第41話 ついに俺にもモテ期到来!?②

 俺は懐から手紙を取り出し、封を開ける。


 中には丁寧に折り畳まれた一枚の便箋が入っているだけだった。

 静かに便箋を開き、文字に目を落とす。


『マティウス様。

 突然こんなお手紙をお渡しして申し訳ございません。

 あなたを初めて見たあの日に、私の目はあなたに釘付けになってしまいました。

 それからというもの、お城であなたの姿を見かけるたびに、目で追いかけていました。

 お話さえしたことがないのに気持ち悪い女だと、変な女だと感じていられることでしょう。

 ですが私、もう限界です……。私、本当に大好きなのです。』


 大好き、という単語に、俺の心臓が限界を忘れてリズムを刻みだす。


 しかし俺は最後の一文に、思わず首を捻ってしまった。


『どうかあなたの頭を撫でさせてください。 サーラ』


 なぜ? なぜ頭?

 この文面だと、俺の頭が大好き、というふうに読めなくもないが……。


 もしかして、この硬くて短い髪の手触りが良さそうだから、触ってみたくなったのか?


 っていやいやいや。おかしいって。おかしいってそれ。


「……どうしたの?」


 困惑した顔をする俺を見て不審に思ったのか、ティアラがおずおずと尋ねてくる。


 これは彼女にも見せて判断を仰ぐか。

 俺は無言のままティアラに手紙を渡した。


 しばらく手紙の文字を目で追っていたティアラだったが、読み終えた後は俺と同じような表情になってしまった。


「『付き合ってください』じゃないんだ……」

「何々? 気になるわ。姫様、私達にも見せてください」


 ティアラは一度俺の顔を見上げ「渡しても良い?」という趣旨の視線を送ってくる。

 問題なし、と判断した俺は小さく頷いた。


 そしてティアラは興味津々なタニヤに手紙を渡す。

 アレクもタニヤの隣にくっつき、二人揃って手紙を読み始めた。


「うーん……。確かに普通のラブレターとは断言できないような……」

「そうだな」


 二人とも困惑している。

 女性陣から見ても、この手紙が普通のラブレターとは言えないらしい。


「大体、頭を撫でさせてくれって何だよ。意味わかんねーよ」

「もしかして、思い出を作りたいのかも……」


 ティアラの一言に、皆一斉に視線を彼女へと向ける。

 ティアラはいきなり注目を浴びて恥ずかしくなったのか、その顔がほんのりと朱に染まった。


「どういう意味ですか、姫様?」


「え、えっとね、あくまで推測だけど。サーラさんは、これが叶わぬ恋だとわかっているんじゃないかなぁと思ったの……」


「あぁ、なるほど」

「えっ、さっぱりわからねーんだけど?」


 ティアラの言葉に納得するタニヤと、置いてきぼりの俺。

 タニヤは仕方ないわねぇと小さく呟いてから腕を組むと、俺に振り返りながら告げた。


「要するに、諦めるための儀式よ」

「……へ?」


「だから、儀式なのよ。サーラはマティウス君のことが好き。でも君がサーラになびくことにはならないと、サーラは直感でわかっているのでしょうね。でも、気持ちだけはどうしても伝えたかった。そして君のことを諦めるために……自分の中でその想いを『思い出』にするために、『頭を撫でる』という儀式をしたいのよ。……きっと」


 タニヤの説明を聞いた俺は、ただ素直に感心していた。


 あの短い文でそこまで読み取るとは。何か女性ってすげーな。

 いや、この場合真っ先に気付いたティアラがすげーな。


「…………」


 そんな感心している俺の横で、顎に手をやり何やら悩んでいる様子のアレク。

 僅かに眉間に皺が寄っているが、こいつがこんな顔をするなんて珍しいな。


「どうした?」

「いや……」


 アレクはその一言で、またいつもの無の表情に戻ってしまった。

 気にはなったが、どうせこいつのことだから改めて聞いても教えてくれないだろうし、ま、いいか。





 次の日の朝。

 扉を開けると、昨日と同じように赤毛のおさげの侍女――サーラが俺の部屋の前で佇んでいた。そして少し頬を赤く染めながら口を開く。


「あ、あの。手紙は読んで頂けましたか?」

「あぁ。読んだよ」


「それで、お返事は……」

「えっ!?」


 まさかいきなりストレートに返事を要求されるとは。

 彼女は既にその覚悟はできているということか。

 ならば俺もそれに全力で応えよう。


 ここは当初の予定通りの『好きな子がいるから』コースでいくか。


「実は俺、他に好きな子がいて。それでその、悪いけど――」

「へっ!? い、いや。別に私はお付き合いしてほしいとか、そんな身の程知らずなことは思っておりません!」


 やはりそうなのか。

 彼女の返事に俺は納得する。どうやら昨日ティアラ達が予想した通りみたいだな。


「それで、あの……」

「頭を撫でたい、とかいうやつ?」

「はいっ!」


 やけに威勢良く返事をするサーラ。

 どこか嬉しそうな彼女の様子に何かが引っ掛かるが、まぁすぐに終わるだろうし、特に気にしなくても良いだろう。


 これで彼女の気が済むのなら――。

 俺は片膝を着いてしゃがみ、若干顎を引いた。


「これでいいか?」

「えっ!? 本当に触らせてくださるのですか!?」

「あぁ、うん……」


 いや、だってあんたがそう言ったんじゃん。


「あ、あの。ではいきますよ」

「あぁ……」


 俺の頭に緊張気味に手を置き、そっと撫で始めるサーラ。


 なでなでなでなで……。


 サーラは無言で俺の頭を撫で続ける。


 なでなでなでなで……。


 人目に付く城の廊下で、朝っぱらから何をやっているんだろう、俺……。


 なでなでなでなで……。


 ていうかなんなのこの絵面ヅラ

 ひょっとして傍目から見たら、ただイチャコラしている男女にしか見えないのでは……。


 そんなちょっと恐ろしいことを考えつつも、しばらくの間彼女にされるがままの俺。だがそこで突然彼女から「あぁ……」と恍惚の声が漏れ始めた。


 えっ、今の声は何!?


 と思っている間に、サーラの息遣いが徐々にハァハァと荒くなっていく。

 上目遣いで恐る恐る彼女の顔を見ると、いつの間にか年齢制限が必要になってしまいそうな表情になりかけていた。


 おおおおいおいおい!

 この子何かヤバくね!? 俺には理解できない感性を持っているよ!

 できることならさっさとおさらばしたいんですが!?


「……まだかな?」


 声が震えなかったのは奇跡だと思う。

 それくらい、俺の頭の中はてんやわんやだったのだ。


 いや、人の性癖は様々だと俺も思うけどさ!

 でもやはり俺の頭で興奮するのはやめてほしい! しかもこんな廊下で!

 確かに俺の頭の中は色々とヤバイかもしれないが、頭そのものは断じて卑猥物ではない!


「ごっ、ごめんなさい。ありがとうございました!」


 サーラは俺の一言で我に返ったのか、慌てて俺から離れる。

 次の瞬間、彼女は脱兎の如く逃げて行ってしまったのだった。


 ……まぁ、あの変な態度はさておき、きっとこれで俺のことも諦めてくれるだろう。


 誰もいなくなってしまった廊下を見つめながら、モテる奴って大変なんだな、と俺はしみじみと思うのだった。

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