第46話 俺の彼女は読書好き

 女三人寄ればかしましい――。


 誰が言ったかは知らないが、実際その通りだよなと思う。

 俺の視線の先には、テーブルを囲んで談笑する女性三人の姿。


 城下町に新しくできた喫茶店のデザートが絶品だったから、お忍びで一緒に行きましょうとタニヤがティアラに言えば、姫様に色々な服を試着させてみたいので、是非一緒にウィンドウショッピングをしましょうとアレクが言う。


 そんな二人の誘いに、ティアラは目を輝かせながら頷き、二人にどういうものだったのかもっと詳しく、と質問を続ける。


 そんな楽しげな彼女達の様子を、俺は壁にもたれ掛かりながら眺めているだけだった。






「マティウス君、どうしたの? 何だか元気なかったわね?」

「確かに昼間からどこかうわの空だったな」


 一日が終わりティアラの部屋から出た直後、いきなり二人が今日の俺の態度について尋ねてきた。

 俺、そんなに目に見えて元気なかったのか……。


「いや。俺はお前らと違って、ティアラと共通で楽しめる話題を何一つ持っていないんだよなぁと思ったら、ちょっと寂しくなったというか……」


「言われてみれば、マティウス君と姫様の二人の会話って当たり障りのないもので、長続きしないわよね」


 追い討ちをかけないでくれ……。

 タニヤの言葉に、沈んでいた俺の心はさらに地中深くにめり込んで行く。


「なければ作ればいいだけだろう」


 しかしアレクの一言にすぐさま再浮上。

 確かにそうだ。見ているだけでは何も変わらない。

 もっと俺の方から、彼女に歩み寄る努力をするべきかもしれない。


「そうねぇ。姫様って読書好きだから、君も読書をしてみれば?」

「えっ!? あれって勉強のために読んでるんだろ?」


「確かに勉強のためでもあるけれど、姫様は少し空いた時間に勉強に必要でない本も読んでいらっしゃるじゃない」

「マジか。全然知らなかった……」


 正直に白状すると、本に興味のない俺には全部同じ本に見えていた……。


「お前が姫様の読んでいなさそうな本を読んで『これが面白かったです』と姫様に渡せば、二人だけの共通の話題を確保できるのでは」


 アレクの提案に、俺はある種の感動すら覚えていた。

 俺では十年かかってもその考えに辿り着けなかっただろう。

 見た目は俺よりカッコイイくせに、やっぱりこいつも女なんだよな、と俺はしみじみと実感する。


 それにしても二人だけの共通の話題か。

 二人だけ……。うん、凄く良い響きだな。


『マティウス、この前貸してくれた本を読んだよ。凄く面白かった。ありがとう』

『そうか。それは良かった』

『マティウスの趣味が読書だったなんて知らなかったな。私、そういうギャップのある男の人って、凄く素敵だと思うの……』

『ティアラ……』

『あの、もし良かったらこの後、あの本の二人のように、その……』

『えっ!? も、もしかして――』

『うん……。私、あなたと……』


 よし、一つになろう! 俺もあなたと合体したい! まさかティアラの方から誘ってくれるなんて!

 今夜は眠らせないからな! 俺はりきっちゃう!


 と欲望全開の妄想に浸っていると、二人が呆れた顔をこちらに向けていた。


「マティウス君、鼻血」

「相変わらずわかりやすいな」

「…………」


 いや、俺、基本正直ですから。健全な男のコですから。


「とにかく、後で君の部屋に本を持って行ってあげるからね」

「オレもお前に読めそうな本を持って行ってやる」

「お前ら……」


 最初はこいつらに俺の気持ちを知られているのが、何だか恥ずかしくて嫌だった。

 だがこうやってティアラと深い仲になった後も協力してくれるし、案外良い奴らなのかもしれないな。

 今さらだけど。


 たまに邪魔さえしてこなければ、もっと良い奴らだと思えるのだが……。

 そんなことを考えつつ、俺は部屋に戻るのだった。






 そして夜が更ける前。

 アレクとタニヤは言葉通り、その手に本を抱えて俺の部屋までやって来た。


「ではでは早速。私が持ってきたのはこれよ。これならマティウス君でも読めるだろうし、間違いないわ!」


 タニヤは言いながら自信たっぷりに俺に本を渡してきた。

 本の表紙には、デフォルメされた可愛らしい犬の絵がでかでかと描かれている。

 タイトルは――。


『にこにこ あいさつ できるかな』


「馬鹿にすんなああぁぁッ!?」


 絵本の角をタニヤへと向けてフルスイングする俺。

 しかしそれを首だけを横にひょいっと動かしてタニヤはあっさりと避ける。


 くっ!? 虚仮こけにされたようですっげー腹が立つ!


「マティウス君。本はもっと大事に扱いなさいよ。武器じゃないのよ」


 うん。衝動的とはいえ、確かに鈍器代わりにしたのは俺もやりすぎたと思う。

 反省してます……。

 でも――。


「お前、俺を何だと思っているんだ!? さすがにそこまで幼児レベルじゃねぇよ! 仕事に必要な書類を読める程度の文字の知識はあるわ!」


 白状すると、確かに警備隊に入った時の俺は字が読めなかった。

 だがお節介な先輩に猛特訓させられたのだ。

 おかげで必要最低限の知識は備わっている。


「だって君の読書レベルが限りなく低そうだったから、やっぱり基本的なところから始めた方が良いかなぁと思って」


 俺の読書レベルが低いのは否定しないが、だからといって「俺、コレを読んだんだぜ!」と得意気にティアラに見せても、可哀相な人……という目で見られて終了するのは明白だ。


「ならばこれはどうだ? 厚いが、内容はお前でも読めそうなやつだ」


 そう言いながらアレクが俺に渡してきた本は、彼女の言葉通りかなり分厚い。


 思わず俺はグッとたじろいでしまった。

 本当に俺でも読めるのか?


 茶色の無地の表紙には『武器達は見ていた』と書かれている。


 タイトルから連想するに戦記物っぽいな。

 俺はパラパラとめくって、とりあえず適当な箇所に目を落とす。


『奥さん……。良い体をしているじゃないか』

『や、やめてください。どうして武器屋のあなたが――。それに主人がもうすぐ――あぅっ!?』

『そんなことを言いつつ、あなたも既にぐしょぐしょじゃないか……』

『あ……。やっ……』


 俺は無表情のまま勢い良く本を閉じる。

 パタム! と予想外に大きな音が部屋に響き渡った。


「どうだ? 読めそうか?」

「こんなのティアラに渡せるかああぁぁッ!?」


 確かに俺でも読めそうだよ!? っつーかかなり興味深々ですよ!?

 でも俺がこんなのを読んだなんて知られた日にゃ、確実にティアラに嫌われるわ!


「じゃあこっちは?」

「『ぴよちゃんとおともだち』……ってまた幼児用の絵本じゃねーか!」


「面倒臭い奴だな。これならどうだ」

「『とある未亡人の淫乱日記』ってアウトおおぉぉ! タイトルからして既にアウトおおぉぉッ!」


 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、俺はがっくりと項垂れる。


 とりあえず、こいつらが俺のことをどういう目で見ているのかは良くわかった……。


 正直に言うとアレクの本のチョイスはちょっとだけ俺も惹かれるものもあるのだが、ティアラとの話題作りという点を考えると却下だ。


 結局その後こいつらが渡してきた他の本も似たような物ばかりで、俺が読んでティアラに渡せそうな本はなかったのだった……。






 次の日――。


 俺はティアラの部屋の本棚をよく観察してみることにした。

 あいつらが頼りにならない以上、自分で彼女の趣味を探って似たような本を読むしかない、という結論に至ったのだ。


 今まで俺にとっては背景の一部でしかなかった本棚だが、なるほど、良く見ると結構様々な種類の本が並んでいたんだな。


 特に上から二段目の棚の本のサイズは統一感がなく、タイトルもバラエティに富んでいた。

 ティアラの趣味の本はあの二段目に置かれているらしい。

 俺はそれらの背表紙をざっと流し見る。


『風と友のサリーン』

『お嬢さん』

『頭部の変遷ここに在り』

『北国少女パッパラ』

『長官倶楽部』

『我は犬なのじゃ』


 …………。

 タイトルだけではティアラの趣味が全くわからんな……。


「マティウス?」

「ひゃい!?」


 噛んでしまった。

 いや、だっていきなり呼ばれたから驚いたんだよ……。


「どうしたの? さっきから本棚をじっと見ているようだけど――」

「いや、その……」


「私、マティウスって全然本に興味がないと勝手に決め付けていたのだけれど、もしかして――」

「そそそそそれはだな、えっと、つまり――」


 やべえ、どうしよう!?

 ティアラともっとラブラブきゅんきゅんしたいから俺も本を読んでみようと思って……ってそんなこと言えねー!


 はわわわと狼狽している俺に向かって、ティアラは柔らかな笑みを作った。


「良かったら、貸してあげるよ?」

「へにゃっ!?」


 彼女の申し出に、またしても俺は変な声を出してしまった。


 ……いや、でも確かにそうだよな。

 別にこそこそとしなくても、最初から堂々と彼女に俺でも読めそうな本を薦めてもらって、借りればよかったんだよな……。


「えっと、それじゃあ、お願いしまス……」


 俺の返事にティアラは嬉しそうに本棚に駆け寄ると、早速一冊の本を手に取った。


「この本なら、きっとマティウスでも気に入ると思うの。あのね、人間と魔獣の間に生まれた子供が主人公で、七つ集めたら願いが叶うという水晶を求めて旅に出るっていうお話で――」


 恥ずかしがり屋という一面が嘘のように、ティアラは活き活きとした表情で饒舌に語る。


 彼女のこの顔を見ることができただけで、俺、十分かもしれない……。

 いや、でもこうやって一生懸命薦めてくれているわけだし、その心には何としてでも応えないとな。


「そういうわけで、はいどうぞ。返すのはいつでも良いからね」


 彼女に手渡された本のザラザラした表紙を眺めながら、しばらくの間は寝る時間が遅くなってしまいそうだな、と俺は思うのだった。

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