賢王記外伝 マロウ・サヘリアの最期

賢王記外伝 マロウ・サヘリアの最期


――カエディアル世紀一五八年 ラピナ国 軍事記録より――


 十月某日。巨大な黒い怪鳥がベダリウ山麓の村に墜落した。瀕死の怪鳥はその足に人間をしっかりとつかんでいたため、村の呪術師が術解きのまじないを唱えてみると、怪鳥は貴族サヘリア家の家長、マロウ・サヘリアの姿となった。

 側には黒鳥アウスグスの精霊が命尽き、マロウ・サヘリアが変化していた怪鳥につかまれていた者は意識がなく、十代の若者でトラピスタリアの平民服を着用していた。

 彼等と死したアウスグスは国軍により、直ちに首都カルヤラへ移送された。

 

 マロウ・サヘリアは魔力尽き果て瀕死の状態であったため国軍調査官による聴取はサヘリア家寝室にて行われた。


 ――単独でトラピスタリアへ潜入した理由は。

「好奇心ですよ。あの人たちがなぜ殺されにやって来るのか、知りたかった」

 ――あの人たちとは?

「トラピスタリアとの交戦が続く、ウルファ平原にやって来る人たちです」

 ――敵軍兵士ということか?

「あれは、兵士でしょうか。無抵抗でただ殺されていく……あれを、戦争というのでしょうか……あれは、虐殺です」

 ――連れ帰った少年について話せ。

「残念ながら、彼については何も知りません。我々はお互い投獄されたばかりで、名乗り合える状況にもありませんでしたから」

 ――軍に非協力的な返答が続けば、サヘリア家の今後に関わるが。

「サヘリア家家長となる母を、この場に同席させて下さい。弟と妹はまだ呼ばないで下さい。二人はまだ幼いのに先月父親を亡くしたばかりで、今度は私を、兄を亡くすのですから」



 ここからの聴取は、マロウ・サヘリアの母、アミ・サヘリアが同席した。


 ――国境をどのように越えたのか。

「飛翔魔術は得意です。念のため使役していた精霊に物理結界をはらせて、ベダリウ山を超えました。

 見えてきたのは、のどかで、平和な、貧しい農村でした。この国の農村とあまり変らない村でした」

 ――敵に捕縛されたのか。

「あまりのどかな景色だったので、つい精霊の声を聞き逃しました。いつの間にかに結界が破られていたようです。鳥と間違われたのでしょう、矢で射られて、捕まりました」

 ――移送された先は。

「傷の痛みであまり意識がなく、頭から袋を被されていたのでよくわかりません。気づいたらベダリウ鉱石の牢でした」

 ――尋問は受けたか。

「受ける前に私は死にかけていましたから、何も話していません。連れてきた少年が同じ牢へ入れられて、私を救ってくれました」

 ――どのようにして。

「傷からの出血がひどかったんです。体力も魔力も失って、ああ、死ぬんだなと思った時に、彼が傷をふさぎ、魔力を吹き込んでくれました」

 ――あの少年はトラピスタリア人ではないのか。

「さあ。自分の魔力に気づいていないのかもしれません。力の調節がわからずに私を救った後に気を失ってしまいましたから、何も覚えていないでしょう」

 ――どのようにしてベダリウ鉱石でできた牢を出たのか。

「彼についていた精霊の力です」

 ――黒いアウスグスの?

「ええ、そうです。彼が牢にやって来た時から、牢の窓の外から中をうかがっていました。彼が気を失った後に、その精霊と一夜契約を結び、彼が与えてくれた力を増大させて、牢を破壊し、飛びました」

 ――追撃はなかったか。

「あの精霊の命は強大でしたよ。上昇もラピナまでの飛翔も、経験したことが、ない程、速かった……楽しかった……」

 ――我が軍に有益と思われる情報は。

「連れてきた、少年を、どうか、丁重に扱っていただきたい、彼は、あなた方にとっても、重要な……母上……?」

「マロウ、私はここにいます」

「どうか、あの少年をお願いします。彼のおかげで、祖国に帰ることができ、母上にもお目にかかれた、幸せな最期です。先立つことを、お許し、下さい……母上、彼は、彼はもしかしたら、サミを、助けてくれるかも、しれません、だから……」

「失礼ながら、息子と二人きりにしていただけますか。安らかに逝かせてやりたいのです」



記録の最後のページにはこう書かれている。


 ――記録の続きについて知識を欲せし者は、ラナイ伝記を参照せよ

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