第35話 そろそろ俺はイチャイチャしたい①

※少し性的な表現がありますので、苦手な方はご注意ください




 楽しい夢だった。

 目が覚めた瞬間にどんな夢だったのかは忘れてしまったが、それでも楽しい夢だったことだけは覚えている。


 妙な高揚感が胸を支配していて、すこぶる気分は良い。

 眠気は完全に吹き飛んでいたが、時計を見るとまだ五時半過ぎだった。


 窓から差し込んでくる朝日から逃れるように、俺は毛布を頭まで被り、いつもの起床時間が訪れるのを待つ。

 熱の篭った心地良い毛布にくるまれながら過ごす、至福の時間――。


 と、突然毛布が引っぺがされた!


「うおっ!?」


 いきなり何だ!?

 驚きながら顔を横に向けると、そこにはアレクが俺から剥がした毛布を持って、無表情のまま佇んでいた。


「一体いつからそこに!? っつーか勝手に人の部屋に入ってくんな!」


 俺はアレクの手から慌てて毛布を奪い返す。


 アレクは美少年としか言いようがない風貌をしているが、実は女だったりする。

 そう、女なのだ。


 …………。

 えーと……。その、男には朝の問題というのがあってだな……。

 さっさと出て行ってほしいんだが……。


 だがそれを言葉に出してしまうのも何だかアレなので、俺は必死に目だけで訴える。

 しかし俺の願いが全く通じないのか、アレクは紅色の瞳で俺を見据えたまま微動だにしない。


「……何の用だよ?」


 このまま部屋を出て行ってくれそうにないので、俺は仕方なくここにいる理由をアレクに尋ねることにした。


「お前に頼みが、あるんだ……」


 アレクは顔を赤くしながら弱々しく、ぽそりと呟いた。

 そのアレクの様子に、俺は激しく動揺する。


 こいつは無表情がデフォルトで、感情も大きく表に出すことはない。

 ましてや頬を赤らめたりなんて、当然俺は見たこともないし想像したこともないほどだ。


 それなのに何だ、この表情は!? こ、これは天変地異の前触れか!?


 心の中で焦っていると、突然アレクの身体が俺の胸に飛び込んできた。


 ――――――は!?


 俺はそこで、彼女の身体を押し返すべきだったのだろう。

 だが予想外すぎる彼女の行動に、咄嗟に動くことができなかったのだ。


 こ、こいつまさか、俺のことを――?


 一人用のベッドに二人の人間が密着しているこの状態、傍目から見たら恋人同士にしか見えないだろう。


 って、いやいやいや、ヤバイって! 俺には彼女が!

 いや、でも突き飛ばすのもそれは何かちょっと――。


 どう対処をすれば良いのかわからず硬直している俺に、アレクは呼吸を荒くしながら、俺の胸に手を這わせ始めた。


「マティウス……」

「ちょっ、ちょっと待て! いくらお前でもそれはダメだ! お、俺はあいつ一筋なんだ!」


 俺は浮気はしない主義だし!


 ――と言いかけたところで、俺はようやくアレクの異変に気付く。


 体が異様に熱いのだ。

 いや、それだけじゃない。赤くなった顔からは大量の汗が滲んでいる。


「おい。もしかして、お前――」

「今日の護衛は、お前一人で頼む……。姫様にうつってしまったらいけないし、それにこれ以上動けそうにないんだ……」


 アレクはさらに呼吸を荒くして、俺のベッドにうずくまってしまった。


 頼みってそういう事か。良かった。別に俺に迫ってきたわけじゃなかったんだな……。


 いや、アレクの体調を思うと良くないけど。


「わかった。今日はゆっくり休んどけ。城の専属医をお前の部屋に呼んでおいてやるから」

「……すまない」


 アレクはそう言うと安心したように瞼を閉じ、そのまま眠りについてしまった。

 どうやらかなり限界だったらしい。


 そこまで苦しかったのなら、自分の部屋で寝とけば良かったのに。

 わざわざ俺に知らせに来るなんて、変なところで律儀な奴だな……。


 俺は硬い髪をガシガシと掻きながら溜め息を吐く。


 ここで寝させたままにしておくと、誰かに見つかったときに変な誤解をされそうだし、面倒だがこいつの部屋まで運んでやるか……。

 俺は軽く伸びをしながらベッドから立ち上がり、クローゼットへと向かった。






 ティアラと俺が付き合い始めて約二ヶ月――。


 二ヶ月も経とうとしているのに、俺達の仲はほとんど進展してはいなかった。

 どれくらい進んでいないのかというと、先日やっとキスを済ませた、と言えば理解してもらえるだろうか。


 俺は身も心も健全な十八歳の男なので、正直この生殺し状態はそろそろ限界だ……。

 この牛歩にも劣る進み具合は、俺達を取り巻く環境が原因だったりする。


 俺の仕事は王女の護衛。そしてティアラはこの国の王女――。


 はっきり言って、おおやけにできるような関係ではない。


 もし俺達の関係が陛下の耳にでも入ろうものなら、たちまち俺の首は、比喩ではなく本当に飛んでしまうだろう。

 だから迂闊に手を出せないでいたのだ。

 ……というより、その機会がないと言ったほうが正しい。


 ティアラはこの国に一人しかいない大事な世継ぎなので、俺とアレクの二人体制で常に護っている。

 そして侍女タニヤも、ほぼ一日中ティアラに付きっ切りだ。


 おはようからおやすみまで俺は護衛としてティアラと共に過ごしているが、俺はアレクとタニヤが見ている前で、堂々とイチャイチャできる神経を持ちあわせてはいなかった。残念ながら。


「そっか。アレク、体調崩しちゃったんだね……」

「まぁ、医者も呼んだし大丈夫だろ」


 いつものようにティアラの部屋に行き護衛の仕事を開始した俺は、朝のアレクの様子をかい摘んで説明した。


「後でお見舞いに行かなくちゃ」


 アレクの不調を俺から聞いたティアラは、不安そうに呟いた後、細い眉を下げた。

 

 俺は首を右から左にぐるりと回して、部屋全体を見回す。


 いつもより少し部屋が広く感じるのはアレクがいないことに加え、タニヤの姿もないからだろう。


 親戚に不幸があったからと、タニヤは一昨日から実家に帰っているのだ。

 城に戻るのは今日の昼過ぎぐらいになるだろう、と帰省前に彼女が言った言葉を思い出す。

 

 今日のティアラの予定は次期女王としての勉強だけだ。外出の予定はない。


 もう一人の護衛アレクは体調不良。

 タニヤは不在。


 つまり、今日は昼過ぎまで俺は部屋でティアラと二人きりなわけで――。


 二人きり。


 年頃の付き合っている男女が、部屋で二人きり!


 ひゃっほう! と歓喜の雄叫びを押さえるのに、俺は相当の努力を要した。


 これは女神が俺に与えたもうた絶好の機会チャンスとしか言いようがないっ。

 絶対にこの機を逃してなるものか!

 自分の右手で解決していた日々に引導を渡す時は今しかない!


 本棚に手を伸ばす小柄なティアラの後ろ姿を、俺は嘗め回すように見つめる。


 外出の予定がないからか、今日の彼女は肩が大きく出た白の薄いワンピース、という非常にラフな格好をしていた。

 もうこれは、俺に襲ってくださいと言っているも同然。


 俺はそのティアラの後ろに静かに忍び寄ると、両腕を彼女の首にそっと回した。


「マ、マティウス!?」


 いきなりの俺の行動に驚いたのか、ティアラの手から本が零れ落ちた。


 俺は彼女の呼びかけに返事をせず、セミロングに伸びた桃色の髪をかき分け、左の耳たぶを甘噛みする。

 彼女の髪から漂う甘い香りが、俺の本能を刺激する。


「ひぁっ!? くすぐったいよ」


 彼女の抗議を無視して、俺はさらに首筋に唇を落とし、強く吸い上げる。

 唇を離すと、すぐに花弁のような赤い痣が浮かび上がってきた。


「あっ、あの……」


 俺が首筋に印を付けたのがわかったのだろう。

 耳まで真っ赤になりながら、ティアラは少し俯いた。


 つい先日も同じ行動をしたばかりだったのが(ただしティアラが寝ている時に)彼女は意味が全くわかっておらず、「これ何だろう? 病気かな?」と、心配そうに痣を見せながら俺達に聞いてきたのだ。

 その後、懇切丁寧に俺が説明してあげたのだが、その時の反応が凄く可愛かったのを思い出す。


 いや、こうやってわかっていて照れている姿も、文句なしに可愛いけど。


「わ、私、勉強、し、しなくちゃ」


 しどろもどろになりながら、ティアラは俺から身体を離した。


 だが俺は、無言でじりじりと彼女ににじり寄る。

 顔を真っ赤にしたままティアラは後ずさる。


 じりじり。ずさっ――。

 じりじり。ずさっ――。


 一定の距離を保ち、しばらく無言の攻防を繰り広げる俺達。


 しかし俺の異様な迫力に気圧けおされて足元に注意が向かなかったのか、そこでティアラはソファーに足をひっかけ、柔らかいソファーの上に仰向けに倒れてしまった。

 すかさず俺は彼女の元に走り寄り、ティアラの身体を上から組み敷く。


 よくやったソファー! お前は今日この瞬間のために存在していたんだな、と言いたくなるほどのナイスアシストだ!


 無機物に対して心の中で褒め称えた後、身動きを封じられて動けなくなっているティアラの柔らかな頬に、口付けを落とす。

 続けて瞼、鼻、唇、そしてひたいと、俺は鳥が餌をついばむように次々とキスをした。


 彼女は俺が顔を近づける度に真っ赤になり、ぎゅっと目を瞑る。

 うん、その初々しい反応も可愛いな。


「マティウス? あ、あの――」

「俺達、付き合い始めて二ヶ月だろ?」

「うん、そうだね。……ど、どうしたの?」


 ティアラは手を付いて何とか起き上がろうとしている。

 だが、そうはさせない。


 俺は彼女の両手首を握り、強引に頭上まで持っていく。

 普段目にすることのないわきをたっぷりと堪能しながら、俺はずっと押さえてきた本音を吐露した。


「俺、もう限界だ……」

「へっ?」

「……したい」


 言葉と共に、本能を押さえていた扉が開放された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る