第32話 俺が作ったプレゼントがヤバイ③

「今日はアレクもタニヤも遅いね。寝坊しちゃったのかな?」

「そ、そうだな。珍しいな」


 部屋に入るなりそう聞いてくるティアラに、俺は平静を装いながらしらばっくれる。


 二人ともわざと遅れているなんて夢にも思っていないティアラを見ると、俺の胸の奥底から罪悪感が湧き上がってくる。


 いや――。

 俺を後押ししてくれたあの二人のためにも、ここでひるむわけにはいかない。

 意を決して、俺は本題を切り出す。


「あ、あのさ。この前俺にシチューを作ってくれただろ? それで、そのお礼を作ってきたんだ。どうか貰ってくれ」

「えっ?」


 俺の言葉に、ティアラの琥珀色の目が大きく見開かれる。


「でも、あのシチューは……。それに三人で作ったのに――」


 控え目で心優しいティアラが、あいつらに遠慮して初っ端から首を縦に振らないことは予想済みだ。


「ちゃんとあいつらの分のお礼も用意してきたから、遠慮しないでくれ」


 既に渡してきたんだがそこまで正直に言ってしまうと、俺にとってティアラは優先順位が下、と変な誤解をされかねないのでそこは誤魔化す。


「あ……。それなら……」


 ティアラの表情が明るくなった瞬間、俺は持っていた最後の紙袋をそっと手渡す。


 また心臓が爆音を鳴らし始めた。あまりうるさく鳴らないでくれ。ティアラに聞こえてしまいそうだ。


「これは……」


 紙袋の中から慎重にプレゼントを取り出したティアラが、ポツリと声を洩らした。 


 俺がティアラに作ったのは、指輪でもなければネックレスでもない。

 ペンスタンドだった。


 白馬に乗った王子様の腰に携えた剣の部分に、ペンを収納できる造りのペンスタンド――。


 ティアラは次期女王として、日々様々な勉強をしている。

 だが最近疲れているのか、ペンをよく落としたり、変な場所に置いたまま忘れて探し回ったり、とペンのせいでその勉強が中断する場面をよく見かけていた。

 そのティアラがもっと勉強に集中できるようにと、俺はアクセサリー類ではなく、あえてこのプレゼントを作ったのだ。


 確かに地味なプレゼントかもしれないが、毎日お前のことをちゃんと見ているんだぞ、というアピールができるはず。


 ……誰だ今、「やだこの人気持ち悪い」とか思った奴。これは俺なりの愛だ。正座しろ。


「私がよくペンを落とすのを知ってくれていたんだ。ありがとうマティウス」


 ティアラは優しく微笑みながら、俺の作ったペンスタンドを胸でぎゅっと抱き締めた。

 その笑顔はまるで陽だまりそのもので、俺の心の温度をじわりと上昇させる。


 やばい。この反応は想像していた以上に嬉しい。

 そしてやっぱりティアラは可愛い。すぐにでも抱き締めたいッ。


 いや、まだだ。焦ったらダメだ。


 俺はティアラの薄い胸に押し付けられている『もう一人の俺』を少し妬ましい目で見ながら、湧き上がる衝動を懸命に堪える。


 そう……。この王子様のモデルは、何を隠そうこの俺だったりするのだっ!

 つまり俺は、自分をプレゼントしたことになる! それが意味することは当然一つしかないっ。


 さぁ、気付いてくれティアラ。

 それが俺だと! そして俺の気持ちに!


「それにしても、変わったペンスタンドだね」


 様々な角度にペンスタンドをひっくり返しながら、ティアラが呟く。

 俺はその様子を黙って見守りながら、ごくりと喉を鳴らす。


 王子様の顔が俺だとわかった瞬間、一体ティアラはどんな反応を見せるのだろうか?

 もし頬を染めて赤らんだりしようものなら、俺は身分差なんて忘れて、そのまま教会に駆け込んで愛の誓いを立ててしまう自信がある。


 緊張で今にも心臓が破裂しそうな俺に全く気付くことなく、ティアラはにっこりと微笑みながら言った。


「豚さんに乗ったオークのペンスタンドなんて、マティウスの発想てすごく面白いよね」


 …………………………。

 …………………………。

 な、何ですと……?


 ぶ、豚? オーク?

 俺が作ったのは、白馬に乗った王子様(俺)なんだが……?


「あっ、でもこのオークが身に着けてる剣の鞘って、マティウスのと同じものだ。芸が細かいね」


 …………。


「オークの服も王子様みたいで格好良いな」

「うがああああああああっっ!」

「マティウス!?」


 俺は奇声を上げながらティアラの部屋を飛び出した。






 俺は自分の部屋のベッドの上で、膝を抱えたまま鼻をすすった。


 ……あぁ、泣いたさ。悪いか?

 大の男がか弱い乙女の如く、背中を小さくしながらめそめそと泣いたさ。悪いか? 


 でもまさか、俺の芸術センスがそこまでずれたものだったなんて……。

 それを好きな子に容赦なく突きつけられてしまったんだ。泣きたくもなる。

 上手くいけば告白だ、と浮かれていた自分が情けない。


 ズズっと再度鼻を啜った時、部屋の扉をノックする音が響いた。


「マティウス……。ここにいる? 入ってもいい?」

「――――!」


 聞き間違うはずがない。これはティアラの声だ。

 俺は慌てて背筋を伸ばすが、何を言って良いのかわからず、口から音が出てこなかった。


「いないのかな……。どうしよう。どこに行っちゃったんだろう……」


 今にも泣きそうなティアラの声が聞こえた瞬間、俺の身体は意思とは無関係に勝手に扉の前に行き、気付いたら扉を開けていた。

 ……我ながら従順だ。


「マティウス――! よ、良かった。やっぱりここにいたんだ」

「その、突然すまなかった……」


 普段通り平然と言ったはずの俺のその声は、情けないほど震えていた。


 目も鼻もまだ赤いので、さっきまで俺が泣いていたなんてことは一目瞭然だろう。それでも愛しい少女にこれ以上無様な姿を見せたくないという、変な意地を張る男の姿が可笑しければ笑うがいい。


「ううん、私こそ。せっかく作ってくれた物に無神経なことを言ってしまったみたいで……本当にごめんなさい……」


 ティアラは目に涙を溜めながら、小さな頭を俺に下げた。


 ティアラが謝る必要なんてない。

 そう言いたかったのに、俺のために涙を浮かべてる彼女の姿が胸に突き刺さり、咄嗟に言葉が出てこない。


 ティアラは上目遣いで、反応を示さない俺を恐る恐る見る。


「あの、でもね、マティウス。私、本当に嬉しかったんだよ……。私のこと、よく見てくれているんだって……」


 彼女は何とか聞き取れるほどの小さな声でそう呟くと、一歩前へ進み、俺との距離を詰める。


「だからもう、泣かないで。――ね?」


 ティアラはそこでつま先立ちをし、目いっぱい腕を上に伸ばして、俺の頭を優しく撫でた。

 瞬時に俺の全身に熱が走り抜ける。


 柔らかく小さな手は、俺の硬い髪を撫で続ける。

 彼女が一撫でするごとに、俺の理性が削られていく。


 控え目な性格で、恥ずかしがり屋で、たまに大胆で、すぐ目に涙を溜めて、でもどこまでも優しくて――。


 やっぱり俺は、ティアラが好きだ。彼女の全てが大好きだ。


 今まで――この一年ずっと胸の内に秘めていた彼女への想いがさらに肥大して――。

 そして、ついに限界を超えた。


 俺の中に生まれた大きな衝動。俺はその衝動に逆らうことなく、彼女の全身を包むように強く抱き締めた。


「きゃっ!?」


 いきなり俺に抱き締められた彼女は、短い悲鳴を洩らして身をよじらせる。

 だが力では敵わないと悟ったのかすぐに抵抗をやめ、なすがままに俺の抱擁を受け入れた。


 彼女の身体は想像していたよりずっと柔らかかった。

 力を入れすぎると壊れてしまうのではないかと錯覚してしまうほどに。


 髪からは桃のように甘い香りが漂ってきて俺の鼻をくすぐり、心に渦巻く欲望を刺激する。


 ずっと、こうしていたい――。


 このまま意識を失ってしまいそうな幸福感に酔いしれていたが、ティアラが蚊の鳴くような声で俺の名を呼んだことで、離れかけた意識が現実に引き戻された。


「あっ、あの……マティウス……?」


 俺より頭一つ以上背の低い彼女は今俯いているので、その表情は俺からは見えない。

 だが声の調子から察するに、嫌悪感は示していないはず――。


 俺は覚悟を決めた。


「ティアラ。俺はずっとお前のこと――」


 がたっ――。


 突如割って入った物音に反射的に顔を上げると、扉の向こう側からヒソヒソと俺のよく知る声が聞こえてきた。


「(やばっ。超いいところで音立てちゃった)」

「(焦るな。落ち着け。ここはネズミの鳴き声で誤魔化そう)」

「(なるほどそれは名案)……ち、ちゅーちゅー」


「チュー」

「やかましーわッ!」


 俺は扉の死角にいた二人に向けて思いっきり叫ぶ。


 一体いつからいたんだ、この出歯亀どもは!?


 俺はティアラから身体を離し、ベキベキと指の関節を鳴らしながら二人の元へゆっくりと歩み寄った。


 せっかく……せっかく俺が一世一代の告白をしようとしていたのに、こいつら!


「嘘!? ばれてる!?」

「ひとまず逃げよう」


 下手糞すぎるネズミの物真似を披露したタニヤとアレクは、俺の姿を見た瞬間、蜘蛛の子を散らすように廊下の向こうへと駆けて行った。


「…………」


 二人の姿が見えなくなった途端、俺はガックリと肩を落とした。

 どうすりゃいいんだよ、この空気……。


 仕切り直しさせてくれとお願いするのは何だか情けない気がするし……。

 それに、急にティアラの顔を見るのが怖くなってきたし。


 そんなションボリとしている俺のジャケットの裾が、控え目に引っ張られた。


「――ん?」

「あ、あの……」


 その感触に振り返ると、俺のジャケットの裾を指先で摘んだままのティアラが、頬を真っ赤に染めながらもじもじしていた。


 林檎にトマト、イチゴにザクロ――。

 この世の赤い物を全て塗りたくったのかと言いたくなるような、赤い顔だった。


 何だよその顔と態度。可愛いすぎるだろ。

 やはりここは恥を忍んでもう一度――。


「つっ、続きが、聞きたいな……。なんて……」

「――――――っ!?」


 まさかの彼女からの催促――!?

 俺は自分の顔が湯気を出さんばかりに真っ赤に染まっていくのが、嫌というほどわかったのだった。






 手作りプレゼントで本当に気持ちが伝わるのか――と最初は半信半疑だったけど、何だかんだで上手くいった……のか?

 とりあえず、今度あの露店のおっさんに礼を言いに行こう。




    ~ 第1部 完 ~

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