第12話 魔獣がやって来てさぁ大変①


 今日も今日とておはようティアラ(こっそりハートマーク付きだ)とティアラの部屋の扉を開けた俺。

 部屋の中にはいつも通りの愛らしい主君と、おまけの侍女が椅子に座って雑談をしていた。


 いつもと同じ、いつもの光景――。

 だが、今日はいつもとは違う要素が一つ。


 見慣れない珍客が、テーブルの上に鎮座していたのだ。


「何だそいつ?」

「見てわかるでしょ? ネコよ」


 俺の疑問の声に、タニヤが若干呆れつつ答える。


 頭に大きな三角の耳が二つある『そいつ』の全身は、濃い灰色の体毛に覆われていた。

 まるで宝石のような光を宿した丸いスカイブルーの目には、細い瞳孔が縦に走る。鼻付近から左右に生えるのは、数本の白い髭。


 確かに、パッと見はネコだ。だが、俺はそのタニヤの返答に納得することができなかった。


「いや。ネコにしては尻尾が変な気がするんだけど」


 そのネコ・・の尻から生えていたのは、まるで馬のようにフサフサした、細くて長い尻尾だったのだ。普通のネコの尻尾のように、内部に骨が通っているようにも見えない。しかも灰色の体毛をしているのに、尻尾だけが白かった。


「細かいことは気にしないの」

「細かくねぇよ。ネコにしてはこの尻尾、かなり変じゃね?」

「これは、ランドルブルムムルブキャットの子供だな」


 いつの間にか俺の後ろに居たアレクが、そこで突然口を開いた。

 っつーか音も無く忍び寄ってくるな。ちょっとビビったじゃん。


「早口言葉みたいな名前だな」

「アレク、知っているの?」

「えぇ。固体数が少ないので、他国で希少種に指定されている魔獣です。この辺りには生息していないはずなのですが……」


 アレクの口から出た魔獣、という単語に僅かに俺の心拍数が上がる。

 見たところ鋭い牙もないし人に危害を加えるような凶暴なやつではなさそうだが、やはり油断は禁物だ。

 俺はいつでも剣を抜けるよう、意識を腰に集中させる。


 しかし魔獣にも様々な種類がいるが、こういう愛嬌のある姿の魔獣は初めて見た。


「で、どうして魔獣がテーブルの上に座ってんだ?」

「今朝起きたら、出窓の外で鳴いていたの。どこから登って来たのかはわからないけれど、降りられなくなっちゃったみたい」


 あぁ、良く聞くパターンのやつだな。ティアラの部屋があるここは城の三階だから、この小さな魔獣からしたらかなりの高さだろう。


 まるでティアラのその言葉を肯定するかのように、そこでランドなんとかは「みー」とか細い声で鳴く。

 ……あざといな。


「ランドルブルムムルブキャットの子供は、この愛らしい容姿のためか珍獣マニアの間で人気があるのです。おそらく密猟者に捕まり、売られる予定の奴が逃げ出して、迷子にでもなったのでしょう」

「なるほど。それならここにいる理由もつくわね」


 アレクとタニヤが話している間に、俺はそのランドなんとかの両脇に手を入れ、軽く持ち上げる。


 …………あ。こいつオスだ。


 突然、ふみゃあ! と怒ったように大きな声で鳴くランドなんとか。

 ふむ。魔獣といえどもやはり見られると恥ずかしいのか。まじまじと見てすまなかった。


「何怒らせてるのよ。それより噛み付いたりしないのかしら?」

「大丈夫だよ。凄くおとなしいよ、この子」


 そう言いつつティアラは俺の手からランドなんとかを受け取ると、そっと抱き寄せる。


「可愛いなぁ……」


 小さな声を洩らすティアラの顔は、これでもかと言うほど綻んでいた。


 ティアラの薄い胸に優しく押し付けられている小さな存在に、俺は歯軋りしたいほどの嫉妬を覚えてしまった。何より、オスっていうのが気にくわない。


 くそっ。俺もあれくらい小さかったら、ティアラに抱き締められていたかもしれないのに! 絶対にあの胸の中は気持ち良いだろうに!


 変な対抗心を心の中で燃やしていると、ランドなんとかの頭を優しく撫でながら、ティアラが俺達に顔を向ける。


「何か名前を考えてあげようよ」

「え、まさか飼うつもりなのか!? いくら小さくて可愛くても、そいつは魔獣なんだぞ!?」


「か、飼わないよ? まだ子供みたいだから、できたら親の元に返してあげたいと思っているし。ただ、名前があった方が都合が良いかなぁと思っただけで……」

「そうか。いや、それならいいんだ」


 いつ魔獣の本能を剥き出しにして、襲い掛かってくるかわからない。

 そんな危険な存在を手元に置いておくつもりなのかと、つい大きな声を出してしまったが、よく考えたら、彼女は俺よりずっと知的で聡明なんだよな……。

 それくらいのこと、俺がわざわざ言わなくてもわかっているか……。


 大きな声を出してゴメン。でもやっぱり、ティアラの身が心配なんだよ。


「オレも親の元に返した方が良いとは思いますが、こいつらが生息しているのは、大陸の北東にあるブラディアル国周辺なのですが――」

「…………」


 アレクの説明に、俺達三人は石のように固まってしまった。


 ブラディアル国とか、馬車を徹夜で走らせ続けても片道四日はかかるぞ……。

 特に用もないのに、王女であるティアラが突然城を空けることなど不可能だ。かと言って、俺かアレクのどちらかが抜けるわけにもいかねぇし。

 俺とアレクは交代で休暇を取るようにしているのだが、それでもこの国から出たことはない。

 もし何かあった場合、すぐに駆け付けることができないからだ。


 もうすぐティアラの誕生日――。

 それを機に、彼女は婚姻が可能な年齢になる。まさに今は彼女の地位を狙う奴らが、てぐすねを引いて隙を伺っている状況と言っても過言ではない。

 ここで油断していると、取り返しのつかない事態を引き起こしかねないだろう。


「とりあえず、それは後で考えることにして、今は名前を決めちゃいましょうか」

「そ、そうだね……」


 二人とも現実逃避しているな……。

 ま、確かに面倒なことは後で考えたくなるというのが人間のさがであるし、俺もそれにならうことにするか。


「じゃあ、名前案を一人ずつ出していきましょ。まずはマティウス君から」

「え、何でいきなり俺!? そんな急に振られても、名前とかすぐに浮かばねーし!」


「こういうのはパッと浮かんだものの方が、意外と愛着の湧く名前になったりするものよ。さぁ早く」

「じゃあ、ポチ」

「はい却下。次、アレクね」


 酷い! パッと浮かんだものを素直に口に出しただけなのに、即座に切り捨てるなんて酷い!


 心にダメージを負った俺の横で、今度はタニヤに指名されたアレクが静かに口を開いた。


「そうだな……。ネコマタゴンザブロウというのはどうだろうか」

「東の国の人みたいな、渋い名前ね……」

「そうか? 姫様は何か案はありますか?」


 ティアラはアレクの言葉が聞こえていないのか、無言のまま顎を上に向け、俺の目をジッと見据えてくる。


 えっ? な、何でそんなに見つめてくんの? 気付かない内に、俺何かやらかした!?


 ……いや。もしかして、ついに俺の気持ちに気付いちゃったとか? だから俺にそんなに熱い視線を――!?


『マティウス……。私、気付いてしまったの。あなたの、気持ちに……』

『えっ?』

『凄く、嬉しい。あのね、私も、実は……』

『ティアラ……』

『私、身体の奥の方が凄く熱くなってきちゃったよ……。マティウス、私もう我慢できない。お、お願い……』

『ちょっと待ってくれ。二人が見ている前で、そんな……』


 そんなうっひょー! な展開が待ち受けているわけですね! ついにやったぜ爺さん、俺の悲願成就! おめでとうおめでとう。良かったな俺! 女神の祝福を!


 ………………などということになるはずもなく。

 ティアラは俺の顔とランドなんとかを、きょろきょろと交互に見比べ始めた。


「この子、目の色がマティウスと同じだ」

「あ、本当ね」


 タニヤも俺とランドなんとかの目を交互に見比べつつ、おもむろに口を開く。


「この際、マティウスでいいんじゃない?」

「ややこしいだろうが!」


「あら。人間の方はマティウス『君』だから、魔獣のマティウスとちゃんと分けているわよ」

「それはタニヤ限定の呼び方だろ!?」


 なぜか自信満々に言うタニヤに、即座にツッコむ俺。

 ティアラは俺のことを『マティウス』と呼んでいる以上、その名前だけは絶対に阻止したい。


「じゃあマティウス二号、略して二号でいいんじゃないか?」


 アレクが相変わらずの無表情のまま、ボソリと呟く。

 それはいくら何でも素っ気無さすぎるだろ。


「っつーか、何でお前ら俺の名前にこだわんの!? 目の色が同じってだけで、こいつを勝手に俺の分身にするな!」

「えっと、それじゃあもっと短くしてマー君、はどうかな?」

「うん、それ可愛いな。大賛成」


 コロリと態度を変えた俺に、タニヤとアレクが氷のような冷たい目で俺を睨んでくる。


 ふっ。俺はお前らのそんな目線なんぞ屁でもねーわ。

 俺にとってティアラの言葉は大正義。何と忠実な護衛だろうか。お前らも見習いたまへ。


「まぁ姫様がそう仰るのなら、この子の名前はマー君で決定ね」

「ありがとう。問題はマー君をどうやって親の所に戻してあげるか、だよね……」


「希少種ですから、ブラディアル国に連れて行ったら保護してもらえるでしょう。誰かに頼むしかなさそうですが」

「うーん。それだったら暇そうな兵士を見つけて頼んでみる、っていうのはどうかしら?」


 タニヤはこの城に長い間勤めているからか、兵士達ともかなり顔見知りのようだった。ここはタニヤに任せるのが一番か。


「というわけで、ちょっと席を外しまーす」

「ごめんねタニヤ」

「いえいえ。このタニヤにお任せください」


 タニヤは自信満々に言った後、軽くウインクをしながら部屋を後にしたのだった。


「大丈夫かな……?」


 タニヤが出て行った扉を見つめながら、手を胸の前で合わせつつティアラが不安そうに呟いた。


「大丈夫だろ。たぶんあいつのことだから、あの手この手で説得するんじゃね?」

「いや、その、兵士さんが……」


 あぁ、なるほど、そういう意味ね。ティアラの中のタニヤ像も、割と俺と同じだったんだな……。

 てなことを考えていると、勢い良く扉が開かれた。


「ただいまー! 人材確保したわよー!」

「マジで!? 早いなおい!」


「でも、時間ができるのは明後日からって言われちゃった。まぁ二日くらい何とかなるわよね?」

「うん、充分だよ。行ってもらえるだけでもありがたいし。後でその兵士さんにお礼を言いにいかなくちゃ」


「いえ、それは大丈夫です姫様。何せかなり脅……コホン、報酬は既に渡……してはいませんが、その兵士は姫様のためならと、それはもう喜びーのハリキリーので――」

「…………」


 こいつ……。もっと上手く誤魔化せや。ティアラが反応に困ってんじゃねーか。


 兎にも角にも、今日と明日はいつもの四人に一匹が加わって過ごすことになったのだった。

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