第42話 ついに俺にもモテ期到来!?③
「マティウス君」
ティアラの部屋に着いて早々、足音も無く俺に近付いてくるタニヤ。彼女の顔は新しいおもちゃを与えてもらった子供のように喜色満面なものだったが、俺はその顔に嫌な予感しか抱けなかった。
「見たわよ」
「オレも見た」
ほれ見ろ予感的中。
しかもアレクもかよ!?
彼女らの一言に、俺の心は一瞬で谷底に突き落とされる。
最悪だ。今朝のアレを、よりによってこいつらに見られていたとか……。
ティアラはタニヤのその一言で、何があったのかを理解したらしい。
柔らかな表情だったのが僅かに硬さを増す。
「あの、マティウス。そこから動かないでね」
「…………ハイ」
それでも笑顔を向けてくるティアラに得体の知れない恐怖を抱いてしまった俺は、素直にその言葉に従うしかなかった。
彼女はいつも使っている椅子をずりずりと引き摺りながら、俺の方へと近付いてくる。
俺の
もしかしなくても、その椅子をフルスイングして俺に当てるつもりなのか!?
な、なんてことだ……。
おとなしくて控え目なティアラ様が怒ってらっしゃる!?
ティアラは俺の真横に椅子を置いた。
これはゼロか。ゼロ距離からの攻撃なのか。
高さ的に俺の大事なトコロが再起不能になりそうな予感もしまス。
普段怒らない人間が怒ると容赦ないという良い例ですね。
――って達観している場合じゃねえ!
それはマジで勘弁して! でも逆らうと恐ろしい目に遭いそうなので何も言えねー!
俺は衝撃に備えて両目をぎゅっと瞑り、ティアラの温情を信じつつ歯を食い縛った。
「…………?」
しかし、覚悟していた痛みはいつまで経っても襲ってこない。
代わりに俺の頭の上に柔らかくて温かい感触が広がる。
恐る恐る目を開くと、椅子の上に乗ったティアラが俺の頭に手を伸ばし、俺の硬い髪を撫でていた。
「え、えーと?」
「私も、撫でてみたくなったの……」
ティアラはそれだけを言うと、また俺の髪を撫でる作業へと戻る。
ちょっとチクチクするけど気持ち良いかも、という彼女の小さな呟きを、俺は聞き逃さなかった。
…………。
ナニコレ。
可愛い。可愛すぎる。
やはり俺の天使は、超天使でした。
「ティアラ可愛い。合体しよう」
いきなり顔から白い蒸気を噴出させながら、椅子の上からポトリと落ちるティアラ。
だがすかさずタニヤが彼女を抱きとめたので、何とか事無きを得た。
そしてノーモーションから繰り出されたアレクの槍の一撃(柄の部分)が俺の顔面にヒット!
これはクリティカルです! 痛烈に痛いです! ぐおおおおぉぉぉぉっ!
「マティウス君……。いくら私達公認だからといっても、さすがにそれはないわぁ」
ティアラをぎゅっと抱き締めながらタニヤが呆れたように呟いた。
俺は片手で鼻を押さえつつ、タニヤに言い返す。
「いや、さすがに今のは自分でもないと思う」
「ならどうして言ったのよ」
「口が勝手に動いていた。つまり本能だ」
そこでちゃきっ、という僅かに金属の揺れる音がした。
「…………」
「あの、アレクさん……。槍の先端が俺に向いているように見えるんですガ……」
「向けているからな」
「さ、刺さったら危ないので、下に向けてくれませんかね……」
「オレは危なくないから問題ないな」
「――っすんませんっしたあッ!」
アレクが槍を突き出すのと俺が叫びながら跳躍したのは、ほぼ同時だった。
さらにその翌日の朝、またしてもおさげの侍女サーラが、俺の部屋の前で待ち伏せをしていた。
えっ!? 何でまたいんの!?
昨日のでこの件は終わったはずでは……。
「あ、あの……」
サーラの頬は紅潮、視線は上目遣い。
確実に、昨日より
俺はようやく理解した。
昨日のアレは、俺を諦めるための儀式なんかではなかったのだと。
そして辿り着く一つの仮説。
彼女は単純に、俺の頭を撫でて興奮したいのでは――。
ってだから俺の頭をそんなことに使用すんな!?
「よ、よろしければ……」
よろしくないですッ!
俺が絶頂に導きたいのはティアラだけなんですッ!
と本当は叫びたかったのだが、言ってしまったら俺の立場どころか人としての何かを失う気がするので何とか踏みとどまる。
代わりに違う言葉で断りをいれるつもりだったが、サーラの異様な桃色オーラに圧倒されてしまった俺は、何も言うことができないでいた。
その沈黙を『是』と受け取ってしまったのだろうか。
彼女は満面の笑みを顔に貼り付け、ジリジリと俺に近付いてくる。
彼女を無視し、さっさとティアラの部屋に行くのがこの場合正解なのだろうが、まるで蛇に睨まれた蛙のように、俺の足は動かない。
た、助けて! 誰か助けて!?
このままでは俺の頭が犯されちゃうッ! ていうか、俺の存在そのものに年齢制限がかけられてしまう可能性が!
救世主は絶妙のタイミングで現れた。
廊下の向こうから猛スピードで駆けて来る一人の人物。
それは、黒髪の美少年――。
アレクは俺達と少し離れた場所から跳躍すると空中で一回転したのち、ストンッと俺とサーラの間に着地した。
紺のマントが風も無いのになぜかなびいている。
何この超カッコイイ登場の仕方!
っつーか俺がヒロイン化してるじゃん!?
確かに助けて欲しいとは思ったが、俺が思ってたのと何か違う!
「これをやる」
アレクは抑揚のない口調で、胸に抱きかかえていた黄緑色の物体をサーラに渡す。
それは、ぬいぐるみだった。
もっと詳しく言うと、体中にトゲトゲした針を持つ魔獣の形をしたぬいぐるみだ。
ぬいぐるみと言えば聞こえは良いが、お世辞にもソレは可愛いとは言えなかった。
黄緑色をしたハリネズミに、ケルベロスの凶暴な顔と蛇の尻尾をくっ付けた魔獣、と言えば良いだろうか。
名前は何だっけ。確かネウラコイラだったような。
この辺りの草原をウロウロしている魔獣だ。
色が色だけに、気付かずに針を踏んでしまう人間もいるらしい。
その針の部分だけが妙に尖っていて、痛そうなところが気になる。
顔と尻尾は柔らかな布素材なのに針だけが再現率が高いので、何だがちぐはぐな印象を受けるぬいぐるみだった。
「それは?」
「オレが作った」
「なあっ! お前の手作りかよ!? っていや、そういうことを聞いているわけじゃなくてだな――」
「ほ、本当に良いのですか!?」
サーラは俺の言葉を遮り、ぬいぐるみとアレクとを交互に見やりながら色めいた。
「あぁ。お前のために作ったからな」
「あっ……」
アレクの「お前のため」というセリフに、サーラの顔はみるみる内に真っ赤に染まっていく。
何だろうこの……釈然としない気持ちは。
「ありがとうございますアレク様! このご恩は一生忘れません!」
サーラはアレクに深々と礼をすると俺にはもう目もくれず、ぬいぐるみを抱き締めたまま廊下の向こうへと駆けて行ってしまったのだった。
「……説明を要求する」
「とりあえず姫様の部屋でな」
アレクは首だけを動かして俺の方を見ると、いつもの表情のない顔でそう言ったのだった。
「実は昨日、他の侍女達にサーラのことを聞きに行ったんだ」
ティアラの部屋に着いて早々、アレクは何の前置きもなくいきなり俺に説明を始める。
ティアラとタニヤは急に喋りだしたアレクを、頭の上に疑問符を浮かべながらただ見ることしかできないでいるようだ。
「まずあの手紙の文面に引っ掛かった。そしてお前の頭に興奮するところも目の当たりにして、これは何かおかしいと感じた。そこでサーラがどんな人間なのか、情報収集することにしたんだ」
「……どうしてお前がそんなことをする必要があったんだよ」
「面白そうだったからだ」
お前、行動基準がタニヤ化してんぞ……。
「そして他の侍女達から得た情報は、サーラはとある魔獣に猛烈な執着心を持っている、というものだった」
「それがお前が作ったあのぬいぐるみの奴かよ」
「そうだ」
アレクは頷きながら続ける。
「サーラは少し前、怪我をしたネウラコイラの子供を助けてやったらしい。その時に彼女はその魔獣に感情移入してしまったのだろうな。野に帰した後も、ネウラコイラのことばかりを考えていたそうだ。ちなみに怪我の治療の時に背中の針に触れてしまったらしいが、感触に、その、何というか――」
「あぁ、言わなくていい。わかったから」
要するに、気持ち良く感じてしまったと……。
「だが普段のネウラコイラは凶暴でなかなか近付けない。そもそも彼女がそいつに触れることができたのは、比較的大人しい子供で、しかも怪我をしていたからだ。落胆した彼女がそんなある日、城で見つけたのが――」
「俺だったと」
「あぁ。しかもネウラコイラの針の部分と同じ色をしているうえ、髪も申し分ないほどツンツンしている。さらに襲われる可能性のないヘタレときた」
「ヘタレは余計だっての!」
ティアラと付き合いだしてからの俺は、そこまでヘタレてはいねーぞ!
むしろ肉食系ですっ。できればもっとガツガツいきたいですっ!
「とまぁ、そんな経緯でお前に手紙を渡した、というところだ」
「なるほどね……」
俺はアレクの説明に素直に納得する。
彼女の説明で疑問だった部分は全て解消された。
これからサーラはアレクがプレゼントしたあのぬいぐるみを、存分に撫で回すのだろう。
しかし、まさかアレクが裁縫が得意だったとは……。益々こいつのことがよくわからなくなったぞ。
…………ん?
そこで、俺はふとあることが気になった。
「なぁ、アレク。サーラのことは他の侍女達から聞いたわけなんだろ?」
「そうだが」
「わざわざ他の奴に聞かなくても、ここにも侍女はいるわけだが……」
俺がタニヤに視線を送ると、なぜかタニヤはそっぽを向いた。
途端、アレクの目がスッと細くなる。
「タニヤ。オレが聞いた時、まさか知らないフリをしていたのか?」
「さ、サアネ?」
「…………」
あ、これはクロだな。と俺が思った時には、アレクはもうタニヤの背後を取っていた。
「とりあえず、おしおきだ」
「ひぃっ! ちょっ、や、やめて! ひゃんっ!?」
アレクは豊満なタニヤの両胸を後ろからがっしりと掴むと、揉み回し始めやがった。
うぉいアレク、おしおきがセクハラおっさんぽいぞ!
「…………」
「見ちゃいけません」
瞬時に顔が苺色になったティアラの目を、俺は慌てて後ろから覆い隠したのだった。
ちなみにサーラはすっかりアレクのファンになってしまったらしいが――まぁ、これはどうでも良い話だな。
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