第17話 彼女の笑顔が見たい誕生日②
俺はその日も、そして次の日も、肌身離さずプレゼントを持ち歩いていた。
自分の部屋に置きっぱなしにしていたら、誰かに盗られてしまうかも――という不安が拭えなかったからだ。
冷静に考えたらそんなことはありえないのだが、どうしても俺はティアラに直接渡すまで手放す気になれなかったのだ。
ティアラを好きになってから、今までの自分では考えられないような思考に陥っていく。
人によっては女々しい、と俺を指差して笑うだろう。でも俺はこれが初めての恋なわけだし、少し臆病になっていることは事実なので否定しない。
どうか明日、彼女が俺に笑顔を見せてくれますように――。
窓の外に浮かぶティアラの瞳と同じ色をした月。
それを目に焼きつけるようにしばらく眺めた後、俺は祈りながら眠りに落ちた。
そしていよいよ迎えた、ティアラの誕生日、当日――。
ティアラは簡素な白のローブだけを身に
薄い材質の布の下に彼女の白い肌がうっすらと透けて見えて、俺は心の中でよっしゃ! と拳を握った。
今晩は色々と
神聖な儀式の最中に
――とか考えている間に、今度はお尻の辺りにくっきりと下着のラインが浮かんでいるのを発見。
……よっしゃ!
滞りなく儀式を終えた後、今度は大広間で立食式の盛大なパーティーが開かれた。
ティアラは淡い黄色のドレスに着替え、次々と祝福の言葉を述べに来る上流階級の奴らに終始笑顔で応対していた。
中には酔った勢いで執拗に絡んでくるおっさんもいたが、俺とアレクがティアラの背後から睨みを効かすとすごすごと去って行った。
それにしても脅威のおっさん率。右を見ても左を見てもおっさんだらけだ。
まさにおっさんのバーゲンセール。ダンディーさ香る渋めのおっさんから豪快なおっさんまで、色々取り揃えております寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ってやかましいわ。何考えてんだよ俺!?
どうやら想像を超えるおっさん率にちょっと頭がやられてきたようだ。ここは着飾った俺の主君を見て落ち着こう。
……うん、可愛い。天使。心が洗われる。
それにしてもこの城に来て以来、俺と同年代の奴をほとんど見かけていなかったので薄々感じてはいたものの、ここまでとは。
こいつらの何割がティアラの後ろにチラつく玉座を狙っているのかはわからんが、俺はあえて全員に言って回りたい。
諦めろ、このロリコンどもめ、と。
と、その時ティアラが俺とアレクの方へ振り返り、何やら言いたそうな顔を向けてきた。
「どうした?」
「マティウスもアレクも、お料理を食べてきていいよ」
「いや、俺達は仕事中だから」
確かにテーブルに並ぶ料理はどれも美味そうで、思わず腹の虫がなりそうになる。
だが、ティアラを放っておいてそれらを平らげるわけにもいかない。ここには色々な意味でティアラを狙っている奴がわんさかいるのだ。
「そう、か。そうだよね……。でも食べたくなったら遠慮なく言ってね」
「お気遣いありがとうございます、姫様」
アレクがそれまでの無表情を崩し、少し目元を緩ませながらティアラに答える。
こいつはティアラに対しては比較的表情が柔らかくなるんだよな。
でもその気持ちは俺も大いにわかる。彼女の持つ雰囲気が優しいから、自然とこっちもそれにつられてしまうんだ。
そこで俺の視線に気付いたのか、アレクがこちらに振り返った。
「何ニヤニヤと見ているんだ。キモイ」
……で、俺に対しては無表情できつい一言を放つ、と。
違いすぎる態度がいっそ
「キモイ」の一言に軽く心を抉られた俺は何も言い返すことができず、ヒクリ、と口の端を痙攣させることしかできなかった。
陛下と二人で話をしたいから、とティアラに言われた俺とアレクは、先に彼女の部屋に戻ってきた。
「おかえりー。どうだった? いい男はいた?」
冗談か本気かわからない口調で、タニヤが俺達を出迎える。
「いや、おっさんばっかり」
「でしょうねぇ」
そう言った後タニヤが俺に近付き、何やら小声で話し掛けてきた。
「でもマティウス君、案外姫様は頼れるおじさまが好みのタイプかもしれないから、油断は禁物よ」
な、なるほど……。それは全く考えていなかった。
もしそうだった場合、俺が物凄く頼れる奴になるしか対抗手段はなさそうだ。
年齢だけはどう頑張っても変えられないからな。
よし、見てろよティアラ。俺は頼れる男になってみせるっ。
そう心の中で誓い拳を握った瞬間、タニヤは表情を一変させてアレクに向き直る。
「それはともかく、二人とも姫様にプレゼントをあげるわけでしょ?」
「あぁ。まぁ」
「当然だ」
俺とアレクはほぼ同時に頷いた。
「で、で。何をあげるの? マティウス君」
「どうしていきなり俺に振るんだよ」
「えー。だってそりゃあ、ねえ?」
タニヤはそう言いつつアレクに同意を求める。
アレクは無表情のままニヤッと口の端だけを僅かに上げた。
怖っ!?
ていうかおい。もしかしなくてもアレクも俺の気持ちを知ってるってことかよ!?
簡便してくれ。
タニヤに知られているってだけでもかなり恥ずかしいのに!
「それで何をあげるのかなー? ちょっとお姉さんに教えてくれないかなー?」
タニヤはうりうりと肘で俺の脇腹をつついてくる。
このニヤニヤした顔がかなりうぜえ。
でも見逃してくれる可能性はほぼ無いと判断した俺は、渋々ながら言うことにした。
「髪飾りだよ……」
「おぉ、意外! 君にしてはなかなか良いチョイスね」
何だよその言い方。誉められているのかけなされているのかわからんぞ。
「お、お前らはどんなのあげるんだよ?」
「私はワンピースよ。姫様ってラフな部屋着がお好きみたいだしね。姫様に似合いそうな可愛いデザインの物を作ったのよ」
楽しみにしときなさい、とまた肘でウリウリと俺をつつきながら言うタニヤ。
服を自作できるとか、何気にすげぇな……。
いや、そもそも侍女と護衛のスキルを比べること自体が間違っている。
俺は俺だ。気にしたらダメだ。
「ふーん。で、アレクは?」
「オレは秘密だ」
「えー、何それずるい」
タニヤが文句を言った丁度その時、部屋の扉が静かに開かれた。
「みんなお疲れ様。今日はありがとう」
そう言いながら入ってきたのは言うまでもなく、この部屋の主。
うっすらと化粧が施されたその顔には、少しだけ疲労の色が滲んでいる。
「姫様こそ、大勢の貴族連中の応対お疲れさまでした」
「えへへ。ありがとう。やっぱりああいう大人の人がたくさん集まると、ちょっと緊張しちゃうね」
「もう姫様も、その大人の仲間入りですよ」
「あ、そうか」
ティアラは頬を掻きながら少し照れたように笑う。
まぁ年齢的に大人に分類されるようにはなったけど、小さいから見た目は全然大人に見えないけどな。
「あの、タニヤ、お着替えのお手伝いをしてくれる? 背中に手が届かなくて……」
「もちろんです、姫様」
ドレスに目線を落としつつそう頼むティアラに、タニヤは笑顔で答えたのだった。
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