、この高さ。失敗は絶対に許されない。


 しばらく視線と思考を彷徨わせていた俺だったが、巨大ネコのある部分が俺の目に飛び込んできた。

 よし、アレを使うしかなさそうだな。


 俺が目を付けたのは、巨大ネコの白い髭だった。

 左右数本ずつ生えた白い髭は、一本一本がまるで大木の枝のように太い。

 巨大ネコにはちょっと悪いが、あの髭を利用する。


「マティウス! 準備はいいか!?」


 突然、下の方からアレクの声がした。

 恐る恐る下を覗き見ると、巨大ネコの左の前足にアレクがしがみ付いていた。


 ……え? どうしてお前ここにいんの? さっきまで城の屋上にいたよな?


「今からこいつの口を開けさせる! いいな!」

「えっ!? あ、あぁ」


 だが残念なことに、俺に質問の機会は与えられなかった。


「三秒数えたらいくぞ! 何としても姫様を連れ出してこい! その後はオレが受け止める!」


 えっ、受け止めるって何を!?

 とちょっと混乱している間に、アレクはもうカウントダウンを始めやがった。


「三、二、一、はあっ!」


 掛け声と共にアレクは跳躍すると、巨大ネコの大きな腹目掛けてアッパーを繰り出した!


「グルァアアアアアアアアア!」


 その痛みに耐えかねた巨大ネコが大きく口を開け、咆哮に似た大きな声を上げる。

 俺はその隙を見逃さず頭の上から飛び降り、そして左の髭の一本を掴み、ぶら下がった。


 よし、俺の決死の飛び降り成功! そして口の中にティアラの姿を確認!


 俺の重さで大きくしなる髭。

 早くしないと巨大ネコが俺を振り落とそうとしてくるだろう。急がないと。


「ティアラ! マー君を口の中に置け!」

「マティウス!? ど、どうして――」


「頼む! この状態結構ツライんだ!」

「う、うん、ごめん。さようなら、マー君……」

「みー」


 ティアラが抱いていたマー君をそっと下ろす。

 同時に俺は二、三度脚を前後に揺らし勢いをつけた後、口の中に飛び込んだ。そしてすかさずしゃがんだままティアラの小さな身体を横抱きにする。


 ここから飛び降りたら無事では済まないだろうが、アレクが受け止めると言っていたから今はその言葉を信じるしかない。迷っていたら俺も閉じ込められてしまう。


 もうどうにでもなれと、俺はヤケクソ気味に口の中から脱出した。


「アレク! ティアラを頼む! ――ってあれ?」


 空中でそう言ったはずの俺は、どういうわけだか既にアレクの腕の中にいた。

 そのままアレクは俺達を抱えたまま、近くの木の枝にストンッと着地する。


 …………。


 いやいやいやいやいや。おかしいよ。おかしいってこの状況。

 今のこの一連の流れ、全てがおかしいですよ!?


 ひとつずつ確認していこう。

 まずはこの三段ピラミッド。

 俺がティアラを抱えて、その俺をさらにアレクが抱えているこの比重のオカシイ三段ピラミッド。


 でもそれはアレクが馬鹿力だから、という一言で説明できるから、まぁよしとしようか。


 次におかしかった点。

 気付いたら俺達はアレクの腕の中にいた、ということだ。


 俺はティアラを抱えたまま、あの巨大ネコの口の中から脱出した。

 言い方を変えると飛び降りたわけだ。

 つまりアレクは自分も跳躍し、空中で俺達を抱きとめてこの木の上に着地した、ということになる。


 でもまぁ、それもアレクが馬鹿力なので、という一言で説明でき……ることにしよう。


 一番おかしいのはコレだ。


 そもそもどうしてアレクがここにいるのか? ということだ。


 だってアレクは、城の屋上で巨大ネコに向かって俺を投げたんだぞ。

 それなのになぜ投げた本人が、あっという間に巨大ネコの足元にしがみ付いていたんだよ。


 瞬間移動か?

 いや、そんな大魔法を使える人間は城どころかこの国にはいない。


 つまりこれもアレクの馬鹿力のおかげ――なわけあるか!?

 マジでどうやって追いついたんだよ!?


 そして最後のおかしい点。

 俺達が乗っているこの木の枝、かなり細い物だというのに三人分の重さに耐えて――。


 バキッ――。

 俺の思考は音と共に途切れることとなった。


「やっぱり耐え切れないですよねええぇぇッ!」


 ぐしゃり。という容赦ない音と同時に、声にならない激痛が俺の背中と腹に襲い掛かる。

 ティアラだけを抱えていたはずの俺の上には、なぜかアレクも乗っていた。


 こいつ、地面に激突する直前で俺の上に乗ってきやがったぞ。俺はクッションじゃねえっての……。

 っつーかお前ならわざわざ俺の上に乗らんでも綺麗に着地できるだろうが……。


 彼女に文句を言うより先に、俺の意識は白く塗りつぶされてしまったのだった――。






 あの後俺はアレクに背負われて城に戻った……らしい。

 目が覚めた時には自分のベッドの上だったので、後から聞いた。


 二人の人間のクッションになりつつも何とか全身打撲だけですんだのは、ティアラが軽かったのと、俺が頑丈だったからだろう。


 日頃の鍛錬って大事だな!

 これからも寝る前の腹筋と腕立てはやめないでいようと思います、ハイ。


 町には被害らしい被害は出なかったので、それについては良かった。城の北側の森はかなり荒らされてしまったけど……。


「私のせいで……」と落ち込んでしまったティアラを、仕事が増えて喜んでいる奴もいるから、と俺達は必死で慰めることになるわけだが、それはまた別の話ということで。






「マティウス、体の方は大丈夫なの?」

「あぁ。もう大丈夫だ」

「良かった……」


 巨大ネコの来襲から二日後の朝。

 部屋に入るなりティアラが俺に心配そうな顔を向けてきたので、俺は努めて笑顔でそれに答える。


 ちなみに嘘ではなく、本当に俺の全身からは既に痛みはほとんど引いていた。


 うむ、我ながら良い回復力だ。

 健康優良男性として表彰される日も近いな。


「マー君、ちゃんと親の元に戻れたかな……」

「おそらく大丈夫かと」


「うん……そうだよね。それにしても、可愛かったなぁマー君」

「魔獣ではない、普通のネコを飼われますか?」

「ううん」


 アレクの提案に即座にティアラは首を横に振ると、柔らかな笑みを作り、続けた。


「私は三人がいてくれるから、寂しくないもの」

「もう姫様ったら! 嬉しいことを言ってくださるんですから!」

「やっ!? タ、タニヤ、ちょっと痛いよ」


 ティアラの言葉に感激したタニヤは彼女に抱きつくと、スリスリと頬擦りまで始めやがった。

 いいな。俺も抱きついてスリスリしてえ……。


 ひとしきり頬擦りしたところで満足したのか、タニヤは上機嫌なままティアラを解放する。

 ティアラはそのまま俺とアレクの前に来ると、なぜか少し頬を赤く染めた。


「マティウスも元気になったし、改めてお礼を言わせて。二人とも、助けてくれてありがとう」

「いえ。護衛として当然のことをしたまでです」


 確かにその通りだ。これが俺達の仕事なわけだし、別に気にしなくてもいいのに――とアレクの言葉に同意していると、ティアラの顔の赤みがさらに増した。


「あのね……助けてくれた時、その、二人とも、格好良かった、よ……」


 ティアラはそう言い切ると恥ずかしくなってしまったのか、顔を手で覆い隠しながら寝室に走って逃げてしまった。


 格好良かった……。


 今彼女は、アレクだけでなく、俺のことも格好良かったと言ってくれた。


 格好良かった……格好良かった……格好良かった……。


 しばらくの間俺の頭の中では、そのフレーズだけが延々と繰り返されることになるのだった。

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