第31話 俺が作ったプレゼントがヤバイ②

「アレク。起きているか? 俺だ」


 次に俺が向かったのは、同僚のアレクの部屋だった。

 間髪入れずスッ――と無音で扉が開いたので、思わず俺はびくっと肩を震わせてしまう。


 扉の向こうにはいつもと同じ格好をした、黒髪の美少年が無表情のまま佇んでいた。

 服装から察するに、タニヤとは違い既に起きていたらしい。


 っつーかせめて一言返事をしてから開けてくれ。驚いたじゃねーか。


「お前がオレの部屋を訪ねてくるなんて、珍しいな……」


 アレクは眉一つ動かさぬまま、いつもの抑揚のない中性的な高さの声でぼそりと呟いた。


「あー、その、朝から悪いな。この前俺にシチューを作ってくれただろ? そのお礼を持ってきたんだ」

「…………」


 反応が乏しいので、どうも俺はこいつとの一対一での会話が苦手だ。

 ティアラとタニヤがいると、こいつも割と饒舌になるのだが……。


 何とか用件を伝えた俺は、手に持っていた紙袋を強引にアレクの手に押し付ける。


「…………」


 アレクは無言のまま紙袋を受け取ると、中に手を入れる。

 頼むから何か喋ってくれ。非常に居心地が悪い。


「これは?」

「見てわかるだろ? 手鏡だ。ちなみに俺の手作りだからな」

「お前が作ったのか」


 アレクは珍しくその顔を驚愕に染めながら俺を見る。

 いや、作ったと言っても、鏡の部分は貼り付けただけなんだがな。


 なぜ俺が手鏡と無縁そうなアレクにこれを贈ったのかというと――。


 こいつも俺と同じ王女の護衛だ。だから常に俺と並んで仕事をしているわけなのだが、この見た目なのでアレクは城の女性陣に「あの人カッコイイよね」と大人気だったりするのだ。


 ……正真正銘の男である俺を差し置いて。


 わかるか? 常にこいつと比べられる俺の惨めな気持ちが?

 格好良さで女に負けている俺の気持ちがっ――!?


 しかもティアラも「カッコイイなぁ」と、いまだにアレクに羨望の眼差しを向けていたりするのだ。虚しいどころの話ではない。


 そんなわけで、少しでもアレクに女らしくなってもらおうと思っての、このプレゼントなわけだ。

 人間が変わるにはまず形からって聞いたことがあるしな。

 身嗜みが気になりだしたら、いずれこいつも年相応のお洒落に目覚めるだろう。


 ちなみに勘違いしないでほしいが、俺は別に城の女性達にモテたいわけじゃない。

 ただ比べられるのが嫌なだけだ。


 ――と、気付いたらアレクが怪訝な視線をこちらに送っていた。

 も、もしかして俺の心の声が顔に出てたとか?


「それで、この裏側の模様は何だ?」


 アレクはそう言いながら手鏡の裏を指差す。

 俺の魂胆に気付いたわけじゃないのか。とりあえず良かった。


 手鏡の裏側に俺が施したのは、この国でまつっている三人の女神の内の一人である『美の女神』なのだが。


 まさかこいつ、美の女神の姿を知らないのだろうか?

 膝裏まで伸びた長い金の髪を持つ女神なのだが。

 この国での常識中の常識な上、教会や城の大広間にも絵が飾られているんだけど……。


「美の女神だが」

「そうか……」


 アレクは別に美の女神の姿を知らなかったわけではなさそうだ。

 俺の一言に納得したのか、そのまま黙って再び手鏡に目を落とす。


「それと、お前に頼みがあるんだ。今日はティアラの所へ行く時間を、少し遅らせてくれないか?」

「――――!」


 アレクは少しだけ瞳を大きくすると、僅かに口の端を上げた。


「それは構わんが……面白そうだからこっそり見に行ってもいいか?」

「やめてくれ」


 間髪入れず俺は拒否する。こいつのことだから隙を見て乱入しかねん。


 無表情だから冷静沈着に見えるが、意外にも性格はかなり大胆というのが、俺の中でのアレクに対する人物像だ。

 何せ公衆の面前でビキニマント姿を披露するくらいだからな。


「冗談だ」

「いや、そんな淡々と冗談を言われてもわかんねーよ!?」


 やっぱりこいつと二人だけの会話は疲れる。

 いらん精神力を削られた気分だ……。


「それはともかく、プレゼント、感謝する」


 そう言いながらアレクは少しだけ、本当に少しだけはにかんだ。


 ……そういえばアレクからお礼を言われるのって、これが初めてじゃないか?


 急に照れ臭くなってきた俺は、痒くもない頬を指で掻いてその気持ちを紛らわす。

 アレクはそんな俺の態度を全く気にすることなくすぐ無表情に戻ると、手鏡にまた視線を移した。


「邪神にしか見えん。使うと呪われそうだな……」

「ん? 何か言ったか?」


「何でもない。お前はさっさと姫様の所へ行っていちゃいちゃしてこい」

「いっ――――!?」


 アレクは強引に扉を閉めて、「いちゃいちゃ」という言葉に動揺しまくる俺を追い出したのだった。






 ティアラの部屋の前で立ち尽くす俺の心臓は、通常の二倍速で鼓動を続けていた。

 極度の緊張のせいか、額と掌からはじんわりと嫌な汗が滲み出てくる。


 落ち着け、俺。

 別にプロポーズをするわけじゃない。プレゼントを渡すだけじゃないか。


 だが俺は、まるで全力疾走した直後のように荒い呼吸を繰り返すばかりだった。


 傍目から見たら、王女様の部屋の前でからぬことを考えて興奮している、ただの変態にしか見えないだろう。

 早く入らないと、誰かに見つかったりしたらヤバい。主に俺の立場的なものが。


 俺は身と心を落ち着かせるため、深呼吸を始める。

 

大きく息を吸って、吐いて。

 吸って吸って、吐いて吐いて。

 吸って――。


「げぇほげほげほげほっ!」


 く、空気が!

 入ってはいけない方の気管に空気が! かなり苦しい!


 不覚。まさか深呼吸でむせるとは……。


 しばらくの間俺は止まらない咳を繰り返していたが、おかげでかなり頭は冷静になった。

 咳もなんとか治まった。

 俺はふぅ、と今度は軽く息を吐いて姿勢を正す。


 よしっ。それではいざ戦場へ――。


 いきなり扉が開いたのは、ノックをしようと俺が手を上げかけた瞬間だった。


「マティウス、大丈夫?」

「うええぇいッ!?」


 俺の名を呼んだのは、言うまでもなくティアラだ。


 突然目の前に現れた想い人に俺は心臓が口から飛び出んばかりに驚き、思わず変な声を出しながらズザザッと後ずさってしまった。

 どうやら俺のむせる声が聞こえていたらしい……。 


「お、驚かせちゃって、ごめんね」


 俺の大げさな反応に目を丸くしながら、ティアラは申し訳なさそうな細い声で呟いた。


「だ、大丈夫だ」


 何とかそう返したものの、たぶん俺の顔は引きっていた。

 スマートに部屋に入る予定だったのに、いきなり出鼻を挫かれた上、みっともない姿を見せてしまったのだ……。動揺するなって方が無理だ。


「あ、挨拶がまだだったね。おはよう」


 ティアラは俺の動揺に気付いているのかいないのか。

 桃色の頭を少し横に傾けながら、彼女は普段通りの口調で俺を部屋へと誘導するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る